軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第227話 恋のライバル

魔女は恋なんてしない、その格言は真実だと、私は思っていた。

多くの人が幼少期には経験するという初恋、というものにも心当たりはありませんし、身近に男性がいる環境となったエリシオン魔法学院に通っていた頃にあっても、私に恋愛感情というものは全く関わりの無い、理解すらできそうにもないものでした。

けれど、紅炎の月13日、その日、私は心の底から思い知らされた。

魔女は恋なんてしない、嘘であると。

「いいんだ、フィオナは悪くない、指輪はシールドが破れたから壊れた、なら、それはフィオナの身を守ってくれたってことだろ」

そうしてクロノさんに抱きしめられた時、私は知りました、これが恋であると。

いいえ、本当はずっと前から、クロノさんに対して恋愛感情を抱いていたに違いありません。

それを私は、必死になって誤魔化して、否定して、何でも無いと自分に言い聞かせてきたのです。

私はきっと、それを認めることを無意識に恐れていた。

だって、クロノさんにはもうリリィさんがいますし、それに、恋人どころか友達すら満足に作れない私が、魔法の威力しか取り柄の無い魔女の私が、クロノさんと釣りあう魅力的な女性であるはずが無い。

私なんかが、手を出して良い人では、望んで良い人では、ないのです。

けれど、

「俺の指輪が、かすり傷程度だったとしても、フィオナを守ってくれたというなら、それで十分だ、プレゼントした甲斐があったぞ」

もう、無理でした。

我慢することも、諦めることも、何もかもが無理、たまらない、抑えられない、クロノさんの事が、欲しくて、どうしようもなく欲しくて。

クロノさんの腕に抱かれて、優しい声をかけられて、私の心は 魅了(チャーム) にかかったように、 狂化(バサーク) にかかったように、 恋の病(ノロイ) に、かかってしまったかのように、もう彼のことしか考えられなくなってしまった。

今なら分かる、学生時代、恋の話題で盛り上がっていた彼女達の気持ちが。

好きな人の子供を妊娠したからと、退学していった彼女の気持ちが。

思い人と決して結ばれない現実に絶望して、命を絶った彼女の気持ちが。

くだらない、馬鹿げている、理解できない、そう思っていた過去の私に哀れみすら覚える。

だって、こんなにも素敵な気持ちを知ったら、気づいてしまったら、世界の全てが変わって見えるのだ。

「ああ、フィオナに怪我が無くて良かった。

そうだな、今度はもっとしっかり守ってくれる、強い効果の指輪をプレゼントするよ。

今日みたいに壊れるのが気になるなら、本当にただの指輪も一緒につけるぞ。

どうだ、それで泣き止んでくれないか?」

はい、クロノさんがそう言うのなら、泣き止みますよ、いくらでも、涙を止めて見せましょう。

だから、私に下さい、指輪を下さい、今度は絶対に、壊したりなんかしませんから。

この左手の薬指に指輪を嵌めるのは、ただの憧れなんかじゃなくて、本当に、真実、貴方への愛を誓って。

「――ふふ」

そして今、私の左薬指には、新しい指輪が銀色の輝きを放っている。

飾り気のないシンプルなシルバーリングには、僅かな加護の力も魔法の力も宿さない、何の変哲も無いただの指輪に違い無い。

けれど、これはクロノさんが私に――

「随分と嬉しそうじゃない、フィオナ」

その声によって、頭の中を支配する熱が急速に冷めていった。

見れば、そこにはリリィさん、何故か少女の姿になって、私の前に立っている。

周囲に人影は皆無、宿の自室の前で私とリリィさんの二人だけ。

「素敵な指輪ね、それ、どうしたの?」

「クロノさんから頂きました」

リリィさんは不敵な笑みを浮かべたまま、でも今、ちょっと光の魔力が漏れてましたよ。

「そう、それは良かったわね」

「はい、クロノさんからこんな素敵なプレゼントを頂けて、とても嬉しいです」

彼女に対して嘘を吐く意味は無い。

テレパシーが無くとも、リリィさんには凡その察しがついているでしょうから。

「少しばかり妬けるわね、昨日に引き続きクロノとデートしてきたってこと」

「ちゃんと事情聴取はしてきましたよ」

ジョートとかいう殺人犯を捕らえたのは私とクロノさんなので、スパーダの憲兵には本日、聴取をされました。

呪いの武器の存在と、襲われかけたエルフの女性の証言もあって、冒険者が賞金首を捕らえた、というようにすんなりと事は治まりました。

帰りがけに、クロノさんがこの新しい指輪を買ってくれたというワケです。

ちなみに、『 戦女神の円環盾(アルテナ・ガードリング) 』の代わりとなる 魔法具(マジック・アイテム) は、クロノさんのお財布事情的にまた今度ということになりましたが。

うふふ、楽しみにしていますよ、クロノさん。

「ねぇフィオナ、忘れてないわよね、ウチのルール」

「勿論、忘れてなんていませんよ、パーティ内での恋愛はトラブルの元ですからね」

私とリリィさんの視線が交差する。

彼女のエメラルドの円らな瞳はしかし、ランク5モンスター並みに獰猛な光を宿している。

そんなに怖い顔しないでくださいよリリィさん、私は今の関係をすぐに壊してしまおうと思えるほど短絡的な性格では無いのですよ。

私にだって、熱くたぎる本能を押さえ込む理性があるのです、貴女と同じように。

「そう、それならいいわ」

「分かっていただけたようで、何よりです」

そうして、私とリリィさんは互いの自室へと体を向けた。

リリィさんがドアを開けて、部屋の中へと体を滑り込ませていく。

あの部屋でクロノさんと一緒に寝ているのだと思えば、こう、腹のそこからふつふつと湧き上がってくるモノがありますね。

「リリィさんは、ずるいですね」

自室に入ると同時に、ベッドへと身を投げ出しながら、そんなことを呟いた。

「ずるい、ですね」

いけない、こういう時は指輪を見て、触れて、心を落ち着かせないと。

「はぁ……恋のライバル、なんて言うと、酷く陳腐に聞こえますが……」

これはきっと、私の生涯の中で最大最強の敵となる、そんな予感しかしません。

でも、私は負ける気も、譲る気も無い。

私はすでに気づいてしまったのだから、もうどうしようも無いくらい、クロノさんを好きになってしまっていたと。

「――もしもの時に備えて、リリィさんを殺す方法の一つでも、考えておかないといけませんね」

フィオナの客室から壁を一枚隔てた隣の部屋。

「何となく、こうなることは予想していたけれど、いざそうなってみると、中々どうして、心にくるものがあるわね――」

リリィはそこで、同じようにベッドへ寝転がり、そして、同じような台詞を口にした。

「――いざという時に備えて、フィオナ、貴女を殺す手段を、用意しておかなければいけないわね」