軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第285話 熱狂

クロノが己の影から、禍々しいオーラが迸る巨大な鉈を引き抜いた瞬間、

「ほう、素晴らしい!」

モルドレッドはそう叫んでいた。

声が大きいだとか、興奮しすぎだとか、そんな無粋な 注意(ケチ) をつけるものは、この貴賓室内には一人として存在しない。

「ふむ、私も驚きですよ」

立ち上がらんばかりに感心するモルドレッドの隣で、レギンも静かに肯定した。

元より、アクシデントを装って控えの対戦相手である八人を同時にアリーナへ解き放つよう指示したのである。

初戦の圧倒的、というより、最早何が起こったのか分からないほどの速攻を見せ付けたクロノは只者ではない。少なくとも、ランク3冒険者の枠に納まる実力ではないと予想できた。

だが、良い意味で、その予想はさらに裏切られたようだ。

赤と黒のオーラを纏う呪いの大鉈、それを手にしているというだけで。

「ふはははは、クロノ、あの小僧がここまで出来るヤツだとはな!!」

「クロノさんがこれほどの使い手とは」

似たようなニュアンスの台詞がほぼ同時に出て、互いに疑問符を浮かべる。

「お知り合いですかな?」

「モルドレッド会長こそ」

まぁいい、とモルドレッドは一旦疑問を脇に置き、本筋に話を戻す。

「あの鉈、どう見るかね?」

彼自身、呪いの武器コレクターを称するだけあって、見る目には自信を持っている。

だが、所詮はマニア止まり、いや、武器商人である以上は、ある意味で本職とも呼べるが、真の意味で本職と言うべき人物が隣にいるのだ。

ここで意見を求めない手はない。

「ただ血を吸わせただけじゃあ、あの色艶は出ませんよ。家族か親友か恋人か、そういう近しい人も斬ってますね」

モルドレッドはその説明を聞き、益々、満足そうに高笑いをあげる。

その武器に纏わる業が深ければ深いほど呪いは強まり、そして、宿す 能力(チカラ) も強くなるのだから。

「ふっ、ならば、 無銘(ネームレス) を八本ばかり相手させた程度では、些か物足りないであろう」

「ええ、それはそうでしょう、黒魔法使いが、魔法無しで戦っているくらいですからねぇ」

果たして、この『 大闘技場(グランドコロシアム) 』に詰め掛けた数万の観客の内、実況の紹介にあった『黒魔法使い』の肩書きを覚えている者がどれほどいるだろうか。

近づいただけでも呪いにとり憑かれそうなほどの怨念を発する鉈を自在に操り、華麗にして壮烈な剣戟と武技でもって、次々と相手を切り伏せていく様は、世間一般がイメージする魔法使いの姿とあまりにもかけ離れている。

魔法らしいといえば、空飛ぶガーゴイルを引き摺り下ろした触手だが、見ようによっては 暗殺者(アサシン) が扱うワイヤーやチェーンの暗器とも捉えられる。それだけで‘魔法使い’のイメージを定着させるのは不可能だろう。

「いや全く、素晴らしい暴れぶりだ。呪いの武器使いはああでなくては!」

「なるほど、『黒き悪夢の 狂戦士(ナイトメア・バーサーカー) 』なんていうのも、大げさではないのかもしれないですね」

レギンは、いつだったかシモンが聞かせてくれた‘お兄さん’と新しく出来た友人の‘王子様’に関する話を思い出し、そんな言葉を漏らした。

「ほほう、そんな名乗りをあげているのかね、彼は」

「ええ、神学校では有名らしいですよ」

かなりうろ覚えであったが、確かそんな感じであっていたと思い、適当に肯定した。

「ふむ、狂戦士か、益々面白い! 見たい、もっと見たいぞ、その狂える戦いぶりを!!」

それはモルドレッドの望みであり、恐らくは、今ここに集った大観衆も望んでいるに違いない。

最後の一体であるオークを仕留め、完全なる勝利を遂げた今この瞬間に、会場が割れんばかりの拍手喝采が響き渡っていることが何よりの証明だ。

歓声の絶叫は、数秒後には、観客達が唯一知る彼の情報たる『クロノ』という名前のシュプレヒコールへ変わっていく。

まるで、剣闘士のスター選手の如き扱い。

だが、イカれた八人を相手に圧倒的な勝利を挙げて見せたのだ。刺激に餓えた観客が喜ぶ、それはもう血生臭い殺戮ぶりで。

その上、単純な剣の腕だけでなく、最後のオークはついさっき手に入れたばかりの 無銘(ネームレス) の剣を用いて倒すという、何とも憎い演出つき。

コレをやるためだけに、わざと背中を向けていたのだと思うと、そのサービス精神に感服する。

同時に、そんなことが出来るということは、まだそれだけの余裕があったということでもある。

「ふはは、クリス嬢には悪いが、ここで使わせてもらおう――」

この素晴らしい剣闘(ショ-)を演じた 俳優(グラディエイター) が、未だにその実力の大部分を隠しているというのだ。

観客の興奮はすでに最高潮に達しようとしている。ここで連戦(アンコ-ル)に応えないなどという選択は、どんなに商売下手な 主催者(オーナー) でもするはずがなかった。

かくして、モルドレッドは命令を下す。今宵の『 呪物剣闘大会(カースカーニバル) 』における、最強の‘呪い’を解き放つことを。

「――ハイドラの『魔眼』を出せ」

影空間(シャドウゲート) の内より弾丸の如く飛び出した 無銘(ネームレス) の剣は、見事にオークの顔面に命中した。

黒化によって鉄特有の鈍色から黒一色に変質した刃は、耳をつんざく雄叫びを上げている大口へと飛び込む。

牙のような乱杭歯が歯茎ごと削られ、舌は真っ二つに切り裂かれ、瞬く間に口中は血の味で満ちたことだろう。

いや、その味覚の信号が届く前に脳が機能停止を起こして、感覚そのものが消滅していたかもしれない。

どちらにせよ、斜め上へ突き上げるような軌道でオークの顔を貫いた剣先は、きっちり脳味噌をかき回し、頭蓋を突き破り、後頭部から生え出している。

このバトルアックスがどれほど俺の頭をかち割らんと望もうとも、その殺意に突き動かされる意識がなければ叶わない。

頭脳を失った肉体は、ただその動きを止めるのみ。

オークはバトルアックスを頭上に振り上げた体勢のまま、ゆっくり後ろに倒れこむ。

と同時に、突き刺した剣も引き抜く。

魔剣(ソードアーツ) で操作しているので、傍から見れば、独りでに剣が抜けていくように見えたことだろう。

そして、出番を終えれば早々に退場する、つまり、再び影の中へと収納。

それはまた、戦いを終えた俺も同じこと。

さっさと武器を回収して、今度こそ退場しようと踵を返しかけたその時、

ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!!

会場が爆発したのか、と疑うほどの絶叫がアリーナに響き渡った。

「な、なんだ……」

どうやら観客達が喜んでいるらしいのは、その熱狂的な雰囲気から理解できる。

一戦目とは打って変わって、随分なリアクションの変わりようだ。

まさか、 魔剣(ソードアーツ) の操作がマジックみたいにウケたということではないだろう。

勿論、俺だってウケ狙いで戦ったワケではないのだ、そもそも観客の反応なんて全く意識していなかったし。

俺とて人前に立てば緊張する真っ当な神経は持っている、この場においてもスピーチするのが目的であれば、確実に最初の一言はどもってしまうことだろう。

だが、今回は大会の趣味の悪さに辟易してしまっていたので、どうにも緊張感が後回しになってしまったようだ。

もっとも、今はこうして予想外の反応を返されて困惑してしまっているのだが。

というか、俺はこのまま帰ってもいいんだろうか? 何か「クロノ!」「クロノっ!!」ってクロノコールがめっちゃ響いてるんだけど。

頼む、誰か教えてくれ。

「見事なファイトであった、冒険者クロノよ」

はて、俺の願いが天に通じたのか、いや、俺の願いを叶えてくれる神様などミアちゃんしか心当たりがない。

そしてあの子は、こんな野太い重低音な声ではない。

「確か、会長のモルドレッド、だったか?」

「如何にも、よくワシの事を覚えていてくれた、嬉しく思うぞ」

「いや、流石に見ればわかる」

俺が声の主を言い当てたのは、アリーナに巨大なアンデットの姿が出現したからだ。

大きさはドラゴンか、というほどの十メートルサイズ。勿論、本人なワケない。恐らく、光の魔法を用いて立体映像を投影しているのだろう。

こういうところで現代科学技術を軽々と越えてくるのだから、魔法の世界は驚きである。

ついでに、俺の独り言のような台詞も当たり前に聞こえているかのように応答しているということは、風の魔法かなんかで声を拾っているか、見えない使い魔が聞き取っているかのどちらかってところか。

「まずは君の実力を見誤ってしまったことを謝罪しよう。よもや、それほどの使い手だとは」

「そりゃどうも」

俺はランク3の一冒険者、相手は大商人、しかもクエストの依頼人でもある。

だが、敬語無しの上に素っ気無い反応を俺がしてしまうのも仕方ないだろう。なんと言っても、こっちは詐欺にあいかけたのだ。

故に、こうして語りかけられても、どこか胡散臭さしか感じられない。

「うむ、ワシは今の一戦で君の実力を高く評価したよ、いや、感激したと言ってもよい。それは今日ここに集った観客諸君も同じ思いだろう」

なるほど、単純に俺の戦いぶりが面白おかしかったというワケか。

あまり嬉しくはないね、これでファイトマネーが上がるわけでもなければ、呪いの武器が強くなるわけでもないし。

「流石は『 黒き悪夢の狂戦士(ナイトメア・バーサーカー) 』と名乗るだけはある」

「名乗ってねーよ! っていうか何で知ってる!?」

「はっはっは、そう謙遜するな、神学校では有名らしいではないか」

「え、マジで……」

なにそれ、初耳なんだけど。

あの恥かしい肩書きを使うのはてっきりウィルだけだと思ってんだが……いや、今は気にするまい。

「それで、何が言いたい? ただ賞賛の言葉をかけるためだけに出てきたワケじゃないだろ」

「如何にも、ここからが本題である。さてクロノよ、君は今宵の戦いにまだ満足しておらぬだろう。そこでどうだろう、君が相手するに相応しい呪いの武器を用意しようと思うのだが」

「……なんだと?」

正直、これはまた詐欺られているのではないだろうかという疑念しか湧かない。

「今大会で用意した最高グレードの呪いの武器使いだ。無論、ファイトマネーも最高額の一千万クラン。自ら進んでクエストを受けたのだろう? 君にその気がないとは思えないのだが」

危険度、というのを度外視すれば、モルドレッドの申し出は何とも魅力的なものである。

そもそも、強力な呪いの武器を手に入れるのが最大の目的だったのだ、向こうが出してくれると言うのなら、願ったり叶ったりだ。

それに、このシチュエーションにおいて、俺を騙す意味は流石にないだろう。

騙すということは、最高の呪いの武器使いを出さないということだ。それがモルドレッドの利益に繋がるものとは思えない。

無論、勝利した場合における呪いの武器の引渡し拒否やファイトマネーの不払い、なんていうのは、正規に冒険者ギルドを通じてクエスト発行されている時点で、疑う意味はない。

ならば、俺の答えは決まっている。

「いいだろう、受けて立つ」