軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第397話 グレゴリウスという男(1)

現在、パンドラ大陸遠征の十字軍は、大きく三つの軍団に分けられている。

『第一軍』と呼ばれるのは、十字軍総司令官の第七使徒サリエルが直接率いる、最初にパンドラへ派遣された一万五千の軍団である。ゴルドランの戦いで損耗した兵力は、現時点ではアルス枢機卿が新たに派遣した補充兵によって回復されている。

次に『第二軍』と呼ばれるのは、サリエルの第一軍がダイダロスを占領した直後に、教会が「援軍」の名目で大量に派遣した軍団である。この第二軍の大半は、アルス枢機卿と教会内で熾烈な権力争い演じていると有名なメルセデス枢機卿が集めた兵士であった。

第一軍は表向き、半ば手柄を譲るという形で、この第二軍には首都以外のダイダロス領の占領を任せた。それはアルザスという西の端の田舎村で躓いたこと以外は、実にスムーズに進んだ。

そして最後の『第三軍』。これは、教会のメルセデス枢機卿にパンドラ増援の先手を打たれ、遅れて到着したシンクレア貴族の連合軍である。

今度は第二軍が手柄を譲るように、新たな侵略先であるスパーダ、そこへ攻め込む先鋒を第三軍は任されることとなった。

ここ最近、ダイダロス領では残党軍の反乱やら抵抗運動やらで騒がしく、第三軍は中々スパーダ攻めを実行できずにいた。

しかしつい先日、第七使徒サリエル率いる第一軍の精鋭部隊と共に、メディア遺跡内の第四研究所を襲った反乱軍を完膚なきまでに壊滅させた、との報が大々的に流れ、反乱終結となった。

これにより、ついに第三軍はスパーダ侵略へと動き出す。しかし、もう初冬という季節にも関わらず、大規模な侵攻作戦を実行した第三軍の行動を疑問視する声も、密かに囁かれている。

貴族の軍団である第三軍を都合よく壊滅に追い込むための、教会の陰謀であるとか、大将である伯爵様がサリエルの美貌に骨抜きにされたからカッコつけて挑んだとか、根も葉もない噂話が真しとやかに首都ダイダロスに流れているのだ。

「あーくだらん……というか、もう、どうでもいい……」

そんなくたびれた愚痴を吐き出す中年男が、ここに一人いる。

場所は首都ダイダロスにて、新たにやって来た入植者のために建設された十字教の教会。ほとんど急造かつ都市の隅という立地のせいで、王城周辺の中央区画に新設された教会とは比べるべくもないほどに小さく、みすぼらしい。この礼拝堂など、すでに冬の隙間風に悩まされている。

そんなショボい教会を、この中年男――ノールズ司祭長は、一人で任されていた。

「ええい、くそっ! アルザスの悪魔さえいなければ、俺は今頃――」

礼拝者が誰もいないのをいいことに、大声でくだを巻きながら、ボロっちい長椅子を蹴っ飛ばす。礼拝堂の祭壇には当然、白き神の象徴である十字が掲げられているが、今の司祭長に神の目を気にするほどの余裕はないようだ。

椅子を蹴った音が虚しく響いた後、礼拝堂内はさらに虚しい静寂に支配される。

「……ちくしょう」

ノールズ司祭長。彼はつい半年ほど前までは、第二軍の占領部隊を率いる将であった。占領部隊、といってもその数千に上る大軍団。ノールズのこれまでの豊富な実戦経験と武勇を評価されたからこその、大抜擢であった。

占領は、他の部隊と同じく上手く進んでいった。副官のシルビアという女は、口が悪い上に第八使徒の回し者というとんでもない秘密を抱えていたが、占領を進める上では問題ない、むしろ、優秀な働きぶりだった。

何もかも、順調に進んでいた。あの黒い髪の、悪魔が現れるまでは。

「なんで俺が、こんなことに……」

大失態だった。僅か百名あまりの冒険者を相手に、数えきれないほどの被害を出した挙句、第八使徒アイと第十一使徒ミサの助力のお蔭で、ようやく、そう、本当にようやく……あんな小さな田舎村を占領したのだ。

将としての責任が、問われないはずがない。左遷されない、はずがなかった。

だがノールズは幸運な男だろう。十字軍がもっと切羽詰まった状況であったなら、その責を問われて処刑されていたに違いない。

それが左遷ですんだのだ。命があるどころか、司祭長の地位も剥奪されず、こうして一応の職も与えられている。数千の部下を死に追いやった将の処遇としては、甘いにもほどがある。

だからといって、それで現状に満足できるはずもない。ノールズには夢があった。もっと率直にいえば、欲があった。出世すれば金も名誉も思いのまま。生まれながらに貴族でなくたって、聖職者として大成すれば、およそ人が望む全てが叶う。

それは聖職者としてあるまじき俗世の悪しき欲望であるが、司祭を名乗る多くの者が当たり前に秘めているものでもあった。そういう意味で、ノールズは普通の男である。

そして、そんな普通の男には、一度外したチャンスは二度と廻ってくることはない。一度犯した大失敗を取り返す機会など、あるはずもない。

ノールズはすでに悟っていた。自分はこのまま、異郷の小さな教会で一生を過ごすことになるのだと。これから十字軍が順調にパンドラ全土を征服していったとしても、その恩恵に自分が預かることは一切ない。関わらせてもらえない。

ここはまるで、自分を閉じ込めるために作られた牢獄であるかのように思えてならない。

だが、その日、牢獄の扉は突如として開かれた。

「どうもぉーお久しぶりですねぇノールズ司祭長! お元気してましたかぁ?」

立てつけの悪い扉をギギギと押し開きながら、薄暗い礼拝堂へ踏み込んできたのは一人の男。

「ぐ、グレゴリウス司教様っ!?」

その胡散臭い口調に、ずる賢い狐のような細目。詐欺師のように怪しい風貌と雰囲気だが、その細身にまとうのは紛れもなく司教の位を示す、壮麗な法衣である。

見間違えることはない、彼こそ、十字軍第二軍を預かる司令官、予言者グレゴリウス。

「いやぁ、急に来てしまってすみませんねぇ、でもこんな場所じゃどうせ誰も来ないですし、暇だったからいいでしょう?」

「おっしゃる通りで……しかし、本日は一体、どのようなご要件で」

頭を下げながら、ノールズは考える。まさか、今更に自分を罰するために来たはずはないと、まずは安心のための理由を。

その次は希望。この司教様であれば、ほんの気まぐれの一声でも、自分をこの閑職から解放させることだってできるのだ。逆に言えば、さらなる左遷もありうる。下手すれば、ダイダロス領のド田舎に飛ばされ、村専属の司祭とは名ばかりの開拓民の真似事を押し付けられるかもしれない。

期待と不安が半分ずつ、鍛錬を怠けたせいでちょっとだけ筋肉が衰えてきた胸の内に渦巻く。

「もうすぐ、第三軍がスパーダ攻めを始めるという噂は、御存知ですかぁ?」

「ええ、勿論。とはいっても、あくまで噂程度、ですが……」

こんな場所にいて、正確な情報収集などできるはずもない。伝手もなければ、人手もない。これでかつては数千の配下を率いていたのだから、尚更に虚しい。

「いえいえ、それだけ知っていれば十分ですよ。それで、実は私、今回のスパーダ攻めに参加しようと思ってましてねぇ、御一緒にどうかと思ったのですが――」

「真ですかっ!?」

「早速、色よい返事が聞けて満足です」

ニンマリといやらしい笑みを浮かべるグレゴリウス。だが、今のノールズには聖人の笑顔に見える。

そもそも俺は、腕っぷしで成り上がった男だ。戦場に立つ機会さえあれば、いくらでも――瞬時にそんな期待と希望が膨れ上がる。

そして、その反応は司教も望んでいたのだろう。

正直いって、この男は怪しい。予言者という二つ名を自ら振りまいているし、何より見た目が実に怪しい。怪しいことを隠さない、ストレートに怪しさを見せるのが、グレゴリウスという男だ。

「それでは、この不肖ノールズめを、部隊に加えていただけるのですかっ!」

「話が早くて助かりますね。いやぁ、今回の任務は中々に過酷なものですので、人選が難しくて」

任務に適した優秀な者がいない、というより、過酷な任務を受けようと手を上げる者がいない、と捉えるべきだろう。

それでも、野心を捨てきれないノールズにとっては、またとない好機である。ないと思ったチャンスが、ついに廻って来たのだから。

「それではノールズ司祭長、よろしくお願いしますよぉ?」

「はっ、神に誓って、必ずや戦果を上げてご覧にいれます司教様っ!」