軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第318話 白金の月26日・スパーダ

イスキア古城を発ち五日目、ついにセリアはスパーダへと帰りついた。

その姿はいつもの優雅なメイド服ではなく、本来のクラスである 暗殺者(アサシン) の専用装備である。

身体能力強化と各属性耐性を誇る黒い全身スーツは、破れて血が滲んだ痕が所々にあり、左腕の 手甲(ガントレット) は手首のベルトを残すのみ。

応急処置こそされてはいるがが、酷い有様であることに変わりはない。

明らかに戦闘、しかも激戦とよべるほどの戦いを彼女が潜り抜けてきた事は、行き交うスパーダ市民でも一目瞭然だろう。

しかし道中の苦労はすでに過ぎ去り、セリアは主の命をちょうど果し終わったところだ。

つまり、冒険者ギルドへ緊急クエスト依頼を叩きつけ、そしてつい今しがたスパーダ王城にてレオンハルト国王陛下に直接、救援要請を訴えかけたのである。

これより先は、スパーダ軍の統帥権を持つ国王の役目。

伝令役たるセリアの任務は終了。その労をねぎらい、すぐに休むようありがたくも国王陛下直々の言葉を賜った。

だが、命令ではない、主の‘お願い’を果すべく、セリアは休息を少しばかり先延ばしすることにした。

「さて、クロノ様が神学校にいれば良いのですが……」

血塗れたアサシン装束のままスパーダ王城を辞去したセリアは、目的の人物であるクロノの居場所に見当をつける。

すでに陽は没して久しく、スパーダには夜の帳が下りている。

真っ当に考えれば、授業時間でもないのでクロノは寝床である神学校の寮にいるはずだ。

しかしながら、約束をしたわけではないのだから絶対確実とは言い難い、今日に限って用事があるかもしれないのだ。

パーティメンバーの女性二人組みがいないのを良い事に、ここぞとばかりにスパーダの色町へ繰り出している可能性もある。

もしも寮にいなければ、この広大な街中から人一人を探し出すのは、如何に家事も戦闘も諜報も伝令もこなす万能メイドのセリアをしても、一晩という時間制限内では不可能といわざるを得ない。

最悪、クロノの朝帰りを待つ事となるかもしれないと覚悟を決めつつ、セリアは王城から真っ直ぐ伸びる大通りを行く。

だが、一歩目を踏み出したその時、「クロノ!」と、探し求める人物の名前を呼ぶ声が響き渡ってきた。

それが空耳ではないことは、二度三度と繰り返されることで即座に否定される。

「これは…… 大闘技場(グランド・コロシアム) から?」

視線の先には、スパーダで最も有名な建築物である巨大な円形の闘技場が夜闇の中でライトアップされた堂々たる姿。

そこから熱狂的に響き渡ってくる歓声は、確かにクロノという名を呼んでいる。

「ああ、なるほど、 呪物剣闘大会(カース・カーニバル) ですか」

驚くよりも、納得の感情が先に立った。

クロノが呪いの武器を愛用していることは、すでに知っている。そして、その実力がランク5モンスターと真正面からやりあえる程であるということも。

であるならば、クロノが 呪物剣闘大会(カース・カーニバル) に参加するのは何らおかしな話ではないし、そこで大活躍することも、さもありなんといったところ。

「クロノ様も大概、目立つお方ですね」

そんなことをつぶやいてから、セリアはクロノ宛の緊急クエスト依頼書を届けるべく、一目散に興奮に沸く 大闘技場(グランド・コロシアム) へ向かって疾風の如く駆け出した。

リリィとフィオナは四日の道程を経て、ついにスパーダへと帰りついた。

流石は首都というべきか、夜間にも関わらず大正門は開け放たれており、往来する人々を迎え入れ、あるいは、送り出している。

二人は煌々と照らし出される巨大な門を、ギルドカードの提示のみであっさり潜り抜けた。

すでに変装の意味はないので、ダキア村を過ぎた辺りで元の姿に戻っている。

今や姉妹の巡礼者ではなく、ランク3冒険者パーティ『エレメントマスター』所属の妖精と魔女、正しくギルドカードに書かれている通りの人物。

そうして、二人はおよそ二週間ぶりにスパーダの街へと足を踏み入れた。

「それでは、一気に寮まで行きましょうか」

「おークロノー!」

いよいよ感動の再会を前にして、二人のテンションも鰻登り。

フィオナは未だ人の往来が盛んな大通りを、マリーの尻に思い切り鞭を入れて爆走する気満々な様子で、さらにリリィはそれを止めるどころかはやし立てている。

下手を打てば危険運転で 憲兵(ローガーディアン) にしょっ引かれるが、最早そんな事を気にしている段階ではない、つまり、我慢の限界というヤツだ。

そうして、いざクロノ! とばかりにロケットスタートを切ろうとしたその時だった。

「おいっ! 危ねぇだろ!!」

「バカヤロー! なんてスピード出してやがる!!」

そんな怒れるスパーダ人たちの声が二人の前方から俄かに上がった。

「全く、こんな人通りの多いところで馬を飛ばすなんて、迷惑な人もいるものですね」

「ねー」

完全に自分達の事を棚に上げての辛口コメント。

一応、馬車などが通行する道路と人が歩くだけの歩道に、大通りは分けられているのだが、夜間は歩行者天国になりやすい。

故に、急ぎの馬車や馬が疾走すると、こういった交通事故ギリギリなシチュエーションとなる。

さて、今回の暴走者はよほどの緊急事態なのか、それともただの馬鹿なのか、特にその顔を見ようという野次馬根性もないリリィとフィオナではあったが、どうやら向かう先は自分達の背後にある大正門にあるらしい。

超絶的な馬術を誇るのかただの幸運なのかはわからないが、一人も通行人を轢くことなく、人波を越えて危険運転の黒い馬体が現れる。

流石に近くを通れば、リリィもフィオナも何となく視線を向けてしまう。

数メートル脇を通り過ぎていく漆黒の疾風。交差は一瞬――

「大正門も一気に突っ切るぞ、掴まってろネル!」

「はい、クロノくん!」

二人は、確かにその声と、大きな黒馬を駆る者の姿を捉えていた。

「えっ……」

「……クロノ?」

なびく黒衣と黒髪、そして片方だけ輝く真紅の瞳。

その姿を見紛うはずはない、他の誰でもない、彼だけは、クロノだけは絶対に。

期せずして姿を現したクロノに、本来なら喜びに湧き上がるはずの二人だったが、代わりに腹の底からたぎってくるのはドロドロとした不快感だった。

「なんですか、あの女」

「なに、あの女」

クロノの姿を確認すると同時に、二人は見た、嫌でも見えた、見えてしまった。

うっとりと高揚した顔つきで、逞しいクロノの背中にしがみつく一人の女。

純白の両翼を背中から生やした、清楚にして可憐、誰もが見蕩れる美しき理想のお姫様。

「やっぱり、長い間クロノの傍を離れるべきじゃなかったのよ」

そう、アレは――

「ほら、ああやって悪い虫がついちゃったでしょう」

敵。

十字軍よりも、使徒よりも、許しがたい敵。

けれど、ただ殺せばそれで解決するわけではない。この世で最も厄介な敵――つまり、恋敵。

「ええ、そうですね」

二人の胸に渦巻くドス黒い感情が反映しているかのように、瞳に宿る輝きが曇っていく。

すでに感情は不快感を通り越し、嫌悪感というべきレベルに達している。

見たのは僅か刹那の間であったが、ネル・ユリウス・エルロード、あの女の姿が瞳に焼き付いて離れない。

とろけた目つきで大きな胸をクロノの背中へ押し付けて、抱きしめるようにきつく腕を腰に回すネル。

それは純真無垢なプリンセスではなく、ただ、卑しく発情した 女(メス) の顔――

「……そこは、私の席なんですよ」

クロノとデートをした、忘れもしない紅炎の月13日、フィオナは確かにそこに座っていた。

そして、その時フィオナが今のネルと同じ表情をしていたことまでは、自分では気づきようもない事だったが。

「――フィオナ」

いよいよ怒りでフィオナの視界が真っ赤に染まりそうになった時、どこまでも冷たい響きでリリィが名前を呼ぶ。

「ええ、分かってますよリリィさん」

表向きだけは平静でいられるフィオナは、心得ているとばかりに手綱を引いた。

愛馬のマリーは主から漂う不穏な気配を察したのか、一度だけブルリと身を震わせてから、その命に答えるよう素早く踵を返した。

百八十度反転、前方はスパーダ王城がそびえる中心街から、再び今しがた通ってきたばかりの大正門へと向けられる。

「今すぐ、クロノを追って!」