軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第544話 魔女の罠(1)

呪いの館を無事に購入した後、俺達は早速、引っ越しの準備を始めた。

とはいっても、 空間魔法(ディメンション) を使える俺達にとって、荷造りそのものは大した仕事ではない。早々に荷物をまとめると同時に、メイドのサリエルは寮を隅々まで掃除して回り、清水の月18日には、もう出ていくだけというような状態となった。

翌日、清水の月19日。朝。

「……今日でこの寮ともサヨナラか」

「そう考えると、少し名残惜しい気もしますね」

スパーダに来て、一ヶ月も経たない内に俺達はこのオンボロ寮で生活を始めた。思えば、色々とあったもんだ。

しみじみと感慨に耽りながら、コーヒーをすする。

ちなみに、右手はもうほとんど回復しきっている。戦闘するには怪しいが、日常生活に不便はない。だから、コーヒーカップを持つのも、利き手で持てるのだ。

「クロノさん、私は先に出ます。今日は一人で、見て回りたいところがありますので」

そう言って席を立ったフィオナの姿は、私服ではなく、戦闘準備完了といった感じの魔女ローブだ。しかし、彼女がわざわざソロでダンジョンに出かけるはずもない。思い当たる事情は、一つだけ。

「ああ、工房道具でも探しに行くのか?」

「そんなところです」

新居に置く共同の家具やインテリアなんかは、昨日も一緒に見に行ったりしたが、流石に魔女の専門となる工房道具に俺が付き合ってもしょうがない。煮えたぎった怪しい液体をたっぷり入れてかき混ぜる大釜の良し悪しなど、素人の俺には判断つかないし。

フィオナは今やランク5の名実ともにスパーダでトップクラスの魔女である。そんなフィオナがこの格好で行けば、一見さんお断り、みたいな店でもイケそうだ。

「では、いってきます」

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃいませ、フィオナ様」

サリエルのメイド姿も、最近ちょっと自然に感じてきた。フィオナが筋金入りのお嬢様みたいに、あまりにも堂々としているからか。慣れっていうのは恐ろしい。

「悪いサリエル、おかわり、貰えるか」

「はい、マスター」

寮生活最後の一日くらい、ゆっくり過ごそう。今晩寝たら、明日の朝にはもうここを出ていく手はずになっている。

流石に家を購入する前に、シモンと一回くらい会えるだろうとは思っていたが……どうやら今も忙しいらしく、ここには全く帰ってくる気配はない。うーん、引っ越ししたことは、ウィルにでも言伝を頼もうか。

そんなことを考えつつ、俺は今朝のスパーダ新聞に目を通す。

「災厄の新ランク5モンスター『カオシックリム』、ファーレンに現る、か」

気になった見出しは当然、俺が行方を探す第六の試練のモンスター。プライドジェム改め、カオシックリム。

記事には、昨日未明、カオシックリムと思しき黒い魔獣型のモンスターが、ファーレンの『黒き森』に出現し、演習中だったドルイド部隊と交戦。部隊に多大な損害を与えた後、地面を潜って逃走。その後、黒き森周辺の村に出現し食料庫を漁るとすぐにまた姿を消した。

ファーレンの騎士団による大規模な追跡が行われたが、西隣のパルティア方面への逃走が確認されたことから、やむなく国境付近で追跡を断念。注意を各国へと呼びかけた――という内容だ。

「パルティアか……どんどん遠くに逃げて行くな、アイツは」

恐らく、またすぐに国境線を超えて、別の国へ行ってもおかしくない。その内、グリードゴアがいた 大地竜渓谷(エルグランドキャニオン) に里帰りでもするんじゃないのか。

そうなったら、初めての遠征ってことになるが……それでまた逃げられたら、シャレにならない。行動範囲の広いモンスターは、人の足で追いかけるには厳しいな。上手く先回りできればいいんだが、モンスターの目的など理解できるはずもない。イチかバチかで網を張って、待ち伏せでもしてみるか。

まぁいい、とりあえず右腕が本調子に戻ってから、情報を照らし合わせて考えるとしよう。冒険者ギルドに行かずとも、こうして新聞の記事になるほどだ。カオシックリムの動向は、冒険者だけでなく国を挙げての捜索となるだろうから、これからより正確な情報も入手できるようになるだろう。

「……お、もうこんな時間か」

気がつけば、耳には神学校のホームルームを開始する朝の鐘の音が聞こえてくる。今日は幾つか授業に出るつもり。あともう少しで最低限の卒業要件を満たす。そうなれば、いよいよこの王立スパーダ神学校とも完全にサヨナラとなる。

俺の青春も、これで終わりなのか。

まぁ、今はもうフィオナという、真剣に将来を考えられる恋人がいるのだ。俺も、真の意味で大人になるべき時が、来たのかもしれない。

「じゃあ、行ってくる」

「はい、マスター、いってらっしゃいませ」

「……フィオナがいない時は、普通にしてくれていい」

「普通、とは?」

「いや、何でもない。気にするな」

やっぱりサリエルに畏まられるのは慣れないな。そう思いながら、俺はガラガラと立てつけの悪い扉を開け放ち――

「キャっ!?」

と、そこに、一つの人影が立ち塞がっていた。開けた扉のすぐ前に、誰かが立っていたのだ。

「うおっ――あ、あれ……もしかして、ネル?」

「ふえっ、えええっ! く、クロノくんっ!?」

俺の目の前に立っている人物は、流れるような黒髪をポニーテールにした、巫女さんだった。うん、この紅白の衣装は、どこからどう見ても巫女さんである。

何故、異世界に当たり前のように巫女服が存在しているのか甚だ疑問であるが、ここはとりあえずレッドウイング伯爵が趣味で作らせてひっそり普及させたとかで勝手に納得しておこう。

問題なのは、どうしてネルが巫女さんコスプレでウチの前に突っ立てたのかってことだ。

いや、コスプレ呼ばわりは失礼だろうか。正直、ネルの巫女服姿はめちゃくちゃ似合っている。元から黒髪美人のネルが、下手なコスプレみたいにテカテカした安っぽい生地じゃなくて、仕立ての良い本格的な作りの巫女服を着れば、似合わないはずがない。背中の白い翼も相まって、神々しいといってもいい。そのままどこの神社でもご神体として崇められそう。

そんな素敵でありがたい格好のネルだが、慌てたような表情はどこまでも俺の記憶にある彼女と一致する。

「えっと、どうしたんだ? アヴァロンに帰ったはずじゃ……」

「あ、あのっ! 私……クロノくんがガラハド戦争から帰ったって聞いて……それで……」

「もしかして、わざわざ会いに来てくれたのか」

「はい! 私、私……ずっと、クロノくんのこと、心配で……でも、無事で良かったです……本当に、よ、良かったでずぅーっ!」

感極まったように、ネルの青い瞳から大粒の涙が零れ落ちる。感動の再会に大泣きといったところか。

俺のことを、そこまで心配してくれていたとは、というか、本物の天使に匹敵する優しい性格のネルなら、泣くほど心配してくれて当然かもしれない。これでも一応、友達のつもりだから。

「まぁ、俺は無事だから……その、とりあえず、上がるか?」

嗚咽混じりにコクコクと頷くネルを伴って、俺は一歩も外へ出ることなく寮の中へと戻ることになった。

うん、これは今日の授業はサボりだな。

私がその報せを聞いたのは、遡ること、一週間ほど前のことです。

「ネルよ、良いニュースと悪いニュースがある」

ランク5ダンジョン『神滅領域アヴァロン』から戻った私は、成果の報告も兼ねて、約一ヶ月ぶりに、火の社へと戻りました。それで、ベル様が突然、そんな風に話を切り出したのです。

「は、はぁ」

「まずは悪いニュースから……クロノがガラハド戦争で行方不明になった」

「はぁっ!?」

驚きの余りに、変な声が出てしまいました。

行方不明? クロノくんが?

嘘、嘘です、そんなの、嘘、嘘……こんな酷い嘘をつくなんて、いくらベル様でも許さな――

「良いニュースは、クロノがスパーダに生還した」

「はふぅ……」

あまりに大きな絶望と希望のふり幅に、私はもうこれだけで体中から力が抜けて、膝から崩れ落ちてしまいました。

「あのぅ、ベル様……詳しく、聞かせてもらえますでしょうか」

「うむ、まぁ茶でも飲みながら、じっくりと聞くがよい」

というわけで、私は初めてここ三ヶ月ほどの事情を聞きました。

ガラハド戦争は冥暗の月24日に激戦の末にスパーダの勝利に終わる。しかし、十字軍のとても強い敵将と戦い、クロノくんは相討ちするような形で、戦場から姿を消した。

ランク5冒険者パーティ『エレメントマスター』のリーダーが行方不明、という情報そのものはスパーダでも年が明ける頃になると、冒険者ギルドで調べればすぐに分かるほど知られるようになったといいます。

「そなたの様子からいって、この情報を耳にすればどうなるか分からん。故に、ひとまずは隠すことにした」

私のこと、ベル様は全然信用してくれてないようです。でも、流石にクロノくんが行方不明になった、なんて聞いてしまったら……たぶん、私はベル様が想像するよりも最悪なことになっていたでしょう。自分で自分が抑えられないと、どうしようもないほど理解できるのです。

「クロノが真にランク5に相応しい実力者ならば、近い内に自力で生還するか、無事を伝えるくらいはするだろうと思っておったが……うむ、待った甲斐があったというものよ」

生きた心地がしなかった、としみじみ語りながら、ベル様は熱いお茶をすすりました。良かったですねベル様、見事に期待に応えたクロノくんに感謝しないと。

「ベル様、私をダンジョンに行くように勧めたのも、もしかして……」

「うむ、なるべく外の情報に触れないようにするためじゃ」

やっぱり。ダンジョンに籠り切りだと、外部の情報など入ってくるはずもありません。それに、攻略に熱中していれば、戻った時でもそれ以外のことには疎くなる。

もっとも、それだけでなく、私の周囲には行方不明の情報が耳に入らないように、何らかの工作は行われていたと思いますけれど。

「悪いとは思ったが、全てはネル、そなたを思ってのことじゃ。許せ」

「いえ、とんでもないです。ベル様のご配慮、痛み入ります」

怨みなんて一つもない。だって、クロノくんが無事に帰ってきてくれたのなら、全て許してあげられます。

「あ、あのっ、ベル様、私――」

「まぁ待て、落ち着くがよい。そなたの言わんとしていることは、よく分かる」

やっぱり、そうですよね。でも、我慢なんてできるはずもありません。

会いたい。

クロノくんに会いたい。

ああ、私は今すぐにでも、スパーダへ向かって飛んで行ってしまいそうなのです。

「ふふん、慌てて戻ったその勢いで、久しぶりの再会となる愛しの君へと顔を合わせるのか? さぞや、綺麗な顔になっているじゃろうな、ネルよ」

「うっ!?」

ピョンピョンと酷い寝癖みたいに髪は飛び跳ねて、不眠不休で走り続けて目の下に隈ができた血色の悪い顔色で、ハァハァ言いながら「クロノくん、おかえり!」と絶叫している私の姿が脳裏に浮かぶ。

そ、そんな再会……なりません、決して、あってはなりません!

「支度は十分に、万全にな、ネル」

「……はい」

ともかく、こうして私は久しぶりにスパーダへと行くことになりました。

騒ぎにならないよう、きちんとお父様をはじめ、学校の友人方にもあいさつ回りは済ませましたし、誰からも信頼を置けるお供をつけることで、さらなる保険としておきます。

あと、お兄様がいつの間にかアヴァロンに帰ってきていて、私のことを探していたようですが……クロノくんのことをよく思っていないお兄様が、私が彼に会いに行くと知れば、どんな妨害工作に出るか予想がつきません。これこそ正にベル様が忠告してくれた、恋のライバルとは違う、善意の妨害者、といものです。

申し訳ありませんが、お兄さまは私がクロノくんと仲良く手を繋いでアヴァロンへ恋の凱旋をするその時まで、黙って王宮の中でお待ちください。

「それではベル様、ネル・ユリウス・エルロード、行ってまいります!」

「うむ、武運長久を祈っておる」

名実共に私の勝負服となった巫女服に身を包み、遠い戦地へ出征する騎士のように勇ましく、スパーダへの旅路を始めました。

幸い、天候にも恵まれて、道行は順調そのもの。予定よりも半日ほど早く、私は懐かしのスパーダへと到着しました。まるで、黒き神々が、天癒皇女アリアが、私と彼との再会を加護の出力全開で応援してくれているかのようです。

到着したその日は、すでに陽も傾いていたので、逸る心を精神統一しながらかろうじて抑え込み、王族御用達の宿で一泊。その翌日、私は入念に準備を整え、体も心もしっかり落ち着かせてから、いざ、運命の時へと向かいます。

もう三ヶ月以上も前のこと。私は、リリィさんに惨めにも敗れ去り、クロノくんとお別れしました。

けれど、今の私はもう、愚かにも悪魔の罠にはまり、そのまま抜け出せずに心を折られるほど、弱くはありません。

私は強くなりました。少なくとも、あの時よりは、ずっと。折られた翼を癒し、再び大空へ向かって飛び立つような心境です。リリィさんは、もう怖くない。オナニーがクロノくんにバレてしまっても……私は構いません。 だって、私はクロノくんのことを、信じているから。

クロノくんなら、許してくれる。

クロノくんなら、受け入れてくれる。

「はぁ……はぁ……クロノくん」

鼓動が高鳴り、体は熱を帯びてゆく。一歩、また一歩、神学校へと近づく度に。

そして、あの見慣れた本校舎が見えた時、私はもう抑えが利かずに走りだし、正門を潜り抜け――

「お待ちください、アヴァロンのお姫様」

「……貴女は」

「こうして、面と向かって言葉を交わすのは初めてですね。私はフィオナ・ソレイユ。『エレメントマスター』のフィオナ、と言えば分るでしょうか」

正門を抜けたところで、私の前に立ちはだかったのは、あの忌まわしき邪悪な妖精少女ではなく、静かに佇む、黒衣の魔女でした。

「はい、貴女のことは存じています。確かに、こうしてお話するのは、初めてでしたね……ネル・ユリウス・エルロードと申します」

以後、お見知りおきを。そんなわざとらしい自己紹介を、私は彼女に返してみせた。

「それで、フィオナさん……この私に、何かご用でしょうか」

全力で警戒。今の私は、神滅領域のアンデッド近衛騎士を前にする時よりも、緊張感と警戒心で満ち満ちている。

それも当然でしょう。フィオナ・ソレイユ。この女もまた、クロノくんと同じパーティというだけで、堂々と彼の隣に居座り続けているのですから。あのリリィさんでも、いまだに排除しきれていないことを思えば、彼女がどれほどクロノくんにとって近しい存在であるか分かろうというもの。

何より、あのイスキア古城で再会した時、クロノくんはリリィさんと同様に、このフィオナという女もまた、喜びの抱擁を交わしていたのです。あの時の嫉妬心が、魂の奥底からメラメラと燃え上がってきます。

「少し、お話したいことがあるのです」

「申し訳ありませんが、私は今、とても急いでいるのです。またの機会にしていただけないでしょうか」

しかし、今の私は冷静に彼女との接触を避けることを選べる。この場で争うのは得策ではありません。

彼女がここで声をかけてきたということは、このまま私をクロノくんに合わせたくないということ。考え無しに、というより対策もなしに相手の呼び出しに応じるなど、丸腰で敵の城に乗り込むようなもの――

「クロノさんが行方不明になっていた間のこと、教えましょう」

「っ!?」

しかし、ああ、何という事でしょう。この女は、私に罠の中へ飛び込ませるだけの餌を、きちんと用意していたようです。

そう、私はクロノくんが無事にスパーダに帰ったという事実だけで満足して、ここまで来てしまった。つまり、彼が行方不明だった詳しい事情は、全く知りません。

気にならないはず、ありません。

「そう、警戒しないでくれませんか。貴女をクロノさんの友人と見込んで、彼と会う前に、知っておいて欲しいと思ったのです……クロノさんを、傷つけないように」

「そ、それは……一体、何があったというのですか」

フィオナ、彼女の本心が分からない。台詞だけ聞けば、リリィさんよりもずっと私に対して理解のあるようなことを言っているようですが……しかし、これが私を嵌めるための罠へとおびき寄せる甘言でないとも言い切れません。

ですが、もし、彼女のいう事が本当ならば。私が何も知らないまま、うっかりクロノくんに心無いことを言うか、触れられたくないことを聞いてしまったら……危うい。私にとって、もう恋のライバルや善意の邪魔者の妨害など怖くはありませんが、もし、もしも……クロノくん本人に、き、嫌われて、しまったら……ああ、ああ、今度こそ、私は立ち直れなくなってしまう。

「クロノさんは、まだ寮にいます。あまりお時間はとらせません。私の話を聞いた後、どうぞ、彼との再会を心行くまで、楽しんでください。私は用事がありますので、夕方までは戻って来ませんので」

「……いいでしょう、分かりました。フィオナさん、貴女の話、お聞きします」