軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第380話 お邪魔妖精

今からちょうど一か月前、蒼月の月9日、俺がネルのお見舞へいった翌日のことである。一日の授業の終りを知らせる鐘が鳴り響いた直後、寮をネルが訪れた。魔法を教えてくれ、という俺の頼みを即日実行してくれたのだ。

その時、寮には俺とリリィがいた。フィオナは受注したリッチ討伐に向けて買い出し兼買い食いに出かけていた。

ともかく、リリィがネルと顔を合わせたのは、この時が初めてだったのである。

「こんにちはクロノくん。あの、この子は確か、パーティメンバーの……」

「ああ、リリィだ。ほらリリィ、挨拶を――」

「やぁーっ! かえって!!」

最初に吠えたのはリリィだった。縄張りに侵入した外敵を前にしたサラマンダーの如く、キシャーと唸りを上げて威嚇する。幼い姿でやれば可愛いだけだが、流石に初対面のお姫様を前にその態度は礼を失するものであるには違いない。

「あ、あの、クロノくん……」

いきなり可愛い妖精さんから激しい敵意を向けられたことで、ネルも対応に困ってオロオロしてる。

「入っちゃダメー! めぇーなのぉー!」

気炎を上げるリリィ。その小さな体には 妖精結界(オラクルフィールド) が全力展開されていて、チカチカと断続的に発光を繰り返している。

俺が初めてリリィと 妖精の森(フェアリーガーデン) で出会った時、本物の妖精が「森から出ていけ」と警告した時と同じ輝きだ。激しい点滅は妖精の威嚇行動なのである。

「ごめんネル、ちょっと待っててくれ」

うーっ! と唸るリリィを慌てて抱え上げて、俺は玄関の戸を閉め一時退避。不満気なジト目にふくれっ面なリリィを抱っこしたまま、小声で問いかける。

「おいリリィ、どうしたんだよ急に」

「むぅー、なんであの人ウチに来るの! クロノと会っちゃダメなの! 危ないの!」

どうやら幼女リリィの頭脳では、第一回エレメントマスター緊急会議の内容をそういう風に理解しているようだ。

王族であるネルとの不用意な接触は危険、イコール、会ってはいけない危険人物。きっと幼いリリィには、ネルは羽の生えたモンスターに見えるのだろう。

「そりゃあ注意はするけど、会うのを禁止ってのは――」

「めぇーなのぉー!」

ダメらしい。まるで浮気相手と縁を切れと迫るが如き、断固とした拒絶を感じさせる。まぁ、俺には彼女ができたことが一度もないので、そもそも浮気の経験はないのだが。

「ごめんなリリィ、でも俺にはどうしてもネルの力が必要なんだ」

「なんでっ!? リリィじゃダメなのっ!?」

ガーン、という擬音語が聞こえてきそうなほどのリアクション。目と口をあんぐりと開けて、そのショックぶりは痛いほど伝わってくる。

「残念だけど、リリィじゃ俺に、 現代魔法(モデル) は教えられないだろ?」

「え、え……えっと、あのね……フゥーってやったらね、火が出るんだよ」

「それは 固有魔法(エクストラ) だろ、俺には真似できない」

ショックのあまり涙目になってしまってるリリィには悪いが、こればっかりはどうしようもない問題なのである。リリィは己が持ち得る強力な 固有魔法(エクストラ) のみを頼りにしてきたのであって、決して一般の魔術師のように 現代魔法(モデル) を習得してきたのではない。

無論、リリィは現時点でランク5冒険者に相応しい実力を有しているので、 固有魔法(エクストラ) を磨いてきた経験が、真っ当な魔法の修行に劣るというわけではない。

「前に説明したけど、俺が加護を使いこなすためには、どうしても 現代魔法(モデル) を学ぶ必要がある」

「うぅ……フィオナじゃダメなのぉ?」

「……残念ながら、フィオナの授業に俺はついていけなかった」

ヘタレな俺は、未だフィオナに「説明が擬音語ばっかで分かんねーよ!」という旨の意見を伝えていない。ああ、今日あたり、第二回エレメントマスター緊急会議を覚悟しておこう。

「そういうワケだから、どうしても俺はネルに教えを請わなければいけないんだ。リリィが警戒するのも分かるけど、ここは何とか、理解してくれ」

「……わかった、クロノのいうこと、きく」

渋々、といった感じだが、それでもリリィは折れてくれた。流石はリリィ、何て聞き分けの良い子だろう。

そうして、公式にネルが俺に魔法を教えに来ることは許可されたワケなのだが――

「はぁ……また、か」

今、俺の目の前では相変わらずピカピカと妖精流の威嚇を行っているリリィと、おっかなびっくり寮へ近づこうとするネルの姿が映っている。

「クロノいないから! かえって!」

「い、いやです! クロノくんがクエストから帰ったら、続きを教えるって約束したんです!」

小さな女の子を相手に、割と本気で怯んでいるお姫様、という構図はどこか滑稽さを感じるが、当人にとってはマジなのだ。

ともかく、俺が行かないことには解決しない。

「リリィ、もうそろそろネルに優しくしてやってもいいんじゃないか」

「クロノっ!?」

「あっ、クロノくん!」

ちょっとバツの悪そうな表情のリリィと、パアっと笑顔の花を咲かせるネル。

「ごめんなネル、リリィもまだ警戒しているだけで、決して悪気があるわけじゃないから、許してやって欲しい」

「はい、大丈夫です。私、気にしてませんから」

素敵なロイヤルスマイルをありがとう。やっぱりネルは天使だ。

「むー!」

対してリリィは、ほっぺをプクーっと膨らませた不機嫌顔。でも俺の胸に飛び込んできてスリスリしてくる。やっぱりリリィは怒っていても可愛い妖精さんだ。

しかし、俺の甘々な猫可愛がりぶりに、ネルからは「むむむ……」と少しばかり険しい視線が送れられる。ここは気付かないフリで。

「とりあえず、中に入ろうか」

そうして、俺はリリィを抱っこしたままネルを連れて寮へ入る。向かう先はラウンジ。俺の部屋ではない。

蒼月の月9日の夜に、俺がネルから魔法を教えてもらうのは是か非か、という議題で第二回エレメントマスター緊急会議が実施された。こうしてネルが訪れている以上、是の決議はとられたのだが、幾つかのルールが取り決められた。

その一つが、俺の部屋で授業しないこと。

他人が自室に入るのをリリィが嫌がるなら、もう俺と部屋を別にしようか? と提案したら、泣かれた。どうやら、そういう問題ではないらしい。

ともかく、ネル先生による魔法授業は必ずラウンジで行われることとなった。まぁ、教えてくれるならどんな場所でもいいので、特に異論はない。

「クロノくん、お茶とお菓子があるので、用意してきますね」

そういえば、ネルは9日の授業から毎回、何かしらの手土産を持ってきてくれるようになった。こっちは教えてもらう立場なのに、やや心苦しい。だが、ネルのお茶とお菓子は美味いので、素直にありがたくもある。ついつい、御厚意に甘えてしまう。

「いつもありがとう」

いえいえ、と朗らかな笑みを浮かべてネルは勝手知ったるとばかりにキッチンの方へ向かって行った。用意も彼女に任せきりになってしまうが、お茶を上手に淹れられるのはネルだけなので、大目に見てほしい。

「リリィも、食べるときはちゃんとお礼を言うんだぞ」

「……うん」

そんなやり取りをしながら、俺はリリィを抱えたまま席につく。ちょうど膝の上に乗せる体勢だ。

ちなみに、これが授業ルールの二つ目。授業を受ける時は必ずリリィを同席させること、である。

万が一、ネルに何らかの企みがあって、俺にテレパシーで脳内ハッキングしかけてくる可能性を考慮して、テレパシーの気配を即座に察知、防御できるリリィを傍に置いておくのだ。俺としては警戒しすぎだろうと思うが、リリィもフィオナも譲らない一線であった。

勿論、それじゃあそもそもフィオナが授業する、という意見が魔女の大先生から出ることになったが。

俺はその時、覚悟を決めてついに言った。擬音語ばかりで分かりにくいと。フィオナは泣いた。俺も泣きたかった。つらい思い出の一ページ。

「はい、どうぞ熱いうちに召し上がってください」

そんなこんなで待つこと数分、ネルが湯気を上げる紅茶と、カップに入ったムースのようなスイーツを携えて登場。手際よく配膳を終えて、いざ、いただきます。

「えーと、前は確か『 防御強化(プロテク・ブースト) 』と『 集中強化(コンセス・ブースト) 』の基礎をやったところで終わっていましたよね」

きっと上層区画にある名店で購入したであろう、やたら美味いムースに舌鼓を打ちながら、授業の進行具合を確認。ほとんど一か月ぶりだしな。

「そうだな。この二つは最優先で習得したいから、早く続きを頼むよ」

「はい、お任せください!」

ドーン、と分厚い魔道書をテーブルに置きながら、ネルがその大きな胸を張って答える。やはり揺れる、ブルンと。巨乳属性がなくても、思わず目がいくほどに。

「クロノ、あーんして!」

「ん、ああ、あーん」

急にリリィがスプーンを向けてくるから、ほとんど条件反射的に食べる。

「美味しい?」

「美味しいよ。リリィも食べるか?」

「うん! あぁーん!」

お返しに、今度は俺が膝の上のリリィに食べさせてやる。育児するパパの気分だ。ああ、癒される。

ちなみに俺が使うスプーンは、ネルが持参したものである。白い翼のレリーフがついた高級感溢れる銀色のコイツは、お見舞いでプリンを食った時に使ったのと同じだ。

それだけでなく、ネルは紅茶のカップなども全てセットで持ってくるので、凄いこだわりを感じる。

ただ、幼児用の小さいスプーンまではネルの食器セットに含まれないので、リリィのだけは自前である。

「あ、あのっ、クロノくん……その、私も……」

リリィにデレデレしてると、対面に座るネルが身を乗り出すように呼びかけてきた。

「ん、どうした?」

「わ、私も……あ、あー……なんでもないです」

「そ、そうか?」

急に何かを諦めたように、ネルは悩ましげな吐息をつきながら大人しく座り直す。一体、何だったのか。もしかして、デレデレする俺があまりにキモかったのだろうか……まさかとは思うが、気を付けよう。

「――ごちそうさま」

程なくして食べ終え、いよいよ一ヶ月ぶりに授業開始。

これから第四の試練が控えているからな。今日明日中にでも、『 防御強化(プロテク・ブースト) 』と『 集中強化(コンセス・ブースト) 』をある程度モノにしてから、ラストローズに挑んでやる!

「ふわぁ~」

俺の意気込みとは裏腹に、おやつを食べておねむになったリリィがあくびをかく。頑張れ、俺。