作品タイトル不明
第49話 腹ペコ魔女
その日は、色んな村人にアイスキャンディーを配り終わると帰路に着いた、勿論昨日に引き続きクエストは受けてない。
まぁそんなに毎日クエストをこなさなくても、生活するだけならどうとでもなる。
俺はリリィを肩車して、商人ギルドにアイスキャンディーのレシピをどうやって売り込もうか考えながら街道を進む。
この真っ直ぐ続く街道に暮れなずむ夕陽を背景にした帰り道も、随分と見慣れたものとなった。
普段なら、徒歩や馬車を引く行商人とたまにすれ違うくらいのものだが、この日に限っては、今まで見たことの無い姿の人物を発見した。
その人物は、街道脇に生える木を背に座り込み、ピクリとも動かない――魔女だった。
「どう見ても魔女だよなこの人……」
絵本でしか見たこと無いような大きな黒の三角帽子で顔を覆っている。
その身に纏うのは、俺と同じように漆黒のローブ、しかし、首元などには羽毛で飾られており、遠目でも上等な品だというのが分かる。
彼女の武器であろう 長杖(スタッフ) もすぐ脇に立てかけてある。
見れば見るほどパーフェクトに魔女ルックな人物、なんだか自分がいきなり童話の世界に紛れ込んでしまったような感覚を憶える。
まぁ、ここは異世界なのだからそう不思議な出来事ではないのかもしれないが、そんなことよりも、
「……こういう場合はどうすべきなんだ?」
「?」
正しい対処が俺には分からないし、リリィも首をかしげている。
どうやら眠ってはいるようだが、まさかこんな場所で昼寝(もう夕方だが)をしているなんてことは無いだろう。
だが、もしも急病だったりすると、助けられる人物は恐らく俺だけだろう、夜の街道など人通りは皆無だ。
しかしだからと言って、病と断ずるほどの様子では無い。
それじゃあ何か、俺が知らないだけで異世界では夕暮れの街道で魔女が眠っているなんてのは時折見られる自然な事なのか?
いくら考えたところで、当然この魔女がどうしてこんなところで寝ているのかは皆目見当などつかない。
声をかけるべきか、スルーすべきか。
もしもの事を考えて、俺は魔女に一応声をかけようと思ったその時、
「――そこのお人、何か美味しいモノを持っていますね?」
魔女が突如声を発した、それも、初対面にしては割と失礼な内容の台詞を。
「何だ、起きてたのか?」
あまりに唐突な魔女の発言に、機先を制された俺は思わず敬語を忘れて素で返答してしまった。
「私は今とてもおなかが空いています、美味しいモノが食べたいのです」
魔女はのっそりと、顔にかかっていた三角帽子を頭へと被りなおす。
そうして、隠されていた素顔が露わになる。
ひどく眠そうなボンヤリとした表情だが、それでも端正な少女の顔立ちだと即断できるほど綺麗なものだった。
肌は白いが、淡い水色のショートヘアに金色の瞳と少々変わったカラーリング、だが種族は恐らく人間だろう。
魔力は物の形質にも影響を与えるので、髪や肌、瞳といった部位に、元の世界では有り得ないような色を自然に持つ者は、この異世界にあっては別段珍しい存在ではない。
そういえば「美味しいモノが食べたい」と言った口調がハッキリしていたことを思えば、こうして半目なのは眠いのでは無く素なのだろう。
「美味しいモノが食べたいです。
美味しいモノ食べたいな~」
「分かったよ、食い物はやるから俺の話を聞いてくれ」
「本当ですか? ありがとうございます」
表情にほとんど変化は無いが、俺は彼女が確かに喜びの感情を浮かべたのを見逃さなかった。
俺の姉貴はとことん無表情な人だったので、表情変化が乏しい人間の顔色を読み取るスキルには多少自信がある。
同じ無表情でも、顔に表れないだけで感情が豊かなタイプもいるし、姉貴のように感情もフラットなタイプもいる。
どうやらこの魔女は前者のタイプのようだと、俺は直感的に思った。
「あ、できれば甘いものでお願いします」
「……分かったよ」
ついでに、酷くマイペースな性格のようだ。
俺は結構面倒そうな人と関わってしまったな、と内心思いながら、影空間よりアイスキャンディーを取り出す。
「あいすきゃんでー!」
「今日はもう3本食べたから、また明日な」
甘やかしすぎるのは良くない、と心を鬼にして、リリィにはアイスは一日3本までと決めた。
だからそんな物欲しそうな顔をしてもあげないぞ。
「何ですか、これは?」
「アイスキャンディーという、フルーツジュースを凍らせたようなモノだ」
「初めてみます、珍しいモノをありがとうございます」
すでに魔女の視線はアイスキャンディーに釘付けとなっている、相変わらず無表情のままだが、その瞳は獲物を前にした猛禽類の如き輝きを宿している。
そのままスイスイとアイスキャンディーを左右に振ると、動きに合わせて魔女が顔ごと追いかける。
「……イジワルですか?」
「スマン、つい」
あまりに真剣にアイスキャンディーを見つめる様に、思わず遊んでしまった。
俺は笑い出しそうな気持ちを必死に堪えながら、魔女へアイスキャンディーを手渡した。
「しゃくしゃく――っ!?」
「美味いか?」
「――とても美味しいです」
アイスキャンディーはあっという間に魔女の口へと消えた、今日アイスを食べた村人達の中でも最速の完食タイムだ。
「やはり私の見立て通り、甘くて美味しいモノを持っていましたね」
「何だよソレ、魔女の勘か?」
アイスキャンディーの入った容器は影空間の中、外から見えないのは勿論、匂いも一切漏れないはずだ。
「いえ、拡張空間内でも美味しいモノを隠し持っているのは、私には分かります」
「……本当か?」
「分かる、というだけですけどね」
魔女はそんなことも分かるものなのか? 俺はこれまで影空間の秘匿性を絶対だと思っていたが、見破る術かスキルが存在しているのか。
もしかしてコイツ、実は凄い魔女なんだろうか? それとも凄まじい才能を秘めた食いしん坊なんだろうか?
まぁいい、気になることは色々あるが、まずは、
「それで、何でこんなところで寝てたんだ?」
これを聞かないことには始まらない。
「お腹が空いたので」
「行き倒れてたのか?」
「そんな感じです」
軽く命の危険があるシチュエーションにも関わらず、しれっとそんなコトを言う。
「ならアイスじゃなくて、もっと腹の膨れるものを食べなきゃダメだろ」
「私、甘いものには目がないもので」
「好き嫌い言ってる場合じゃないだろ、少し歩けばイルズって村があるから、そこで何か買え。
というかちゃんとお金は持ってるか?」
「 金(ゴールド) なら持ってますよ――ほら」
と言って、帽子の中に手を突っ込むと、そこから見たことの無い大判の金貨を取り出した。
片面には横向きの女性の肖像画が、もう片面には月桂冠のような縁取りに、見たことの無い円形の魔法陣と思われる文様が描かれている。
貨幣としてかなり長い間使用され続けたものなのだろう、僅かに表面がこすれたり、欠けたりした面がある。
だがそうした細かな傷のついた部分も変わらず黄金の輝きを放っているところを見れば、どうやら金メッキでは無く、相当量の金をちゃんと含んでいることが分かる。
正確な価値は金の含有量を測ってみないことには分からないが、少なくとも1ゴールド金貨を軽く超えるだろうことは予想がつく。
いや待て、デカい金貨も驚きだが、そもそもあの金貨は帽子から出した、恐らく影空間と同じように空間を拡張する魔法を使っている。
俺と違い、真っ当に 空間魔法(ディメンション) を習得したというのなら、冒険者のランクでいけば最低でも3に匹敵するぞ。
やはり、格好だけの魔女では無さそうだ。
「そんな立派な金貨を持ってるなら、何でも買えるだろ」
「そうですか? それではこの金貨で、先ほどのアイスキャンデーを買えるだけ下さい」
「悪いけどさっきので売り切れだ、というか、アイスじゃなくて腹の膨れるモノを買えって言ったよな?」
「甘いモノには目がないもので」
それはさっき聞いた。
つーかコイツ、普通に元気じゃないのか?
「とりあえず、イルズ村まで歩けるか? ここからなら一時間くらいで着く筈だ」
「それくらいなら大丈夫です」
「そうか、まぁ旅の魔女なら余計なお世話だったかもな」
異世界において旅をする人は珍しい存在では無い、冒険者や商人や吟遊詩人など、実に様々だ。
「美味しいモノをくれたので、別にいいですよ。
貴方も旅人なのですか?」
「いや、俺は――ああ、まだ名乗ってなかったな、俺はクロノ、でこっちは」
「リリィなのー」
「二人で冒険者をやってる」
分かりやすく身分を提示するために、俺のギルドカードを見せる。
「これはなんですか?」
「ギルドカードだけど、知らないのか?」
「ここのギルドカードは初めて見ました」
‘ここの’ってコトは、もしかして別の国出身なのか?
いや待てよ、確かこのギルドカードはパンドラ大陸でかなりの広範囲に渡って共通のはずだ。
とすれば、西部の大砂漠の向こうとか、よほどの辺境からやってきたのかもしれないな。
「魔法に自信があるなら冒険者の登録はしておいた方がいいんじゃないか? 路銀が尽きた時でもすぐ稼げるぞ」
もっとも、あのデカい金貨を何枚も持っているとすれば、所持金が底をつくのは年単位で先の話となるが。
「はい、私も近々冒険者になるつもりでしたので。
スパーダという街についたら、そこで登録しようと思っています」
スパーダは、確かイルズ村からガラハド山脈を越えたところにある、ダイダロス領と隣接する大陸中部の都市国家だ。
行ったことは無いが、パンドラ大陸に数ある都市国家の中でも特に有名らしく、田舎の冒険者でしかない俺でもその名前だけは知っている。
「それでは、私はそのギルドカードは持っていないので、こちらをお見せしましょう――」
そう言って、再び帽子をごそごそやって、一枚のカードを取り出した。
それは、俺が持つドッグタグのような金属プレートのギルドカードとは違い、トレーディングカードのような厚紙で出来た、正しくカードであった。
そこに書かれている文字は、異世界特有のアルファベットモドキだ。
『フィオナ・ソレイユ』
どうやらそれが彼女の名前らしい。
苗字があるってことは、かつて俺が疑われたように貴族など良いトコの出でワケアリなのかもしれないな。
まぁその辺を詮索しないのが冒険者の礼儀だから、ここはスルーしておくべきだろう。
クラスは見た目通り魔術士、冒険者ランクは書いてあるようだが、こちらのギルドと分け方が異なるようで、どれほどのモノなのかは分からない。
「冒険者やってるならどこでも生きていけるだろうけど、なるべく行き倒れたりはするなよ」
「はい、私もいつもお腹が一杯なら幸せだと思います」
いや、そういう気分的な事を言っているのではなくてだな……まぁいいや。
「それじゃ、俺達はもう行くぞ、フィオナさんも暗くなる前に行くんだぞ」
「はい、それではまた」
「ああ、縁があればな」
そうして、俺はフィオナさんというちょっと変わった魔女と別れ、再び帰路へついたのだった。
しかし、何故フィオナさんも村人も、アイスキャン‘デ’ーと発音するんだろうか?