軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第185話 シモン・フリードリヒ・バルディエル

シモンとは不幸な入れ違いなど無く、叩けば倒れてしまいそうなボロい扉をノックすると、即座に反応して出迎えてくれた。

すると、シモンはまず、

「あれ、何でお兄さんの左目が赤くなってるの?」

と、俺自身も忘れがちな容姿の変化に驚かれてしまった。

ミアの加護が云々の説明はとりあえず後回しにして、まずは久しぶりの再会を喜び合う。

「――ごめんね、すぐに会いにいけなくて」

挨拶もそこそこに、そんな謝罪を述べてきたシモンだったが、

「いや、シモンにも事情があったんだろ、気にするな」

俺は無難に返答しつつも、内心では登場したシモンの格好に驚きを隠せないでいた。

なぜなら、女の子のはずのシモンが男子の制服を着ていたからだ。

スパーダに来て以来、神学校の黒いブレザータイプの制服を着ている人達を大勢見てきた俺は、シモンがこの赤いタイとチェック柄のプリーツスカートを穿いた女子学生ルックで登場するに違い無いと、扉が開くその瞬間まで思っていたのだ。

なのに何故、そんなネクタイ締めたスラックス姿の男子制服なんて着てるんだよシモン。

まさか、シモンは男だったとでも言うのか?

確かに、この制服姿はそれなりに様になっているし、こうして見ればギリギリで中学生くらいの中性的な美少年なのだと思えてくる。

初めて見た時も男か女かすぐに判別つかなかったしな。

いや、待て、思い出せ、シモンは学生であると同時に冒険者、であれば、女性が男性として性別を偽るというのも有り得ない話じゃない。

魔法も武技もある所為で、男と女の戦闘能力はほぼ男女平等であるといえるが、それでも男に見られた方が舐められないから、という理由で性別を偽る冒険者も間々いるのだと聞いた事がある。

そして、そういう性別を偽っていると思われる者に対しては追求したりしないのが、過去を詮索しないのと同じく冒険者のマナーだ。

よし分かったぞシモン、お前が男子の制服を着てまで性別を偽っているというのなら、俺はそれを受け入れよう。

そうしてシモン男装問題に関して自己完結すると、いよいよ集中して話を始める。

「本当にここの学生みたいだな、今は時間大丈夫か?」

今は午前中、あと二時間ほどで昼休みが始まるのではないかという時間帯、高校生的に考えれば授業の真っ最中である。

「大丈夫だよ、色々準備が残ってるから、授業に出るのはもう二三日後からなんだ」

ならば安心だ、時間に追われる事なく、腰を落ち着けてゆっくり話が出来るというものだ。

俺はシモンが寝泊りしている一室に入ると、いつかの様に俺は椅子に、シモンはベッドに腰掛けた。

この部屋はあの物置研究室ほど、未だ、と言うべきか、物で溢れてはいない。

学習机と椅子、そしてベッドにクロ-ゼットと今は必要最低限のものしか設置されていない、きっとこれから物が増えていくんだろうな。

シモンが使っていたアルザス村冒険者ギルドの部屋もあっという間に物で埋まっていったし。

「とりあえず、お互いに近況報告から始めようか」

シモンが肯定すると、まずは俺の方から話を始めた。

よくある話だが、スパーダには大きな力を持った有力貴族が存在している。

それをここでは特に四大貴族などと称されているらしい。

その内の一つがバルディエル家である。

その源流は、三千年以上前と呼ばれる古代の時代にまで遡り、古の魔王ミア・エルロードに仕えた最初にして最強の騎士、フリーシア・バルディエルという人物が発祥となっているのだとか。

いや、今では‘人物’と呼ぶより、パンドラ大陸の『黒き神々』の一柱であると呼ぶべきだろう。

『暗黒騎士・フリーシア』の加護を授かった者はスパーダ一国に限定しても、それなりの人数が存在しており、かなりメジャーな神様といえる。

そんな神の座に登り詰めた偉大な騎士を祖先に持つのが、スパーダ四大貴族が一つ、バルディエル家なのである。

ただし、直系であるのか、いや、そもそも本当にバルディエルの血が僅かでも入っているのかは、古代から現代の間に‘暗黒時代’があるため、それを証明する確固たる証拠は存在しない。

少なくとも、スパーダ貴族のバルディエル家を興した直接のご先祖様は、フリーシア・バルディエルの正統血統だと主張していたのだ。

そんな自称も、流石に300年以上も前の出来事だったと思えば、不思議と歴史の重みが増し、現在のバルディエル家の威光により一層の箔をつけている。

そして、そのバルディエル家に養子として迎えられたのが、このシモンである。

故に、シモンのフルネームはシモン・フリードリヒ・バルディエル、というミドルネーム付きの仰々しい名前となっていた。

「そ、そうなのか……」

俺は自分の近況報告を終えた後、満を持してスパーダの将軍を姉に持つというシモンに、そのお家事情を問いただしたのだった。

そして返って来たのが、この説明である。

しかしながら、スパーダどころかこの世界に来て一年にも満たない俺にとって、貴族だなんだといわれても、その凄さはどうにもピンと来ない。

言葉どおり、そうなんだ、としか言えないのは仕方ないことだろう。

「それで、なんでそんな大貴族様がアルザス村なんかで冒険者やってたんだ?」

しかしながら、現代の知識に照らし合わせても貴族がど偉い身分であるというは分かる。

少なくとも泥に塗れて薬草採取のクエストに挑むような生活は送っていないはずだ。

「それは、えーと、話すと長くなるんだけど……」

「いや、言いにくい事だったら聞かないぞ?」

冒険者のマナー、だが、シモンは頭を振ってこう続けた。

「ううん、お兄さんには、聞いて欲しいかな」

嬉しいこと言ってくれるじゃないの、何だか俺の事をそれなりに信用してくれてるみたいだ。

そこまで言われれば、どんな事情だろうがしっかり聞いて受け止めてやろうじゃないか、もしかすれば、シモンが男装するに至った理由も明らかになるかもしれないしな。

「僕ね、子供の頃はスパーダに仕える騎士になりたかったんだ」

それは、およそ10年前にバルディエル家に養子として引き取られた頃でもあるとシモンは言う。

「バルディエル家はこれまでに何人も優秀な騎士を輩出してきた名門、それに、リア姉――えっと、エメリアっていう、僕の姉で迎えに来てくれた部隊の隊長の人なんだけど」

覚えてるかな? という問に肯定の意を返す。

あの黒い 全身鎧(フルプレートアーマー) の俺よりデカい重騎士だろう、あの存在感と威圧感は一目見て忘れられるはずが無い。

なるほど、あの人はエメリアという名前だったのか。

「その人はエルフの中でもちょっと特別で、僕が養子になったあの時からすでに、とんでもなく強かったんだ」

当時のエメリアさんは12歳、王立スパーダ神学校へ入学する最低年齢、日本人の俺により分かりやすく例えるなら小学校6年生である。

その時から、素手でランク1モンスターの群れを難なく殲滅でき、武装を整えればランク3の巨大モンスターも一人で討伐できるほどの腕前であったという。

確かに、それは恐ろしい小学生だな。

「だから尚更、強い騎士に憧れたんだ、でもね――」

シモンは少しだけ顔を俯かせて、言葉を続けた。

「僕には才能が無かった、それどころか、エルフとして人並みの実力すら無かったんだ」

エルフは数ある種族の中でも最も魔力に優れると有名である。

故にその戦闘能力は大いに魔法に依存したものであり、武技を使うにしても、肉体的な強化というよりも、原色魔力で属性を付与することを得意としている。

「魔力が無いだけならまだ良かった、でも、僕にはお兄さんみたいな大きな体にはならなかったし、どれほどトレーニングをしても、筋力なんて全然つかないんだ」

もともとドワーフや獣人などと違って筋肉のつきにくいエルフ、その中でも特に体格に恵まれなかった。

人間でも年齢よりずっと若く見える、例えば俺の親父のような存在がいるが、エルフのソレは輪をかけて顕著だという。

ここで初めて聞いたのだが、シモンの実年齢は16歳、なんと俺とたった一つしか違わない。

だが、彼女の見た目は少女リリィとほぼ同じ中学生といった感じである。

「それでも、魔法も武技もそれなりに頑張ったんだよ」

「もしかして、魔法の術式に詳しいのはその所為か?」

シモンは肯定する。

錬金術は完全に魔法を排した学問、もしもシモンが子供の頃からそれだけをやっていれば、あの‘機関銃’のように魔法技術を組み込んだ武器を作ることが出来なかったはずだ。

「今でも結構な術式、詠唱、魔法陣を覚えてる、一部だけど古代文字だって読めるんだよ。

けど、僕にはどれだけ正しく術式を組んでも、書いても、唱えても、魔力が無いから一切発動させることができないんだ」

魔法を行使できるほどに魔力を持っている人というのは、種族によってバラつきはあるが、とても多いとは言えないマイノリティである。

恐らく魔力特化のエルフでも半分を超えるというところだろう。

一般人として生きていくのなら魔法など使えなくとも問題は無いが、戦いを生業とする騎士を目指すのであれば、それはあまりに致命的。

まして魔法を補う武技を含めた剣の実力が無いならば尚更である。

「バルディエル家にきてから、5年以上も経ってようやく気づいたんだよ、僕はこの家に相応しい立派な騎士になることなんてできないって」

魔力が関係無い、錬金術を覚え始めたのはその頃からだと言う。

「僕は養子だし、上には兄が三人に姉が一人の末っ子だから跡継ぎとして求められることの無い気楽な立場なのは幸運だったと思う」

これで跡を継がせるためにシモンを養子にとったというのであれば、騎士の名門というバルディエル家、その‘期待’に応えることは全く出来なかっただろう。

「でもせめて、これまで育ててくれた恩を返せるくらいには立派に独り立ちしたいと思って、神学校に入学すると同時に実家を出たんだ」

なるほど、それで今に至ると。

いや待て、学生であることの解は得られたが、冒険者をやっていたことの理由はまだ説明されていない。

「あ、それはえーと、恥かしい話だけど、学費は自分で払おうと思ってたんだけど、稼ぎが足りなくて、あと錬金術の研究に熱中しすぎて単位も……あはは、ホントに恥かしいな!」

ベッドの上でその尖った耳の先まで赤くなってるシモンを直視する俺の方が恥かしいワケだが。

あくまで平静を装いつつシモンの話を纏めると、学費が払えなくなった&錬金術の研究に集中するためという二つの理由により、休学届けを提出した。

自由の身になったシモンは学費を稼ぐのと研究を同時に行える都合の良い職として冒険者となった。

ついでに、その行動を選択したことに対して、バルディエル家の現当主であるシモンの父には話を通して納得もしてもらっている。

だがしかし、

「リア姉は、なんて言うか、お義父様よりずっと頑固で厳しい人なんだ。

だから最初から厳しかったけど、騎士の道を諦めてからはより僕に厳しくなっちゃって、いつも錬金術なんて止めろって言うんだ。

神学校だって幹部コースじゃなくて魔法工学コースに入ることだって渋々納得してくれたくらいなんだ、休学したなんて言ったら――」

殺されるかもしれないので、姉の目には届かないダイダロスでひっそりと冒険者をやることにした、とシモンは怒り半分怯え半分といった様子でカムアウトしてくれた。

「そうか、なんか色々と大変っていうか、複雑な事情があったんだな」

俺にはこう言うのが精一杯である。

家族の問題を抱えていると言うのは不幸な事だが、それを他人が易々と指摘してよいモノでは無いだろう。

ただ、当主である父親とは仲良くやっているようなので、バルディエルの家はちゃんとシモンのホームになっているのは幸いだ。

しかしながら、姉貴とそんな不仲になっているとは……

子供の頃から俺の世話を焼いてくれた 実の姉である黒乃真奈とは大違い、優しく理解のある姉にあたらなかったシモンには心から同情する。

「‘あんなこと’が無ければ、僕は未だにアルザスの物置小屋でのんびり錬金術の研究をしていられたんだ」

「あんなこと、ね」

「あっ、ゴメン、その話は――」

ハッとした様子で取り繕うシモン、なんか、凄い気を使わせてしまったようだな。

「いや、大丈夫だ、気にしてないといえば嘘になるけど、心の整理はもうついたから、変な気遣いは無用だ」

「そう、なんだ……」

そういえば、シモンには生き残りの村人と会ってどうなったか、そして加護の事もまだ話していない。

どうやら心配をかけてしまっているようなので、今度は俺の詳しい事情と心情を語ることにしよう。

シモンも赤の他人に話すには憚られる内容を打ち明けてくれたんだからな。