軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第210話 生贄の気持ち

「私を斬って下さい」

その言葉を放ったあたりから、私の意識は何だか急に夢を見ているようにフワフワした感覚になりました。

「は?」

と、間の抜けた驚きの表情を浮かべるクロノさんが可愛いです。

「そのままの意味です、クロノさんの鉈で、私を斬ってください――」

それほど言葉を重ねずとも、クロノさんはすぐに意図を察してくれるでしょう。

今の鉈で斬れないのなら、進化させれば良い。

幸運にも『呪怨鉈「腹裂」』は数多の十字軍兵士とモンスターの血を吸い、さらに僅かですが第八使徒の血も啜っている。

進化するには、あとほんのもう少しの血が必要であることは、呪いの武器のセオリーから考えて明白。

「――そうすれば‘進化’するはずです」

私が言っていることも、これからやろうとしていることも、目の前の相手を思えば当然、起死回生の策なのですから、おかしいところなど何も無い。

冒険者がピンチを切り抜ける機転の一つ、命を賭けた真剣勝負。

けれど、私の意識は夢見心地、ドキドキと胸が高まり、体の芯に甘い熱が宿っている。

なぜでしょうか、どうしてでしょうか、こんな気持ちになる場面ではありません。

そう分かっていても、甘美な夢の中に沈んだような、ボウっとした気持ちは止まらない、堪らない。

熱い、身体が熱い、斬られる為に魔女のローブを脱ぎ捨て下着姿になっているのに、夜風は火照った体を全く冷ましてくれない。

いいえ、魔女といえども年頃の乙女であるところの私が、男の人の前で裸に近い姿を晒しているのですから、恥かしい気持ちを持つのは当たり前――本当に?

クロノさんに見られている、リリィさんじゃなくて、私を、私だけを。

夏越しの祭りの時とは違う、あの時は本当に少しばかりの恥じらいがあっただけ。

でも今は、どうしてこんなに――

「本気か、フィオナ」

「はい、私の身体、クロノさんに捧げます」

嬉しい。

クロノさんが私を見ている、私を必要としている、今この時、リリィさんでも他の誰かでもない、私が一番クロノさんの役に立っている。

その事が、どうしてこんなに嬉しい、なんて思ってしまうのでしょうか。

リリィさんよりも、なんて醜い比較をして、それでも暗い愉悦を覚えてしまうのでしょうか。

興奮と歓喜と自己嫌悪と、正と負の感情が入り混じった私の心はドロドロとした溶岩のように、そしてその熱にうなされるように意識はボンヤリする。

「時間がありませんし、倒す手段もこれしかありません、さぁ、早く」

今の私はちゃんと喋れているのだろうか。

変な事を口走っていないか不安になります。

だから早く、私を斬ってくださいよ、クロノさん、その手で、私を生贄に捧げてください、私の全てを貴方のものにしてくださいよ。

「すまないフィオナ……ありがとう」

一瞬、意識が飛んでしまった――あまりの快楽に。

呪いの刃による一太刀、その痛みと苦しみに対する覚悟はしていたが、そんなものは無駄、無用、無価値、と嘲笑うかのように、甘い絶頂の波が全身を震わす。

気づけば、息も絶え絶えに柔らかい草の上にうつ伏せに倒れている私。

斜めに一閃された背中の傷は、それなりの深さに達しているはずなのに、苦痛は感じずただひたすらに熱いだけ。

一切の痛みを感じなかったこと、凄まじい快楽が全身を駆け巡ったこと、そんな刃で斬られるという事象と相反する感覚に疑問を抱くべきなのかもしれないが、今は指の先を動かすのも億劫に感じるほどの脱力感と疲労感、そして、

「……これなら、アイツをぶった斬ることが出来る」

鉈の進化を成功させた、クロノさんの役に立てた、その満足感が私を包み、心地よく草のベッドでまどろむ。

どうやら、血液だけでなく、相当量の魔力も吸い取られてしまったようで、しばらく起き上がることは出来そうにない。

けれど、今はそれでいい。

「後は俺に任せて、ゆっくり休んでくれ」

クロノさんが、そう言ってくれたから。

優しく背中へかけてくれる『妖精の霊薬』で、僅かながらの活力が身に宿った私は、未だ絶頂の余韻が残る蕩けた瞳をクロノさんへ向ける。

「はい……頼みます……」

クロノさんの燃え盛るような真紅と、奈落のような漆黒の瞳が、私の情欲に塗れた金の瞳を真っ直ぐ見つめてくれます。

仲間である私に全幅の信頼を寄せる意思を秘めた彼の視線はどこまでも心地よいもので、このままずっと、永遠に見つめていて欲しいなんて我侭を思ってしまいます。

ふいに逸れされた視線に寂しさを覚えると同時に、私の身体に黒いローブがかけられた。

ふわり、と全身を包み込むクロノさんのローブに、まるで抱きしめられているかのような錯覚を感じ、また身体が熱を帯び始める。

そんな卑しい私の反応など全く気づかないクロノさんは、進化した呪いの刃を担ぎ、その大きく逞しい背中を向ける。

「ああ、それじゃあ行って来る」

力強く一歩を踏み出したクロノさんは、黒い疾風となって去ってゆく。

私は朦朧とする頭で、ローブから漂うクロノさんの匂いを夢中で胸いっぱいに吸い込みながら、彼の戦いを意識が途切れる最後の瞬間まで見守った。

「は、恥ずかしい……」

あの時の私はどうかしていた、と、燃える焚火を見つめながらしみじみ思う。

特に、クロノさんと番を交替してようやく人目が無くなり、ひっそりと濡れた下着を履き替えた時などは、虚しさと情けなさと自己嫌悪で心が折れそうになりました。

今、この時ほどテレパシーの 防護(プロテクト) をしていて良かったと思ったことは無い、下手を打てば、リリィさんに私の恥かしい思考を読まれてしまったかもしれませんし。

もしも、あんな状況で、クロノさん相手に、その――いけない気持ちを抱いたことがバレてしまえば、最悪エレメントマスターをクビにされかねない。

リリィさんによるパーティ内での恋愛禁止ルール、いくら私でもその意味するところは分かります。

クロノさんは私にとって、大切な仲間、パーティメンバーでリーダー、それだけです。

リリィさんとクロノさんが相思相愛のカップル、いえ、夫婦になったとしても、私は仲間として素直に祝福することでしょう。

だから、リリィさんの思いを邪魔するつもりはありませんし、パーティ内恋愛禁止のルールを破るつもりもない。

でも最近、その意志がどうにも揺らいでしまっているような気がしてなりません。

いえ、これはきっと、私の気のせいに違いありません、そのはずです。

いつの頃からかクロノさんを目で追うようになっていたり、彼のかけてくれる言葉に内心で一喜一憂していることも、気のせいです。

クロノさんが綺麗なエルフの受付嬢と楽しそうに話しているのを見て嫉ましく感じたということも、ありません。

「……恥ずかしい」

そう、だからアレは恥かしい感情、まるで恋焦がれる乙女が思い人に向けるべき感情、私が、魔女である私が抱いてよい感情では無い。

魔女は恋なんてしない、誰が言ったのか、きっと魔法の探求に打ち込む魔女の心構えを表したのでしょうが、今の私には実に相応しい言葉です。

だから私は決してクロノさんに横恋慕などしていないのです、あの時は、久しぶりにモンスターに追い詰められた状況にあって、混乱と興奮と、色々とハイになってしまって起こった気の迷い。

いえ、もしかすればアレこそ鉈の呪いなのかもしれません、なにしろ『呪怨鉈「腹裂」』は、いえ、今は『絶怨鉈「首断」』でしたか、その刃に秘められているのは愛に狂った女の情念なのですから、そういう‘気’に当てられてしまった可能性は十分あります。

とにかく、私はクロノさんに対して思うところは何もありません、昨晩の恥かしい感情はそっと心の奥底に封印して、二度と思い出す事はないでしょう。

そうして、ようやく自分の気持ちに整理がついて落ち着いた途端、テントの中から人が蠢く音と気配を感じました。

まだクロノさんと番を交替して一時間ほどしか経ってないのですが、もう起きてしまったようです。

リリィさんは未だにグッスリ寝入っているというのに――あ、ということはアレですか、今から私とクロノさんは二人きりということですか、そうですか。

「恥ずかしい」

三度目の呟き。

いえ、何も恥らう必要などありません、私とクロノさんはただの仲間、パーティメンバーなのですから。

そう言い聞かせながらも、静かに鼓動が高鳴ってくるのをどうしようもなく感じてしまう。

あ、もうクロノさんがテントから出てきます、落ち着いて、ヘンに頬が赤くなってたりしないでしょうか、ニヤけていたりしないでしょうか……少しばかり不安になりますが、殊更にいつもと同じ変化に乏しい表情を心がけて、現れる彼の方へと顔を向ける。

「おはようございます、クロノさん」