軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第301話 白金の月20日・アヴァロン市街大通り

スパーダに負けず劣らず人ごみに溢れるアヴァロンの大通りは、今日も平常どおりである。

人間が中心ではあるが、エルフやドワーフ、獣人、果てはアンデッドなどなど多種多様な種族が入り乱れる人波はスパーダよりもバラエティ豊か。

もっとも、そんな光景はパンドラ大陸においては特別珍しいものでもなく、この雑多な人の波に乗って歩くリリィにとってはウンザリさせるものでしかない。

ついでに、幼い姿の自分の手を引いて歩く、お姉ちゃん然としたフィオナにも少しばかり不機嫌な視線を向けた。

「ん、なんですか? これはお姉ちゃんのですから、一口たりともあげませんよ」

フィオナがリリィの手を握るのとは反対の右手には、つい先ほど露天で購入した 石化鳥(コカトリス) の焼き鳥串が握られている。

眼鏡の奥にある青い瞳は、捕らえた獲物は誰にも渡さないという意思に満ちた猛獣と同じ輝きを放っていた。

「いらないわよ!」

表向き幼い妹で通しているリリィは、そのキャラ崩壊を防ぐためにキツい口調の反論を、わざわざテレパシーを通してフィオナの脳内に叩き込んだ。

「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか、お姉ちゃん悲しいです」

よよよ、と悲しんでますよアピールのフィオナに容赦のない追撃がはいる。

「いくら私でも怒るわよ、何なのよさっきから、食べ歩きしているだけじゃない」

「折角アヴァロンに来たんですから」

リリィとてフィオナの食いしん坊ぶりはよくよく知っている。故に、美味しい匂いに誘われてついつい買い食いしちゃうことに理解は示せる。

「ええ、そうね、気持ちは分かるわよ。でもね、貴女その焼き鳥は何品目?」

「えーと、九品目じゃないでしょうか」

しかしながら、こうも立て続けに飲食店を渡り歩いてアヴァロンのB級グルメを貪られていてはかなわない。

「いい加減にして、話が進まないわ」

「すみません、つい」

話、つまり、今回の旅の目的を達する重要な内容を全く深められずにいるのだった。

「それで、えーと、白光教会でしたっけ?」

淡白で柔らかなコカトリス肉を堪能し終わったフィオナは、通り過ぎる細い路地裏目掛けて串を指で弾いて投げ捨てる。

綺麗な放物線を描いて飛んでいく串は、途中で自然発火したように燃え、汚れた石畳に落ちる前に灰となって消滅した。

「ええ、調子に乗って悪さをしすぎたカルト教団、いえ、少年ギャングといった方がいいかもね」

つい先ほど出会ったオレンジ泥棒などは、まだまだ可愛いほうである。

聞くところによれば、強盗殺人に放火までやらかす凶悪犯罪を、このアヴァロンで何件か起こしているらしい。

「特に、最近襲われたエルフの商人夫婦の一件が決定的になったようね。誰からも慕われる良い夫婦だったんでしょう、仇討ち目的の依頼が殺到しているらしいじゃない」

「はい、ギルドは今その話で持ちきりでしたよ」

リリィが情報屋と会っている間、フィオナは冒険者ギルドへ向かい真っ当な情報収集に努めていた。

もっとも、彼女が集めたのはアヴァロングルメ情報がメインだったというのは、この連続買い食い事件で明らかになってしまっている。

「これは近いうちに正式な討伐クエストか、騎士団が一斉検挙に動くわね」

「丁度いいタイミングでしたね」

正規に依頼を受けて動く冒険者がいたり、独自に捜査と逮捕を進める騎士団、どちらとかち合っても少々の面倒事になることは避けられない。

彼らに先んじて動ける今という時は、全く幸運と呼べるだろう。

「しかし、聞くところによると子供の信者が多いのだとか」

「ええ、異常なほどに、ね」

白光教会をもう一つ有名にする要素が、この信者の年齢構成である。

孤児院に住まう子供を中心に、信徒の誰もが未成年者ばかり。

大人だと思われる人物が目撃されたのは、顔を隠した大柄な男が数人ばかり、子供の信徒に混じって路地裏を練り歩いている場面を数度といったところ。

白光教会という名前を掲げ、堂々と喧伝しているのは全て貧民街の子供達なのである。

一応は孤児院への寄付を募るために方々を訪ね歩くというのが主な活動らしいが、信徒の中には成人すればそのまま 犯罪組織(ギャング) に 就職(クラスチェンジ) だろうと思われるガラの悪い少年が多い。

そんな彼らは今や、何故か貧民街で本職の大人を押し退け幅を利かせているのだという。

「元々は老人の司祭が一人で経営していたみたいですね。亡くなった後に、よほど強力な人物が味方についたのでしょう」

『白光教会』が悪名を轟かせる前、といってもつい去年の話になるが、それまではどこにでもあるような孤児院であったらしい。

宗教組織を名乗ってはいるものの、神殿どころか祭壇の一つもない、ただその老人司祭が語るだけの存在であった。もっとも、積極的な布教活動は行っていなかったようだが。

そこそこに人徳からなる人脈があったらしく、ささやかな寄付金で孤児院を切り盛りしていたことは間違いない。

彼が老衰で死亡した後、『白光教会』の孤児院はそのまま自然消滅するはずだった。

「少なくとも、大人が手出しを躊躇うほどの力は持っているわ」

裏社会だなんだと偉そうなことをいっていても、所詮は力が全ての世界。例え子供だとしても、絶大な力を誇っているのならそう簡単に潰される事はない。

事実として、解散させられるはずだった孤児院に子供たちは残り続けているのだから。

「冒険者、でしょうか?」

「有名な高ランク冒険者はシロよ」

その程度の事は、情報屋がすでに確認をとっていた。

白光教会、そのバックに如何なる実力者がついているのか、それを探るのは当然――そして、全く不明という結果に至るのだ。

「もしかしたら『司祭様』と呼ばれる少年本人が強いのかもね」

真っ当に考えれば、目撃された‘大柄な男’という線が妥当だが、そういう可能性もありえないとも言い切れない。

「なるほど、子供でも強い人って、いないこともないですよね」

フィオナの視線は隣を歩く小さなリリィへと一瞬向けられ、またすぐに逸らされた。

「まぁ、そんなことよりも気になるのは、この白光教会の教義なんだけど――」

「ええ、これは間違いなく十字教と同じ系統ですよ」

フィオナの断言に、リリィは「やっぱり」と納得を示す。

白光教会の崇める神、教義、出で立ちや行動原理などなど、情報屋は勿論、ギルドでもある程度知ることができる。

老人司祭一人が主張するどマイナーな宗教ではあったが、今は少年司祭によってスラム街を中心に熱心な布教活動が行われているからだ。

そしてそれは、十字教と非常に似通った特徴を持っている事が、いやでも分かってしまった。

「これはどういうこと? 十字軍がもう都市国家群に入り込んでいるの?」

情報屋が探りをいれても不明、かつ、間違いなく『力』を持っている存在といえば十字軍をおいて他にはない。

最悪の可能性であるが、同時に、最も筋が通る予測でもある。

「いえ、その可能性はないですよ」

しかし、フィオナは事もなげに否定してみせた。

「どうして?」

「十字教の教義において最も重要なのは、『白き神』を唯一絶対の神として崇めることです。白光教会の方は『聖母アリア』を崇めています。十字教でも彼女は重要な存在として語られていますが、神を差し置いて、ということはあり得ません」

もしも本当に侵略の第一歩として十字教の布教を行うならば、必ず聖書とセットで‘正しい教え’を広めるはずである。

事実、十字軍は過去にそういった方法で侵略のさきがけとしたことが幾度もあることを、フィオナは知っている。宗教戦争の常套手段とも呼べるだろう。

「最悪の状況じゃなくて良かった。それじゃあ、聖母アリアって誰?」

「神の子を産んだという人間の女性です。その子供が第一使徒となり十字教を広く布教した、という伝説になっています」

伝説、ということは、その全てが歴史的事実かどうかは判別できないという事でもある。

無論、十字教信者は聖書に綴られる奇跡の物語こそ絶対の真実であると固く信じているのだが。

「聖母アリアは、歴史上で最も白き神に近しい人間です。その存在は使徒以上神未満といったところでしょうか、聖書のエピソードでも白き神はこのアリアを殊更に特別扱いしていますし、十字教においては二番目に重要な人物ですね」

故に、十字架と並んで聖母アリアの偶像は十字教を代表するイメージとして広く定着している。

フィオナは懐から一枚の金貨、このパンドラ大陸では流通していない、シンクレア共和国の金貨を取り出しリリィに見せた。

「これに描かれているのが聖母アリアですよ」

いつか宿屋のベッドの上で互いに資産を見せ合った時は、この女性の肖像はシンクレアの女王か何かだとリリィは思ったが、その正しい由来を知ってなるほどと素直な関心を示した。

「それで、どうしてアヴァロンに十字教の重要人物が伝わっているわけ?」

「十字教は古代から伝わる最古の宗教だと主張していますから、古代文明が栄えた時代ではパンドラとアークの両方に広まっていたんじゃないですか」

古代文明そのものがパンドラとアークの両方に跨る勢力を誇っていることは、同じような遺跡が両大陸に残っていること、そして、互いに同じ言葉と文字を使っていることで証明されている。

恐らくは暗黒時代を経ることで、パンドラとアークは完全に文明として隔絶されてしまったのだろう。

そして古代の十字教は、アーク大陸においては最大宗教として君臨し、パンドラ大陸では歴史の闇に埋もれる存在となった。

アヴァロンで悪名を轟かせつつある白光教会は、そんな忘れ去られた教義を引っ張り出して掲げる、歴史も伝統もない胡散臭いカルト宗教の一つということだ。

「同じ起源を持っていても、辿った歴史や解釈の違いで別の宗派が生まれるのは自然なことです、シンクレアでも十字教系の新興宗教は星の数ほどありますし」

そして、教皇を頂点に十二人の使徒を擁する十字教の最大宗派は、他の宗派を同じく星の数ほど潰してきたことだろう。

「そう、十字軍との背後関係がないなら、なんでもいいわよ。クロノには安心させるためにアルザスの事はわざわざ伏せてきたんだし」

表だって出すことはないが、いつ襲い来るか分からない十字軍の存在はかなりのプレッシャーになる。

もしもアルザス村の跡地に要塞を建造中で侵略の準備を着々と進めている、なんて情報を知れば、ひょっとしたらクロノはそのまま一人でかち込みをかける可能性はなきにしも非ず。

どちらにせよ、戦争目前ということを知れば確実に焦りが生まれる。そんな状態のクロノを一人残して別行動をとるのは、リリィとしては避けたかった。

「それで、白光教会とやらにはいつ仕掛けるんですか? もしかしてこのまま行くつもりですか?」

早く帰るに越したことはない、特にリリィなどはクロノと会えずに禁断症状が出てしまいそうなほどだ。

脳内クロノと楽しくお喋りを始める時も、そう遠い未来のことではないだろう。

「いいえ、明日にするわ」

「そうですか、私は今すぐでも構いませんが、何か理由でも?」

その問いにリリィは、ようやく子供らしい満面の笑みを浮かべて答えた。

「うん、だって明日は、満月の夜だから」