軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第402話 初めてのデート

「ほ、本当に、これで良いんですよね、リリィさん……」

クロノさんと受付嬢のデートを監視し始めて、三十分。早くも私の心が折れかける。

「ねぇねぇクロノ君、これなんてどうかしら」

「ん、これか、そうだなぁ――」

近い、ちょっと、顔が近いですよ顔が。クロノさんの視力なら、そんなに顔を寄せなくても余裕で見え――ちょ、ちょっとそこの受付嬢、さりげなく体を寄せるんじゃありません。ブッ飛ばしますよ。上級攻撃魔法でブッ飛ばしますよ。

「本当に、これで……こんなので……」

しかしながら、私は鋼の理性で、『スピットファイア』に火を噴かせるのを我慢します。 短杖(ワンド) の代わりにお菓子を持って、殺意の衝動を食欲へ昇華させるのです。

このルーン銘菓の「アンパン」なる黒いクリームの入ったパンをモグモグ、絞りたての新鮮な牛乳をゴクゴク。お、美味しい……アンパンの独特な甘さが、牛乳のまろやかさによって引き立てられている。正に、食と飲のコンボ攻撃。私のワガママなランク5胃袋も会心の一撃に唸りを上げています。グゥー。

そうして冷静さを取り戻した私は、改めて二人の様子を観察。

現在、クロノさんと受付嬢は、如何にも頭の軽い女が好みそうなキラキラチャラチャラした派手なアクセサリー店――の隣に建っている、年期を感じさせる渋い石造りの文具店でお買い物の最中です。

私は、その向かいにちょうどよく開かれているアンパンをはじめとしたルーンのお菓子を売る屋台の隣に陣取り、完璧な補給線を確保しています。

「アンパン、二つ」

「お嬢ちゃん、いい喰いっぷりだね! はい、420クランね。この牛乳はオジさんのサービスだ!」

「ありがとうございます」

この雪が薄ら積もった冬のスパーダ市街でも活動する優秀な輜重兵から、補給物資を受け取り監視任務に専念します。

表からガラス張りの店内を堂々と見張っている私ですが、偽装は完璧。アヴァロンへ生贄――もとい修行しに行った時に利用した、目の色を変える眼鏡と、髪の色を変えるカチューシャを装備している。服装だって、すでにスパーダではありふれた神学校の制服へ着替えていますし、着こなしだってちょっと変えている。

具体的にいえば、いつもよりスカート丈が長め。普段はちょっと腰のところで巻いて、さりげなく裾をアップしてセクシーな足元をアピール、なのです。まぁ、制服を購入した店のお姉さんの受け売りなので、効果のほどは定かではありませんが。

ともかく、この黒縁眼鏡に膝丈スカートの地味目な女学生風変装ならば、クロノさんに気づかれることはないでしょう。防寒着として羽織っているブラウンのケープも、その辺で冬物セールと称して投げ売りされていたのを適当に買ったものですし、今の私の姿を、クロノさんは全く見覚えがないものとなっているのは間違いありません。やはり、完璧な変装なのです。

「――それなら、こっちの方がいいんじゃないか?」

「うっ、確かに良いけど、流石にこれはちょっと手が出せない値段かも……」

そんな苦笑いの受付嬢は、どうやら仕事で使える万年筆を探しているようです。流石に本部勤めとなれば、いつまでも羽ペンを使ってるわけにもいかないとかなんとか。

インクを交換すればずっと使い続けられる、故に万年の名を冠するこの 筆(ペン) は、一般庶民では早々、手を出せない高級文具。もっとも、普通の人は半永久的に使用できるペンなど必要とはしないでしょうが。

オーダメイドではない既製品だとしても、まだギルドに勤めて数年といった新人受付嬢ではポンと購入するには厳しい金額でしょう。クロノさんがオススメしている、黒字に金細工の入ったオーソドックスなデザインの万年筆は、8万クラン強といったお値段だそうです。

ちなみに、私の万年筆は53万クランです。魔女は魔法陣や 巻物(スクロール) を書くために、様々な魔法効果を秘めた一品が求められるが故に、ハイグレードな武器と同等のお値段設定となるのです。

最近では、白光教会の建物ごと生贄に奉げる大火を作るために、壁にガリガリと広域発動用魔法陣を書き込んだ時くらいしか、活躍の場はありませんでしたが。

「いや、俺が買うから、気にするな。プレゼントするよ」

「えっ、ウソ!? いいのっ!?」

言ってから、卑しい返事をしたと後悔したのか、受付嬢は慌てて「そんなの悪いから」云々と言い訳を始めました。とても、聞くに堪えないです。

「どうしたんだいお嬢ちゃん、そんな渋い顔して。もしかして、味がおかしかったかい?」

「……いえ、問題ありません」

アンパンおじさんが思わず声をかけてしまうほど、どうやら顔に出てしまっていたようです。しかし、私は決して、クロノさんが女性にプレゼントを贈ることに対して嫉妬しているわけではありません。

第一回エレメントマスター緊急会議の折に、「好意に付け込まれる」と注意した私の言葉そのままの光景を目にしてしまったことで、得も言われぬ不快感が湧き上がるのです。そう、クロノさんの好意を良い様に貪る 害獣(オンナ) の醜さに。

「――ありがとう、クロノ君! 私、一生大事するからね!」

「万年筆だけに?」

「もう、本気で言ってるんだってば!」

ああ、上辺だけの言葉の、何とくだらないことか。ありがとう? 一生大事にする? 軽々しくその言葉を口にした女は皆、それら男の 貢物(プレゼント) を捨てるか燃やすか、質に入れていましたよ。

クロノさんの心の籠ったプレゼントがそんな末路を辿るくらいなら、いっそ折れてしまえ。明日、サインに使ったその瞬間に、木端微塵に砕け散ってしまえばいいのです――でも、流石に私もピンポイントで万年筆を破壊する呪い、というものには心当たりがありません。ですので、どうか私の魔神様、黒魔女エンディミオン様、あの万年筆がすぐに壊れますように。

「――それじゃあ、そろそろ昼食にしようか?」

おや、私が一心に呪い祈願をしている間に、クロノさんはさっさと会計を終わらせて、お店を出ようとしています。近くで顔を見られれば万が一、というのもありうるので、足早に店入口から死角となる建物の影へと移動。

目で見えなくとも、私の耳にはクロノさんの心地よい声と、受付嬢の耳障りな黄色い声が届きます。

盗聴用、もとい、広く音を集める風の魔法は、盗賊クラスでなくても、ソロの冒険者なら割りと習得率の高いポピュラーなものです。単独でダンジョンに潜るなら、警戒手段は多いに越したことはないので。

「私、前から一度行ってみたかったお店があるんだけど、いいかしら?」

「ああ、どこでも付き合うよ」

私も、行ってみたいお店が沢山あるのですが、いいですか? どこでも、何件でも、付き合ってくれますか?

「良かった、そのお店ってスパーダじゃ評判なんだけど、カップルじゃないと入りづらい雰囲気なのよね」

「ああ……何て言うか、そういう店、スパーダにもあるんだな」

「へぇ、クロノ君の故郷にもあったんだ? というか、ダイダロス出身なんだよね?」

「ん、ああ、まぁな……」

根掘り葉掘り聞かないで欲しいですね。なんて無神経な女。軽蔑すると同時に、ちょっとした優越感も湧き上がる。

まぁな、とクロノさんは曖昧に誤魔化した。あの受付嬢に、真実を語るつもりはないのです。

貴女は知らない。でも、私は知ってます。私には、クロノさんが打ち明けてくれたのです。信頼の証。仲間の絆。私にはあって、貴女には、無い。

「貴女とは、違うんですよ」

暗い愉悦の感情で、心が満たされる。

人ごみの中をつかず離れず、追いかけるクロノさんの背中を見つめる目が熱っぽくなっていると、自分でも分かってしまう。

少し、落ち着かないと。あんまり注意を向けすぎると、勘の鋭いクロノさんは絶対に気づく。

好意の視線には鈍感でも、殺意や敵意といったものに対しては、 索敵魔法(サーチ) が馬鹿馬鹿しくなるほど鋭敏に感じ取るのですから。

恐らくは、不埒な視線にも、敏感に察知するんじゃないかと思います。

ああ、ごめんなさい、クロノさん。私、ラストローズに見せられた夢の光景が、忘れられないのです。だから、クロノさんを見る度に、私は……

「うわ、本当にカップルばっかりだな」

「でしょ? 女同士で入るのも、ちょっと躊躇うくらいなのよ」

どうやら、お目当てのお店に到着したようです。

一見すれば、この上層区画ならばありふれた小奇麗なカフェ。ですが、確かにカップルの姿ばかりが目立ちます。冬なのに、この世の春を謳歌しているとばかりに、甘い桃色の雰囲気が漂っている。

秘密はどうやら、この店でデートのランチをとると、恋が成就するとか云々といったジンクスにあるらしい。耳を澄ませば、そういう話が客席から聞こえてくる。

なるほど、イメージ戦略、というものですね。

それにしても、こんなところを選ぶとは、あまりに下心が透けて見えるというものです。流石のクロノさんも、この露骨なアプローチには呆れ――

「もしかして、こういうところ、イヤだった?」

「気にしないから大丈夫だ。エリナが来たいって言うなら、付き合うさ」

リリィさん、もしかして私は今、クロノさんに試されているのでしょうか。もうちょっと忍耐力を身につけろ、と。

クロノさんを信じて、黙って二人の行く末を見守る――いいでしょう、試されているというなら、耐えてみせよう。

そうでも思わないと、今すぐ爆発させたくなるのです。何もかも。

ああ、どうか、このデートが終わるまで『アインズブルーム』も『スピットファイア』も、手にすることがありませんように……

気が付けば、夕暮れだった。

スパーダは日本と同じように、冬になると日の入りが早くなるのだが、それを鑑みても、やはり時間の経過は早く感じられた。

それだけ、エリナとのデートが楽しかった、ということである。

「そしたら、私のパパが「娘と付き合いたければ俺を決闘で倒せ」なんて言いだして! もうクラスの男の子なんてみんな震えちゃって――」

この一日で、彼女とは色んな話をした。現在進行でも、そう。

今の話題は、15歳の時に開催された学校の成人祝賀パーティでの出来事について、である。

「後で友達から聞いたわ。パーティの後で私に告白しようと思ってた子が何人かいたんだけど、みーんな諦めちゃったんだって」

そりゃあ15歳になったばかりの少年に、スパーダ軍最強と名高い第一隊『ブレイブハート』所属の精鋭騎士だというエリナパパに決闘を挑めというのは酷な話だろう。

「それは、何て言うか残念な話だったな」

「ううん、いいの。パパは確かに強いし、怒ったらすっごく怖いけど、それにビビっちゃうような人は、異性として興味持てないから」

エリナの男の趣味は、多大に父親の影響があるようだ。

まぁ、こんなことまで知ってしまうほど、話を聞かされたということでもある。話上手なエリナの前に、俺はほとんど聞き役に徹することとなったのだが。

彼女のことは聞かせてくれるのに、自分のことは明かせないという状況は、少しばかり罪悪感を覚えさせる。俺の故郷が日本という異世界であることも、エリナには話していないのだから。

「……見る目が厳しいんだな」

「スパーダの女の子は、みんなそうよ」

流石は生粋のスパーダ人。どこまでも強さを尊重してくれる。その傾向がより強いエリナだからこそ、俺にも良くしてくれるのだろう。

……いいや、いくらなんでも俺だって、気づいている。これは、良くしてくれる、というより――

「ねぇ、クロノ君。この場所に見覚え、ある?」

青く茂った葉の代わりに、白い雪を枝に乗せている枯れ木が立ち並ぶ、少しばかり寂しい風景の並木道。人通りはほとんどない。遠くの方に歩いている人影が、一つか二つ見えるだけ。

「ああ、よく覚えているよ」

今はその面影はないが、夏真っ盛りの紅炎の月、ここは鮮やかな青い桜のような花が満開になる。

だが、俺にとっては綺麗な景色の思い出というよりは、呪いと化した仲間との再会と、初めて取り乱す姿を見る魔女を目の当たりした、衝撃の印象が強い。

そう、この並木道は俺とフィオナが、突如として現れた悪食の呪いにとり憑かれ連続殺人鬼と化した男と戦った場所である。

「エリナに怪我がなくて、本当に良かった」

この道を歩いていたエリナと殺人鬼のジョートが遭遇したのは、単なる偶然。そして、俺とフィオナがその場に居合わせたのもまた、ただの偶然でしかなかった。

経緯はどうであれ、俺は彼女の命を救えた。その巡り合わせを、神に感謝の念を奉げてもよいくらいだ。ミアちゃんに運命を司る力はない、と知っていても。

「ありがとう、クロノ君。本当は、私ね……」

エリナの歩く足が止まる。俺も彼女の隣に並ぶように、立ち止まった。

「この道を通るのが、怖いの。そこの木の陰から、また恐ろしい何かが、飛び出してくるんじゃないかって」

「そんな、無理しなくたって――」

「でも今は、怖くないよ。クロノ君が、傍にいるから」

そうして微笑んだエリナの顔は、眩しいくらいに美しかった。彼女がエルフらしい細面の美人であることを、改めて思い知らされる。

真っ直ぐに向けられる空色の瞳は、俺に対する全幅の信頼感が浮かぶ。それはきっと、気のせいじゃない。

「……そうか」

「うん、そうなの」

それきり、沈黙。

空は沈みゆく夕陽で赤々と照らされ、そこにかかる自分の吐いた白い息が重なるのを、ぼんやりと眺めた。

話を急かしたりはしない。俺はただ静かに、エリナが口を開くのを待つ。

「……私ね、初めて心の底から思えたの。ああ、この人なら、私のことを守ってくれるって」

「俺は……自分にできることを、しただけだ」

大それた覚悟が、あったわけじゃない。もし俺がただの高校生のままだったら、エリナを助けることなんてできなかった。力があったから、助けられた。ただ、それだけのことである。

「クロノ君にとっては、大したことじゃなかったのかもしれないね。でも私にとっては……本当に、初めてよ、こんなにドキドキしたのって」

少しだけ気恥ずかしそうに視線を逸らすエリナ。僅かな逡巡。またすぐに戻ってくる。

「絶体絶命のピンチを助けられるって、ベタなシチューエションだよね。でもね、やっぱり女の子ならみんな、憧れるものなのよ……私みたいなのは、特に」

自嘲的に、かすかな苦笑い。少女趣味、だと馬鹿にするつもりは微塵もない。素直に可愛い、と思える。

「そんなことありえないって、単なる甘い幻想だって思ってた。でも、本当に現れてしまったのよ……私を守ってくれる、理想の 騎士(ナイト) 様が」

呪いの武器を使う、血なまぐさい男ですまん。そんな冗談を返すことはできなかった。彼女の目は、あまりに真剣だ。

だから、俺は聞かなくてはならない。誤魔化すこともせず、正面から、その言葉に、思いに、答える。

「だから、ね、私、クロノ君のこと――」