軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第230話 正義の代価

スパーダ領の南西、隣国ファーレンと接する国境付近はなだらかな丘陵地帯となっている。

両国を繋ぐ幅が広いだけの舗装されていない街道、その傍らに二つのテントを張った野営地がある。

先日、晴れてランク2へと昇格を果たした王立スパーダ神学校の騎士候補生エディは、クラスメイトの女生徒シェンナと共に、焚火を囲んで番をしていた。

明るい茶髪のエディと淡い緑のおさげ髪のシェンナ、二人とも取り立てて目立つ容姿ではなく、身長も体格も人間としては平均的といったところ、一見すると釣り合いの取れたごく普通の学生カップルにも見える。

だが、二人の関係は未だそこまで色っぽいものでは無く、今の状況も単純に二人のパーティが協力してクエストを遂行しているというだけのこと。

もっとも、今は無事にクエストを果たしてスパーダへ帰る途中であり、モンスターと戦闘する危険はとうに過ぎ去っている。

「ふわぁ~」

と、エディが大口をあけて欠伸するくらい気が緩むのも、致し方ないことだろう。

「なに欠伸してんのよ、だらしない」

だが、眼鏡をかけた生真面目なイメージそのままに、シェンナにとってエディの態度は許せるものではなかったようだ。

眼光の代わりにやや大きめな丸眼鏡がキラリと輝く。

「うっさいなー、いいだろ欠伸くらい」

「街道沿いだからって、モンスターが出ないわけじゃないのよ、そういう油断が――」

「あーもーこれだから委員長は」

弾ける焚火に照らされて言い合う二人だが、不思議と険悪な雰囲気は感じられない、こういったことは日常茶飯事で、今は眠りについているメンバーがこの様子を目にしたとしても、夫婦喧嘩は犬も食わないとでも言うように放っておいたことだろう。

「まったく、お前ももうちょっとエリナさんみたくお淑やかになれねーのかよ」

「またエリナさんって、いい加減諦めなさいよ、あの人はアンタの手が届くような人じゃないわよ」

「そ、そんなのお前に関係ねーだろ!」

痛いところを突かれたエディは、分かりやすいほどの過剰な反応をしてしまう。

そんな彼を見て、シェンナは呆れたような溜息交じりに言葉を続けた。

「夢見てないで、もう少し現実的に考えなさいよ、もっと他に女の子がいるでしょ……」

「はぁ? なんだよ他にって、俺はエリナさん一筋だぜ、一目見た時からそう心に決めたんだ!」

「もう、ホントに馬鹿なんだから」

口を尖らせて不満そうに言うシェンナ、一体何がそこまで彼女を不機嫌にさせるのかエディには皆目見当がつかなかった。

「そういうお前はどうなんだよ、昔っから魔法の勉強ばっかで、好きな男の一人でもいないのかよ?」

「は、はぁ! 私は、別に、そんなのいないし……」

顔を背けて曖昧な物言いをするシェンナに、ピンときたエディはここぞとばかりに追撃を仕掛け、

「誰だっ!」

ようとしたその時、野営地に接近してくる何者かの気配を鋭く察知し、誰何の声を張り上げた。

耳を澄ませば足音と呻き声のようなものが聞こえてくる、どうやら相手に気配を隠すつもりは全くないように思える。

一拍遅れてシェンナも立ち上がり、未だ闇夜の向こうで姿の見えない何者かを確認するべく、愛用の 短杖(ワンド) を振るった。

「ضوء شمعة تضيء ثلاثاء――『 灯火(トーチ) 』」

素早い詠唱の後、魔法の灯火が一つ中空に現れ、気配がする方向を照らし出す。

「なんだ、女の子?」

こちらに向かってくるのは、エディの言うように紛れも無く人間の少女であった。

その格好は自分達のようなクエストに赴く装備では無く、田舎の村ならどこにでもある薄手の普段着である。

村に通じる街道とはいえ、そんな普通の村娘といった風な少女が、こんな夜中に徘徊しているのは不自然極まる。

もしやアンデットの類か、と思うが、

「た、助けて……助けて、ください……」

その悲痛な叫びを耳にした瞬間、エディは剣を鞘に収め、シェンナも杖の構えを解いた。

よく見れば、少女の服は乱暴に破かれたようにボロボロで、足は靴もサンダルもなく裸足のまま、尋常な様子ではない事がすぐに分かった。

「お、おい、大丈夫か!?」

保護した少女から話を聞くと、彼女は盗賊から逃げてきたということであった。

「くそっ、酷ぇことしやがって」

この自分たちよりも二つか三つは年下の彼女が、どういう経緯でこのような姿になったのかは、わざわざ聞かずとも察しがついた。

恐らく、ことに及ぼうとした下衆な賊の隙を突いて、逃げ出してきたのだろう。

「拙いな、まさか盗賊がこの近くに野営していたなんて」

「警戒を強めましょう、きっと逃げたこの娘を探しにくるわよ」

すでにエディの男子パーティと、シェンナの女子パーティのメンバーは全員起きて、しっかり武装を整えて集っている。

みなそれぞれ緊張した面持ちで周囲へ鋭く注意を向けた。

「あ、あの、お願いします、どうか、助けてください」

涙を浮かべて懇願する年下の少女に、シェンナは安心させるように優しく微笑んで言い聞かせた。

「大丈夫よ、貴女は私たちが保護するわ」

「おうよ、なんたって俺らはスパーダの騎士だからな、か弱い女の子は必ず守ってみせるぜ!」

随分とカッコいいことを言うエディに、周囲から「まだ騎士見習いだろう」と突っ込みが入る。

だが、未だ学生の騎士候補生であろうとも、彼らの心意気はすでにスパーダ騎士である、誰一人として、この哀れな少女を放っておこうなどと微塵も考えなかった。

「おい見ろ、どうやら盗賊のヤツらがこっちに気がついたみたいだぜ」

エディが指し示す先には、真っ直ぐこちらへ向かって接近してくる灯りの列が見えた。

速度からして間違いなく全員が騎馬に乗っている、徒歩の彼らに逃げられる道理は無い。

「恐らく戦闘になるわね、みんな、気合いれていくわよ」

男子四人、女子四人、合わせて八人の騎士候補生はスパーダ騎士の誇りにかけて、必ずやこの苦難を乗り越えんことを誓い合う。

クエストでモンスターと相対するときと同じように、前衛、後衛に分かれて陣形を組んだ後、暗闇の向こうから、ついに盗賊団が現れた。

「こんばんわー、どんな厳つい冒険者かと思ったら、へへ、坊ちゃん嬢ちゃんばかりじゃないの、スパーダの学生さんかなぁ、ん?」

先頭を切って現れたのは、自分達と同じように武装した男、だが冒険者というよりも盗賊といった方がしっくりくるような卑しい雰囲気を漂わせている。

その男に続いて、陣形を組むエディ達と真っ向から対峙するように、それぞれ得物を構えた盗賊たちが馬上より降り立った。

数は盗賊の方がやや多いといったところか、暗がりではっきりと確認できないものの、人数による致命的な戦力差はそこまで無いように思えた。

エディ達はまだ二年生といえども、日々鍛錬に勤しんできたのだ、武技の一つも満足に習得していない寄せ集めの盗賊風情に遅れをとることは無い。

逆に盗賊の方は、こんな幾つも年下の子供に敗北すると思ってはいないだろう、完全になめ切った余裕の表情を浮かべている。

両者の間に不穏な空気が流れるが、未だ鞘から剣が抜かれることは無く、一瞬の膠着状態が生まれた。

「おいおい、そんなに身構えないでくれよ、俺らはちょっと人探しをしてるだけなんだ」

どうやら先頭の男を交渉役として、今すぐ斬りかかって来るというワケでは無さそうだった。

「俺たちは誰も見てねぇよ」

男子パーティのリーダーとして、エディが代表して言う。

保護した少女はテントの中に匿ってあり、外から目に付くようなことは無い。

白を切ってこの場を切り抜けられるというのなら、それに越した事は無い、だが、

「なぁ兄ちゃんよ、この辺は見ての通りだだっ広い草原だ、人一人が身を隠せるような場所なんて、そこのテントの中くらいしかねぇ、ちょいと確認させちゃあくれねぇか?」

盗賊たちがここへ駆けつけるまで、少女を逃がすことの出来なかった理由が、男が言ったようにこの辺に身を隠せるものがない草原だからである。

「断る」

「俺らもガキのお使いじゃあねぇんだ、確認するとこはキッチリ確認させてもらわなきゃなぁ、困るんだよぉ」

坊主頭をぼりぼりとかきながら、全てお見通しですというニヤけた顔で言う男。

「断るっつってんだろ、大人しく失せろ」

はぁ、と大げさに一つ溜息をついてから、男はさらに言葉を続ける。

「なぁ、ひょっとして兄ちゃんよ、俺らを盗賊かなんかと勘違いしてんじゃねぇのかなぁ?」

「……なんだと?」

「俺らはいわゆる奴隷商人ってヤツさ、だから逃げ出した商品である奴隷を追いかける大事なお仕事の真っ最中なワケよ」

奴隷、という存在の扱いは、パンドラの各国で色々と取り決めはあるが、基本的に禁止されてはいない。

スパーダにも奴隷市場は公に存在している。

「下手に匿ってるとよぉ、そっちの方が盗賊ってことになっちまうぜ? こっちは正規に奴隷商売やってんだ、商品を強奪されちゃあ黙っているわけにはいかねぇ、けど、大人しく返してくれるってんなら、それで全部仕舞いだ、お互い今夜は安らかに眠れるってなもんさ」

八人の少年少女に、動揺が走る。

もし、この男が言っていることが事実であるならば、奴隷の逃亡を幇助した疑いで罪に問われるのは彼らの方である。

「奴隷か、なるほどな、けどお前の言っている事は信用できねぇ」

「おいおい、そりゃあ――」

「そして何より、スパーダでは奴隷への虐待は禁じられているわ、幼い少女へ狼藉を働いた罪が貴方達にはあるのよ!」

シェンナがエディに続いて啖呵を切った。

スパーダで奴隷は認められている、だが、それはどのような事をしても許される全ての人権が剥奪された、忌まわしき過去の歴史に登場する絶対服従の存在では無い。

奴隷制度を認めているスパーダを始めとした都市国家では、奴隷の扱いに関して所有者の責任が法によって定められている。

奴隷に身を落としたといえども、少女に対して性的な暴行を働くことは許されていないのだ。

少なくとも、公然と奴隷を所有するにはそうした法の遵守が求められる。

「ちっ、クソガキどもが、粋がりやがって」

吐き捨てるように悪態をついた男、だが、すでにエディを筆頭に騎士候補生達は剣を抜き、弓を引き、杖を構え、臨戦態勢を整え一歩も退かぬ気概を見せ付ける。

「うるせーよオッサン、どっからでもかかってきやがれ」

「あんま大人を舐めんなよガキども、おう、野郎ども、やっちまえ――とか言いてぇとこだが、兄ちゃんたち中々強そうだしなぁ、相手すんのはちょーっと怖ぇんだよな、正直なとこ言うと」

「……はぁ?」

そのまま激高して斬りかかってくるかと思いきや、男はヘラヘラ笑いなが、全く殺意を見せようとしない。

背後に控える男たちも、武器こそ手にしているが同じようにヤル気がない様子。

「ま、こういう時の為の用心棒ってな、そういうワケで、先生方、お願いしやす!」

男の呼びかけに応えて、三つの影がゆっくりとエディ達の前へと現れた。

「おぉう、ようやく俺の出番か! 任せときな、こんなチビどもなんざ、一ひねりにしてやるぜ!!」

最も大きな影は、優に2メートルは越える巨大なゴーレムであった。

手にする 戦槌(メイス) と 大盾(タワーシールド) は身長に見合った巨大さを誇り、頭部にある一つ目が不気味に赤く輝く。

「なんだよ、ホントにガキばっかじゃねぇか」

次に大きい影は、ゴーレムと比べれば流石に小さいが、人間としてならかなり長身の部類に入る、スキンヘッドの大男だ。

シンプルな革鎧に大振りのバトルアックスは戦士の定番装備だが、その逞しく盛り上がった筋肉から、彼が秘めるパワーを感じずにはいられない。

「……うむ」

最後の一人は、大柄な二人と並んだ所為でかなり小さく見えたが、身長はエディと同じかやや低いかといったところ。

どこか虚ろな目をした金髪の男は、肌が妙に青白く、顔も体もやつれており、一見すると重病人のように見える。

だが、ボロい黒コートに身を包み『刀』と呼ばれる特殊なつくりの剣を腰に佩いたその姿は、どこか幽鬼のような不気味さを覚える。

「ひゃははは、思わぬところで新商品の入荷だぜ、先生方、できれば女の方は生け捕りでお願いしやすよぉ!」

そうして、スパーダの将来を担う若き騎士候補生達は、力の無い正義が払わされる代価を、その身を持って思い知る事となる。