軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第232話 100点の男

スパーダ冒険者ギルド学園地区支部に勤める若き受付嬢エリナは、その魔術士見習いローブ姿の男が現れた瞬間、心臓の鼓動が一つ高鳴った。

「おかえりなさいクロノ様、クエストの成功おめでとうございます! これでランク3ですね!!」

エリナの笑顔は、ギルドに務めてから初めてとなる、心からのものであった。

「ああ、はい、ありがとうございます」

眩いばかりの笑顔と思わぬ賛辞の言葉に、やや面食らったといった風なクロノだったが、とりあえず無難に返答した。

「えーと、それじゃあお願いします」

クロノが差し出す三枚のギルドカードを笑顔で受け取ったエリナは慣れた手つきでギルドカードを更新する 魔法具(マジック・アイテム) の操作を始めた。

「信じられない早さでランクアップしていますね、ビックリしちゃいました」

「そうですね、俺もパーティメンバーも、腕には多少の覚えがありますので」

ここまで大した苦労もなく、あっさりとランク3まで昇格してきた実力は、‘多少の自信がある’と言えるものではないだろう。

例えば、今現在ランク3になって久しい熟練冒険者が、もし再びランク1からスタートしたならば、果たして一ヶ月そこそこでランク3にまで返り咲くことができるかと問われれば、その答えは否である。

ランク2モンスターの討伐系クエストとはいえ、実力がランク3であっても、入念な下準備や現地での慎重な立ち回りが必要となる。

時にはターゲットを発見しても、大きすぎる群れであったり、周辺のモンスターの動向によっては、見逃す場合も珍しくは無い。

そうなれば当然、クエストをクリアするにはそれ相応の時間がかかる。

にも関わらず、ランク3に上がるまで一ヶ月ちょっとという時間を鑑みれば、受注した全てのクエストにおいて、エンカウントすれば速攻で討伐を終えた、ということの証左に他ならない。

ついでに、このエレメントマスターというパーティは討伐系クエストにおいてはほぼ必ず規定数を上回る数のモンスターを討ち取ってくるのだ。

これは正しく、モンスターが群れをなした程度では、全く相手にならないほどの実力を有していることの証明。

すでにしてエリナは確信している、エレメントマスターは間違いなくランク4以上の高い実力を秘めていると。

「うふふ、冒険者になる前は、何をなさっていたのですか?」

「すみません、それは秘密ということで」

「いえ、こちらこそ、余計な詮索するのは失礼でしたね」

そんな何気ないやり取りの中でも、エリナはやはりクロノという男が、イルズ村出身の田舎者では無く、その言葉通り何がしかの秘密を抱えているのだと確信を深める。

さらに考えてみれば、パーティメンバーの妖精リリィと魔女フィオナ、この二人も同じ村出身の幼馴染などでは無いだろうと予測が立つ。

(もしかして、ダイダロスの精鋭騎士だったとか?)

思えば、ダイダロスからスパーダへ避難するための緊急クエストに参加したという経歴も怪しい。

ただの冒険者だと考えるよりも、敗走したダイダロス軍の生き残りである彼らが、民を逃がすために殿を務めた、と考えればそれなりに辻褄が合う。

スパーダへ逃げ延びた後は、祖国の滅びた騎士が冒険者になるという身の振り方は、そう悪い選択でも無い。

(むむ、亡国の騎士だなんて、なかなかそそるシチュエーションじゃないの)

ともすれば甘美な妄想に囚われそうになるが、そこはエリナもエリート受付嬢として、仕事はきっちり果たす、つまり、ギルドカードの更新が終了したのである。

「はい、更新が終わりましたよ」

そうして、ブロンズからシルバーへと一気に輝きが増した新たなギルドカードをクロノへ渡しながら、エリナは重ねて祝いと激励の言葉を述べた。

心よりの言葉と笑顔で褒め称えられ、クロノは気恥かしいと言うように僅かながらの照れを見せた。

人によっては恐ろしいと言わしめるだろう、彼の冷たく鋭い容貌が相好を崩す様は、凄まじいギャップ萌えとなってエリナの心を苦しめた。

(ヤバい、イイ……)

思わず涎やら鼻血やらが吹き出そうになるエリナだったが、エルフの持つ鋼の理性によって何とか表向きの平静を保つ。

「ところでクロノ様、クエストはどうされますか?」

これまでの経験則からいけば、今度はランク4に上がるために必要なランク3クエストを全て見せてくれ、とくるはず。

「いえ、クエストはまた今度にします」

「あら、そうですか?」

その予想に反する回答に、やや拍子抜けしたエリナは脳内でランク3クエストのリストアップを一時停止した。

「はい、これからは神学校の冒険者コースに通ってみようと思って」

「なるほど、そうでしたか」

と、口では言うものの、エリナの頭は疑念で一杯になった。

(何で今更? 実力は十分だし、ランク3まで上がってきたなら冒険者のイロハも分かってる、それに、もし騎士だったとするなら教養もそれなりにあるはず)

冒険者コースは、文字の読み書きや初歩的な数学、簡単な歴史、神学などなど、教養として学べる学問はどれも基礎的なもの。

いくら新興国家であったダイダロスだったとしても、国が抱える騎士ともなればある程度の学問は修めているはず。

(一体、冒険者コースなんかで何を学ぼうっていうの?)

すぐに答えの出ないエリナは、そもそもダイダロス騎士だったという予測が外れていたのか、とも考え、結局クロノの正体に関してはさっぱり分からないという振り出しに戻る事となった。

「あの、一ついいですか?」

頭の中がハテナマークで溢れかえりそうになっていたところに、今度はクロノが声をかけた。

「はい、なんでしょうか?」

エリナは間髪あけずに即座にパーフェクトな笑顔で返答をする、頭の中はアレでも表向きの態度を乱すことはしない、勤続二年目とはいえ、それはすでにプロの領域であった。

「ランク3に上がると、モンスターの情報もかなり解禁されると聞いたので、閲覧したいのですが」

「はい、そうですね、ランク3からはほとんど全ての情報の閲覧が可能になります。

それらの情報は二階にある資料室とは別に――」

ランク3は冒険者として一人前と見なされるランクである。

故に、そこから先はランク以上のモンスターに挑むのも、本人達の自由であるとギルドは考える。

無謀な挑戦は命を無駄にするだけだが、ある程度の力をつけ、そこからより上を目指すのならば、少々の危険に飛び込むことも必要になるだろう。

そういう判断で、ギルドは一部の極秘情報以外、ほぼ全てのモンスター情報をランク3以上の冒険者に閲覧する権限を与えている。

「なるほど、分かりました、ありがとうございます」

懇切丁寧な説明に謝意を述べるクロノに、エリナはまた一つ胸を高鳴らせた。

「それじゃ、また近いうちにクエスト見に来ます」

ありがとうございました、と言ってその場を去ろうとするクロノを、

「お待ち下さい、クロノ様」

エリナは引き止めた。

「はい?」

まさか静止の言葉がかかるなどとは微塵も思わなかったのだろう、クロノの顔には困惑の色がかすかに浮かんでいる。

「申し訳ありません、個人的なことですが、どうしても、その、改めてお礼を言いたくて」

「……お礼?」

何の、とクロノが問う前に、エリナは深く頭を下げて言葉を発した。

「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。

あの時、クロノ様が助けに入ってくれなければ、私はあの恐ろしい殺人犯によって命を落としていたでしょう」

「は、はぁ、殺人犯って――え、あれ、もしかして、あの時襲われてた人?」

本気で驚いた、という表情をするクロノに、エリナは少しばかり意地悪く言葉を続けた。

「もしかして、私が誰か分からなかったんですか?」

「あ、いや……申し訳ない、あの時はこっちも必死だったから、顔まで確認する余裕がありませんでした」

「いえ、いいんですよ、あの状況じゃ分からないですよね、それに私、髪型も違ってましたし。

でも、私はすぐクロノ様だって、分かりましたけどね」

そう、エリナがクロノと相対して、年頃の乙女のように胸を高鳴らせているのには、そういう理由があった。

呪いに狂った殺人鬼ジョートから、颯爽と現れて我が身を守ってくれたナイトさま、それがクロノである。

「すみません、でも、無事で良かったです」

「それはこっちの台詞ですよ、私、すぐに憲兵を呼んだんですけど、間に合ったのかどうか不安で…… 事情聴取の際に事の顛末は聞きましたから、その時になってようやく安心できました」

ここでこのような状況となっているのは、エリナはその日の内に事情聴取を、クロノは戦闘後だったということもあって、一晩の休息の後、翌日の出頭を許されたという経緯がある。

エリナもクロノが助けてくれたということは分かっていたが、どこに滞在しているのかまでは分からない。

そこで結局、確実に顔を合わせることが出来るのは冒険者ギルドしかないだろうと考え、その結果、今まさにそうなっている。

「憲兵を呼んでくれて助かりました、ありがとうございます」

それから少しばかり互いの無事を喜び合う言葉を交わし、クロノは今度こそその場を後にした。

エリナは黒いローブに包まれた男らしい大きな背中を見つめながら、呟いた。

「うふふ、クロノさん、貴方に100点あげちゃいます」

しばらく保留にしていたクロノの男としての点数は、この瞬間にエリナの過去最高である100点満点を記録した。