軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第168話 ローブを求めて

歴戦の傭兵ですか? と聞いてしまいそうになるほど立派な傷跡を顔に刻んだ強面のオークが経営するパスタ系麺料理の店で昼食を終えた俺達は、午後の予定である装備の買い物に向かう。

「色んな店がありすぎてどこから入っていいか迷うな」

再び広場を横切って向かった先は、冒険者御用達の武器屋、道具屋、鍛冶工房、果ては怪しげな 魔法具(マジック・アイテム) 専門店までが所狭しと軒を連ねる商店街である。

一般人の利用するような店は無いが、単純に冒険者の数も地方の村とは比べ物にならないほど多い、やはりここも多くの人が雑然と通りを行き交っている。

流石に日本人である以上は、それなりに人ごみには慣れているので流されるようなコトは無いが。

色々と目移りしそうになるくらい多種多様な店舗が並んでおり、事前情報も観光ガイド的な資料も皆無な俺にとっては、どこから入っていいのか台詞の通り悩んでしまう。

人が多いとその分だけ悪いヤツの割合も増える、きっとこの街にもバカな新人冒険者を騙すような店があったりするだろう。

「クロノ見てー、あのローブ可愛いねー!」

俺の足元でピカピカ光りながらはしゃぐリリィ、彼女の視線の先には兎の耳がついたやたらモフモフの白い着ぐるみ風ローブが店頭に飾られていた。

しかも幼児用、着せればリリィにピッタリなサイズである、これぞ運命とでも言うべきか。

「あの店はどうやら、魔術士のローブを専門に扱っているようですね」

「そうか、じゃあちょっと見てみるか」

何と言っても魔術士三人という冒険者のセオリー完全無視なパーティ構成である。

前衛を勤める剣士や戦士がいない以上は、向こう側に見える無骨な鎧冑を扱う店舗に我が『エレメントマスター』は一切の用事がない。

と言っても、今のところ新しい防具が必要なのは『悪魔の 抱擁(バフォメット・エンブレス) 』を失った俺だけだ。

魔術士ローブの専門店というのなら、俺の求める黒魔法使いに相応しい新たな黒ローブが見つかるだろう。

俺はまだ見ぬ防具達との出会いに胸を躍らせながら、先陣を切って魔術士ローブ専門店『フィクス&フィカ』の扉を潜った。

ちなみにリリィは店頭の白兎ローブに夢中で着いてきてくれなかった。

「いらっしゃい」

それほど歓迎してない声音で、カウンターに座る中年の女性店員が俺を一瞥する。

童話の挿絵に描かれる魔女のように立派な高い鼻を持ち、鋭い目つきの彼女だが、客である俺に興味が無いのか手にするハードカバーの本へ再び視線を落とした。

なにも言ってこないところを見ると、勝手に見て回ってくれて結構ということだろう。

俺はそんな愛想の無い対応に、元々期待もしてなかったので特に気を悪くすることもなく、思ったよりも広いスペースを誇っている店内を歩き回る。

ぱっと見たところ、白、灰、黒とモノトーンカラーのローブが半分近くを占めている。

マネキン代わりの人型にローブを着せて展示してあるが、これは店員に言えば別のサイズを用意してくれたりするんだろうか?

なんて思いながら、ゆっくりと様々な種類のローブを見て回る。

イルズ村の道具屋と違って、展示してある商品のほとんどに値札がついている。

値段交渉するつもりも無いから、ああしてドライな接客態度を堂々と取れるわけか、いや、恐らくあの魔女風のおばさんはあれが素なのだろう。

「どうですか?」

ふいに、横に立ったフィオナが聞いてくる。

「目利きできるワケじゃないから、見ただけじゃよく分からないんだよな」

ここにあるのは俺でも感じられるほど魔法の防御効果を秘めた高級品はないようなので、後はローブの素材によって防御力や属性への耐性、または特性などが変化してくる。

見たところ半分近くはモンスターの毛皮や皮などを利用しており、その元になったモンスターの性質を知っていなければおおまかにでも特徴が把握できない。

「黒魔法に向くローブがないか、大人しく聞いてみるよ」

「この店のグレードでは大したものが出るとは思えないですけどね」

そういう事は思ってても口に出してはいけませんよフィオナさん。

どうか店員さんに聞こえていませんようにと内心で冷や汗をかきながら、カウンターへと向かった。

「すみません」

「何だい?」

ギロリ、という擬音が聞こえてきそうな鋭い目つきで俺へ向く女性店員。

うん、この人は店名のロゴが入った簡素なエプロン姿ではあるが、フィオナのような魔女装備を着ればパーフェクトに邪悪な魔女になるに違い無い。

そんな失礼な感想を抱きつつ、とりあえず俺が求めているものを聞いてみる。

「『悪魔の 抱擁(バフォメット・エンブレス) 』っていうローブありますか?」

キプロス戦でボロボロになり、フィオナの『 黄金太陽(オール・ソレイユ) 』によってトドメを刺された今は亡き相棒だが、できれば同じものを手に入れた――

「バカ言ってんじゃないよランク1が、アンタにゃそこの見習い用ローブがお似合いさね」

とんでもない罵倒が飛んできたもんだ。

冷ややかな目つきの彼女が指差す先には「新入生御用達!」とうたい文句の書かれたシンプルな黒いローブ。

「えーと、前に『悪魔の 抱擁(バフォメット・エンブレス) 』を着ていたので、新しいのを探しているんですが、取り扱ってる店は知りませんか?」

この魔女おばさんはローブがあっても俺には売るつもりは無いようなので、別な質問に変えてみる。

「前に着てたぁ? はっ、なんだいアンタ、貴族のボンボンか何かかい、だったら金持ちのパパに‘上’の店に連れてってもらうんだね、アンタの求める‘凄い魔法の装備’があるよ」

凄まじい嫌味だが、俺は貴族のボンボンどころかこの世界の住人ですらない、血筋などとは全く無縁の存在である。

だが、彼女の台詞を頑張って解釈するのなら‘上’の店、つまり上層区画にある店舗なら『悪魔の 抱擁(バフォメット・エンブレス) 』があるということだ。

ダメだな、上層区画に立ち入るにはそれ相応の身分か通行手形、あるいは特別な許可が必要だ。

スパーダに到着して、事情説明と緊急クエストの報酬を受け取ったりしたのはギルド本部だったが、アレは許可をスパーダ政府から貰った一回限りの特別扱いだ。

俺が冒険者として堂々と上層区画に行けるようになるには、ランク4までランクアップするしか方法は無い。

「アンタ、あのツレの魔女みたいな装備が欲しけりゃさっさと上に帰んな、こっちに来るのはギルドと学校だけにしときな、イジワルで言ってんじゃないよ、アンタみたいな世間知らずのボンボンは、悪い連中に目をつけられやすいからねぇ」

ひひひ、と悪い連中代表のような邪悪な嘲笑をするおばさんに、さり気無く気になった部分を聞いてみる。

「彼女が着てる装備って、凄いんですか?」

彼女とは、勿論フィオナのことである。

確か、あの魔女装備はエリシオン魔法学院の卒業制作で作った一品なのだとか。

普通は共同制作で 魔法具(マジック・アイテム) などを製作するらしいのだが、やはり一人で素材集め、製作、をこなしたフィオナの孤独な思い出が目一杯に詰まっていると、茶飲み話にしては重苦しいエピソードを聞いて印象に残っている。

「鑑定しなくてもアレがどんなもんかは一目見りゃ大体分かるさ、 奈落蚕(アビスシルク) に 闇鳥(ブラックバード) の飾り羽、おまけに裏地にまだ何か仕込んである。

あの魔女がアンタの護衛なんてやってなけりゃ現役でランク4冒険者やってるよ」

よく分からんが、どうやら凄い素材を使っているらしいというのは理解できた。

あと、俺は貴族のボンボンでフィオナが俺の護衛として雇われているという関係だと思われていることも分かった。

「まぁ、ウチの外で熊兎のキッズローブにご執心の妖精が着てるエンシェントビロードも大概だけどね、誰が子供服なんぞに拵えたんだか」

兎じゃなくて熊兎ってなんぞ? いやそんなことより、

「アレは俺がプレゼントした一品だ、文句なら俺に言え」

「ホントに良い身分だねぇアンタ、 愛玩動物(ペット) にあんな上等のプレゼントをくれてやるなんて、貴族の道楽ここに極まるってねぇ、ひひひ」

流石にリリィが俺のペットだと思われるのにはカチンと来るぜ。

「彼女は 愛玩動物(ペット) なんかじゃない、俺の大切な仲間だ」

「仲間? ひひ、そういうのが流行ってんのかい? まぁ甘やかしてもらえるだけマシな扱いかね」

この人にはまず俺が貴族の道楽で美人の護衛と可愛いペットを連れて冒険者ごっこに興じる贅沢ヤロウでは無いというところから説明しないといけないようだ。

だが、ランク1冒険者でしか無い俺が分不相応な品を求めた、ということがそもそもの原因である。

まぁ俺にとっては着慣れた『悪魔の 抱擁(バフォメット・エンブレス) 』が身に余るほどの高級品のイメージだとは全く持てないが、彼女のような他人からすればそうとしか見えないのだろう。

仕方無い、元々金銭面では大した余裕は無いのだ、高級品な『悪魔の 抱擁(バフォメット・エンブレス) 』が実際にいくらするのかは分からないが、購入できる金が手持ちに無いことは確かだ。

ここはクエストをこなして金が溜まってからお高い品を買い求めることにしよう。

それまで、うん、俺にはあの新入生御用達の魔術士見習いローブでもいいか。

「あれ、もらえますか?」

俺が先ほど彼女が指し示したローブを購入する意思を示すと、その細い眼に僅かばかり驚きの感情が宿った。

「へぇ、こんなババアの嫌味を素直に聞くとはね、よほどの温室育ちかいアンタ?」

「別に俺は貴族でもなんでもない、ただのランク1冒険者ですよ」

カッコつけんじゃないよ、と相変わらず俺のいう事を信じてくれない彼女は、ローブを取りに店の奥へと引っ込んでいった。

1分もかからずすぐに戻ってきた彼女の手には、展示されているモノよりもワンサイズ大きい黒一色のローブ。

「1万クラン」

値札と比べて1クランも値引きされていない金額を提示され、俺は大人しく1ゴールド金貨を出そうして、止めた。

このイルズ村で稼いだ1ゴールド金貨はダイダロスで造られた物だ、十字軍に占領された以上、竜を象ったこのダイダロス金貨が鋳造されることは無いだろう。

わざわざ思い出深い金貨を手放すことは無いと考え、緊急クエストの報酬で貰った1万クラン金貨で支払うことにした。

「まいどあり」

魔女では無く商売人らしい言葉を聞きながら、俺はその場でローブを羽織る。

手触りや着心地は悪く無いが、『悪魔の 抱擁(バフォメット・エンブレス) 』の身体と一体化するようなあの感覚には遠く及ばない。

そういえば初夏の季節にアレを着ていても暑さは全く感じなかったが、これは当然というか全身を覆っているだけあって熱が篭る。

それでも耐えられないほどじゃない、俺は特に気にした風は見せず、用は済んだとばかりに立ち去ろうとするが、一歩踏みとどまって聞いてみた。

「あの、兎のローブって幾らするんですか?」

「三万七千クラン」

そんなにするのかよ!?

今すぐ買い与えるには躊躇する値段である。

「ランク2になったら買いに来ます」

「ひひ、期待しないで待っとるよ」

そうして意地悪いババアの視線を背中に受けながら、俺は店を出た。

さて、次は武器の方だが、自分がランク1ということと、絶対的な資金不足だ、恐らく『ブラックバリスタ・レプリカ』相当の杖と 魔剣(ソードアーツ) 用の剣を両方用意するのは無理だろうな。

フィオナと共に店を出て、兎ローブに心残りのあるリリィを引き剥がすように連れて、一路武器屋を目指すことにした。