軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第291話 乱入

「な、なぜ、ネル姫様がこんなところにおりますの……」

控え室の最前列にて、クリスティーナ・ダムド・スパイラルホーンはポップコーン片手に言葉を失っていた。

彼女の肩書きは、アヴァロン貴族にして 第一竜騎兵隊(ドラグーンナイツ) 『ドラゴンハート』の副隊長、である。自らが仕える王族、しかもその第一王女の顔となれば、知らぬはずがない。

そもそも、あの美貌に純白の両翼を持つ姿など、彼女をおいて他にはない。見違えるということがそもそもありえないのだ。

「ふむ、モルドレッド会長だけでなくネル王女とも知遇を得ていたとは、中々の 人脈(コネ) を持っているようだな」

どこまでも冷静な感想を述べるのは、何故かクリスティーナと席が隣り合っているルドラ。

「一体、あのクロノという男は何者なんですの……むっ、これは、そこはかとない黒き陰謀の匂いがしまわすわ……」

疑惑の目をアリーナに立つクロノへ向けるクリスティーナは、次の瞬間、また驚くこととなる。

「本当に、治るのか?」

「はい、安心してください、私の『天癒皇女アリア』の加護で、今すぐに治してみせますから!」

という、二人のやり取りは、この特等席でなくとも観客席ならどこでもしっかり聞こえてくる。

「ま、まさか、どこの馬の骨とも知れない冒険者相手に、アレを使うつもりなのでは――」

そのまさか、であった。

ネルはそうするのが当然とばかりに、白い輝きを宿す神々しい 長杖(スタッフ) を 空間魔法(ディメンション) より引き出して見せたのだ。

「ひぃー! やっぱり使うつもりなのですわ、『白翼の天秤』をっ!!」

それで治療されるクロノ本人は、何ともなしに目の前に現れた純白の杖を見ているが、その真なる価値を知るクリスティーナからすれば、とんでもないことであった。

「 大魔法具(アーティファクト) か」

「アヴァロンの国宝ですわっ!」

「なるほど、純粋な 神鉄(オリハルコン) 製なだけはある。しかし、ただの 回復(ヒール) 用なら、使ったところで特に問題ないのでは?」

国宝を安易に人目に晒す、という権威的なデメリット以外はない。ポーションのように、使えば完全に失われることはないのだから。

「大アリですわっ! アレには回数制限があるんですのよっ!」

基本的に魔法の杖は、術者本人の魔法発動をサポート、あるいは強化するのが基本的な性能である。

その魔法を発動させるのに何回まで、という回数制限は存在しない。あるとするならば、純粋に杖としての耐久性のみであろう。

しかし何事にも例外はある。魔法の杖に関していえば、この『白翼の天秤』がそうであった。

『天癒皇女アリア』の加護を授かった者だけが扱えるという前提条件に加え、これで特定の治癒魔法を発動させた場合、杖に宿る魔法の発動限界回数が消費されるのだ。

その回数というのは、目で見てわかる実に単純なモノ。杖の内部に複数個装填されている小さな宝玉が、魔法発動の触媒として消費されるのである。

換えの宝玉さえあれば、装填して再使用もできるが、如何せん、この『白翼の天秤』はアヴァロン王家に古代より伝わる国宝級 大魔法具(アーティファクト) の一つ。

つまり、宝玉は運よく古代遺跡から発掘される以外に入手方法は存在しない。無論、現代の魔法技術でも精製は未だ不可能である。

だからこそ、そう易々と使って良いものではないと、ネル自身もよくよくわかっているはず。

「あの杖はきっと、国王陛下がネロ様の身にもしもの事が起こった時のために、持ち出しを許可されたのですわ」

「それを、ただの冒険者の男に使おうというのか。ふっ、なんとも慈悲深いお姫様だな」

一回の発動による損失がウン千万クランという金銭的価値を差し引いても、驚愕の行動である。とても正気の沙汰ではない。

だが、ネル本人は全くそれを省みることなく、そのアヴァロンの秘法たる『白翼の天秤』を行使する。

「――『 白天解呪(プロヴィデンス・ディスペル) 』」

「ひぃいい、 私(わたくし) 、もうどうなっても知りませんことよぉお!」

神々しい白き癒しの光がアリーナに満ちた瞬間、クリスティーナは両手で顔を覆って、今日ここで見たことは全く知らぬ存ぜぬ、私は一切関わりありません、というスタンスを貫こうと心に誓った。

「宮仕えは大変だな」

「うぅ、いくら姫様が民への慈愛溢れるお方だといっても、限度というものがありますわよぉ……」

確かに、ネル姫は王族としてのパフォーマンスという以上に、本心から民のために行動する人柄というのは、幾つかの逸話があるので、ルドラも人並みには知り及んでいる。

「慈愛、か。果たして、どうだかな」

「……どういう意味ですの?」

答えようによっては、王族への侮辱とみなす、と判断したクリスティーナの声は鋭い。

「ふっ、あの顔を見て、気づかないのか?」

アリーナでは、見事に 解呪(ディスペル) を成功させて、喜び合うクロノとネルの姿がある。

その感動的な結末に、再び闘技場は拍手喝采に沸いている。

「凄いな、完全に元通りだ」

「でも、まだ無理はしないでくださいね」

そんなやり取りをしながら、クロノは回復した右手を握ったり開いたりして具合を確かめている。

だが、その腕に未だネルの左手が離れずに触れたままであるということに、クリスティーナは気がついた。

そして、より注意深く、ネル王女殿下のご尊顔を観察する。そこには、慈愛に満ち溢れた優しげな微笑があると信じて――

「完全に女の顔をしているぞ。一国の王女が、夫でも婚約者でもない男に見せていい顔ではないだろう?」

ルドラの台詞は、穿った下世話な見解だろうか。

しかし、クリスティーナが「不敬な!」と怒り心頭で攻撃を繰り出さないのは、それだけの説得力があったということに他ならない。

つまり、それほどまでに、ネルの表情はとろけてしまっていたのだ。

「そ、そんなはず、ありませんわ……」

否定の言葉は口にするものの、クリスティーナの青い瞳に映るのは、陶然とした表情を浮かべるお姫様。

恋する乙女のお手本が如く、どこまでも熱っぽく目の前の男を見つめている。

対する男、クロノは、その熱視線にまるで気づいていないような――否、あれは、その目が向けられることが当然といった顔。

表向きには、素直に謝意を語っているように見えるが、あれはきっと、もうネルを自分の女だと確信しているに違いない。

そうでなければ、あの美しいネル姫様に見つめられて、平然としていられる男などいない。

「あ、ああ……まずい……まずいですわよ、これは……」

「王族のスキャンダルは、確かにまずいだろうな」

ガチャリ、と音を立ててクリスティーナは敢然と立ち上がる。

「失礼いたしますわ」

それだけ言い残し、自慢の金髪ロールを翻し、真っ直ぐアリーナへ続く通路へと向かった。

無言で見送ったルドラは、髑髏の面の下でかすかな微笑を浮かべてつぶやく。

「ふっ、乱入は剣闘の定番だな……」

「凄いな、完全に元通りだ」

眩い発光がおさまり、改めて右腕を見ると、そこには確かに血の通った生身の腕がある。魔力の通りも順調、恐らくは今すぐ『 腕力強化(フォルス・ブースト) 』をかけても、適切に発動することだろう。

ただ、元に戻ったのは生身の肉体部分のみで、コートの右袖は結晶化のまま砕け散ってしまった。まぁ、『 悪魔の抱擁(ディアボロス・エンブレス) 』もバフォメットと同じく再生能力があるので、その内に元通りになるだろうから大した問題じゃない。

「でも、まだ無理はしないでくださいね」

優しいいたわりの台詞と共に、右腕に触れるネルの手の柔らかさもはっきりと感じ取れる。

しかし、ネルが妙に熱っぽく見つめてくるのはどうしたことだろうか。まるで風邪でもひいたような上気した表情、触れる手の感触も、心なしか熱いようにも思える。

もしかして、魔法発動の反動だろうか? 今の『 白天解呪(プロヴィデンス・ディスペル) 』は加護を用いた特別なもののようだった。魔力消費以外にも、なんらかの代償がある可能性は高い。

けど、ネルならそんなことを省みずに使ってもおかしくないだろう。

「なぁ、ネル」

「はい、なんですかクロノくん?」

問い返す彼女の顔は、どこまで優しげな微笑。赤く染まった頬、とろけたような目、それでも気丈に笑っているのだ。

無理して魔法を使ったんじゃないか、なんて言ったところで、ネルを困らせるだけだろう。そもそも、無理をさせたのは俺が無様を晒したからだ。

けど、今はどっちも言わないのが最善だろう。

「本当にありがとう、助かったよ」

俺に言えるのは、ただ感謝の言葉だけ。この礼をいつか必ず返すと、心の奥底で誓って――いや、まて、今はネルの手が触れてるから、もしかしてテレパシーで読まれたりする?

「いえ、そんな……私、クロノくんの為なら……」

いよいよ熱が辛くなったのか、耳まで真っ赤にしてうつむくネル。言葉もどこかふわふわと上の空といった感じだ。とりあえず、心は読まれてないようだな。

しかし、これはさっさと退場して、ネルを休ませるべきだろう。呪いの武器は、まぁ、すぐ後で取りに戻ればいいだろ。ちょっとカッコ悪いけど。

「ネル、なんだ、その、さっきの魔法で魔力消費して疲れてるなら、手を貸すよ。大丈夫か?」

無理しただろ、とは言わないが、これくらいの気遣いは必要だろう。

もしかしたら『黄金太陽(オ-ル・ソレイユ)』をぶっ放したフィオナ状態かもしれないし。そうなれば手をかすどころか、背負ってやらなきゃいけないが。

「え? えーと……あっ、はい! 私、凄く疲れてます! もう一歩も歩けないくらい疲れましたーっ!」

「そ、そうか……」

思いのほか元気の良い疲れた宣言が返ってきて、やや気圧される。しかし、本当に魔力が空に近いというのなら、仕方ないだろう。

「それじゃあ、ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、我慢してくれ」

「へっ、わわっ――ふわぁ!?」

まさか、本物のお姫様をお姫様抱っこする経験をすることになるとは。自分でやっておきながら、驚きである。

いや、別に普通に背負ってもよかったのだが、なんとなく、こう、やってみたくなったというか、カッコつけたくなったというか。

しかし背中の羽が大きくて、微妙に持ちづらいな。やはり無難に背負うべきだったか……だがしかし、ネルもいよいよ顔が茹ったように真っ赤になってるし、体勢なんて変えてる場合じゃない。よし、このまま行くぞ!

「お待ちなさいっ!」

一歩目を踏み出そうとしたその時、甲高くも鋭い女性の声がアリーナに響き渡った。

「今すぐ、ネル姫様をその呪われし腕の戒めより解き放ちなさい! 黒き悪夢の狂戦士(ナイトメア・バーサーカー) っ!!」

なんだかウィルみたいな言い回しの台詞を高らかに叫ぶのは、さきほど控え室で見かけた金髪ドリルに暗黒フルアーマーのお嬢様だ。

いやしかし、一体どういう了見だろうか。まるで俺がお姫様を攫う悪の魔王みたいな言われようじゃないか。

「おぉーとぉ! なんとここで、皆さんご存知『 呪物剣闘大会(カース・カーニバル) 』の常連選手、クリスティーナ・ダムド・スパイラルホーン卿の乱入だぁあああ!!」

代わりに解説ありがとう、熱い実況の人。

しかし、乱入だと? そういえばイケメンエルフも乱入は剣闘の定番イベントとか言ってたな。

一番の大物らしいサイードを仕留めたことで、変に目をつけられたってことか。ええい、面倒くさい。

「誰だか知らないが、今はお前に構っている暇はない」

先に消耗したネルを休ませなくちゃいけない。ここで悠長に戦ってなどいられるわけがないだろう。

そもそも万全の状態だったとしても、俺には戦う意思などない。呪いにとり憑かれた者は、もうゾンビのように後戻りできない状態だからこそ、躊躇なく斬る覚悟もつくってものなのだから。

「な、なんたる傲岸不遜な物言い!? この 私(わたくし) を誰と心得ていましてっ!」

誰だか知らない、って俺ちゃんと言ったよね? これは典型的に人の話を聞かないタイプな気がするぞ、この人。

「ぐぬぬ、なんですの、その冷めた目は! ええ、いいでしょう、わからないならば、とくと語って聞かせてあげますわ! この、アヴァロン貴族にして栄光の 第一竜騎兵隊(ドラグーンナイツ) 『ドラゴンハート』が副隊長、クリスティーナ・ダムド――」

「スパイラルホーン卿、下がりなさい」

正しくウィル並みの壮大な名乗りをあげる彼女の台詞を、ネルが遮った。

というか、喋ったのはネルだよな? 確認するまでもなく、俺が抱き上げる彼女の口からでた台詞だったのだが、その声音はまるで別人のように――そう、冷たかった。

「姫様、その男は危険なのですわっ!」

「下がりなさい、と言ったのです。聞こえなかったのですか?」

やはり、ネルの雰囲気は一変してしまっている。

その声だけではない、ついさっきまで高熱にうなされていたような上気した頬も、今はすっかり白さを取り戻し、どこか人形めいた美貌となっている。

そんな印象を抱くほどの無表情。ネルのこんな顔は,初めて見る。

「し、しかし姫様っ! これはあまりにお戯れが過ぎますわ! 公衆の面前で、素性の知れない冒険者の、しかも殿方を相手にこのような――」

「下がれと言っているでしょう! 反逆罪で処刑しますよっ!!」

『 大闘技場(グランド・コロシアム) 』は静まり返った。心優しいネル姫様の、怒りの処刑宣告によって。

正直、俺も言葉が出ない。魔眼に睨まれるより、嫌な緊張が走る。

「くっ、うぅ……申し訳ありませんでした、姫様……」

細い眉を八の字にしかめた苦渋の決断といった表情、ぶっちゃけ半泣きとなって、お嬢様がついに引き下がった。

ゴツいドレス型の暗黒鎧をガチャガチャ鳴らし、ゴージャスな金髪ロールを翻して踵を返す。

「ですが、この事は国王陛下に、きちんとご報告申し上げますわよっ!」

だが、何故か俺の方をキリリと睨みながら、そんな捨て台詞を残して彼女は退場していった。

国王陛下って、アヴァロンの王様、つまり、ネルの父親ってことだろ。学校の友人関係でもご報告って、やっぱり王族って色々と大変なんだな。

いやしかし、わざわざ乱入してまで諫言を、っていうことは、やっぱり俺、一国のお姫様に対して馴れ馴れしくしすぎたってことだろうか。ウィルと違って、ネルは女の子だし、男関係は厳しいように思える。ヤバい、調子に乗ってお姫様抱っことかするんじゃなかった。

「ごめんなさい、私のせいで、またクロノくんに酷いことを言う人が……」

やっぱりお姫様抱っこ解除で、と考えた矢先、杖を持たないネルの左手が俺の肩に回された。降ろせないのもまずいけど、体の密着度が一気に上昇したのがなによりまずい。

神官服の厚い布地をものともせずに大きく押し上げる二つの胸が、俺の胸板の上で潰れてたわんでいる。

「いや、別にいいさ。誤解されるのは慣れてる」

あらん限りの平常心で、なんとかそう切り返す。誤解には慣れていても、これ以上の誤解を招くのは勘弁願いたいが、それをこのタイミングで言えるほどの度胸はない。

まぁ、だからいってネルと縁を切りたいなんて微塵も思わないが。

「それより、早く退場しようか。また乱入なんてされると、面倒だしな」

「はい、クロノくん」

何の変哲もない、いつも通りの肯定の台詞。だが、すぐ耳元で囁かれるように言われると、こう、色々と意識してしまいそうなヤバさがある。

落ち着けよ、前にネルはきっぱりとお友達宣言しただろうが。彼女は俺に気があるとかじゃなくて、ただ、無防備なのだ。

今ちょっと、兄貴たるネロ王子の気持ちがわかった気がする……

不純な気持ちを振り払うように、俺は今度こそ、いや、ようやく、この血生臭いアリーナを後にした。