軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1036話 オルテンシアの女王

開けた視界は白一色。

オルテンシアの新雪が広がる銀世界を思わせる白さの中に、点々と黒い影が浮かび上がると――――ああ、またこの夢か、とウンザリした気持ちになってくる。

モノクロの景色を映すこの夢は、遥か古の記憶。

この場所にオルテンシアという国が興る前。広大な雪原と深い針葉樹林の森が広がる自然が形成されるよりも、さらに前の時代である。

当時、ここは呪われた鋼の森だった。

緑の木々らしきモノこそ鬱蒼と生い茂っているが、木の根の代わりに地面に張り巡らされているのは、血管のように脈打つ不気味な金属質の管。この土地そのものが、まるで巨大な魔物の体表であるかのようだ。

そんな森に降り注いでくるのは、燃え盛る鋼鉄の塊。破れた装甲、ひしゃげた骨格、寸断された魔力回路。よく目を凝らしてみれば、破片の多くは人の手足のような形状であることが分かる。

戦人機(ナイトフレーム) 。

この時代の主力兵器であり、今まさにこの呪いの森の直上で、何百という数の人型兵器が激しい空中戦を演じていた。

戦場と化している白い空を塗りつぶすように、一際大きな光が瞬く。

すると、原型を保った一機の戦人機が墜落してくるのが気づいた。黒々とした影にしか見えないが、そこから分厚い黒煙を棚引かせ、それが雷雲のように激しくスパークが散っているのが分かる。

大破寸前。今にも爆発四散しそうな様子の機体はしかし、辛うじて制御を利かせて何とか森へと着陸した。

それを見届けて視界が動く。

流れ込んでくる感情は、警戒と不安。そして、本人も無意識に抱いている、期待。

渦巻く強い感情を抱えながら、視界の主は真っ直ぐに墜落地点へと駆けていった。

管の蠢く鋼の森の中。林立する鉄の木々の間を駆け抜け、徘徊する偽りの生命、獣モドキを蹴散らして突き進む。

ほどなく、辿り着いた墜落地点。そこには、夢とは思えぬほど強烈な魔力の気配が漂っていた。

現代では及ばぬ強力な古代兵器たる戦人機。中でも、特別なエース機体なのだろう。

しかし鎧兜のような外装は軒並み砕けて焼け落ち、残るは黒い髑髏のような基礎骨格のみ。それでも内に抱える動力炉の火は消えず、まだ生きていることが分かった。

この黒い機体も、それを操る操縦者も。

ゴォン、ギギギギ……

音のない世界で、不意に耳へと響いた不快な金属音は、ひしゃげたコックピットブロックが強引に開かれる音だった。

嫌に耳に残る音を残して、開いた戦人機の胸元から、小さな人影が降り立つ。

それは子供だった。

自分よりもずっと小さい。初めて見たけど、子供なのだと分かった。

その子は、歪んだ金属板の地面に薄っすらと降り積もった雪を踏みつけ、着地する。しかし、体力の限界とでも言うように、すぐに片膝をついて体勢を崩す。

機体と同じく、操縦者たる子供も満身創痍のようだ。

それでも、今しがた空の上で死闘を繰り広げていた戦人機を駆る騎士だけある。

今にも倒れそうな消耗しきった有様ながらも、顔を上げてこちらに向ける目には衰えぬ戦意と冷酷な殺意が灯る。

白黒しか映さぬ世界の中で、ただその子の瞳だけが、燃えるように、血のように、鮮やかな真紅に輝いていた。

「エンデ……デア・ヴェルト……」

手にした 光刃(フォースエッジ) も、目の色と同じく赤々と輝いていて。

ただ鮮烈に、初めて出会った時の赤色が忘れられないのだと――――そう強く訴えかけてくる思いに、反吐が出る。

嫌な気分も極まったところで、暗転。

ようやく、勝手に見せつけられる夢の世界が終わる。

「まったく、最悪の寝覚めだな」

オルテンシアの女王エカテリーナは、そう胸中で吐き捨てた。

長い眠りから目覚める時は、大抵これだ。

パンドラ神殿の神官連中ならば、誰もが強い神の啓示に涙を流して感動するのだろうが……こう何度も見せられればありがたみも失せる。

この夢は、神の記憶。

『北天星イオスヒルト』。

魔王ミア、最後の花嫁。七人目の妻として迎えられ、そしてこのオルテンシアでしか加護は発現せず、信仰もされていない。『暗黒騎士フリーシア』を筆頭に、六柱の女神達はパンドラで広く加護を与えているにも関わらず、このイオスヒルトだけは違う。

しかし、それも無理のない話であろう。

古の魔王伝説。その逸話の中で、六人の花嫁はミアと共に戦場を駆け抜け、いずれも神の座に昇るに相応しい活躍を遂げた英雄となっている。

だがイオスヒルトに、ミアと戦場に立った記録はない。

分かっているのは、ある時、ミアと出会った。

そして大陸統一を成し遂げた後、彼女を最後の花嫁として迎えに行った。

それだけだ。故に、一般的にはただ名前だけは存在している七人目というだけの認識。壁画や絵画に描かれる際も、端の方に小さく、顔も判然としない曖昧な姿とされるのも、仕方のない扱いだ。

けれど、七人目のイオスヒルトは実在する。

そして、『北天星イオスヒルト』という女神となり、強くその加護を授かったエカテリーナは知っている。

何故、ミアは大陸統一を果たした後に彼女を迎えたのか――――それは、名実共に古代最強の魔王として君臨したミアでさえも、再び彼女と相対するのを恐れたからだ。

この呪われた鋼の森に封印されていた、災厄の星を。

「イオスめ、いつにも増して、やかましく叩き起こしてくれるな」

女神の強い思いが込められた、ミアとの出会いの夢。

今回は完全に当時のイオスヒルトと一体となったようなリアルな感覚まで伝わっており、これまでとは意気込みが違うと感じられた。

「ついに、時が来た、ということか……」

パンドラ大陸北部に君臨する大国オルテンシア。

古くから定められた領地を守り続け、パンドラ北部の安定に務めてきた――――と、誰もが思っていたのも、無理はない。

オルテンシアはいわば、眠れる龍である。

長く、あまりにも長い間、眠り続けていたが故に、誰もが忘れてしまっていた。

しかし女王エカテリーナは違う。

彼女はただ、待っていただけなのだ。いずれ来るべき時を。

『北天星イオスヒルト』が示す、その時を。

それは奇しくも、後に魔王を名乗る男が、この世界で目覚めた日のことだ。

オルテンシア王城『北天宮』の最奥、『静謐の寝所』にて、エカテリーナは目覚めたのだった。

「――――お前は」

自分が目覚めたことを、すぐに察したのだろう。

揺れる水面のような視界越しに、エルフらしい線の細い女の人影が映る。

その者は折り目正しく臣下の礼をとり、エカテリーナの前に跪いた。

「今代のオルテンシア宰相を務めております、ナタリアと申します」

「フレデリーケ公の娘か」

「孫にございます」

「そうか……暦は」

「大陸歴1595年、 冥暗の月24日 。60年ぶりのお目覚めにございます、陛下」

ほぅ、と深く息を吐いてから、エカテリーナは時すら凍てつく氷の結晶から透けるように抜け出る。

そう、彼女の身は天蓋付きのベッドなどではなく、時間停止の魔法が働く古代の設備によって保管されていた。スパーダにおいては、特別な囚人を閉じ込めるために利用される『コキュートスの狭間』と呼ばれる遺物と同様のものである。

無論、エカテリーナは大罪人として封印されていたのではない。自らの意志で、長い時を超えるために、この時間停止機能を利用した。

それは決して遠い未来まで自ら国を治めたい野心がためではない。

オルテンシアという国において、女王エカテリーナの名が未来永劫残ることはすでに決まっている。時を止めてでも生き永らえたい、などという醜く枯れた執着心などありはしない。

だがエカテリーナは女王となったその時から、いいや、その前から、大きな野望――――女神イオスヒルトの使命を背負って生きてきた。

そして、それを果たす時がやって来た。

「近く、魔王が現れる。ミアの加護を授かりし、本物の魔王だ」

それは、いまだ訪れぬ未来の話。だが、確実に訪れる事実。

確信の籠った強い意志を持って、エカテリーナは宣言する。己の果たすべき使命を。

「魔王を倒し、私がパンドラの頂点に立つ――――星の女神が神命のままに」

◇◇◇

「すまんな、私が目覚めなければ、お前が女王となっていたのだろう」

「とんでもございません! 真の女王たるエカテリーナ陛下にお仕えできること、この上ない光栄と存じます!」

「エルザヴェータ、お前はまだ幼い。そう気張らずともよいぞ」

「お心遣い、感謝致します!」

と、緊張でガチガチに固まりながら声を上げるのは、近く王位を継ぐはずだった、オルテンシアの姫君エルザヴェータ。

エカテリーナは長い期間眠りにつくため、その間はハイエルフの王族の中から女王となる者が選ばれる。古くから続くオルテンシアの王国体制に変わりはない。

その女王が自ら親政をするか、象徴に留まる立場をとるか、それは時代に任せており、エカテリーナが口を出すことはない。

先代は自分が眠っていた60年間、親政してきたようだった。名誉欲の強い女だったのだろう、すっかり年老いて意識も怪しい状態であるにも関わらず、今日まで玉座にしがみついていた。

そのせいで、もう退位するより他はない、となったこの時期に、王位継承者が成人したばかりのエルザヴェータのような幼い少女しかいないような有様。

このまま女王となれば、歳に合わぬ多大な苦労を背負うこととなっただろう。そのことはエルザヴェータ自身も自覚しており、このタイミングでエカテリーナが目覚めたことは天啓と信じられるようなものだった。

「案ずるな、この私が目覚めたからには、オルテンシアには更なる繁栄をもたらそう」

「はい、エカテリーナ女王陛下!」

かくして、60年の時を経て目覚めたエカテリーナは、女王としての親政を開始した。

ちょうど女王が代替わりするタイミングだったこともあり、政治的混乱はほとんど無かった。そもそも、オルテンシアという国が女王の長い眠りと短い目覚めを前提としているので、慣れているとも言うべきか。

先代は女王の座に執心こそしていたが、その親政は穏当そのもの。革新、改革、といったものは長い在位で一つもなく、典型的な保守派。良くも悪くも、オルテンシアは変わらず大陸北部に君臨し続けていた。

エカテリーナにとって、そういった者は都合が良い。眠りを妨げられることがないのだから。

女王、あるいは宰相。オルテンシアという国の頂点に立つことで、野心を抱く者も現れる。

永遠の女王たるエカテリーナ、その座すらも我が物と欲した者達は何人もいた。あるいは、オルテンシアという国そのものを転覆させようと目論んだ者も。

だがオルテンシアの歴史上、そうした目論見はただの一度も成功することは無かった。

国難に際しては、真の女王が自ら目覚めて誅するが故。何人かの反逆者が、どれほど固く北天宮を塞ぎ、軍を掌握しようとも……僅か一晩の内に、反逆者の首は女王の手によって挙げられる。

女王エカテリーナは、ただ眠っているのではない。眠りにつきながらも、オルテンシアという国の全てを見通しているのだ。

彼女が目覚める条件は、幾つかある。

一つは反乱の危険。もう一つは、国が存亡の危機に陥るほどの天災や侵略がある時。

いずれも、エカテリーナが君臨するオルテンシアという国を維持するために、対処せねばならない大きな危機に直面した時であるため、目覚めるのも当然と言えよう。

しかし、エカテリーナはただ長く国を守るために眠っているのではない。

「星の女神が神命のままに」

その言葉の通り、エカテリーナの目的は自らに加護を授ける女神『北天星イオスヒルト』によって与えられた神命を果たすことである。

それが如何なる神命か――――全貌を知るのは、本人と女神のみ。だが神命のためにエカテリーナが動く時には、必ずオルテンシアに大きな発展がもたらされる。

それは『星詠み』と呼ばれる能力だ。

予知能力のようなものだと認識され、オルテンシアで知らぬ者はいない、それだけでエカテリーナと加護を授けた『北天星イオスヒルト』が崇められるに相応しい力である。

この『星詠み』によって、隠された古代遺跡の発見や、大きな災害への備え、あるいは対立勢力の大規模な侵攻計画を防いできた。

しかし、この能力は全て国のためではなく、神命のためのもの。オルテンシアの発展と維持は、結果に過ぎない。

もし本当にオルテンシアの更なる発展を望んでいるならば、とっくにパンドラ北部全域を統一しているだろう。大陸最北に陣取ったまま国境を変えずにいることが、その何よりの証だ。

そんな神より授かった予知能力じみた『星詠み』を、オルテンシアでは知らぬ者はいない。しかし今回はいつにも増して、的中させた結果には誰もが驚かされるものだった。

「まさか、本当に魔王を名乗る男が台頭してくるとは……」

新雪のように真白に輝く玉座にあるエカテリーナへ、自ら報告に参った宰相ナタリアは、思わずそう零してしまう。

最初に自分へ届けられた情報を見ても、我が目を疑ったほどだ。

『魔王クロノ、アヴァロンを征服』

時は大陸歴1598年。白金の月も半ばとなった頃、北のオルテンシアにもその情報が届いた。

遥か南の果て、カーラマーラにてクロノという男が魔王を名乗りエルロード帝国復活を宣言したのは、ついこの間、緑風の月1日の話だ。

その時は、またこのテの輩が出てきたか、と思うに過ぎなかった。何故なら、そのテの輩の前例として、ダイダロスの竜王ガーヴィナルがいる。アヴァロンなどもっと前から正統後継を謳っている。大陸の歴史を紐解けば、魔王を名乗る王が台頭してくる例は幾つも出て来る。

そして、その何れも一国として成立するのが精々。とても魔王に相応しい大陸統一とはほど遠い結果に終わっている。

このクロノという男も、自らの国を打ち建てるほどの英雄ではあるのだろう。

だが、それが限界。大陸統一どころか、半分にも勢力を拡大することは出来ない。良くも悪くも、大陸情勢は安定していた。大国は揺ぎ無く、中小国家はそれぞれがささやかな利害対立でやり合う程度。

大陸に覇を唱えるような時期ではない。

しかし、クロノがアヴァロンを征したというなら、話は大きく変わって来る。

「クロノはダイダロスとスパーダを落とした十字軍への対抗を表明している」

「はい、アヴァロンもすでに十字軍勢力の傘下に入っていたようです」

だから完全に掌握される前に、アヴァロンを手に入れた。

前王ミリアルドを担ぎ、半ば内乱に乗じるような形で、アヴァロンをエルロード帝国の版図として組み込んだ。

と、ここまでならば、よくある取り込みの流れに思える。亡命した王族を担ぎ上げては、正統な後継者と大義名分として掲げるのは古代の頃からやっている。

「しかし……南の果てに本拠を構える帝国が、どうやってアヴァロンに」

「やはり、すでに奴らは古代遺跡を操っておるのだ」

「転移を開通していると。それも、軍を送り込めるほど大きな門を」

然り、とエカテリーナは頷く。

大陸中部のアヴァロンと、大陸南端のカーラマーラ、もといパンデモニウム。この二国間にどれほどの距離があるのかなんて、地図を見るまでもなく知れている。

商人が遠路遥々、交易品を運び込んでくる以外に、繋がりなど持ちようもない距離感だ。

「距離を無視した動きは、転移が使えてこその発想である――――そして、クロノが握る古代の遺物は、転移だけではなかろう?」

「まだ不正確ですが、天空戦艦を保有している、との話も」

「戦人機は」

「その噂は今のところありません」

「探れ。戦人機の軍団を持たぬならば、我らの優位は揺るがぬ」

「御意」

深々と頭を垂れるナタリアは、この時にようやく思い知る。

60年の眠りからエカテリーナが目覚めて、早2年の時が経ようとしていた。その間、女王はこれまでにも増して、急ピッチで戦人機部隊の養成に力を注ぎ込んでいた。

たったの一機だけでも、小国程度は蹂躙できる圧倒的な戦力。大国オルテンシアを守るにしても、過剰戦力ではと思えるほどの戦人機部隊は、最重要軍事機密だ。

これまでオルテンシアは戦人機の保有を明かさぬよう務め、その開発と運用、実戦試験なども徹底的に秘密裡に行われていたが……エカテリーナは目覚めた後から、最早秘密にしておく理由などないとばかりに、大々的な開発を推し進めた。

当初は無謀な軍拡と思ったナタリアだったが――――今まさに、自分達同様、古代兵器を手にした、魔王を名乗る野心家が台頭してきたのだ。

そして、そんな男が最大限に警戒をする、パンドラ侵略を堂々と掲げる十字軍という大陸外の勢力も。

所詮、自分も北国にいるだけで世界を知った気になっていた、井の中の蛙と思い知らされた気持ちである。

女王エカテリーナは、オルテンシアを脅かすほどの強大な勢力の出現を予見して動いていたのだ。

「ナタリアよ、これでお前も納得したか」

そして、そんな自分の思いを見抜いたように、否、事実として己の胸の内など暴かれているのだろう。

エカテリーナは微笑みを浮かべて言う。

「長い平穏の時は過ぎ去った。大陸全土が荒れるぞ。故にこそ――――」

「女王陛下の名の下に、オルテンシアがパンドラ統一を」

最早、古くからの国境線を維持するだけで、全て問題なく平和に過ごせる時代は終わった。

魔王クロノ、十字軍、この何れかによって他の国々も動きを見せ始めている。

大陸全土を巻き込む大戦の気配が、確かに漂い始めていた。

「いずれ、魔王か十字軍のどちらかが、我がオルテンシアに手を出す。その時だ。その時こそ、我らが南へ打って出る、開戦の合図となろう――――」

エカテリーナがそう語った翌年、大陸歴1599年。

第八使徒アイ率いる十字軍が大陸北部侵略を開始し、言葉通りに、オルテンシアは南征を始めるのであった。