軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話 妖精さんが見える

体を揺する振動に、深い眠りに落ちていた意識が少しずつ目覚めてゆく。

「ん……うーん……あと5分待ってよ母さん……」

言うものの、未だ惰眠を貪る息子など決して許してくれない我が母はそろそろ布団ごと俺を蹴っ飛ばして強制目覚ましをかけてくるだろう。

でも、なんだか久しぶりに気持ちよく眠れてるんだ、例えこのヘブン状態が続くのがあと十秒もないとしても、最後の瞬間まで俺は――

バシャン!

「うおっ! 冷たっ!?」

突然俺の顔面を襲った冷水によって、俺の意識は瞬時に夢と現の狭間から残酷な現実世界へと完全に引き戻される。

「いくら起きないからって水ぶっかけるなんて酷くないか母さ――」

気がつけば、とんでもない暴挙に及んだ母の姿は何処にも無く、そもそも、ここは自分の部屋ですらない。

澄み渡る青空、緑溢れる木々、周囲に散らばる木片と赤い林檎、それと、足元で頭を抱えて蹲って震える白い物体。

「な、何だ……」

何だ、ってのはどれに対する疑問だよ。

いや待て落ち着け、そうだ、俺はパンドラ大陸へ渡るべく貨物に紛れて船へと忍び込んだ。

で、その紛れ込んだ貨物ってのが林檎みたいな赤い果実の詰まった木箱の中で、俺の周囲に散らばっている木片と果実は、その残骸だろう。

それと、この周囲に広がる森に見覚えなどないが、俺の睡眠中、何かがあって木箱ごとこの森にきて、砕け散った。

具体的に何が起こったのかは分からないが、輸送中に何か事故が起きたとかそんなところだろう、とりあえず不測の事態が起こったんだろうことは予想できる。

ただし、この状況下において、俺がどう頭を捻っても納得の行く解答が得られそうにないのが、目の前の白い物体である。

「本当に、何なんだこれは……」

最初は、人型のぬいぐるみか何かかと思った。

大きな頭部に短い手足は、3つか4つくらいの幼児の姿を彷彿とさせる。

しかし、不思議なことにこの(推定)幼児はぼんやりと体全体が光っており、小さな背中からは2対、合計4枚の光の羽が生えていた。

光と羽の所為でそれほど違和感がないが、この幼児は一糸纏わぬ全裸である。

「……よ、妖精なのか?」

そう、この姿を見ると、そうとしか思えないのだ。

しかし、妖精さんが見えるなんて俺も大概疲れてんのかな。

そりゃ唐突に拷問まがいの実験の日々を強制的に送らされちゃあ絶望レベルの疲労感さ。

いやいや、落ち着け、思い出せ、ここは魔法もモンスターも存在する異世界、ならば、妖精の一人や二人いてもおかしく無い。

おかしくないが、何ゆえ俺の目の前で丸くなってぶるぶる震えているんだろう。

このまま見ているのも何だか可哀想な感じがするので、声をかけてみることにする。

「おい、大丈夫か?」

「!?」

お、今ピクンって反応したぞ。

「どうしたんだ、どこか痛いのか?」

「……」

たっぷり30秒くらいの沈黙の後、妖精さんは恐る恐る、伏せていた顔を俺の方へと向けた。

文字通り輝くプラチナブロンドの長髪に、透き通ったエメラルドグリーンの光を宿す大きな瞳。

その円らな瞳の端に、涙が浮かんでいる。

な、なんだこのカワイイ生き物は……

俺は断じてロリコンなどでは無いが、一目惚れ級のドキドキを感じてしまったのは否定できない。

「……」

俺の熱視線を受けつつ、妖精さんは恐る恐る立ち上がるなり、そのまま走り出して木の陰へ姿を隠すように移動する。

ヤバい、あまりの可愛さにガン見しすぎて警戒されたか?

「……う」

逃げたのか、と思ったが、木陰に身を隠しつつ顔だけ覗き込むように出すと、小さな声で呟いた。

「だいじょうぶ?」

「へ?」

鈴の音のような声で紡がれた台詞の意味を即座に理解できない。

大丈夫、とはこちらの台詞であり、妖精さんに俺を心配される要素は無いはずだ。

「おちてきた」

落ちてきた? 一体何のことだか分からなかったが、その視線が俺の背後へ注がれているのに気がついた。

ちらりと振り返ってみると、切り立った崖がある。

落ちてきたとは、この崖から?

「あ」

再び目に付く、散らばった木片と林檎。

きっと俺が隠れていた林檎の入った木箱は、この遥か上にある崖の上から落下してきたんだ。

そして俺諸共この森へと真っ逆さま、という事か。

なら、俺に水をぶっ掛けて起こしてくれたのは、あの妖精さんなのか。

「もしかして、俺を助けてくれようとしたのか?」

コクン、と首を振って頷く。

「そうか、ありがとう。

俺は大丈夫だ、怪我一つしてない」

あの崖から木箱に入ったまま転がり落ちてきて無傷な体は改造強化の恩恵だ、可愛らしい妖精さんにいらぬ心配をかけずに済んだ事を嬉しく思える。

「よかった」

優しく微笑む妖精さんの笑顔を見て、俺はこの世界で初めて親切を受けたことに気づいた。

そうか、俺を心配してくれる人が、この世界にもいるんだ。

「ああ、本当にありがとう――」

喜びに浸っていると、もう一つ重大な事実に気がついた。

俺、妖精さんと話が通じてるぞ。

なんだか当たり前のように言葉を交わしたが、これって凄いことなんじゃないのか?

「あーえっと、俺の言葉、分かるよね?」

「?」

小鳥のように首をかしげる姿に和みながら、いきなり妙な事を聞いてしまったかと若干後悔する。

今までの反応を見るに、この妖精さんは恐らくほぼ見た目通りの知能だと思われる。

なら、相手を子供だと思って接するのが正解ではないだろうか。

まぁ子供の相手なんて親戚の生意気なガキ共を相手にした経験しかないんだけどな。

「俺の名前は黒乃真央、君は?」

なるべく優しく言ってるつもりだが、普通の子供なら俺の凶悪面にビビって逃げ出しているタイミングだ。

しかし、妖精さんはやはり妖精さんで、見事に返事をくれた。

「……り、りりぃ」

「リリィ?」

「うん」

また小さく頷くと、恥ずかしげに覗かせている顔の半分を木陰に隠す。

仕草が一々可愛いな。

「それで、リリィはここが何処か分かる?」

「ここは 妖精の森(フェアリーガーデン) 妖精が住んでるの」

妖精が住む森、ね。

リリィが俺を助けてくれたことを思えば、人間に強い敵対心を持っているわけじゃなさそう――

「ああぁーー!!」

「誰だ!」

「!?」

俺とリリィ以外の第三者の声が背後から響く。

何事かと振り向くと、空中に浮く光の玉が目に入る。

気がつけば、木々からいくつも同じような光の玉が現れ、周囲を飛び交っている。

「どーしてこんな所に人間がいるのよっ!」

叫び声を上げたのと同じ光の玉が、俺の顔へ近づいて言い放った。

よく見れば、15センチほどの人型で、リリィと同じように羽が生えている。

「もしかして、これが妖精か?」

「妖精に決まってるでしょ、見てわかんないのっ!」

分かるわけないだろう、初めて見たんだぞ。

だが、反論するよりも、ここは妖精と話して少しでも情報を得るべきだろう。

「俺は――」

「ここは私達妖精が住む聖なる森なの、人間はさっさと出て行ってちょうだい!」

「はっ!?」

俺が名乗りすら上げる前に、いきなり追放宣言をされてしまう。

何だよ、妖精ってもっと人間に対して友好的な種族なんじゃないのかよ? いや、俺の勝手なイメージかもしれんけど。

少なくともリリィは俺を助けようとしてくれたし、もじもじと可愛らしいリアクションをしてくれたぞ。

「なによリリィ、アンタもいたの?」

俺のことなどすでに目に入っていないかのように、妖精はリリィの方へ飛んでゆく。

「ダメじゃないこんな奥まで勝手に入ってきちゃ」

「う……ごめんなさい」

「そこの人間は勿論、アンタみたいな妖精モドキもここにいちゃダメなんだから、分かっているわよね?」

俺にはフェアリーガーデンの妖精事情なんか全く知らないが、リリィが小さい妖精共から明確に扱いの差があることは分かる。

事情を知らない俺が口出しする権利などないだろうが、この世界で初めて優しさを貰ったリリィに悲しい顔をさせられちゃ、黙っていられねぇ。

「おい、そんな言い方しなくてもいいだろ、リリィは俺を助ける為に来てくれたんだぞ」

「なぁにアンタ、本当に何も知らないのね。

フェアリーガーデンの奥にある光の泉には妖精以外近寄っちゃ絶対にダメなの。

だから、人間であるアンタも、妖精モドキのリリィも、こんな奥まで来たらダメなのよっ!」

「俺は確かに人間だが、リリィが妖精モドキって何だよ、どう見ても妖精じゃねぇか」

「バカなコト言わないでよ、どこにこんなデカい妖精がいるのよ。

ソイツはね、妖精の魔力と肉体を持つ、半人半魔なの、人間でも妖精でも無い半端者。

全く、一目見ればそれくらい分かるじゃない」

だから見ても分からねーって、つーかこの世界の生物分類がどうなっているのかがそもそも分からない。

だが、機動実験で戦ったモンスターの中には、魔力は感じるが生物特有の生気と呼ぶべき気配を感じない、幽霊とか悪霊としか呼べないようなヤツがいた。

この小さい方の妖精は、質こそ異なるが、そのモンスターと同じように魔力のみを感じられる。

恐らく、妖精という種族は魔力だけで形成された生命体なんだろう。

対して、リリィからは妖精と同質の魔力を感じるが、同時に生気も感じられる。

この妖精が言っていることを、感覚的には理解できる。

「分かったらさっさと出て行ってちょうだい、見逃してあげるんだから、ありがたく思いなさいよね人間」

「くっ……」

妖精の物言いに腹立たしくはあるが、‘光の泉’とかいう場所を荒らすつもりはさらさら無い。

それに、この世界に住む他の者との揉め事は出来る限り避けたい。

俺自身の怒りはいくらでも矛を治めよう、妖精の言う通り、大人しくこの森から去ってやろうじゃないか。

ただ、妖精モドキと言われて悲しげに顔を俯かせるリリィの姿には、酷く心が痛む。

「あ、そうそう、西の洞窟にゴブリンが住み着き始めたみたいだから、早めに片付けておいてねリリィ」

「うん わかった」

「お、おいっ、リリィにモンスター退治させるつもりか!?」

当然のようにゴブリン退治を命じる妖精の言葉は信じ難いが、リリィがあっさり了承したことも信じられない。

「うっさいわねぇ、余所者な上に馬鹿な人間には関係ないことでしょ」

「馬鹿は余計だ! ってか危ないだろうが!!」

「モンスター退治なんていつものことよ、妖精モドキでも魔法も使えない低級なモンスター如きに負けるわけないでしょ」

「そ、そうなのか?」

不安げな表情のリリィを見ると、モンスターと戦っている姿が全く想像できない。

出来ないが、あの言いようだと魔法が使えるんだろうな。

魔法で攻撃できるなら、体の大きさは強さに直結しない、俺にだってドラゴンが倒せるくらいなのだ。

「分かったら二人ともさっさと行きなさいよ、いつまでも居座るつもりなら、力ずくで叩き出すわよっ!!」

チカチカと光の玉が強く明滅する、威嚇してるんだろうか?

「分かった分かった、もう出て行くから後ろから魔法撃ったりするなよ」

そうして、俺とリリィはこの場を後にする。

妖精達が散らばった林檎っぽい果実を騒ぎながら森の奥へと運んでいくのを、リリィが羨ましそうに見ている。

「あれが食べたかったのか?」

「うん」

「大丈夫だ、何個か持ってるから」

「!?」

「後でやるよ、一緒に食おうぜ」

「あ、ありがとう!」

満面の笑顔を浮かべるリリィを見ると、何とも言えず癒されたのだった。