軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1024話 鬼々怪々

「な、なんだこれは……」

敵召喚術士がクラーケンをけしかけ、レッドウイング城を襲っているとの急報を受けて、一も二もなく『 嵐の魔王(オーバースカイ) 』でかっ飛んで駆け付けたのだが……

ズズゥウウウン――――

重苦しい音を立てて、クラーケンが城へと続く緩やかな斜面を転がり落ちてくる。

黒々とした油を血飛沫のようにまき散らしながら、巨大な触腕を蠢かせて、重たい巨躯にかかる落下の衝撃に、不気味な唸り声を上げていた。

勿論、クラーケンがうっかり十本もある足を滑らせて、坂道で転んだワケではない。俺の目には確かに、誰かがクラーケンをぶん殴って吹っ飛ばしたように見えたのだ。

「コォオオオ……ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

我が目を疑った後、ソレが夢でも幻でもなかったと証明するかのように、大地を揺るがすほどの咆哮を上げながら、鬼が現れる。

鮮やかな黒紫の長髪を風圧で広げながら、一足飛びに坂を転がったクラーケンへ追撃をかけてゆく。

額からは般若のような二本角が長く鋭く生えだし、両目には鬼火のような紫色の輝きが灯っている。そして全身にも薄っすらと燃ゆる鬼火のオーラが纏われており、単純な魔力の気配だけなら、使徒に匹敵するほどの強烈な圧を発していた。

どう見ても尋常な存在ではない。近くに邪悪な鬼神を封じた祠でもあって、ソレがうっかり壊れたから復活した、と言われたら素直に信じられるような存在だが……どうにも、その鬼の姿には見覚えしかなかった。

「もしかしなくても、ファナコだよな……」

おかしい、こんな話は聞いていない。リリィでさえも、ファナコは人畜無害な根暗オタ女と評していたというのに。

なんだこの姿と力は。

これほどの実力を隠していた……いいや、違うな。これがきっと、彼女の秘密なのだろう。

『ご主人様』

「プリムか。今、俺の前でファナコが鬼になってクラーケンをタコ殴りしているんだが」

イカなのにタコ殴りとは、なんてくだらない突っ込みはなく、プリムは実に落ち着き払った様子で語る。

『あれはファナコ姫様の加護、『鬼々怪々ユラ』です』

「やはり加護の力だったか。聞いたことはない名前だが」

『ルーンには悪神として恐れられる存在で、この加護を授かった者は非常に危険なため、秘密にされるそうです』

黒き神々は善神も悪神も含まれる。龍災を引き起こした龍も、龍神として祀られるからな。

鬼神ユラも、あまりにも大きな災厄となるほど暴れたからこそ、神となったのだろう。

「道理で、暴走しているワケだ」

『はい、ファナコ姫様の加護は王家の秘密とされていましたが……城を守るため、自らその力を使いました』

そりゃあ、お姫様がこんな暴走する危険な加護持ちなんて、公には出来ないよな。

ネロと婚約していたのって、アイツ強いからまぁ何とか抑えられるやろ、って理由だったのではないだろうか。この事はミリアルド王とネロは知っていたのか。そうでなければ、ハナウ王はとんだ食わせ者である。

ともかく、そんな王家の秘密も自ら暴露したならば、もう隠し通す理由もないか。プリムはこれらの事情を、幼い頃よりファナコ付きの侍女長から聞いたという。

「それで、わざわざ俺にその情報を伝えたということは」

『はい、恐らくクラーケンを倒しても、姫様の暴走は止まらないだろうこと。そこでご主人様のお力を、と懇願されましたが……随分な不敬と存じます。処しますか』

「大事なお姫様を託されたんだ。応えてやるのが筋というもんだ」

プリムに限らず、ウチの暗黒騎士はどうにも思想が過激なところがある。ちょっとした事でいちいちイチャモンつけて首を撥ねるような恐怖政治は御免だ。俺が容赦しないのは十字軍だけで、臣にも民にも寛大な魔王になるつもり……なお、内政は全部リリィにぶん投げてる模様。

ともかく、俺の力で解決できることなら、喜んで力を貸そう。ましてファナコは、一晩熱く語りあかした同好の士。彼女がお姫様じゃなくて、ただの作家でしかなかったとしても、俺が全力を尽くして助けるべき相手だ。

「城を狙った術士はサリエルが対応する。俺がファナコの相手で戦線を離脱するから、プリム達も代わりに町に出て海魔軍の迎撃に出てくれ」

『イエス、マイロード』

さて、海魔軍の勢いも随分と衰えてきたし、クラーケンなんて大物を召喚した以上、隠れ潜んでいた『払暁学派』の術士もさほど手札は残ってはいないだろう。

最も身の安全を守らなければならないファナコ自身が暴れている以上、城を守る意味もそれほどない。プリム達待機組も出撃させて大丈夫だろう。

後は、俺が上手いこと鬼神と化したファナコを止められれば、万事上手くいく。

「その前に、まずはコイツを片づけておかないとな――――」

雄たけびを上げて黒いクラーケンへ襲い掛かり、鬼の拳と巨大な触腕が入り乱れる激戦の最中へ、俺も突っ込んで行く。

幸いというべきか、ファナコの攻撃は手足による打撃のみ。オーラこそ燃えるような勢いだが、純粋な生命力の発露として高熱を発しているわけではないので、何かの拍子に引火する恐れはない。

クラゲ一匹でも途轍もない大爆発を引き起こすのだ。何倍もの巨躯を誇るクラーケンが丸ごと爆弾と化せば、『 鋼の魔王(オーバーギア) 』でも無傷ではいられないだろう。何より、鬼と化してでもレッドウイング城を、ひいては書庫の中身を守ろうとしたファナコの決意を無駄にしてしまう。

だからこの手に握るのは、油を無害化できる能力を誇る『天獄悪食』だけだ。

「しかし、この量は手間がかかるな……」

いかに『天獄悪食』といえども、一太刀で油に含まれる火属性魔力を吸収しきれるわけではない。下級の 精霊(エレメンタル) 程度ならちょっと突くだけでも消滅させられる 吸収(ドレイン) 力を誇るが、この油に含まれる火属性魔力はとにかく濃厚だ。

クラゲを絶命させるだけの斬撃を与えても、油にはまだ結構な魔力が残るほど。本当に厄介な油である。ただのモンスター軍団なら、とっくに殲滅完了できているのに。

そんな油をデカい体に見合った量を保持し、さらに全身を凝り固まった油が層を成している以上、相当に切り刻まなければ無害化までには至らないだろう。

「――――ルアァッ!!」

「おっと、俺のことは無視しといてくれよ」

勝手に割って入った俺の存在にファナコもすぐに気づく。ちょっとでも立ち位置が近寄れば、なぁにアチキの獲物の周りウロチョロしとんじゃワレェ! とばかりにヘイトを向けて来るから困ったものだ。

今のファナコも『天獄悪食』で切ったら鬼のオーラを吸収して元に戻らないか、と考えもするが、流石にお姫様に刀傷を刻もうものなら、ルーンとも戦争する羽目になりかねない。

「だからって、軽くあしらえるようなパワーじゃないぞコレは……」

ファナコがのたうつ触腕をぶん殴って、その勢いで俺にまで飛んでくる。

回避はするものの、すぐ脇をブォオオオン!! と凄まじい風切音を立てて通過していくのを目の当たりにすると、どれほどの怪力があの細腕に宿っているか嫌でも実感させられる。

それでも召喚術士によってけしかけられたクラーケンは、野生の本能で敵わないと悟って逃げ出すこともなく、どれほど殴られ、斬られ、ドレインに晒されようとも暴れ続ける。恐らく『 狂化(バサーク) 』でもかけているのだろう。命が尽きるまで使い魔を暴れさせたい時に使う常套手段だからな。

そういうワケで、着実にダメージが蓄積し、触腕を切り落とされてもクラーケンの勢いは衰えることがない。その派手な暴れぶりのお陰で、俺よりもすぐにクラーケンへとファナコがヘイトを向けてくれるので、俺の処理作業もそれなりに捗った。

「――――はぁ、ようやく倒れたか」

ついに強靭な生命力も底を尽き、地響きを立ててクラーケンの巨躯が大地に沈む。

あれほど力強く蠢いていた太く長い触腕も、大きな頭も、今やグンニャリと溶けるように倒れていた。

俺が無数に刻んだ傷口から、あるいはファナコが力任せに引き裂き、ぶち破った痕から、ドロドロと止めどなく油が流出し続けている。

そんな黒々と汚された地面の上で、俺達は対峙していた。

「フゥ……グルルル……」

「まだまだ元気一杯だな」

激しい戦闘で辛うじて襤褸切れを纏っただけといった状態の上に、返り血代わりに油をザブザブ浴びて真っ黒になっているファナコ。だがその目に宿る鬼火の輝きと、全身から迸るオーラと殺気にはいささかも衰えはない。

むしろようやく体が温まって来たところ、とでも言わんばかりにその出力も増している。

身体能力だけなら、間違いなく使徒並み。端的に言って化物だ。

ファナコに武芸の心得は欠片もないはずなのに、動きは獣の如く、本能的な粗削りながらも力強い動きを見せる。素人相手に技で圧倒なんて真似は出来ないほどの剛拳といった印象だ。

とても手加減など出来る相手ではない。

「 緊急離脱(フルパージ) 」

だからこそ、俺は『 暴君の鎧(マクシミリアン) 』を脱いだ。

すでに役目を終えた『天獄悪食』も手放す。

ミリアは俺の意図を分かっていると言わんばかりに黙って影へと沈む。だが『天獄悪食』はそっちの鬼も食わせろよ、と不満げにギチギチ刀身を唸らせながら沈んでいった。

悪いな、許せ。お前に食わせてやれるのは敵だけだからな。

「さぁ、来いよ。正々堂々、ステゴロのタイマンだ」

俺は上着すらも脱ぎ捨て、上半身裸のシンプルなファイトスタイルで、ファナコの前で構えをとった。

「アァ……ゲハハッ、ハッハッハッハ!」

鬼が嗤う。

やはりお前は、正気を失って暴れているのではない。その純粋なまでの闘争本能のままに、ただ求めているだけ。

欲しいのはコレだろう。

ならば好きなだけ相手をしてやる。俺はスタミナには自信があるからな。

◇◇◇

真っ赤な夕日が、騒乱の一日となった港町を照らし出す。

長閑で美しい夕焼けに輝くはずの水面は黒く汚れ切って、海沿いの家屋は嵐が過ぎ去ったかのような惨状。中には誘爆を許した結果、いまだ黒煙を吐いて火が燻っている場所もある。

「……ようやく、海魔軍も打ち止めか」

「そのようだね」

疲労たっぷりの吐息を吐き出すセリスに、こんな時でも爽やかな微笑みを崩さないファルキウスが、お疲れ様と声をかけた。

海魔軍はモンスターの強さとしてはそれなり程度だが、やはり危険な爆発物である黒い油の対処に難儀させられた。

銃器全般と機甲鎧のブースターを封じられた暗黒騎士は単純な近接戦のみで戦わざるを得ない。こういう状況下ならば、第一突撃大隊や巨獣戦団の方がずっと上手く対処できただろうと、思わずにはいられない苦戦を晒した自覚はある。

それでもセリスの『 重力結界(グラヴィティフィールド) 』によって、敵の市街中心部までの進撃はギリギリで食い止めることに成功し、暗黒騎士団随一の剣技を誇るファルキウスの獅子奮迅の働きで戦線は崩れることなく維持し続けた。

最後にレッドウイング城から打って出てきた暗黒騎士も加わり、特にレーベリアで習得した強化形態で大暴れするプリムの活躍もあり、終盤は完全に敵を水際まで押し返すことが出来たのだった。

そうして夕暮れと共に、海魔軍の出現もついに停止した。

妖精通信によれば、最も戦力を割いたであろうサンクレインでは、まだ散発的な戦闘こそ続いているものの、防衛戦は終息に向かっているという。情報を聞く限り、各地の港町も戦いは落ち着いたようだ。

残っているのは、河口から侵入して川を通ることで進軍速度が早く、かつ町から離れた位置に現れた集団だけ。それも残党狩りが始まれば、他に逃げ場のない海棲モンスターなどすぐに処理されるだろう。

勿論、ここに現れた『払暁学派』の術者もすでにサリエルが捕らえている。

これ以上、レッドウイング領で敵が動ける余地は無いのだが、

「どうやら、我らが魔王陛下の戦いはまだ終わってないようだね」

「ああ、随分と派手にやっているようだ」

召喚術士が城にけしかけたクラーケンの対処にクロノが向かった先で、大立ち回りをしているのはすぐに分かった。

クラーケンは立派な大型モンスターであり、油に対処しつつタフな巨躯をぶちのめすならば、しばらく暴れ続けるのは当然のこと。

だがしかし、激しい戦いの気配は、むしろクラーケンが倒れた後から漂ってきた。

「ファナコ姫の暴走を止めている、との話だが……」

「お姫様ってよく暴走するものなのかい?」

「ウチのネル姫様のことも言っているのではあるまいな」

「あはは」

紫に輝く竜の眼で睨まれれば、ファルキウスも笑って誤魔化すしかない。

「動きを止めるなら、私の力が有効だ」

「その必要は無い気がするけれど……じゃあ、確かめに行こうか」

「――――私も行きます」

「プリムちゃん、その恰好で急に出て来るとビビるね」

強化形態『 鋼の乙女(オーバーメイデン) 』を発動させ、機甲鎧専用の大きな 戦斧(バトルアックス) を担いだプリムも加わって、三人はクロノを加勢するため現場へと向かった。

港から市街の中心に入る頃には、漂ってくる魔力の気配はより濃密になり、なにより本能的な恐怖を喚起させるような暴力的な香りが漂う。

今頃、町中の人々が森の中でうっかりドラゴン同士の縄張り争いに出くわしてしまったかのような心地になっていることだろう。

クロノもかなり本気で戦っているな、という確信と共にレッドウイング城が建つ山へと向かう道を駆け抜けた先――――そこは正に人外魔境であった。

「ゲァアハハハハハッ!!」

鬼が笑いながら、途轍もない魔力密度が宿った、鬼火が燃える拳を繰り出す。

ドンッ! と、とても人の腹部を殴ったとは思えない重苦しい音と衝撃が駆け抜ける。

「オラァッ!!」

常人なら木端微塵になる威力の剛拳を、引き締めた腹筋だけで受け止めきった男は、間髪入れずに反撃の拳を鬼の顔面に見舞った。

「ギィッ、ガァッ!」

満面の笑みを浮かべた鬼は、顔のど真ん中に穴が開くような威力で黒色魔力が超高速の高密度で渦巻く黒き拳を、頭突きの要領で額で迎え撃つ。

炸裂する破壊力。だが鬼の強靭極まる物理耐性によって、脳は揺れず、頭蓋も砕けず、僅かに額を割る程度に留まる。

額から鼻筋を一筋の鮮血が伝う中で、鬼の眼はギラギラと燃え盛り――――細くしなやかな長い脚による蹴り上げで、男の股を襲った。

流石に禁断の金的は防ぐが、下から掬い上げるような一撃でその身が軽々と宙を舞う。

同時に、鬼が地面を爆ぜさせる勢いの踏み込みで飛び上がり、追撃をかける。

だがそうすることを待っていたかのように、カウンターの蹴りが空中で炸裂し、今度は鬼が吹き飛ばされて行った。

そしてすかさず距離の開いた鬼を追いかけ――――そんな目まぐるしい攻防が、延々と繰り広げられている。

「いいなぁ」

ファルキウスの口から、そんな感想が零れてしまった。

この戦いに加勢など無粋。神聖な一騎討ちも同然だ。

けれど、これは互いの国家の命運を背負った戦場での戦いではない。自身の尊厳、あるいは名誉を賭けた決闘でもない。

言うなれば、ただの喧嘩。

殴って来るから殴り返す。最早、どちらが先に手を出したかなど関係ない。

殴り合いを始めてしまったから、殴り合っているのだ。

この戦いに意味などない。どこまでも野蛮な暴力の発露。手加減ナシ、禁じ手ナシ、ただお互いの生身でもって戦う。遥か古、人が神に守られることなく、また文明も生まれていない原始の時代からあるだろうルールにのみ則った、純粋な闘争。

それをクロノと交わせる人がいることを、ファルキウスは素直に羨んでしまった。

「……いい」

プリムもまた、似たような感情に行き着いた。

鬼と化したファナコは、間違いなくクロノの本気を引き出している。その上で見事な拮抗勝負を演じている。

自分では出来ない。まだ私には辿り着けない領域。

そして何より、クロノがここまで本気になって自分を相手になどしてくれないだろうという確信。

同時、プリムの脳に走る閃き。

そうだ、あのリリィも、サリエルも、本気のクロノと戦っている。ただ優しく、愛でられるだけではない。きっと、可愛がられるだけでは得られないモノがあるのだとプリムは気づいた。

欲しい。あの拳が欲しい。

全力全開のパイルバンカーが、この身を打つのはどれほどの衝撃か――――想像して、プリムは鎧の中で身震いした。

「いや、止めなきゃまずいだろコレは!?」

だがしかし、二人がやたら感動的な感想を零しているのがおかしいと、セリスは声を上げた。

ここが何もない開けた草地だからいいものの、もう少し町の近くでこんな激戦を繰り広げられれば、堪ったものではない。海魔軍のせい、という言い訳もたたない。

クロノが鎧も着ずに徒手空拳で戦っていることから、ファナコを出来るだけ安全に抑えようとしている意図は察せられるが……生身一つで下手な魔法よりも破壊をまき散らせる超人の戦いだ。

魔王VS鬼神、とでも言うべき危険極まる戦いは、一刻も早く終わらせるべきだとセリスは使命感に駆られるが、

「主人があれほど熱心に女の子を口説いているんだ。邪魔するべきじゃないよ」

「言わんとしていることは分かるが……」

「ご主人様が、あれほど強く求められているのです」

「プリムまで……」

これ、後で止めなかったことリリィやネルから怒られないか、との不安感は拭えない。

なので、セリスは大人しく上司に判断を任せることにした。

「如何なさいますか、団長」

ちょうど空からペガサスで舞い降りてきたサリエルに、セリスは問うた。

「ん、マスターが楽しそうだから、このままで」

もしかして 暗黒騎士団(ウチ) も結構、戦闘狂の集団なのか、との疑念を溜息と共に吐き出して、団長様の命令通り、大人しく魔王陛下の戦いを見守ることにした。