軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第56話 妖精VS使徒

気絶したクロノがうつ伏せに倒れる。

「……」

サリエルはクロノを見下ろしたまま、少しだけ頭を悩ませた。

気絶させたクロノをどうしたものか、というのが一つ目の悩み、二つ目は復活した早々に右手をお釈迦にしてしまったこと。

二つ目の悩みは、時間はかかるものの回復はするので放っておけば問題解決なのだが、クロノの処遇については即座に答えは出なかった。

そもそも、サリエルにはどれほどクロノが殺意をもって抵抗しようが、殺すつもりは無かった。

サリエルは、クロノがどこか遠くで幸せに生きてくれればそれでよかったのだ。

クロノだけが自由になったことを知れば、それを恨む実験体もいるかもしれない。

だがサリエルは、自分を含め実験体の誰もが成し得なかった自由を掴んだクロノという存在に、どこか救いに似た感情を憶えた。

これまで死んだ数多くの実験体、彼らの分まで生きて欲しいという思いである。

だからこそ、第三研究所で初めて出会った時も彼を見逃したし、今回も逃げてくれればそれで良かった。

出来る限り戦いとは無縁な‘普通’の生活。

その望みはきっと半ばは達成していた、しかし、

「貴方にも、守るものができたのですね」

クロノが攻撃を仕掛ける前に逃がした、恐らく妖精だと思われる女の子は、彼がこの世界で出会い、大切な人となった、それこそ命をかけて守ろうと思えるほどに。

サリエルは、大切な人を守るために命をかけて戦いを挑む人間をこれまで何度も戦場で目にしてきたし、また、そんな彼らを一人として生きて帰すこともしなかった。

クロノの姿は、これまで手にかけてきた勇敢でありながら悲惨な死の運命を辿る彼らと全く一致する。

「それでも、貴方に死んで欲しくは無い」

言うなればエゴを押し通す為、この場からクロノを逃す方法を思案し始める。

「……」

十字軍のトップという立場を考えれば、敵対者を意図的に見逃すのは問題である。

クロノの正体としては改造された『異邦人』であり、ダイダロスの将軍でも無ければ貴族でも無い、無名の一般人に過ぎず重要性は低いので、逃げたとしても地の果てまで追いかけねばならないという事は無い。

だが、十字軍があっさりと捕縛したとすれば、総司令官に刃を向けた暗殺者として即座に処刑されるし、例え公平に裁判を開いたとしても死刑以外の判決が出ることは絶対に無い。

よって、すぐに兵を呼ぶのは却下。

だからといってこのまま放置するのも拙い。

この後目覚めた時に、彼が敵わないと思って逃げてくれればそれで良いが、また攻撃してくることも十分有りうる、そもそも目覚める前に巡回する警備兵に発見される可能性が一番高い。

どちらに転んでもあまり望ましい結果にはならない。

ならば、誰かにクロノを遠くの町まで運ばせるか。

しかし、サリエルにはそんな個人的なコトを頼める人物に心当たりは無いし、総司令官としてもそんな不審な命令を出すわけにもいかない。

「……どうしよう」

使徒となってから、目の前の敵を倒すだけの生活を送ってきたサリエルは、久しぶりに人間らしく頭を悩ませるのだった。

幸いにも、配下の者にはしばらく外に出ると言ってあるし、人払いも済ませてあるため、この場で考える時間はある。

元々、結界が破れたことに気がついてここに来たのだが、その結界も別段侵入者を感知するタイプではないし、サリエル以外にこの異変を察知したものはいない。

サリエルは、左手の槍を消すことも忘れたまま、倒れたクロノを見つめながら立ち尽くす。

ゆるゆると思考を巡らせているサリエルは、不意に視線を森の方へ向けた。

(何か……来る)

最初は、何とも形容しがたい雰囲気のようなものを察知しただけだが、それはすぐに明確な‘異変’となって現れた。

暗い森の奥に、緑色の光点が見えた。

その光はこちらへ向かって接近しているのか、徐々に強く、大きくなってゆく。

そして、光を認識すると同時、森を構成する木々が、少しずつ色を失っていくのにサリエルは気がついた。

光が接近してくるにつれ、目に見える木々はどんどん新緑の葉を枯らし、人の胴ほどもある太い幹は白くやせ細ってゆく、そんな光景が次々と広がってゆく。

「これは…… 生命吸収(ライフドレイン) 」

サリエルは確信する、緑の光は森の木々から根こそぎ生命力を奪い集めているのだと。

生命力とは、生きるのに必要な分まで含めた魔力の事である。

魔術士は 自爆魔法(アポトーシス) でも使わない限り決して生命力に手を出さないし、まして相手の生命力を強制的に奪う術など禁術の代表格といえるほど危険な代物だ。

サリエルは一般兵士がこの場にいない事を幸運に思った。

これほどの規模と吸収力を持つドレインが発動すれば、魔法の素養が無く、魔力抵抗も低い一般人は成す統べなく生命の危機が危ぶまれるほど魔力を持っていかれる可能性がある。

緑の光へ向かって、目には見えないが嵐のように強烈な生命の吸引力が発生しているのをサリエルは肌で感じた。

森の木々はついに見える限り全て枯れ木と化し、生命の息吹を感じさせない死の森といった様相となる。

そうして、その白く枯れた死の森より、この異変を発生させた主であるエメラルドの光がサリエルの前へ躍り出た。

「クロノから離れろ」

それは、サリエルとどこか似た雰囲気の美しい少女だった。

文字通り光り輝くプラチナブロンドの長い髪と白い肌。

自身が球状に纏うエメラルドグリーンの光と同じ色彩を放つ双眸。

フリルをあしらった可愛らしい黒のワンピースを纏い、その背には虹色に輝く二対の羽。

サリエルは、いつか読んだ絵本に登場した、妖精のお姫様の姿を想起した。

「貴女は誰ですか?」

しかしそんな幻想的な姿の少女は、憤怒の形相でその美貌を歪ませ、その身から目に見えるほど濃密な殺意を放っている。

「離れろって――」

誰何を問うサリエルの台詞に、少女は、

「言ってるでしょっ!」

膨大な魔力を圧縮した光線で答えた。

(無詠唱の『 閃光白矢(ルクス・フォルティスサギタ) 』――いや、『 固有魔法(エクストラ) 』か『 原初魔法(オリジナル) 』の類)

考えつつサリエルは瞬時に回避行動に移る、が、光線の発射速度はその名の通りに光の速さ。

完全に避け切れず、光線の先端が翻った法衣の裾を焼き切った。

ドドンっ!!

サリエルを通過して直進する光線は、ダイダロスを覆う結界に触れると僅かに阻まれるが、ほとんど威力を削がれる事無く貫通し、そのまま城壁へと命中。

轟音と砕けた石壁の粉塵が俄かに巻き上がり、倒れたクロノの辺りまで煙が立ち込める。

「クロノっ!」

大きく飛び退いたサリエルは、煙で塞がった向こう側から少女の声を聞いた。

風でも操作したのか、煙は瞬時に霧散し、クロノを抱き起こす少女の姿をサリエルは視認した。

「クロノ――」

しきりにクロノの名を呼ぶ少女の顔は、サリエルへ向けた表情が嘘だったかのように、目の端に涙を浮かべて悲しみにくれる儚くも可憐なものであった。

クロノは上半身を起こした状態で、そのまま少女によって抱きしめられる。

少女が何事かを呟く、サリエルの耳には聞こえなかったがクロノが気絶しているだけということは彼女も理解したのだろう。

少女は、クロノの背と膝の裏に腕を回し、自分より頭二つ分近く大きな彼の体を軽々と持ち上げた。

「貴女は、クロノが先ほど逃がした女の子ですか?」

「その名を馴れ馴れしく呼ぶな」

再び殺意の視線がサリエルを貫く。

他人の感情に疎いサリエルでも、彼女が怒っていることは分かるし、何故怒っているのかも凡そ見当はついた。

クロノが彼女を守ったように、彼女もまたクロノを守ろうとしている、それほど大切な者を傷つけられたなら、悲しむか怒るかのどちらかしかないのだから。

「彼を連れて行くのならば、追いません」

「そう」

そっけなく言って、少女はクロノを抱いたままサリエルへと背を向ける。

「じゃあね、アンタはそこで死んでちょうだい」

少女の背中から生える二対の羽が明滅する。

サリエルが魔力の迸りを敏感に察知した、直後、虹色に輝く羽から十数発もの光の玉が撃ち出された。

光線では無いので光の速さはないが、クロノの弾丸の倍以上はある高速で飛んで来る。

サリエルはその高速をも見切り、身を翻して回避しようとした瞬間、飛来する光弾の軌道が僅かに変化したのを見た。

(自動追尾能力)

地を蹴ってその場から大きく横へ跳ぶが、それでも光弾はサリエルをしっかりと捕捉し、中空で直角に近い角度で曲がり軌道修正をする。

(かなりの高性能、撃ち落すしか無い)

地に足のついたサリエルは、未だ血に濡れる右手で槍の柄を握る。

ただでさえ回復したばかりで本調子とは程遠い、さらに右手はクロノに毒針で貫かれ致命的なダメージを負っている。

これ以上の負担は手首から先を丸々再生しなければいけないほどとなるため、使いたくはなかったが、この光弾を迎撃するには流石のサリエルも両手で槍を振るわざるを得ない。

「疾っ――」

小さく声を発し、すでに目前まで迫る光弾の高速をさらに越える速度で白い穂先を突き出した。

穂先が光弾を貫くと同時、圧縮された光の魔力が純粋な破壊力となって炸裂する。

失明せんばかりの眩い閃光と、四肢が千切れ飛ぶほどの衝撃がサリエルを襲うが、その小さな体を僅かほども揺らがせること無く、次々と光弾を槍で撃ち落していく。

「ん……」

最後の一発を防ぎきると同時、手にする細槍は粉々に砕けて消え去った。

閃光と爆風の嵐が過ぎ去った後には、緑の芝生が広がっていたはずの地面は抉れて土が向き出しとなってしまっている。

唯一芝生が残っているのは、サリエルが一歩も動かず踏みしめ続けた足の裏のみである。

「……逃げた」

見渡せば、すでに少女の姿はどこにも無かった。

本気の殺意をサリエルへ向けていたが、それでもクロノの安全を優先してこの場を離れたのだろう。

そう考えた次の瞬間、サリエルの背筋に竜王と相対した時以来の悪寒が走った。

「っ!?」

彼女の頭上に、白い光の線で描かれた直系10メートルはある魔方陣が突如浮かび上がった。

恐らく神代か古代のものと思われる字に、見たことの無い複雑な図形が円の中に描かれているが、今のサリエルにその陣の構成を冷静に分析する暇などなかった。

「―― 光翼神盾(アーラルクス・アイギス) 」

サリエルが自身の持つ最大の防御力を持つ、白い翼を展開させて全身を覆う。

同時、魔方陣と同じ直径を持つ巨大な光の塊が、頭上から降り注ぐ。

竜王のブレスに匹敵する破壊力を秘めた、七色に煌く光の奔流がサリエルを呑み込んだ。