軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第336話 第二の試練

「クロノくーんっ!」

シモンを背負って大慌てで城の正門へ戻ってくると、ネルが出迎えてくれた。大勢いる生徒の中で自分をアピールするように、ぶんぶんと手を振っている。さっき魔力切れで倒れたけど、大丈夫か?

「クロノっ! シモンは無事なのかっ!?」

ネルの隣に立つウィルが、俺の背中にいるシモンを見つけて大声で問う。

その反応を決して大げさだとは笑えない。モンスター軍団をネルが一掃したすぐ後に、ウィルは俺にシモンの救助を求めてきたのだ。

『 悪逆追放(レディアンス・エグザイル) 』は回復魔法。あの浄化の光を浴びて消滅するのは寄生体だけ、本体のモンスターはそのまま動き続ける。故に、あの狭苦しい塔の中に閉じ込められたシモンの生存は危ぶまれた。

パラサイト状態だろうと、健康状態だろうと、目の前に手ごろな獲物がいれば、襲わない道理はない。

もっと早くついていれば、と後悔すれば切りはない。それでも――

「ああ、眠ってるだけで、命に別状はないよ」

「おお……うぉおおおお! シモーンっ!!」

「起こすなよ、絶対安静だからな」

滝のように涙を流しながら、そのまま飛び掛らんばかりの勢いのウィルからシモンを庇う。嬉しいのはわかるが、今はそっとしておいてやれ。

「ネル、その様子だと、魔力は回復したようだな」

「はい、魔力回復用のハイポーションを飲んだので、大丈夫です」

ポーションじゃなくてハイポーションとは。流石はランク5冒険者、良いモノを持っている。

「早速で悪いが、シモン、俺の友人を治癒してやってくれないか」

チラリとウィルを確認してから、ネルにだけ聞こえるようそっと耳打ちする。

「モルジュラに襲われている。解毒ポーションは飲ませたが、万が一もある。上手く治してくれないか」

モルジュラに襲われた、それがどんな意味を持つのかネルはすぐに察したのだろう。ハっと息を呑むような反応をするが、すぐにキリリと表情を引き締め、答えてくれる。

「はい、私にお任せ下さい」

「おお、ネル姫が診てくれるというのなら、安心であるな! ふぁーはっはっは!」

俺の「ありがとう」という声を掻き消して、ウィルがいつもの高笑いをあげる。まさか、これを聞いて落ち着く時が来るとは……いや、ホッとしている場合じゃない。

「マジかよぉ! あれ、グリードゴアじゃねーか!」

「ちくしょう、ウイングロードは何やってんだよぉ!」

「も、もうダメだ……あんなヤツに、勝てるわけがねぇ……」

城壁の上は、生徒達の怒号やら悲鳴やらで騒然としている。

そう、未だに危機は去っていない。いいや、今この時こそ、真の意味で絶体絶命の危機と呼ぶに相応しい。

振り返れば、開け放たれた正門の向こうに、黒々とした巨体が一つ。

探し求めていたランク5モンスター、グリードゴアがついに俺の前に現れたのだから。

「ウィル、援護してくれると助かる。けど、生徒達は前に出さない方がいいだろう」

グリードゴアは唸りを上げながら、大地を揺るがすような力強さで一歩を踏み出し、こちらに向かって迫り来る。

とんでもないデカさだな。これまで相対したモンスターの中で一番。岩山が動いてるみたいな迫力だ。

「今の我は、将来のスパーダ軍を担う若きエリート軍団を率いる将軍閣下であるぞ。援護の指揮は任せよ! それに……ふっ、 黒き悪夢の狂戦士(ナイトメア・バーサーカー) たる汝と比べれば、如何に栄えある神学生であろうと、邪魔にしかならぬだろう。そう、狂える戦士の闘争には、何人も近づけぬのだからっ!」

いや、別に俺が誤って味方も斬りそうだから危ないとかじゃなくて、単純にグリードゴアの相手をするのが危険だろうってことなんだけど……まぁ、いいか。

「クロノくん! あの、無茶、しないでくださいね?」

背中越しにかけられるネルの言葉に、俺は振り向いて答えられない。なぜならば、それはどうにも約束しかねるものだから。

「……ネル、 強化(ブースト) を頼む」

それだけ言い残して、一気に正門を飛び出す。ネルの流麗な詠唱と、ウィルの高笑い、それと、期待をかけてくれてるらしい生徒たちの歓声を背にして、俺は正面きってグリードゴア――第二の試練へ挑む。

グリードゴアは怒っていた。己の大事な軍勢を一掃されて。これでは怠惰に過ごせない。

犯人は知っている。あの白い光で分身体が消滅する直前に、数多のモンスターの目を通した視覚情報を受信することによって、その姿はしっかりと確認できていた。

それは人間でも鳥でもハーピィでもない、白い翼を持つ一体の雌。この雌は危険。どれほど面倒くさくても、早急に排除しなければならない。道中で他のモンスターを再び寄生で支配することも後回しにして、単独で戦うこととなったとしても、時間を優先したのだ。

最速の移動手段となる地中潜航までわざわざ使って足を運んだ『人間の巣』まで、グリードゴアは現れた。

視線の先には、受け取った情報通りの姿形をした雌がいる。彼女の元まで遮るものは一つとしてない。故に、ただ真っ直ぐに一歩を踏み出した。

「 魔弾(バレットアーツ) 全弾発射(フルバースト) っ!」

降り注ぐ雨粒よりも、ちょっとだけ硬い何かが全身を叩いた。ただでさえ分厚い岩石の甲殻に、その上を高密度に圧縮した砂鉄の鎧で覆っているのだ。ドルトスが全速力で突進してきて、ようやく攻撃を受けたと認識できるほどに、衝撃への感覚が鈍い。

「ああ、くそっ! 硬すぎだろっ!」

足元で小さく黒いのがウロチョロしている。断続的に砂嵐のようなモノを撃ってくるのは、どうやらこの黒いのが原因らしいが、認識した次の瞬間には忘れる。ターゲットは、黒いのではなく白いのなのだから――

「ここならどうだっ!」

瞬間、その石と同じ程度には硬質なモノが、真っ直ぐこの目に飛び込んでくる。

鉄壁の守備を誇っていても、さすがに眼球までは覆っていない。砂でも石でも、当たれば痛い。防ぐべき。

判断がついた、いや、その思考時間の間を、グリードゴアは確かに持っていた。

迫り来る黒い礫を認識した時には、目に映る時間が停止――したように見える。実際には、周囲の光景が物凄くゆっくり、に見えているだけのこと。

これが己の誇る雷属性の 固有魔法(エクストラ) の一つ、『精神統一』である。

主な効果としては、思考速度、反応速度の急上昇。それと、神経系統の情報伝達速度の上昇に伴って、実際の運動能力、行動速度も上がる。ただし、肉体そのものが強化されているわけではないので、無理に高速移動をしすぎると体にガタがくる。無論、本能はその限界ギリギリを教えてくれる。

そして、今回はその対応については「問題ない」との判断を本能は下している。後は、それを実行するのみ。

今しも瞳に飛び込んできそうな黒い塊は、元々かなりの速さを持っているようで、この静止した世界の中でも、はっきり動いているのがわかる。降りしきる雨粒などは、完全に空中に固定しているように見えるのだから、コレが自由落下の速度を遥かに超える速さを誇っている、なによりの証明である。

眼球への直撃を避けたい。その対処法は実に単純明快。この巨体を思考加速によって無理に回避行動をとらせる、なんて大げさな反応は必要ない。

そう、ただ瞼を閉じればよいだけの話である。

そこで『精神統一』を解除。再び、時は正常な流れに戻る。

「偶然か――いや、見えてるのかっ!?」

眼球は脆いが、瞼は硬い。背中や尻尾のように甲殻はないが、それでも砂粒交じりの分厚い皮膚があり、その上には砂鉄装甲で追加防御することもできる。あんな、ちょっとばかり速く飛んで来るだけの石礫如き、瞬き一つで防ぐに足る。

だが、この黒いのに纏わりつかれるのも、いい加減にうっとうしい。潰れろ。

グリードゴアは一歩を踏み込む代わりに、その振り上げた足を全力で大地へと叩きつける。ただでさえ超重量の巨体から繰り出される 踏み付け(ストンピング) は、ただの一撃で地震と土砂崩れを同時に引き起こした。

足の裏からかかる純粋な物理的破壊力が、イスキアの丘を揺るがす震動を。そして、足先から発動させた土操作の 固有魔法(エクストラ) が、周囲を飲み込む土砂の津波を発生させた。

「ぐっ、 黒盾(シールド) ――っ!」

足元でウロチョロする黒いのは小さすぎて、狙いは適当。やはり直接に叩き潰すことはできなかったが、衝撃波のように爆散した土砂の奔流によって、吹っ飛ばすことには成功した。

そうして邪魔者を片付けて、再びグリードゴアは前進を続ける。

目前に迫ってくる獲物の巣。垂直と平行に切り立った四角い石に守られた人の巣だが、自分にとっては体当たり一発で倒壊させられるだけの、脆い作りだ。

あの白い雌が、背中の翼で飛んで逃げたりでもしない限りは、楽に潰せる。いや、そのまま一口に噛み砕いてやる方が、より確実かもしれない。

ターゲットはもう、目前まで迫っている。

「放てぇーっ!」

その時、またしても雨に混じって雑多なモノが飛んで来る。

人や一部のモンスターも利用する、尖った鉄に、火の玉、氷柱、風、まるで統一感がない。見分けなどまるでつかないが、人の種類によって繰り出す攻撃方法や属性の違いがあることは知っている。

もっとも、この圧倒的な防御の前では、どんな属性でも通りはしない。正しく、痛くも痒くもない。

だが、面倒だった。

ああ、面倒くさい、邪魔くさい。全てを、一撃で吹き飛ばしてしまいたい――そう怠惰な本能が命じたことで、グリードゴアの歩みを止める。

「よし! 動きが止まったぞ、このまま撃ち続けろぉー!」

雌の隣にいる雄が、やけに大きな鳴き声をあげている。その声に合わせて人が攻撃を放っていることから、群れのリーダーだと思われるが、本能が疑問を呈している。「あんな弱そうなのがリーダーなわけがないだろう」と。

コンマ一秒にも満たない些細な逡巡を経て、グリードゴアはこの煩わしい人の群れを一掃するべく思考と魔力を集中させ始める。

まずは轟々と、思い切り息を吸い込む。肺腑が限界まで膨らみきると、空気中に漂う魔力の取り込みが完了する。

それと同時に、足元の砂鉄を雷と土の両属性による精密・高速操作によって杭のように変形させ、そのまま地面へと打ち込む。足の爪だけでは、体を固定するには足りないからだ。

そこまで終えれば、もう発射準備は最終段階。すでに口元からはバチバチと紫電が漏れ弾ける。

後はしっかり狙いを定めて、一息に吐き出すのみ。

「――ブレスだっ! 防いでくれ、ネルっ!!」

そう、この自身が誇る最大最強の必殺技、『 荷電粒子砲(プラズマブレス) 』を。