軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話 十字軍結成

アーク大陸の西側半分を治めるシンクレア共和国、その他国を圧倒する巨大な領土の中でも5本の指に入る大きさの港町に、新造の魔動戦艦『ガルガンチュア』は停泊していた。

最新の魔法技術の粋を集めて造られたこの戦艦は、ここで初のお披露目となった時に詰め寄せた見物客の度肝を抜いた、そのあまりの巨大さに。

大きさはほぼイコールで強さに結びつく、特に凶暴なモンスターの闊歩する異世界において‘巨大さ’というのは最も分かりやすい力の象徴である。

しかし、とある部屋の窓から『ガルガンチュア』を見つめるサリエルの瞳には、一切の感情は宿っていない。

使徒の力を持ってすれば、この最新鋭の巨大な魔動戦艦を自分一人で沈めることも不可能ではないためか。

いいや、あの赤いルビーのよう輝きを持つ瞳は、如何なるものを目にしても揺らぐ事無く、ただ在るがままに直視するのだろう。

そう、リュクロムという名の若き大司教は心の内で呟いた。

「サリエル卿、如何でしょうか海軍ご自慢の魔動戦艦『ガルガンチュア』は」

サリエルは窓から視線を外し、ゆっくりとリュクロムへと向いた。

その紅い瞳に映るのは、線は細いが長身の美青年の姿。

白い肌に金髪碧眼と典型的な共和国人の特徴を持つが、彼を形作る全てのパーツは他者と比較にならない完成度である。緩いウェーブのかかった長いブロンドヘアは豊かに波打ち、マリンブルーの輝きを宿す瞳に鼻筋の通った美貌は女性と見紛う程。

大司教という位の高さを象徴する煌びやかな装飾の施された純白の衣を身に纏えば、十字教徒の誰もが彼を主の御使いと信じて疑わないほどの神々しさを持つ。

彼の美しさは正に 魅了(チャーム) を宿すほど。市井の女であれば、彼に声をかけられ目が合えばその美しさの虜となる運命を辿るが、

「とても、大きい」

サリエルの口から出たのは驚くほど簡潔な感想がただ一言。

彼自身が思ったように、確かにサリエルはリュクロムの美貌を直視しても、その目が僅かほども感情に揺らぐことは無かった。

そもそもサリエルにとって人の容姿など個人の判別をするためだけの要素に過ぎない。美醜の判断はついても、それに対して何らかの感情を抱くことは彼女には無い。

それは果たして十字教の謳う『平等』であるのか、それとも致命的に感情を欠如しているだけなのか、リュクロムには分からなかった。

「左様ですか、サリエル卿が大層お褒めになられたと将校達に伝えておきましょう」

サリエルは再び窓の外へ視線を戻す。

その目が戦艦を見ているのか、港を見ているのか、それとも波打つ海を、いや、もしかすれば水平線の彼方まで見通しているのかもしれない。

(変わりませんね、このお方は、姿だけはまるで時が止まっているかのようだ。

しかし‘ 拘束具(リング) ’を外した為に、強い加護の力を感じる……逆に私の方が‘魅了’されてしまいそうですよ)

過去に面識があるこの二人が、今こうしてこの場にいる理由は、『第七使徒』と『大司教』というそれぞれの肩書きに新たな名が加わったからである。

それは『十字軍総司令官』と『十字軍副司令官』というものであった。

『十字軍』とは、教会の危機または神の意思を実現させる為に組織される軍隊であり、国が保有する常備軍とは異なる。

200年前、異教徒の大軍勢に聖都エリシオンが侵攻された以来の十字軍立ち上げであった。

(嫌な役目を押し付けられた、と誰もが思っているのでしょうね)

今回の設立目的である‘パンドラ大陸の征服‘は、現在の共和国内にあっては反対意見が大勢を占めている。

それは決して他者の土地を収奪することに反対する人道的な理由では無く、もっと単純に経済的な理由からである。

パンドラ大陸を人間のものとするためには、そこに住む魔族を駆逐せねばならない、それには一体どれだけの人命と金銭を費やせば果たされるのか、少なくとも海を渡って遠征にゆくのに莫大な費用がかかるというのは庶民ですら分かることだ。

(しかし、アルス枢機卿猊下はこの十字軍設立をチャンスと見た、私としても酷く分が悪い賭けのようにも思えるのですが――)

リュクロムの脳裏に浮かび上がるのは、この世で最も信頼を寄せる男、主であるアルス枢機卿が放った言葉。

「十字軍総司令官に第七使徒サリエル卿を推薦した、承認されればパンドラ大陸の征服は成ったも同然だ」

そして教皇はこれを許可し、共和国議会においても承認され、サリエルは正式に十字軍総司令官に任命されたのである。

(ああまで言われてしまっては、私に否やはありません)

アルスの意向を受け、副司令にリュクロムが立候補、対立候補は無く即座に決定した。

最終的に結成された十字軍の総数は1万5千、歴史的にみれば最少兵力の十字軍であった。

それがどういう意味合いを持つのか、あえてリュクロムは考えずに、思考を切り替えるべくサリエルへ言葉をかけた。

「ここからヴァージニアまでは、一週間ほどかかるようですね」

サリエルが振り返り、リュクロムの視線を追うと、その先にあるのはテーブルに広げられた一枚の地図。

魔法によって現代の地球に匹敵するほど正確な地図の作成技術はあるが、今ここにある地図は大まかなラインで描かれているだけの簡素なものだ。

それは精密な測量が出来なかった場所であることを意味し、そんな場所は人跡未踏の大地が広がるパンドラ大陸に他ならない。

そのパンドラ大陸において唯一、共和国が侵略の橋頭堡として造り上げた港町が『ヴァージニア』である。

大陸の東端は発達したリアス式海岸が広がる天然の良港となっており、海を隔ててパンドラとアークの両大陸間を行き来する拠点として実に理想的な地形だった。

「1万5千の兵と物資を全て輸送し、準備を整えるには一ヶ月近くかかることでしょう」

ヴァージニアの建設が始まった頃はまだパンドラ大陸侵略は推進されており、‘パンドラ大陸は富の溢れる楽園‘というキャッチフレーズの下で多くの者が夢を求めて開拓者となり海を渡った。

また国と教会からも潤沢な資金援助が成され、ヴァージニアの建設は順調に進んでいった。

港や居住区が整備され、建設から半年を過ぎた頃には漁村より港町とはっきり呼べるほどに発展を遂げたヴァージニア。

こうしてある程度の規模の拠点が完成したことで、ついに武力による侵略行動を開始した。

聞く所によると、その時ヴァージニアから出陣していった兵の数は2千、その侵略の矛先は『ダイダロス』と呼ばれる城塞都市。

なぜ堅牢な守備を誇るダイダロスに僅か2千の兵で挑もうと思ったのか、今となっては分からない。

なぜなら出陣を決定した指揮官であるところの、とある爵位を持つ高位の騎士は、最初の戦いにおいて勇んで先陣を切り、その部隊ごとあえなく全滅したからである。

「こちらの準備が整うまで、いえ、せめてサリエル卿と私がガルガンチュアで到着する1週間後までは、ヴァージニアがダイダロス軍に滅ぼされていなければ良いのですが」

そうして2千の騎士達によるダイダロス攻略戦は、共和国が厭戦ムードに包まれる現在の状況に繋がってくるのだ。

要するに舐めてかかったダイダロスという ‘魔族の軍団’に、軍隊で全滅と定義される40%の損害を遥かに超える1200名に及ぶ死傷者を出すという共和国の戦史上稀に見る大敗を喫したのである。

生き残った兵達の報告によれば、ダイダロス軍は王の黒竜を筆頭に、オーク、ワーウルフ、ゴーレム、サイクロプス、などの人間を遥かに越えるパワーを誇る強力な種族で構成され、さらに数においても10倍近く上回り、その圧倒的な力と数の前に成すすべなく敗れ去ったといわれている。

その後、ダイダロス軍はヴァージニアを包囲するまで迫ったのだが、彼らは街へ踏み込んでくること無く数日の内にあっさりと撤退していった。

ヴァージニアにはまだ多大な資金援助が成されたころに造り上げた堅固な要塞があり、無理に攻めるのは危険とダイダロス軍が判断したと予想されている。

それから今日に至るまでは、ダイダロスからヴァージニアへ国外退去を求める使者が時折訪問し、近辺を斥候が行き交い監視を強めているという状況。

すでに半年も沈黙という形で押し通してきたヴァージニア、最早ダイダロスが強攻策に出るのも時間の問題と言われる、それこそサリエルとリュクロムが到着する1週間を待たずして、ダイダロス軍がヴァージニアへ踏み込んで来るかも知れないのだ。

「ヴァージニアが陥落することは、ありません」

サリエルは独り言のように小さく呟いたが、明確な断定の意が篭っていた。

「パンドラ大陸の征服は、白き神が望まれたこと、必ず成されます」

「はい、仰るとおりですサリエル卿」

それは決して冗談でも建前でも無く、本心から言っていた、パンドラ大陸の征服は神が望んだことだと。

何故そう言い切れるのか、疑いも無くそう言えるからこそ使徒なのか、信仰心を捧げればその境地にたどり着けるのか。

そんな信仰の問題では無い、もっと単純、サリエルの言葉は十字教徒なら誰もが理解できる。

なぜなら、本当に‘神が自分の望みを言った’のだから。

そして、それを『神託』と呼ぶ。

一年前に教会に下された神託は、

「パンドラ大陸を征服し、捧げよ」

そして共和国は、海を越えパンドラ大陸へ渡り、ヴァージニアを造った。

十字教を国教とするシンクレア共和国において神託は決して無碍にすることは出来ない、たとえそれがどんな不利益を被るものであろうと、出来うる限り力を尽くして実行する。

十字教はどんな困難を伴う神託でも、達成の正否を問わず常に最善を尽くしてきた、そうして現在、アーク大陸の西側半分を席巻するほど巨大な信仰圏を獲得するに至ったのだ。

今回の場合では、強大なダイダロス軍が立ちはだかったことで、パンドラ征服は一旦中止、もしくは無期限凍結となろうかという時に、再び神は神託を賜った。

「パンドラ大陸を征服し、捧げよ」

前と一言一句違わない、全く同じ言葉を。

二度も同じ神託がくだった以上は、このまま諦めるわけにはいかない、さらなる努力を尽くさなければならなかった。

本当に国力の全てを注ぎ込めば、パンドラ大陸の征服は果たせるだろう。

しかしシンクレア共和国と教会にとって重要なのは未開の大陸より、古来より自分達が住まうアーク大陸だ。

今その半分まで拡大し大陸の覇権を握る共和国は、これを手放すわけにはいかない、それは国の衰退を意味すると同時に、神の威光の失墜に繋がるからである。

こうした考え方の結果、パンドラ大陸の征服は、アーク大陸での覇権維持に影響が出ない程度の力を尽くす、というのが教会の『神託』に対する公式見解となっている。

(我々が神への生贄となるか、奇跡的な勝利を治め英雄となるか――)

誰もが予測する、今回の神託は決して成されることはないと。

この1万5千の十字軍はあくまでも神の意思を実行したことの証明とする、いわばご機嫌とりの生贄、共和国が最大限失うに足る兵力なのである。

だがしかし、もしもサリエル率いる十字軍がダイダロス軍を打ち破ったならば、状況は逆転する。

リュクロムを筆頭に1万5千のほぼ全てがアルスの息のかかった兵達である、そんな彼らがダイダロスを制覇し、パンドラ大陸征服の大きな一歩を踏み出せば、十字軍の事実上のトップであるアルスが得られる利益は計り知れない。

十字軍にはほとんど勝機が無い代わりに、万が一勝利した場合のリターンはあまりに莫大なものとなる。

アルスにとって己の人生を賭けた大博打、だがそう見るのはリュクロムを含めた周囲の者であり、当の本人は望みどおりサリエルを大将に据えた事で、絶対の勝利を信じて疑わない。

(――すでに賽は投げられた、私は十字軍を勝利へ導く為に、全力を尽くすのみです)

リュクロムに後悔の念は無い、これまでどんな過酷な状況下にあろうとアルスの下で命を守り、勤め上げてきた、その結果の大司教という位である。

今までと変わり無い、ただアルスの命を実行する、そして、

(サリエル卿、アルス枢機卿猊下が信じた貴女を、私は信じましょう)

全幅の信頼をサリエルへ捧げることをリュクロムは誓った。

かくして、一万五千の十字軍を率い、第七使徒サリエルはパンドラ大陸を征すべく、海を渡ったのである。

この日は、緑風の月の4日、クロノがリリィと運命の出会いを果たした日でもあった。