軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第495話 小さな胸の内(2)

「最近、レキの様子がちょっとおかしいんだが」

心当たりがないか、と俺はベッドの中でサリエルに聞いてみた。

「おかしいのですか?」

「ああ、何か俺、ちょっと避けられているような……それに、あんまり元気がないようにも見えるんだ」

普段のレキは元気の塊みたいな子なのだが、それが妙に大人しいし、余所余所しい。もしかして嫌われた……と、思いたくはないのだが、それが一番しっくりくる態度である。

「それは、いつからですか」

「うーん、昨日、いや、一昨日からだな」

一昨日は氷晶の月10日。ウルスラと訓練を初めてちょうど一週間で、彼女が 原初魔法(オリジナル) をかなり上手に使いこなし、制御していることが実感できた日だったから、よく覚えている。

俺もウルスラも成長ぶりに喜びながら帰った矢先、レキは落ち込んだように元気のない顔で出迎えてくれたのだった。

下世話かもしれないが、ひょっとしたら女性特有のアノ日かも、と思ったからあえては聞かなかった。だが今日も今日で相変わらずの様子だったから、これは何か原因があるのではと思った次第である。

「正直、俺には心当たりが全くない。何か嫌われるようなことした覚えはないし、というか、ここ最近はずっとウルスラの相手しかしていなかったから、レキには何もしていないんだよ」

「……原因は恐らく、何もしなかったこと、によるものと推測されます」

失礼かもしれないが、人の心の機微に疎いサリエルの解答にはあんまり期待していなかった。だが、彼女は即座に応えてみせた。

「も、もしかして、俺が構ってやらなかったから拗ねてる、みたいな?」

「概ね、その認識で正しいかと」

マジか。俺は別にレキの兄貴でもなければ父親でもない。ちょっと相手しなかったくらいで拗ねられるほどの大した存在になっているとは、思えないのだが。

「レキは、貴方との模擬戦をとても楽しみにしていたように見えます。それが行われなくなれば、彼女にとって大きなストレスとなる」

「あっ、そ、そうか……そうだよな……」

そう言われれば納得することしきりである。レキがどれだけ戦いに夢中になっているかというのは、相手をしている俺自身が一番よく知っている。

だから、いくらレキがウルスラの呪いを制御することの重要性を理解し、納得してくれてるとはいえ、最大の楽しみがないことに不満が募ってしまうのは仕方がないことだろう。

「よし、それじゃあ明日、久しぶりに誘ってみるよ。ちょうど祝日だし、ウルスラの方は休みにしよう」

明日は氷晶の月14日。地球の太陽暦に当てはめれば2月14日、すなわちバレンタインデーということになる。少なくとも、高校生だった頃の俺には全く無縁の物悲しいイベントであるが。

もし異世界召喚なんてなければ、俺は白崎さんから本命チョコなんてのを貰えたかもしれない……いや、やめよう、考えると虚しくなる。

しかしながら、そんなことを思ってしまうのも致し方ないだろう。なぜならこの異世界における、というより十字教において氷晶の月14日は、とある聖人の伝説にちなんで祝日と定められている。

そして、その聖人の名はヴァレンティヌスという。

「なぁ、パクりじゃないよな?」

「地球のバレンテインデーと、十字教のヴァレンティヌス祝祭は無関係です」

思わずサリエルに聞いちゃったよ。しかも二回目だよ、この質問。

「まぁ、ヴァレンティヌスが日本人だったとしても、わざわざ2月14日を狙って死ぬなんて馬鹿な真似はしないよな」

聖人ヴァレンティヌスはその昔、悪魔の罠によって十字教の教会が内部分裂しそうになったのを、我が身を賭して悪魔を退け教会を再び正しい信仰の下にまとめ上げた、という伝説をお持ちの偉人である。勿論、聖書にも彼の八面六臂の大活躍は描かれているので、俺も大筋のストーリーは把握している。まぁ、ほとんどサリエル先生の講義のお蔭なんだが。

そんなワケで俺は明日、この聖人ヴァレンティヌス伝説における有名な部分を抜粋して読み聞かせと解説をするという、ちょっと久しぶりに司祭らしいお仕事があるのだった。もっとも、二等神民の多いこの村には熱心な十字教徒は少ないし、信仰しているといってもそんなに詳しいワケじゃないから、俺みたいなニセ司祭でもどうとでも誤魔化しが利く。

「まぁ、胡散臭い十字教の伝説なんてどうでもいいけど、お祭り騒ぎができるんなら、それでいいだろう」

そう思うのは俺だけでなく、多くの村人、いや、大多数の一般的なシンクレア民もそうだろう。由来はどうあれ、祝日として公式にお祭りを催せるので、基本的には飲んで食べて踊ってと、楽しく過ごすことがメインとなるのだから。

「お前は、楽しみか?」

「私がヴァレンティヌス祝祭に関わったのは、過去に二回。教会に招かれ式典に参加したのみ。使徒としての仕事という以上の感情はありません」

「今はどうなんだ。友達、といえるかは微妙だが、ウルスラとは仲良くなっただろう」

「分かりません。しかし、お祭りを楽しい、と感じる理屈は、理解している」

そういうのは理屈を理解して楽しいと思うもんじゃないんだが。

けど、こればかりは仕方ないか。サリエルは白崎さんの記憶を全て取り戻したとはいえ、人格はロボットみたいなヤツだからな。逆に、いきなり白崎さんみたいに振る舞い始めたら、それはそれで恐ろしい。

「少しは、楽しめるといいな。俺達がこの村で参加できる、最初で最後のお祭りだ」

「出立の日時は、氷晶の月20日に変わりはありませんか」

サリエルが言う通り、俺はついに、この第202開拓村を出て行く日取りを決めた。

今年も例年通りの雪解けとなるらしい。ウルスラの訓練を始めたこの一週間で、ぐっと気温が上がってきたことを、俺は一日中屋外にいるから意識しなくとも体感できている。

この調子でいけば、20日を過ぎる頃になれば街道からドロドロとなった土の路面が覗くだろう。

予定としては、20日に現在地である第202開拓村を出る。数日かけてアルザス要塞の手前の村まで行き、そこで一旦、周辺の状況を探る。そしていざガラハド登山という頃には、ほとんど雪も融けているだろうと思われる。

すでに十字軍のアルザス要塞からの引き揚げは落ち着いており、現在は時折、連絡のための伝令兵か、新たに要塞防衛の任という貧乏くじを引かされた小部隊がアルザスに向かっていくくらいのものだ。

俺達が移動するにあたって、怪しまれないようただの冒険者か傭兵に見えるような装備は行商人から買ってあるし、ガラハド山脈越えに必要な物資も揃えてある。

残念ながら、最後まで 空間魔法(ディメンション) のかかったポーチや鞄は行商人の品ぞろえに並ぶことはなかったので、結構な大荷物を背負うこととなる。だが、この世界において旅人や冒険者がそういう装備になることは珍しくないので、それはそれで怪しまれることもない。

準備は万端。時期も来た。

あとは、覚悟を決めて一歩を踏み出すのみ。

「ああ、名残惜しいが……予定通りに、俺達はこの村を出る」

「レキ、大事な話があるの」

夜、ベッドに入った直後、物凄く真剣な顔でウルはそう切り出した。

「な、なんデスかぁ……」

もしかして、ここ数日、私の様子がおかしいことを悟られてしまったのかとドキリとする。

あの日、ウルとクロエ様の訓練の様子を盗み見みて泣きながら帰ってから、気持ちが全然落ち着かない。整理がつかない、割り切れない。

私が泣いていたことは、教会で留守番をしていたシスター・ユーリには気付かれていたけれど、彼女は何も聞かなかったし、誰かに言った様子もない。だからまだ、二人を誤魔化せるだけの余地はある。

けれど、自分でもあんまり上手く隠せていないと分かるほどに、私は挙動不審だ。

ウルはまだ、長年の付き合いがあるから何とかなる。でも、クロエ様はダメだ。何かもう、マトモに目も合わせられないのです……どうしてこんなに苦しいような恥ずかしいような、そんな気持ちになるのか、自分でもよく分からない。

「クロエ様のこと」

「えっ!?」

無駄に声を上げてしまった。ウルの怪しむような視線が痛いでーす。

「レキ、クロエ様と何かあった?」

「な、何にもないデスよ! 最近はずっと、クロエ様はウルと一緒じゃないデスか」

「ん、そう……」

納得したのか、それ以上の追及はなかった。

あ、ということは、ウルの話は私についてではないってこと、ですか?

「クロエ様が近い内に村から出て行く、というのはレキも知ってるでしょ」

それは、クロエ様がやって来た最初の日に聞いていた。後任の司祭がやってくるまでの代理で、長い間、この開拓村に滞在することはないと。

「クロエ様は今月の内に、出て行くつもり」

「ええっ、そんなっ!?」

「レキ、声が大きい」

ウルに注意されるけれど、でも、叫ばずにはいられない。いざ、別れの時がもう目の前に迫っていると知らされれば。

「ほ、本当、なんデス? リアリィ?」

「クロエ様はすでに、旅の準備を済ませているの。雪が融けはじめれば、もう、この村に留まっている理由は何もない」

雪道では旅をするのは大変だから、冬の間だけこの村にいる、という理由も確かに以前、聞いたことがある。そして、この地域は氷晶の月の内に雪解けが始まるとも、聞いている。

「クロエ様がいなくなったら、寂しい?」

「そんなの……寂しいに、決まってるデス……」

あ、まずい。私、何かもうすでに涙目になってきてる。

すぐにお別れの時がくると、最初から分かっていたはずなのに。仕方がないと、覚悟も決めていたはずなのに。

「私も寂しい。クロエ様と、もっと、ずっと、一緒にいたいと思う」

「でも、それは……無理デスよぅ……」

「ううん、無理じゃない。レキ、私にいい考えがあるの」

暗闇の中で、ウルの青い目がキラリと光ったような気がした。

「ええっ、なになに、何デスか!」

と、聞いてはいるけれど、すでに私は乗り気。それがどんな馬鹿げた内容だろうと、ほんの僅かでも可能性があるなら、全力で賭けてみたいと思う。藁にもすがる、ともいうです。

「協力、してくれる?」

「勿論デス! レキに出来ることなら何でもやってやるデース!」

素直に思いのたけをぶちまけると、ウルがニヤリと悪巧みしている時の顔で笑ったのが、暗くても分かった。

私と違って頭の良いウルが考えたなら、絶対に成功する。ニコライ司祭も、何度も出しぬいているのです。

「それで、何をどうすればいいのデスか?」

「色仕掛け、なの」

「いろ、じかけ? カラートリック?」

まだ私の知らない単語が飛び出した。もう、ウル、あんまり難しい言葉は使わないで欲しいでーす。

「つまり、エッチなことをするの」

「え、エッチって、えっ、えぇえええええええええええええっ!?」

「声が大きいの」

早くも二度目の注意を受けるも、まるで耳に入らない。

だって、エッチなことって、キスしたり、パンツを見られたりするってことです。しかも、それを、クロエ様に――

「お、オォーウ……」

想像したら、ドキドキが止まらなくなってきた。

これはもう、今夜はウルに手を握ってもらないと寝付けない。ずっとウルに触れていると、凄く弱いけど呪いの力が働いて、ちょっとだけ疲れてくる。私は昔から興奮すると目が冴えて全然寝れなくなるから、そういう時はウルの手を握って眠らせてもらうのです。

でも、今はウルの力を借りずに、落ち着こう。落ち着いて、詳しいエッチの話をしよう。ビークール。

「で、でも、本当に上手くいくデスか?」

「大丈夫、やり方は本でバッチリ学んだの」

あっ、そうか、クロエ様が買ってくれた例の恋愛小説! なるほど、流石はウル。

「この本には正しいエッチの仕方が、詳しく書いてあるの。その通りにやれば、間違いないの」

「それはっ、ど、ど、どどど、どうやるのデース!?」

「簡単なの。夜、一緒に寝るの」

「えっ、そ、それだけ?」

そんなの今の私達と同じじゃないですかー?

「でも、ただ寝るだけじゃダメなの。ベッドに入ったら、抱くの」

「抱く? 抱きしめるデスか?」

「そう、ギューっと」

おおう、それは一気にエッチっぽくなってきたです。

「そして、キスするの」

「ワァーオ! そこでキッスなのデスかぁー!?」

これはもう完全にエッチです。

「何度もするの」

「オー、マイゴット!」

な、なんということでしょう。そんなのは、私の想像を絶する大人の世界でーす!

「そしたら、凄く気持ちよくなって寝るの。気づいたら、もう朝になってる」

「こ、これが……正しいエッチの仕方、なのデスかっ!」

「でも、一番大事なのはここから。なんと、エッチすると、男は責任をとって、結婚しなきゃいけないのー」

「け、結婚!?」

その言葉に、流石のウルもドキドキしているのか、語尾が間延びしているです。

「結婚したら、クロエ様はずっと一緒にいてくれるの。もう、絶対に……離れない」

確かに、結婚まですればウルの言う通りになる。クロエ様も旅を諦めて、この村に住むしかなくなる。

一時的に彼を引き留めるのではなく、一生、傍にいてくれる。俄かには信じがたい、けれど、心から信じたいと願う、夢のような話。

「で、でも……やっぱり、無理デスよ、そんなの……」

「どうして?」

「クロエ様にはもう、シスター・ユーリがいるデス」

そう、妹と偽って、本当は恋人であると教えてくれたのは、他ならぬウル。まさかそれを忘れたはずはないし、クロエ様の彼女に対する深い愛情も毎日見ている。

「だから、レキの協力が必要なの」

「レキに、何かできるデスか?」

「夜、シスター・ユーリをクロエ様から引き離して欲しい――」

ウルは言う。ちょうど明日はヴァレンティヌス祝祭。普段と違うコトが起こってもおかしくない、お祭りの日。だからこそ、明日がクロエ様に『色仕掛け』をする唯一にして絶好のチャンスとなる。

「レキはまず、日が暮れたらお酒を飲むの」

お祭りでは 葡萄酒(ワイン) も 麦酒(エール) も沢山振る舞われるから、皆、普段よりもずっと飲む。右を見ても左を見ても、酒飲みばかり。

だから、そんな場の雰囲気で、まだお酒を飲んではいけない子供が、つい、飲んでしまうことも、そう珍しいことではない。

そうしてお酒を飲んだ私は、酔う。凄く酔う。もし酔わなくても、凄く酔ったフリをする。実際に飲むのはほんの一口だけでいいから、多分、実際には酔っぱらった演技をすることになるだろう。

そうして酔ってしまった私は、一足先に教会へ帰って休む。そこで、付添をシスター・ユーリに頼むのだ。表向きは酔った子供である私を、クロエ様は万が一にも一人だけで寝かせる真似はしない、とウルは言い切る。

実際に酔った私とシスター・ユーリを部屋まで運んでくるのはクロエ様だろうけど、ここで私がシスター・ユーリに見ていて欲しいと言う。一発でOKが出なければ、寝てる姿をずっと男のクロエ様に見られるのは恥ずかしいから、と言えば必ず成功する、らしい。何が恥ずかしいのか私も分からないけど、ウルが言うなら間違いないです。

そしてシスター・ユ-リと二人きりになり、適当なタイミングを見計らって、私は彼女に「一緒に寝て欲しい」と頼む。

これでシスター・ユーリをこのベッドに朝まで縛り付けておくことができる。だから、この日ばかりはクロエ様は、一人きりで寝ることとなるのです。

と、ここまで作戦を聞いて、私はようやく気が付いた。

「え、それじゃあ、ウルは――」

「私がクロエ様と、エッチするの」

「それはダメなのデス!?」

叫んでから、私は後悔した。

「……何がダメなの」

「え、だ、だって……」

答えられないのだ。ダメな理由は全く思いつかない。まして、俄かに不機嫌な気配を漂わせるウルを納得させられる言い訳なんて、できるはずもない。

「そしたら、ウルはクロエ様と、け、結婚! しなきゃいけなくなるデスよ! 結婚は、好きな人としなきゃいけないデス!」

「私はクロエ様が好き」

当たり前のようにそう言い切ったウルに、私は、咄嗟に返す言葉を見つけられなかった。

「クロエ様はとっても、強くてかっこよくて優しい。惚れない方がどうかしてるの」

「そ、そんな……でも……」

そうだ、愛、というのはきっと、そんなありきたりな理由じゃ、いけないはず。

「それに、私の全てを受け入れてくれるのは、クロエ様しかいないから」

喉元まで出かかった否定の言葉は、再びお腹の奥底に引っ込んだ。

うん、そう、そうですよね、ウル。それは確かに、人を好きになるには、結婚したいと思えるほど愛するには、十分すぎる理由です。

「ウル、本気……デスか?」

「私は本気。絶対にクロエ様と結婚するの。だからレキ、お願い……私に、力を貸して」

その時、私はただ、頷くことしかできなかった。

ああ、でも、どうしてだろう……胸が、すごく苦しい……です。