軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第365話 レッドウイング伯爵の秘密(2)

俺の名前は 赤羽(あかばね) 善一(ぜんいち) 、どこにでもいる普通の大学生――のはずだった。

「……どこだよ、ここ」

眩しくライトアップされた白い空間。だが、そこが俺の自室でも大学の医務室でもないことは明白だった。

俺が今の今まで身を横たえていたのは、柔らかなベッドではなく、生温いお湯の張られたバスタブだからだ。随分と角ばった、まるで棺桶みたいなデザインだが、これはこれでスタイリッシュな感じがするな。家に欲しくはないけど。

この無駄にだだっ広い部屋には、俺がつかっているのと同じ棺風バスタブがズラリと幾つも並んでいる。随分と斬新なバスルームだこと。

ところで俺は、気が付いた時には上半身を起こしている、半身浴のような恰好。勿論、湯につかっているのだから全裸である。

やばい、このままだと確実に風邪ひくぞ……じゃなくて、まるっきり状況が呑み込めない。

「落ち着け、俺はまだボケるような歳じゃないだろ……思い出せ、今日、何があった……」

記憶にある限り、今日の日付は5月14日。土日の二連休をバイトで潰した後でやってきた、学生にとって因縁の月曜日である。

だがしかし、俺に限っていえば待ちに待った月曜日、つまり大学への登校日と呼べる。

なぜならば、俺には自慢の、本当に自慢の、世界一可愛い超絶美少女の彼女がいるからだ。

大学生になっても黒髪ツインテールが似合う驚異のプリティーフェイス。小さく華奢な体はどこまでも男の庇護欲をそそる。そんな可憐で儚げな彼女だが、なんと俺のためにお弁当まで手作りしてくれる甲斐甲斐しさと健気さも併せ持つ。正に理想の彼女。

俺なんかには出来すぎな彼女だが、それでもカノジョはカノジョなのだ!

そうだ、だから今日この日も、俺は彼女の手作り弁当を心待ちにして大学へ行ったのだ。講義? 知らん、出席はしてたけどまるで覚えてない。どうでもいい。

そうして待ちに待った昼休み。場所は大学のどこか適当な教室。いつもは外で二人だけの秘密の場所で素敵なランチタイムだったのだが、俺達の運命の恋を呪うかのような雨がザーザーと降っている。

まぁ、彼女の手作り弁当が食べられることに変わりはないから、些細なことだ。

「はい、善一くん」

そうして、いつもの人形じみた美貌と無表情で彼女から差し出された弁当箱を開けたその時、またしても俺に災いが降りかかる。

「こ、これは……」

全体的に弁当が茶色い。色合いとか栄養バランスとか、あんまり考えてない、でもボリュームだけはあるような、餓えた男子高校生はこれでも食っとけ的な意図が自然と伝わる内容だった。

おかしい。いつも彼女が作ってきてくれるのは、謎の桃色フレークで形作られたハートマークが白米の上に描かれたドストレートな愛情弁当のはず。

おかずだって手抜きナシ、冷凍食品なんて問題外。色合いと栄養バランスを考えられた上に、見た目だってこだわる。ウインナーはタコさんになるし、リンゴはウサギさんだ。

だというのに、俺の目の前にあるコイツからは、愛情どころか「しょうがねーから作ってやったよ」という義理と義務しか感じられない。

もしかして俺、今日フラれる……?

「ご、ごめんなさい、お母さんが間違って弟に渡しちゃったみたいで……」

そこで、珍しく焦った様子で彼女のフォローが入った。

なるほど、彼女は実家暮らしだし、容姿のせいで何かと周囲から誤解を招くけど根はとても良い子だという弟さんがいるというのも、前に聞いたことがある。

朝のバタバタした時間帯、こういう手違い、事故が発生することも時にはあるだろう。

「いや、そういう事なら仕方ないし、気にしてないからっ!」

そう納得できる事情がなければ、俺は次の瞬間には泣いていたかもしれない。冗談抜きの、マジ泣きである。

「ところでこの弁当は、俺が食べてもいいの?」

「ん、うん……善一くんには、私が作ったものしか食べてほしくないけど……いいよ」

俺には自分が作った弁当を食べてほしかった、とは、なんとも男冥利に尽きる台詞だ。いいんだ、君のその気持ちだけで、俺はどんなモノだって美味しく食べて見せるさ!

そんな感動に打ち震えながら「いただきます」と言おうとした――ああ、そうだ、この時だ。

「――っ!?」

頭痛に襲われた。酷い、なんて形容じゃまるで足りない、強烈なヤツだ。

前代未聞、空前絶後、天地がひっくり返ったような凄まじい痛みだが、実際にひっくり返ったのは茶色いスタミナ弁当と、俺の体だけだった。

教室の床に無様に転がり落ちた、そんな簡単な認識さえも忘れるほどに、痛みで全てが分からなくなっていたはずだ。

けれど、倒れた俺にすがりついて泣き叫ぶ彼女の顔だけは、はっきりと覚えている。最悪だ、あんなに彼女を泣かせてしまうなんて――そう心の底から悔みながら、俺の意識は暗転した。

そして気づいたら、俺はこの謎のバスルームで目覚めた、というワケだ。少なくとも、俺の記憶にある限りでは、そういう繋がりになっている。

とにもかくにも、俺は早く彼女に会わなければ。心配かけてすまなかった、俺は元気だぜ、だから、もう泣かないでくれと。

けれど、この謎の状況が俺にその行動を許さない。

ただ病室にいるなら、そのまま飛び出していけばよかった。けれど、ここが何処だかまるで見当がつかない。何処に行けば彼女に会える? いや、そもそも、俺は今、何処にいるんだ?

そんな疑問で頭がイッパイになるだけで、もう考えるよりもとにかく行動だ、との結論に至ったその時だった。

「ウソっ! ホントに目覚めちゃった!?」

部屋いっぱいに反響する、甲高い少女の声音。

振り向き見れば、そこには大海原を思わせる青い長髪の少女が一人、立っていた。

その奇抜な髪色も目を引くが、もっと気になるのは彼女の恰好。一体どこのRPGから抜け出してきた女騎士ですか、とばかりに重厚な鎧兜を装着している。

凄い気合いの入ったコスプレですね、と言いたいところだが、その白銀をベースに、髪と同じく鮮やかなブルーのラインで装飾や文様の入った鎧は、本物の金属の煌めきと、実戦で使いこんだような渋味がある。彼女が一歩進む度に、ガチャリと具足が重い響きを奏でた。

「うわーどうしよう……適当にいじっただけだったのに……」

なにやらぶつくさと独り言をつぶやきながら、青髪の女騎士が俺の前までやって来た。その煌めく黄金の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめる。

「私はフィオーラ、貴方の名前は? なんて、覚醒したばかりの 人造人間(ホムンクルス) じゃ答えられるわけ――」

「俺は赤羽善一だ。なぁ、ここが一体何処だか、教えてくれないか?」

――こうして、私は彼女と出会った。本名、フィオーラ・テオ・ナナブラスト。

後に私の妻となる女性だが、彼女との思い出はここに記す必要はないだろう。それはすでに、多くのルーン国民が知るところであるし、公式の記録としてルーン王城にも冒険者ギルドにも残されている。

私がこの日記に記すのは、あくまで個人的な思い、妻を含め、他の誰もが知らずともよい感情だけだ。

それは、故郷たる地球の日本へもう二度と帰ることができない望郷の念でもある。だが、私が何よりも悔いているのは、かつて、まだ単なる学生に過ぎなかった頃の私が愛した彼女のことだ。

心の底から愛していた、嘘偽りなどない。今でもたまに、夢に見るほどに。

単なる偶然、事故であったとはいえ、彼女の前から突如として、何の前触れもなく姿を消してしまったことは慙愧に堪えない。

そう、私はこの異世界で初めて目覚めた時に抱いた、彼女を泣かせてしまった、という後悔が、もう五十を過ぎるこの歳になっても心の奥底でくすぶり続けているのだ。

だから私は、書くことにした。決して購うことができないと知りつつ、それでも、もしかしたら、これを読んだまた別の異邦人が、彼女へ伝えてくれるかもしれないと願って。

私の、最愛の恋人だった女性。彼女の名前は――黒乃真奈。