軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第257話 吸血鬼は二度死ぬ

それはまるで、死骸を啄ばむ烏が群れているような様子だった。

頭をすっぱりと斬り落とされた男の首無し死体に取り付く黒い影はしかし、よく見れば烏では無く蝙蝠だと判別がつくだろう。

その蝙蝠は、ここに転がる吸血鬼の主たるルドラによって作り出された 使い魔(サーヴァント) である。

使い魔(サーヴァント) といっても作り方はいくつかある、モンスターを捕えて調教する、無機物からゴーレムを造り上げる、そして、この蝙蝠の使い魔は己の肉体を用いて造り出した、いわば分身と呼べるようなタイプであった。

吸血鬼が生み出す蝙蝠の使い魔は有名だが、ルドラもその例に漏れずこの蝙蝠たちを行使していた。クロノたち三人の冒険者が館へ接近してくることを早期に察知したのは彼ら使い魔の功績である。

そんな忠実にして優秀な蝙蝠たちが、首無し死体と成り果てた主の肉体に取り付いたのは、無論、喰らう為でも弔う為でもない。

彼らの使命がいかなるものであるのか、それは魔法の知識のない村人であっても、ここで起こっている光景を目にすれば、即座に理解できただろう。

まず、使い魔は今ある蝙蝠の形を崩し、本来あるべき姿へと戻っていく。

その姿とは血液、さながら氷が溶けるように蝙蝠は赤黒い液体へと瞬く間に変貌していった。

そうして出来た血溜りは、まるでスライムのように蠢くと、断面が露わになっている首を覆い、断たれた血管から内側へと侵入していく。

いや、それは肉体の方が血液の塊となった分身を吸収しているかのようだ。

渇いた喉が水を求めるように、血に餓えた肉体はあっという間にこの場に集った全ての分身を吸い尽くした。

最後の分身を吸収し終えた直後、首無し死体の指先がピクリと痙攣するように動いた。

それは風の悪戯でも筋肉の収縮が反射的に起こったものでもなく、純粋に、己の意思によって動かしたものに他ならない。

そうして、その意思はすぐに五体へと改めて支配を広げる、結果、首無し死体は平然とその場で起き上がったのだ。

否、それはすでにして死体では無く、ただ首が無いだけの生きた体であった。

体は、少しよろめきながらも、真っ直ぐ失った頭部の元へと歩き出す。

ゆっくりと自分の体が近づいてくるのを、この時すでに青い両目は捉えていた。

そうして、落し物でも拾い上げるような動作で己の頭を両手で抱え、そのまま本来あるべき位置へと戻ると、そこには、つい先ほどクロノと死闘を演じたルドラの変わらぬ姿となるのだった。

「未熟だな……」

蘇ったルドラは、最初にその言葉を口にした。

それは、吸血鬼である己にきっちりトドメを刺さずに退いたクロノに向けられたものでは無く、純粋に敗北した自分に向けたものであった。

「よもや、二度も 純血種(トゥルーヴァンパイア) の 固有魔法(エクストラ) で生き永らえようとは」

力も魔力も強い反面、数の少ない吸血鬼、だがその中でさらに少数、より強力な能力を誇り、さらには特殊な 固有魔法(エクストラ) まで持つ希少な種族、いや、血族と呼ぶべき存在がある。

それは 純血種(トゥルーヴァンパイア) と呼ばれ、吸血鬼の祖となった固体の血筋を引く一族だと言われている。

そして、ルドラはその特別な一族の一人であったのだ。

何十年も昔、人生で始めて敗北した若きルドラは、この 純血種(トゥルーヴァンパイア) が誇る脅威の 固有魔法(エクストラ) 『 不死者(ノスフェラトゥ) 』で蘇り、命拾いしたことがある。

今回で二度目、だが当時ほど衝撃を受ける事無く、心穏やかにいられる今の自分に、僅かばかりの成長を実感した。

「今回も、正に命拾いだったな」

堂々と『 不死者(ノスフェラトゥ) 』と命名されてはいるが、その効果は絶対では無い。

覆せるのは一度きりの致命傷のみ、連続して二度目の死を迎えれば蘇ることは無く、頭と心臓を同時に破壊されても効果は発揮されない。

例外は他にもある、アンデットにとって致命的な弱点足りえる 聖銀(ミスリル) や光の魔法で攻撃を受けても、肉体の再生は成されないのだ。

つまり、クロノが首を飛ばしたあとさらに心臓を一突きしていれば、あるいは首を斬った剣が 聖銀剣(ミスリルソード) であったなら、ルドラの死亡は確定であった。

「だが、これもまた運命か」

静かに呟いたルドラは、ただ己の敗北をありのまま受け入れていた。

悔しくないと言えば嘘になる、だが、それ以上に今は生きながらえたことで、まだ自分はもう一度クロノという強者と戦えるチャンスがあるのだ。

これを幸運と言わずになんと言おうか、もっとも、それをかつての自分は理解することなど到底できなかっただろう。

ただ 純血種(トゥルーヴァンパイア) の力と加護の力にだけ頼って驕っていた、若きルドラ少年には。

「未だ私が死の運命に無いというのならば、今しばらく、剣の道を歩み続けるとしよう」

呟きながら、ルドラはすぐ脇に転がっていた愛刀を拾い上げる。

クロノがこの呪われし刀を持ち去らなかったのは、勝者の情けか、時間を惜しんだのか、それとも盗賊討伐の後で回収するつもりだったか、あるいは、単純に忘れていたのか。

定かでは無いが、ともかく、ルドラの手に『吸血姫「朱染」』は戻ってきた。

そうして、再び鞘へ納めようとした時だった。

「……む?」

変化に気づいた。

鮮やかな赤に彩られた刀身だが、その切先が妙に黒ずんでいるように見えるのだ。

一見すれば血痕が付着しているように思えるが、この刀は‘吸血’の銘の通りに、刃についた血液は即座に吸収してしまう。

そして、実際によく見てみればやはり刃が血に濡れているわけではなく。刀身そのものが変色しているのだと理解できた。

「まさか――」

次の瞬間、切先の黒ずみは墨でも流したかのように、一気に刀身全体を覆っていった。

変化は見た目だけでは無い、柄を握るルドラの手には、ドクドクと心臓が脈打つような鼓動と共に、刀の内に渦巻く魔力の激しい流れを感じ取る。

変化が急激であれば、その終わりもまた唐突であった。

気がつけば、ルドラが握る真紅の刀が、漆黒の刀身へと変貌を遂げている。

その夜闇のように暗い色合いの刃からは、血がそのまま蒸発しているかのような赤いオーラが立ち上っていた。

「進化したのか……」

死の間際にあっても冷静沈着であったルドラだが、今は流石に目を丸めて驚きを露わにしていた。

「くくくっ、そうか、お姫様はよほどクロノの味がお気に召したらしい」

心当たりはすぐに見つかった、最後の一太刀、いや、一突きというべきか、あの一撃は確かに鎧を貫きクロノの腹部へと突き刺さった。

致命傷には程遠かったようだが、この血を吸う呪われた刀の腹を満たすには十分だったようである。

「さて、私も鍛えなおさなければな」

新たな進化を遂げた愛刀を、満足気な笑みを浮かべて今度こそ鞘へと納めたルドラは、黒コートを翻し音も無くその場を去って行った。