軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1016話 ルーンの王女(1)

「――――という感じで、すまん。あんまりフィオナの印象を改善することは出来なかった」

「それは仕方ありませんよ。御子と言ってもまだ子供。大人の恋愛の機微を理解するのは、難しいでしょうから」

「いえ、フィオナさんのやったこと普通に犯罪ですからね。どう考えてもアレを素敵な恋物語として語るのは無理ありますよ」

俺がフィアラとの会話で見事にバッドコミュニケーションを叩き出したことを素直に謝れば、フィオナは気にするなと言うが、ネルにはそもそも話題がまずかったと批判された。

うーん、俺としては終わりよければ全て良し理論で、今はいい思い出ってことになるかと思ったんだが……どうやらダメらしい。

「クロノくんからもフィオナさんのイカれたエピソードを聞かされてしまったなら、もう印象が良くなることはないのでは」

「イカれたエピソードとは失礼な。リリィさん討伐の時はあっけなくやられて役立たずだったくせに」

「それは今、関係ないでしょう!」

「ともかく、これ以上は無理に絡むよりも、大人しく距離を置いた方がいいかもしれないな」

あの頃の思い出話でワーキャーしているフィオナとネルを横目に、俺は何とも無難な対応策を口にする。

「太陽神殿には色々と気になるところはあるのですが……クロノさんがそう言うのなら、無理に近づく気はありませんよ」

「本当ですかぁ?」

「何故疑うのですか」

あからさまな疑惑の眼差しを向けるネルに対し、実に心外な、と見つめ返すフィオナ。俺はちょっとノーコメントで。

「御子とフィオナの関係については、俺も気にはなるが、こっちも余計な詮索はしない方がいいだろう」

「マスター、公の情報では、これといってフィオナ様の誕生に関わるような事は見つかりませんでした……というより、太陽神殿とソレイユ家について、詳しい情報はあまり外部に漏らさないよう、非常に閉鎖的な態勢でした」

単純に考えて、フィオナがフィアラの実の姉、という可能性がまず思いつく。

だからソレイユ家で産まれた子供が消えたり、誘拐されたりといった事件などないか軽くサリエルに調べてもらったが、それらしい事は全く出てこなかったと。

太陽神殿でフィアラが産まれて以降に発生した大事件といえば、彼女の両親が殉教する結果となった魔物災害があったようだが……幾ら何でも、この件について直接フィアラに聞くような真似など出来るはずもない。

「それなら尚更、探りを入れるのは止めた方が良さそうだな」

「ええ、ソイレユ家は代々、太陽神殿の御子を務める一族ですから。お家の秘密は色々とあるでしょう」

例の魔物災害の他には、ルーンは至って平和そのもの。よって太陽神殿は平穏無事に太陽の神へと祈りを捧げ続ける毎日といったところ。

今のルーンで目下最大の懸念は十字軍だが、それも今回の勝利で解決の目途が立ったようなものだ。

このまま順当に俺達が勝てば、ルーンとは良い関係を維持できる。それをちょっと気になるから、でデリケートな宗教問題に発展しそうな部分を突っつく気は無い。

「それでは、後は素直にルーンでのバカンスを楽しみましょう、クロノくん」

「ああ、明日はレッドウイング伯の城を、ファナコ姫が案内してくれることになった」

式典は全て恙なく終了し、俺とフィアラの会話がイマイチだった以外は、両国の友好を深める実に有意義な時間だったと言えよう。

そこでハナウ王は、ファナコ姫が意外と俺の感心を買ったようだ、と思ったのか、この申し出をしてくれたのだ。

「なるほど、推しを切り替えてきましたか。流石はハナウ王、柔軟な対応ですね」

「本当に俺とくっつけようなんて気があるのか? ただちょっと趣味が合いそうだからちょうどいい、くらいの気持ちなんじゃないか」

「甘いですね、クロノくん。国王としても父親としても、少しでも可能性があるなら全力で賭けるものですよ」

そうネルが断言するのは、自分もまたお姫様として王様の親父を間近で見てきたからか。確かに、もういい歳なのに全く浮ついた話のないファナコ姫の婚期について、ハナウ王も焦りが、なんて噂も入って来る。何もなければネロと結婚して、ルーンとアヴァロンの更なる関係強化に繋がったのだが……これ、もし俺がファナコ姫とも婚約したら、ネロぶっ殺してでも奪った鬼畜野郎に見えたりしない? 大丈夫?

「ですので、明日は私が一緒に入ればお邪魔となるでしょう。クロノくんお一人で行った方がいいですね」

「そんな、気にしすぎじゃないか?」

「逆に、こちらも最大限に気を遣いましたよ、というアピールも出来ますから。次はこれ以上の露骨な接近を牽制できます」

なるほど、やっぱ外交の駆け引きは本物の王族には敵わないな。

「それじゃあ、俺一人で行ってくるとするよ」

「はい。私はサンクレインで会うべき方々がまだおりますので、そちらの方を片づけてきますね」

本当にバカンスが必要なのは俺よりもネルの方だと言うのに、結局こんな仕事まで任せる結果になるとは。

ただでさえリリィを放って来ているというのに、自分が情けなくなるが……素人がヤル気だけで口出しすれば、ロクなことにならないのは火を見るよりも明らかだ。結局、出来る人に任せる以外に、俺の取れる采配はない。

「済まないな、ネル。終わった後は、一緒にゆっくり過ごそう」

「はい、楽しみにしています」

幸い、こういうことも加味しての長めの滞在だ。数日位はのんびりと休みらしい過ごし方ができるだろう。

「フィオナはどうするんだ?」

「私も明日は、別行動をします」

「そうか、どこに行くんだ?」

「メラ霊山へ、行ってみようと思います」

◇◇◇

翌日。俺はゾロゾロと護衛を引きつれレッドウイング伯の城へと向かった。

レッドウイング伯爵領は、首都サンクレインの隣となる。ちょっとした山を超えて抜けた先には、メラ霊山から続く大きな川が海へと至り、それなりに発展した賑やかな漁港の町と、遥かな水平線を描くレムリアの海が広がっている。

この地を収める領主の城としてレッドウイング城が建つのは、そんな景色を一望できる開けた山の中腹だ。

ここに城があるのは景色だけではなく、ルーン本島が攻められた時、この地点で上陸する敵を迎え撃つのに絶好のポジションだからだろう。上陸が容易な港のある海岸線はここから見渡せるし、最悪、上陸を許してもここは山城としても機能する。

半端な戦力ではここを落とすのは難しいし、かといって大軍を投入するには少々手狭で、守りやすい地形だな――――と、そんな感想ばかり浮かんでくるのは、魔王としての職業病だろうか。川とか見かけると、いっつも水攻めに使えるかどうか気にしちゃうし。

「そっ、それでは、案内をさせていただきます……」

「ああ、今日はよろしく頼む」

パーティではないので、かなり控えめな衣装に身を包んだファナコ姫。黒いケープにブラウス、ロングスカートの恰好はお姫様というよりは女性文官のような雰囲気で、正直こういう方が似合っているなと感じてしまう。

そんな彼女は若干固くなりながらも、俺を連れて城門を潜る。

俺達がやって来たことで、普段は人の少ない静かな城も、今日は帝国とルーン両方の警備で結構な人数が集まっている。

それでも今日の目的は実に文化的な催しなので、そこは大いに気を遣っているようで、あまり俺達の視線に大勢が入らないような配置で、城は十分な静けさに包まれたままだ。傍につく護衛も、目立たないような立ち位置で、移動の際も暗殺者のような足運びを心がけている。

そういうワケで、俺は素直に観光気分で城の中を見て回れるのだ。

「えー、この城はもう、レッドウイング伯爵の居城としては使われておらず……ご覧のように、今は半分資料館のようになっています」

現在のレッドウイング伯爵の当主は、サンクレインに屋敷を構えている。ソージロが第二執政官というルーンの重鎮の地位に若くして就いていることもあって、本拠が首都にあるのは半ば当然かもしれない。

それに今のルーンは平和そのもので、この城に建設当時ほどの戦略的価値は無くなっているようだ。ファーレンとの関係が改善されたから、イスキアに城がいらなくなった、ってのと同じような話である。

スパーダのイスキア古城は半ば放置という形でああなっているが、このレッドウイング城は初代当主、赤羽善一の功績もあって、文化財兼歴史資料館となっているようだ。

「すでにご存じかと思いますが……初代レッドウイング伯は、ルーンへ様々な異邦人文化をもたらしてくれました」

そう、ルーンにおいて赤羽善一は革命的な文化人として名高いのだ。

恐らく本人は日本人として、故郷に思いを馳せての行動なのだろうが、やっていることは異世界転生モノで現代知識チートをするも同然。随分、色々と作ったり試したりしたようだ。

残念ながらと言うべきか、この異世界は強力な魔法の力があるので、火薬と銃を実用化できても世界征服できるような難易度ではない。古代文明もあるし、魔法も 現代魔法(モデル) として広く普及し、生活に根差した 魔道具(マジックアイテム) なんかも沢山ある。

現代知識を持っているだけで大成功できるほど都合がいい感じの文明ではない。ないのだが、そこを赤羽善一は上手くやったことで、ルーンに様々な異邦人文化を根付かせ、伯爵の位を賜るほどの出世を遂げたワケだ。

例えば寿司もその一つ。

ジャポニカ米に似た品種のモノを探し出し、ルーンの気候に適した稲作を確立。同様に大豆も手に入れ、試行錯誤の果てに醤油も開発。

ここまで揃って、ようやくシャリに合うネタを選び抜き、自分の満足が行く寿司の味を実現したという。

異世界でありながら、ほとんど日本の寿司と同じくらいの味が再現されているのは、こういう経緯があったからこそなのだ。有り合わせで適当なアイスキャンディーを作っただけの俺とは大違いの熱意である。

そうした赤羽善一の努力と、それらがルーンに普及していった歴史的な資料がここに集まっているのだが、

「俺も同じ異邦人だからな。レッドウイング伯、赤羽善一が日本語で残した資料が読める」

「それでは、試してみます、か……?」

「そのために来た」

いつかフィオナが大食い大会の優勝賞品として持ってきた秘密文書こそが彼の日記であり、そこでレッドウイング伯が赤羽善一であることを俺は知った。

だからもしルーンを訪れることがあったなら、赤羽善一が日本語で記した他の日記や資料を探したいと思っていた。彼は結果的に元の世界へと帰ることはできなかったのだが、それでも何かしらのヒントなんかは残されているかもしれない。

なにせ赤羽善一は伯爵になるほど大成した男。ならば日本へ帰る方法も生涯をかけて研究していたはず。

無論、俺には全て放り出して日本に帰るなんて選択肢は無いが……それでも、可能性だけは探っておきたい。

「まず、こちらをご覧になってもらえますか」

そんな俺の内心など知らず、ファナコ姫は一冊の本を棚から取り出し、開いてみせる。

そこには、確かに日本語で書かれたページがある。

「なんて書いてあるか、読めますか」

「五十音表だな」

そもそも文書じゃない。日本人なら幼児で見ることになる、ひらがな、カタカナ、で書かれた五十音表である。

「これはレッドウイング伯が日本語を教えるために作ったものか?」

「……ええ、その通りです」

流石、現地人にも解読できるよう、ちゃんとこういうのも作っていたというワケか。

俺には思いつかなかったな。今は俺とサリエル以外で日本語の読み書きできる者などいないのだから、そんなの作ろうという発想すら無かったが……古代から異邦人はこの世界へと流れてくることがあるのだから、きちんとした日本語の情報を残す価値はあるかもしれない。

「あと、もう一つだけ質問させていただいても、よいでしょうか」

「ああ」

俺の返事と共に、ファナコ姫はページをめくり、意を決したような雰囲気で問いかけた。

「大きな桃が、川を流れてくる音は?」

「どんぶらこ」

なるほど、こりゃあ確かに日本人しか分からん質問だよな。

きっとこの本には日本語の読み書きに加えて、異邦人を見分けるための質問集なんかも記載されているのだろう。

なまじ自分が異邦人として成功したからこそ、偽物が現れるかもしれないと危惧したのかもしれないな。まさかこんな日本人判別法をされるとは。

「ッ!? す、凄い、本当に……異邦人、なんですね……」

俺が完璧な解答をしたことで驚愕の表情を浮かべている、と思われる瓶底眼鏡のファナコ姫。やはりこの質問を正解したのは、俺が初めてか。

「その、この質問はそもそも、どういう意味のものなのですか。異邦人にだけ通じる暗喩のようなものなのでしょうか」

「有名な童話の一節にあるんだ。川から大きな桃が、どんぶらこどんぶらこ、と流れてくる、っていう」

この質問のためなのか、桃太郎は伝わっていないようだ。ファナコ姫はあまりピンと来ていない様子。

確かに、大きな桃がいきなり川から流れて来るってどんな状況だよっていう。コイツを拾って食おうとは、婆さんどんだけ食いたいんだと。普通はビビってスルーするだろ、赤ん坊が丸ごと入るレベルのデカい桃が出てきたら。

だが日本一有名な英雄譚に、そんなマジレスする奴などいない。

桃はどんぶらこと流れて来るし、婆さんは絶対に桃を逃がさない。これは定められた運命なんだ。

「とりあえず、これで俺が本物だと信じてもらえただろうか?」

「試すような真似をして、申し訳ございません……」

「いいや、気にしないでくれ」

ただ箔をつけるためだけに、俺が異邦人を名乗ってる可能性だってあるワケだからな。半端なド田舎出身よりも、別な世界からやって来た異邦人とでも言った方が、魔王として台頭するにあたっては恰好もつくだろう。

「それで、ここにはレッドウイング伯が残した日本語の資料なんかはあるのか?」

「はい。本物の異邦人が現れたなら、是非とも解読していただきたいモノが山ほど」

なるほど、ソイツは期待できそうだ。

そして期待しているのは俺だけではなく、ファナコ姫も同様。今の彼女が俺を見る目は、面倒な外国のお偉いさんではなく、長年の秘密を解く鍵となりうる本物の異邦人へ向けるものへと変わっている。まぁ、瓶底眼鏡で目元は見えないけど。

そうして、彼女の期待を背負いつつ、俺は更なる案内に従って城の奥へ向かう。地下へ続く階段を三つは降りた奥底、厳重に閉ざされた両開きの扉を、ファナコ姫は呪文を唱えて開いた。

「おお、これは――――」

開かれた先は、大きな書架が立ち並ぶ図書室といった風情。

だが驚くべきは、そこに収められている数多の本の背表紙が、見える限りではどれも日本語で記されている。

そしてそれらのタイトルは、どれもこれも見覚えのあるものばかり。

「――――漫画じゃないか」

日本の中高生なら必読の、有名タイトルが並んでいたのだった。

◇◇◇

その日の晩。

行く先々で手厚い歓迎を受けたネルは、戦闘とは異なる精神疲労を大いに抱えながら、予定よりもずっと遅くなった時間に、宿へと帰ってきた。

こんな夜更けでは、もうクロノが先に寝ているかもしれない。それならそれで、無防備に眠った彼にこの心の疲れを癒してもらおう、なんて不純な思いを抱きながら部屋へ戻った時に、ネルは初めて知らされた。

「えっ、クロノくん……帰って来てないんですか……?」

余裕こいてファナコ姫の元にクロノ一人で送り出したら、まさかの朝帰り案件化に、ネルは昨日の自分を恨むのであった。