作品タイトル不明
第287話 狂える魔眼(2)
輝く紫の瞳から発せられたのは、 閃光(フラッシュ) ではなく、一筋の光線だった。
舞台上の役者を照らすサーチライトのように迫る結晶化の光を、
「うおおおっ!」
紙一重で回避――いや、少し体に当たった!?
サイードの視界から脱するように大きくサイドステップした俺の体が、再び地面へ着地すると同時に、カシャンと音を立てて水晶の粉が体から吹き上がった。
「少し当たったくらいなら大丈夫なのか……」
どうやら俺はまだ五体満足でいられるらしい。どこにも異常は感じられない、肉体的にも魔力的にも。
直接的に肉体と、その上に纏う『 悪魔の抱擁(ディアボロス・エンブレス) 』は結晶化を免れているが、表面を覆うように薄い 紫水晶(アメジスト) が作りだされていた。
着地の衝撃で脆くも崩れ去るほどの薄さではあったが、もしもあの光線を長く浴びれば、氷結の魔法を受けたように全身が紫水晶に覆われ、同時に、骨の髄まで完全に結晶化されてしまうのだろう。
「よくもっ、よぐもぉおああああああああああああ!!」
一度の回避だけで安堵していられない。
サイードは俺こそが憎しみの源であるかのように、狂った台詞を吐きながら追撃する。
追撃といっても、ただ視線を動かすだけで致命的な攻撃が可能なのだから、その挙動は剣を振るうより遥かに早い。
結晶化の光線が薙ぎ払うように俺へと迫る。
これを単純に回避し続けるのは、いくらなんでも無理だろう――、それなら直接、視界を塞げばいい。
「黒煙!」
腕を一振りすれば、即座に黒色魔力の粒子で形成された真っ黒い煙が濛々と立ちこめ、アリーナの一角を暗黒で支配し始める。
すでにヤツの視線は確実にこっちへ向いているだろうが、どうやら俺の目論見は当たったようだ。
黒い煙幕を突っ切ってまで、光線は飛来してこない。
イルズ村で戦った司祭の光魔法を防いだ時と同じように、黒煙によって結晶化の光は拡散されているようだ。
「どぉこぉだぁあああああああああ!」
憎き仇の姿を見失ったサイードの叫びが煙幕の向こうから響いてくる。
もっとも、姿が見えないのは俺も同じではあるが、怨念やら殺気やら魔力やらの気配をこれ以上ないほど強烈に発する呪いの武器使いだ、ある程度の位置は第六感だけで察することができる。
「 魔弾(バレットアーツ) 掃射(ガトリングバースト) ――」
鉈を右手に握ったまま、空いた左手に、まだ名前は無いシモン特性試作型銃を影から呼び出す。
二連装の銃身から威力が 強化(ブースト) された弾丸が黒い火を噴く直前。
「うごぉおおおお――ギョァアアアアアアアアアアアア!!」
サイードの絶叫と重なるように、再び女の叫び声が響き渡る。
刹那、一陣の突風が吹きぬけていき、互いの姿を覆い隠す黒煙が完全に散らされてしまう。
薙刀を振り切った体勢のまま、サイードの輝く両目が、再び俺を射抜く。
「ふっ、ぐふっ、ぐげげぇ――オきろ」
攻撃中断、即座に回避――しようとしたが、足が動かない、いや、重い。
「なっ!?」
「オオッ……アアアア……」
「ウゥ……グルル……」
俺の両脚に、二対の腕が絡みついていた。
腕の持ち主は、ついさっき俺が倒した 無銘(ネームレス) の武器使い。顔のど真ん中を貫いてやったオークと、最初に倒した色男エルフの二人。
何故だ、完全に死んでいたはずなのに、どうして動ける――
「キョォアアアア!」
疑問の答えを見つける前に、さらに三人目の死体、胴を切断してやった人間の女が腸をこぼしながら、俺の腰へ抱きつく。
オークとエルフと女の半分、これだけの人数にたかられれば、いくら俺でも瞬間的に回避行動に移ることはできない。
右手に持つ鉈で切り払うのは簡単だ、だが、それをする余裕がない。
サイードはすでにこちらに視線を向けているのだから。
「ちくしょっ――」
「よぐもカノジョをぉおお! シねぇええええええええええええええええええ!!」
そして魔眼が輝き――
「『 紫晶眼(アメジストゲイズ) 』は上手く動いているようですね、いやぁ、魔眼を弄ったのは久しぶりなもので、一安心ですよ」
クロノの 魔弾(バレットアーツ) を一睨みで粉砕してみせたサイードの勇姿を見て、レギンは呑気にそんな感想を漏らした。
「はっはっは、腕はまだ錆付いてないと見受ける。アレは本来の魔眼覚醒者に勝るとも劣らない威力を出しておるではないか」
モルドレッドがそう返答する頃には、五本の黒化剣がコントロールを失い、地に叩きつけられ粉々に砕け散っていた。
『 紫晶眼(アメジストゲイズ) 』、それがサイードの、いや、スパーダ四大貴族と謳われるハイドラ家が誇る魔眼の名である。
効果は単純、睨んだ物体を紫水晶へと変化させるというものだ。
‘見る’ことで効果を発動させる魔眼の能力としては、ポピュラーなものと言えるだろう。
石化鳥(コカトリス) の第三の目が持つ石化の魔眼と、質こそ違うがほぼ同一といってよい。
しかしながら、単純であるが故にその威力は絶大、使い勝手も抜群。ただ視線を合わせて注視するだけで、相手を物言わぬ水晶像へと変えてしまうのだから。
対処法としては、盾や防御魔法や地形などを利用して視界から逃れるか、効果発動に伴う発光、視線と同一の範囲に発生する結晶化の光線を直接回避するか、の二通りがある。
「 煙幕(スモーク) を焚くとは、ほう、ヤツの黒魔法は中々に多芸ではないか」
故に、クロノが黒い煙で魔眼の視線を塞ぐという選択肢は非常に有効であった。
だがそれは、相手の攻撃手段が『 紫晶眼(アメジストゲイズ) 』のみであった場合に限定される。
サイードはもう一つ、強力な呪いの武器を装備しているのだ。
「おお、聞こえるぞ、亡者を呼び覚ます嘆きの叫びが」
ギョァアアアアアアアアアアアア!!
そんな女性の断末魔に似た悲痛な金切り声は、普通の人間であれば思わず耳を塞いでしまうほど不快な響きだが、モルドレッドにとっては、否、アンデッド族にとって、その音色は何よりも勝る癒しの歌声であった。
「『ホーンテッド・グレイブ』の『 亡者復活(デッドアライブ) 』もちゃんと発動していますねぇ、良かった良かった」
にこやかに言い放つレギンの視線の先にあるのは、サイードの右手に握られた漆黒の薙刀)。
その銘は『ホーンテッド・グレイブ』。
死者を安らかな永劫の眠りにつかせることを役目とする 墓守(グレイブキーパー) が持つその武器は、一体いかなる経緯があったのか、死者へ偽りの生命を与え、今生にて尚も苦役を課す罪深き呪いの武器へと変化を遂げていた。
一振りする度に、刃に秘められし怨念が唸りを上げ、死者の眠りを妨げる呪われし歌を紡ぐ。
それこそが、死体を思いのままに動かすアンデッド化の闇魔法、『 亡者復活(デッドアライブ) 』である。
『ホーンテッド・グレイブ』が奏でる旋律が、そのまま『 亡者復活(デッドアライブ) 』発動の詠唱となり、アンデッド化しやすい死体から順次復活させていくのだ。
アンデッド化しやすいとは、すなわち、現世に強い未練を残して死んだ者。
より具体的な言い方をするならば、死体に黒色魔力や闇の原色魔力などを多く宿した、アンデッド化する際に偽りの生命力となるエネルギー源が含まれている死体である。
だからこそ 無銘(ネームレス) とは言え、呪いにとり憑かれた者の死体などはアンデッドとして復活させるに格好の材料となるのだ。
もっとも、呪いにとり憑かれた時点で、すでに後戻りできないゾンビのようなものではあるが。
「おお、早くも動き始めたぞ! 一つ、二つ――三つか、ふむ、流石に首を切り落とされた者は復活が難しいか」
『 亡者復活(デッドアライブ) 』の旋律と同時に、その音が発する振動を衝撃波となるほどに増幅され、たったの一振りでクロノの煙幕が吹き散らされる。
そして、高所からアリーナを見下ろすモルドレッドからは、静かに息を吹き返し、自身を殺めた憎き敵へ再び襲い掛かる三つの死体が、実によく見えた。
「ちくしょっ――」
風の魔法と耳の良い 使い魔(サーヴァント) の双方を利用した音声伝達システムは、クロノの切羽詰った呟きもはっきりとこの貴賓室へと伝えた。
「さぁ、どうする、ワシを失望させてくれるなよ、 黒き悪夢の狂戦士(ナイトメア・バーサーカー) 」
蘇った亡者に絡みつかれたクロノは、その超人的な運動能力でも今度こそ『 紫晶眼(アメジストゲイズ) 』の視線から逃れることはできないだろう。
正面から直視されれば、如何に高等悪魔の皮を用いたコートであっても、結晶化に耐える事はできない。
本当にこれで終わるのか、それとも、まだ何か手はあるのか――期待半分、諦め半分といった目を向けるモルドレッドは、その瞬間、確信に満ちたクロノの声を聞いた。
「――喰らえ」