軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第442話 侵食する悪夢(3)

「これは……ちょっと、やりにくいな」

再び『 裂刃(ブラストブレイド) 』で敵中を突破してきた先に、その子はいた。

ふんわりした金髪に、綺麗なエメラルドの瞳。幼く可愛らしい顔立ちに、小さな体にまとうのは白毛のプンプンローブ。

まるでリリィの性別を逆転させたかのような容姿と格好の男の子だった。

「あはははは! ねぇねぇ、ゴーレムでも急所に喰らったら痛いのぉ?」

だが、どこまでも楽しそうに無邪気な笑い声を上げながら、手にする無骨で巨大なハンマーを、思い切りガルダンの股間に向かって振り下ろしている姿は残虐そのもの。魔族を殺す、十字軍の性質を純粋なまでに体現しているかのようだ。

あの心優しいリリィとは、どこまでも正反対の精神性。似た姿であるが故に、余計に不快感が増す。

「おい、そこの子供」

「ん? んー、なぁにオジさん、もしかして、僕のこと呼んだ?」

それがプラスチックでできたオモチャのように、ハンマーを軽々と肩にかつぎながら、可愛らしく小首をかしげながら俺の方を向いた。「ぐぉおお……」と力のない呻き声を漏らすガルダンを小さな足で踏みつけながら。

「子供呼ばわりは止めて欲しいなぁ、ムカつくから。次はエリオって名前で呼んでくれないと、一発で潰すよ?」

エリオと名乗った子供は、如何にも不満です、というように可愛らしく口先を尖らせた。

図らずとも、少年の名前を知ったことで、少し、心が重くなる。だから俺は、どこか祈るような心持で、声をかけた。

「ならエリオ、今すぐ武器を捨てて、ゴーレムを解放しろ。そして、この場を去れ。命だけは助けてやる」

そう呼びかけたのは、騎士道精神でもなんでもない。きっと、俺自身が子供を殺したくないという、弱い現実逃避の現れだろう。

先の二人は問答無用で殺した癖に。都合の良い正義感である。

「見えないのかなぁ、このデカいゴーレムはね、僕が倒したんだよ、一人でね。どう、凄いでしょ? 偉そうなだけの大人の騎士より、僕の方が百倍くらい強いんだから!」

そう自慢気に笑いながら、ハンマーをガルダンの一つ目が光る顔面に叩きつけた。

「ごおっ! がぁ……」

「だからさ、オジさんも本気でかかってきてくれないと、このガラクタみたいにすぐ壊れちゃうよ」

ケタケタと笑い転げながらも、翡翠の瞳に宿るのはどこまでも好戦的な輝き。戦闘狂と同じ、あのギラついた目だ。

この子には一切、退く気はない。

そんなことは最初から分かっていただろうに……それでも尚、こうして確認できたのなら、もう、躊躇はしない。迷う理由は、完全になくなった。

「―― 魔手(バインドアーツ) 」

先手必勝。現在、左手に装備した擲弾銃『デュアルイーグル』の銃口を向けながら、その腕から繰り出すのは漆黒の鎖の束。『極悪食』は使わず、本当にただの鎖の触手だけを飛ばす。

「うわっ、何か出たぁ!?」

驚きながらも、どこか面白がるような声音で、エリオは素早く飛び退いた。

元より、彼を狙ったつもりはない。俺の目的は、ガルダンの救出。伸ばした鎖は蛇のように鋼鉄の巨躯へと瞬く間に絡みつき、ガッチリと固定させる。

「ぐ、うぉおお! なんじゃコリャぁ!?」

全身ヒビ割れだらけでボロボロのガルダンだが、随分と元気の良いリアクションだ。頑丈なことである。

これなら多少、乱暴に扱っても大丈夫そうだ――という正当化をしてから、俺はさっき司祭を引き寄せた時と同様に、全力で鎖を引き戻した。

「どわぁああああああああああああ!」

暴れ馬に引きずり回される罪人のように、ズルズルと勢いよく地面を滑らせてガルダンを回収。

「後は任せたルドラ」

「承知」

そして、影のようにここまで俺の背後に控えていたルドラに、満身創痍のゴーレムを預ける。俺達のすぐ後方では、ホーンテッドグレイブが作りだした即席のゾンビ部隊が奮戦中である。それと合流すれば、俺が術者の少女を始末するまでの時間くらいはもつだろう。

さて、後はこのまま真っすぐターゲットまで突撃をしかけていきたいところなのだが……

「待ちなよ、リン姉のところには、行かせないよ」

俺の視線を遮るように、両手でハンマーを構え直したエリオが立ち塞がる。

それとなく周囲も窺って見れば、ここもやはり、取り囲む十字軍兵士が踏み込んでくる様子はない。ここまで大暴れしてきた俺を前に、歩兵だけで仕掛けるのを躊躇しているのか、それとも、エリオに気を使ってるのか。どちらにせよ、サシで戦えるならやりやすい。

「ふふ、見ててよリン姉、僕がアルザスの悪魔ってヤツを、やっつけてやるからさぁ!」

こんな子供にまでその呼び名が通っているのか……なんて複雑な心境が湧き上がると同時、エリオが猛烈な勢いで突っ込んできた。

巨大な鋼鉄塊のハンマーヘッドは、エリオの身長の倍ほどもある長い柄の先端についている。一番端を持って振り上げれば、ついに身長190センチの大台に入った俺でも、脳天から叩き潰すリーチがある。もっとも、この超重量の武器を持ちながら、全く重さを感じさせない素早い走りを見せることから、そのままジャンプ攻撃も難なくやりそうだが。

「――『 榴弾砲撃(グレネードバースト) 』」

俺は 魔手(バインドアーツ) を放って向けたままになっていた左手の『デュアルイーグル』で、フェイントもガードも一切なしで真っ直ぐ突っ込んでくるエリオに向かって、迎撃の榴弾を撃ち込む。

水平二連の銃口より同時に走り出した黒い榴弾は、エリオの小さな体を正確に捉える。

「あははは! 効かないよそんなの!!」

爆炎と黒煙を笑顔で突っ切ってくるエリオ。ダメージはまるで通ってない。

このノーダメージっぷりは、神学校の闘技場でなし崩し的にカイと決闘した時のことを思い出すな。アイツは 魔弾(バレッドーアーツ) の掃射を真正面からガンガン受けながら突撃してきた。

やはりエリオの能力は、カイと同じ超人的な身体能力ということなのだろう。いや、カイは『 榴弾砲撃(グレネードバースト) 』は避けていたから……それ以上の強化状態ってことになるのか。全く、末恐ろしい超絶スペックである。

重いハンマーを振り回す腕力だけでなく、常時、防御系武技が発動しているかのような硬さと、ついでに速さもあると考えるべきだ。

これで魔法も使って来れば厄介なことこの上ないが……とりあえず、こうして突撃してくる以上、肉弾戦を望んでいるのは間違いない。

まぁいい、それなら、力比べと行こうか。

「喰らいなよっ!」

エリオは間合いに入ると同時にピョインと小さく跳ねて、エビ反りになるほど大きくハンマーを振りかぶり、真っ直ぐ俺の脳天目がけて一撃を繰り出した。

対する俺は、エリオが『 榴弾砲撃(グレネードバースト) 』を無傷で突破した時点で、さっさと『デュアルイーグル』を仕舞い込み、空いた左手で『首断』の柄を掴む、両手持ちに切り替えていた。

振り下ろしの巨大ハンマーを、切り上げの大鉈で迎え撃つ。

「ぐっ……」

「――わわっ!」

俺があまりの重さに呻くのと、渾身の一撃が弾かれて驚きの声をエリオが上げたのは、ほぼ同時。

少し手が痺れたせいで、宙を舞うエリオの体を返す刀で薙ぎ払うことはできなかった。というか、『首断』じゃなければ、折れていたかもしれない。

どうやらここは、魔力をケチってる場合じゃなさそうだ。

「あははっ、凄いよオジさん! 僕の一撃を弾いた人なんて初めてだよ!」

それは素敵な初体験ができて良かったな。

猫のような身のこなしで軽やかに着地を決めたエリオは、キラキラした視線を俺に向けてくれる。ここが戦場で、お前が敵でなければ、心が温まるところだが、俺の胸中はマイナス気温に突入するほど、冷え切らせる。

ああ、本当に子供を相手にするのは、やりにくい。

「次は、もうちょっと強く――」

再びハンマーを振り上げ、全力突撃の構え。

いいだろう。俺は逃げも隠れもしなければ、搦め手を使うこともない。真正面から、叩き潰す。

「――行くよっ!」

爆発的な踏込みと共に、エリオがぶっ放されたロケットランチャーみたいな勢いで突っ込んでくる。ちょっと強くどころか、さっきの倍くらい速い。

しかし、まだ目で追えないほどではない。

俺は『首断』を構えたまま、エリオが間合いに飛び込んでくるのを静かに待つ。やはり、フェイントも魔法による攪乱もなく、愚直なまでに真っ直ぐな突撃。衝突の瞬間は、一秒を数えるまでもなくやってきた。

「やぁああああっ!!」

「黒凪」

繰り出したのは、互いに振り下ろし。鈍色の鉄塊と漆黒の呪刃が、俺の頭上でぶつかり合う。

ギシギシと不気味な軋みと、赤黒いオーラを猛然と刃から噴き出しながら、『絶怨鉈「首断」』は、巨大なハンマーヘッドに食い込む。

鋼本来の強さと、何重にも硬さと強度を高める強化系の 付加(エンチャント) が合わさった、超高度の鉄塊を切り進んで行く。噴き上がる鮮血のように、激しく火花を散らしながら。

「――くっ」

だが、半ばまで斬りこんだところで、限界が訪れる。流石の『首断』も、一撃でこの巨大な鋼の塊を両断するには至らなかった。

そして恐らく、エリオは最初からハンマーが一撃を凌げると分かっていたのだろう。仕掛けた悪戯が大成功したように、ニヤリと笑った。

「えいっ!」

ハンマーを捻るように、素早く切り返すエリオ。ハンマーヘッドに刃が食い込んだまま、大きく振られたことで俺の手元から『首断』が離れる。

黒凪を放ったことで、ほんの僅かな技後硬直もあった。それと重なることで、柄を握りしめて抵抗しきれず、あっさりと弾かれるように手放してしまったのだ。すまん、ナタ先輩。

そんな届いているかどうか不明なおざなりな謝罪の言葉を頭に浮かべながら、俺は柄がすっぽ抜けて半開きになった右手を、力の限り握りしめて拳を作った。

エリオが予想したように、俺もまた、この結果を予想していた。ハンマーを両断できればそのまま切り捨てればいいし、ダメなら、次の一手を打つ。 だから何も、焦る必要はなかった。

「――パイルバンカー」

右腕より、爆発的な勢いで渦を巻き迸る黒色魔力。今も最速の発動速度を誇る、最初の黒魔法『パイルバンカー』は、俺の胸元にギリギリ届くかどうかという位置にある小さなエリオの顔面に向かって、無慈悲に振り下ろされる。

「おっとぉ!」

だが、こうしてインファイトに持ち込むのはエリオも想定の内だっただろう。俺の武器を弾くと同時に、自らもまた、長柄武器であるハンマーを手放し素手になっていた。

デカくてリーチの長い武器が、この間合いでは邪魔になると理解し、ハナから捨てるつもりだったに違いない。

そうして、渦巻く黒き鉄槌と化したパイルバンカーを、その小さく柔らかそうな白い掌で見事に受け止める。その姿はダイダロスの城壁前で戦った時のサリエルと重なるが、エリオは白色魔力をパイルバンカーの逆回転で放出して相殺、なんていう魔法的技巧はなく、純粋にその腕力だけで止めていた。

その顔に焦りの色はない。エリオは俺の一撃を、確実に見切って止めている。そして何より、受け止め、さらには押し返すだけのパワーも。

「ふふっ、こんな力じゃあ、僕には勝てないよっ!」

ああ、認めよう。純粋な腕力だけなら、お前は、改造強化された俺よりも強いだろう。こうして打ち合い、拳を交わしたから、理解できる。

だからこそ、俺はお前を、何としてもこの場で殺さなくてはいけない。

その力は、白き神から授かったその超人的な力は、あまりに危険。そのパワーでお前は、これから先、どれだけ人を殺す。あの頭のイカれた使徒のように、笑いながら、遊び半分で。

俺はそれを、許すことはできない。エリオ、お前を殺す。恨むなら、俺と、まだ子供のお前をこんな場所にまで連れてきた大人と、そして何より、白き神を恨んでくれ。

「――『 炎の魔王(オーバードライブ) 』」

第一の加護、発動。

右手に渦巻く黒いオーラに、俄かに輝く真紅が混じる。黒と赤、二色が彩る二重螺旋と化して、エリオの掌を侵す。

「えっ――あっ、うああぁっ!?」

突如として倍加、いや、それ以上に増した俺の腕力に、ついにエリオが驚愕の表情を浮かべた。

片手一本では支えきれないと判断、あるいは、子供ながらに持ち得た戦闘勘が働いたのだろうか。素早く左手も重ね、両手でパイルバンカーの圧力に抗う。

「う、ああ……な、んで……こんな、重いぃ……」

鍔迫り合いを演じるように、俺の右拳とエリオの両掌が拮抗する。

いや、少しずつ、だが確かに、俺の方が押している。当然だろう、魔王の腕力は、こんなもんじゃない。

「破ぁっ!」

「わっ、あああっ!」

そのまま漲る力任せに押し込きる。エリオは女の子のような可愛らしい悲鳴を漏らして、ドっと地面へと倒れ込んだ。

受け身を取ることもなく、手足を投げ出して力なく仰向けに倒れる様子はトロい子供のようである。恐らく、これまで力ずくで押し倒された経験などないからだろう。

俺を見上げる円らな翡翠の瞳に、確かな恐怖の色が見えた。

「神に祈れ、すぐに終わる――」

一撃で逝かせてやるのが、俺がかけられる唯一の情けだった。

「―― 憤怒の拳(ラースインパクト) 」

自分でも抑えきれないほどに猛り狂う黒い魔力と赤い灼熱を秘めた右腕を、慈悲も躊躇もなく、俺は振り下ろした。

狙うは腹のど真ん中。無防備な胴体、フワフワの白い毛皮のローブに包み込まれた腹部に、隕石の欠片が直撃したような衝撃と熱量が弾ける。

背中は地面と密着しているから、威力の逃げ場はどこにもなく、インパクトのパワーは全て、その華奢な胴に炸裂しきった。

「――ぶっ、ぐふぁああっ!!」

大きな目はいっぱいに見開かれ、エメラルドグリーンの瞳が揺れる。驚愕と衝撃と、何より、初めて力で負けた屈辱と恐怖に彩られた表情で絶叫を上げるエリオ。

その小さな口から、悲痛なまでの金切声と共に、鮮血を吐き出す。飛散した赤い雫が、俺の頬を少しだけ汚すものの、何ら気になるものではなかった。

今の俺が感じるのは、この赤熱化したドリル同然の右腕が、エリオの腹をぶち抜く確かな手ごたえだけ。グリードゴアよりは柔らかい。不思議と、冷静にそんな比較対象を頭の中でしていた。

『 榴弾砲撃(グレネードバースト) 』を真正面から受け止める脅威の防御力は、どうやら皮膚の真上に展開されている結界のようなものが正体であるらしい。防御系武技の『 硬身(ガード) 』は、体内で練り上げた魔力を一種のオーラと化して全身に纏う、という原理になっている。エリオの天然防御も、これと同じ。

故に、見えないオーラのガードを突き破りさえすれば、そこにあるのは、柔らかな子供の肉体だけ。エリオが身に着けた白プンローブなど、防寒以上の役には立たない。

無防備にして無抵抗なエリオの腹部は、俺の手により蹂躙され尽くした。

そうして、繰り出した拳が体を貫き、その下にある地面にまで届いたその時、右腕に宿した炎熱の全てが、一挙に解き放たれる。

「っあ……」

エリオが最後に見たのは、良心を押し殺す無表情の仮面を被った俺の顔か。それとも、リン姉、なんて呼び慕っている彼女の姿か。

全てを諦め、絶望しきったように表情を失わせたエリオの顔は、直後、紅蓮の業火に包まれた。

「……最悪の気分だ」

後には、子供の焼死体が転がるだけだった。

首を落とす必要性もない。これほど黒焦げになっていれば、ゾンビ化して起き上がったとしても、すぐに全身が崩れ落ちる。『 憤怒の拳(ラースインパクト) 』がもたらした黒炎は、正しく地獄の業火となって、エリオを完膚なきまでに焼き殺したのだった。

思わず愚痴をこぼすほどに、胸糞の悪さを拭い切れないが……落ち込んでいる暇など、あるはずもない。

次で最後だ。

そう、いよいよ術者の少女――リィンフェルトと呼ばれる黒髪のシスターは目前まで迫った。

俺が赤毛男と司祭と、このエリオを相手している間に、十字軍兵士は彼女の周囲をガッチリと固める防御陣形を整えている。最後にして最大の難関となり、俺の行く手に立ち塞がっていた。

「行くぞ、ヒツギ。チャンスは一度だけだ、絶対に外すなよ」

「はい、ご主人様! ヒツギに全部お任せですぅ!!」

いつものハイテンションな返事が、今は妙に頼もしく感じる。少しだけ、気持ちが楽になった気がした。

そうして踏み出す一歩は軽い。

俺はターゲットである、この状況を作り出した彼女だけを真っ直ぐに見つめて、一気に駆け出した。

「高みの見物はお終いだ。地獄を見せてやる、リィンフェルト」