軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1008話 黒薔薇城の秘儀(1)

黒薔薇城へと続く秘密の通路は、完全に木の根であった。

人が並んで通れるほど巨大な木の根、その内部が綺麗にくり貫かれたような空洞になっているのだ。

城は広大な庭園を擁しており、そこには巨木が幾本も突き立っている。その巨木の根が地下で通じ合い、遥か郊外にまで続く脱出路にもなっているという。

深い森と共に生きる、実にダークエルフらしい設備だ。そもそも城の建築として組み込まれていないので、どれだけ城の中を探しても秘密の通路など見つからない。人間しかいない十字軍では、まず発見できないだろう。

「ここです」

ブリギットが確信をもって、二股に分かれた地点で立ち止まる。

通路は片方がさらに奥へと続き、もう片方が地上へ通じているらしい。

やはり木の根の脱出路は全く見つかっておらず、首尾よく目的地まで辿り着いた。すでにここは、黒薔薇城の庭園の片隅だ。

一言、ブリギットが呪文を唱えれば、地上への入口が開かれる。

巨木の洞が音もなく開き、人一人が通り抜けられるだけの隙間が開いた。

庭園の中には、ぽつぽつと歩哨がウロついている程度。彼らとしても、こんな庭先の警備よりも、激しい戦闘の始まっている正門付近が気になるのだろう。あまり庭園の隅々まで注意が及んでいる気配はしなかった。

「ここからは、一気に目的地まで駆け抜けます。準備はよろしいですか」

「いつでもどうぞ」

俺の答えにブリギットは微笑んでから、スリーカウントを刻んで洞から飛び出した。

「ん、なんだ……今何か音が――――」

「おい、どうし――――」

こっちも人数だけなら小隊規模である。流石にこの人数が一気に飛び出せば、いくら足音を殺したとしても、近くの歩哨が気づく。

だが、そこを無音で仕留めてくれるのがサリエル達である。

庭園の庭木と夜影に紛れて、サリエル、セリス、ファルキウスの三人組が素早く散開し手近な歩哨を狩って行く。

進むに連れて警戒範囲も広がるので、ファーレン軍から選抜されたダークエルフの暗殺者も、同様に歩哨や警備を闇討ちしていった。

そうして、ブリギットの指示する場所まで順調に進んできたが、やはり限界はすぐに訪れた。

「侵入者だぁーっ!」

「侵入者がいるぞ! 警戒しろぉ!!」

最初に倒した庭園の死体が見つかったことで、俄かに城内が騒がしくなった。

一度厳戒態勢に入れば、俺達の居所もすぐに明らかとなる。流石にこの人数じゃあ仕方がない。

「この塔は、他のどこにも繋がってはおりません。事が済むまで、どうか入口を死守してくださいませ」

いよいよ敵が押し寄せてくる、というところで、俺達は目的の施設へと辿り着いた。

城の敷地の隅に建てられた塔は、これといって目立つようなものはない。ただの監視塔の一つのようにも思えるが、それにしては城を外敵から守るような立地にないのは、どこか違和感を覚える。この塔……何か変……?

「サリエル」

「ここで防衛線を敷きます」

心得ている、とばかりにサリエルはすぐに指示を飛ばした。

外観としては堅牢な造りの塔だ。大砲持ちを上に陣取らせて、ここに立て籠もるだけで十分に時間を稼げるだろう。

連れてきた『暗黒騎士団』は全員が古代鎧だし、ファーレン軍のドルイドによる結界防御もある。精鋭が集まれば即席の陣地だろうが、堅牢なトーチカも同然となるだろう。

そこに俺も加われば……

「クロノ様は、私とご一緒に」

「分かった」

ヤル気満々で『ザ・グリード』を引っ張り出そうとしたところで、ブリギットに手を握られて塔の奥へと連れられる。

ブリギットは二言三言、配下の神官と言葉を交わすと、一つの扉を開く。

中は一見すると、ただの物置のように見えるが……

「クロノ様、こちらです」

「なるほど、ここからさらに地下へ繋がっているのか」

今度は木の根ではなく、石畳の床が割れて、下へ続く階段が現れた。

そこを俺とブリギットは、二人だけで下って行く。

そうして辿り着いた地下空間は、

「やっぱり、祭壇か」

殺風景な石造りの、小さな儀式祭壇がそこにあった。

八畳間に収まりそうな円形の空間は、ただ中央に灰色の台座が置かれている。

壁面や柱、台座には何の刻印も模様も無く、まるで作りかけのまま放置されているかのような印象だ。ただ、何らかの儀式を行う祭壇のように見えるだけの形。

この祭壇の他には、何もない。目を引くようなお宝もなければ、目を疑うような危険物もない。

もしも十字軍がこの場所を発見したとしても、これから秘密の祭壇でも作る途中だったのだろう、という結論を下すことだろう。というか、今まさに俺自身がそう疑念を抱いている。

「なぁ、ブリギット、本当にここで――――」

そう問いかけながら振り向き見れば、その瞬間に言葉が止まった。

「さぁ、クロノ様。台座へ」

「いや何で脱いでんの……?」

目に眩しいほどの褐色の裸体が、堂々と目の前に晒されている。

そりゃあ、初めてではない。ないけれど、時と場合ってのがあるじゃないですか。いきなり脱がれたら、そりゃビビるわ。

「今ここで、私と交わっていただきますから」

普通にベッドへお誘いしましたが、とでも言いたげな艶やかな表情。確かに、言動としては一貫してるけど、時と場合ってのが……

「秘儀とやらに、俺の魔力が必要だと聞いていたが」

「ただ魔力を注ぐだけでは、呪いの黒薔薇は咲きません」

嘘は言っていない。

一気に王城を取り戻せるような、大規模な術式だ。その起動には、膨大な黒色魔力を宿す、俺の力が必要だと言われている。それが俺も一緒に危険な潜入任務に従事する理由となっている。

確かに、俺の魔力も必要なのだろう。問題は、その供給方法が説明されていなかったというだけで。

「リリィとフィオナがダル絡みしてきたのは、これを予感していたのか」

「ええ、正直に話せば、是が非でも止められると思いましたので……もっとも、あのお二方なら代用手段も用意できたでしょうが、それではあまりにも興が冷めると思いませんか」

言いながら、そっと寄り添ってくるブリギット。

俺が纏う『 暴君の鎧(マクシミリアン) 』、その漆黒の装甲を裸のブリギットが愛撫するような手つきで撫でて行く。

すでに彼女とは何度となく夜を共にしているので、すでに熱が入ってしまっているのだと、自然と察してしまう。

しかしながら、常識的に考えて、こんな状況ですぐ興奮しろって言われても……

『 緊急離脱(フルパージ) 』

「あっ、おいミリア、勝手に脱がすな!?」

さも空気を読みました、と言わんばかりに鎧が解除され、ズブズブと影の中へと沈んで行く。この戦場に私の出番は無いようだ、と頭の中にミリアの声が響くと、完全に格納された。

もう呼んでも、うんともすんとも言わねぇ……

「クロノ様」

「あ、ああ、分かった……ちょっといきなりすぎて、動揺してしまっただけだ」

熱っぽい視線のブリギットに押されるように、俺は台座へと向かう。

しかし完全に状況に流されているだけの俺でも、すぐにその変化に気づいた。

「なんか、台座に緑が生い茂ってきてない?」

「この祭壇に、何の術式刻印も無いのは、これらが代用しているからなのです」

なるほど、ラストローズ式ってワケだ。

祭壇を使うには、部屋のそこかしこからワサワサと湧き出てくる緑の蔦を操る術者でなければ、起動もできない仕掛け。やはりこの部屋が見つかっても、限られた術者しか扱えないようになっているのだ。

そうして緑の蔦が複雑に絡み合ってゆき、無機質な灰色の石室が、俄かに未踏のダンジョンの奥地にある遺跡のような風情となった。室内にも、どこか妖しい魔力が満ち始めており、大規模術式を発動させるに相応しい祭壇と化したようだ。

「この祭壇は、ネヴァンを建てた王が作ったものです。当時の王は、歴代最強と謳われるほど、強力な『呪術師』であったと伝わっております」

「こんな仕掛けを施すなんて、いい趣味をした王様だな」

「それほど強い呪術師であった王でも、単独で発動はできない大魔法ということです。この黒薔薇を咲かせるために、王は妃とは別に、モリガン神殿から一番の巫女を呼び寄せました」

俺も気分は浮気男だよ。

地上じゃ命懸けで戦っている配下がいるというのに。おまけに、その中には本物の婚約者がいると来たもんだ。

こんな状況で素直に興奮できる性癖を持ってはいないが……思えば、似たようなことは経験してきる。

ブリギットにここまでさせたのだ。俺も覚悟を決めよう。

「術の発動一つのために、酷い話だと初めて聞いた時は思ったものですが――――ふふ、私は今、はしたなくも高ぶっております」

ふぅ、と上気した顔で艶やかな吐息と共に、すっかり緑に覆われた台座へとブリギットは腰掛ける。

こんなところで寝ころぶのはちょっと、と思ってしまう墓石のような台座は、芝生のような質感の柔らかな房のようなもので、何重にも折り重なって、立派なマットレスと化している。呪術師の王は、しっかりとベッドメイキングも仕込んでくれたようだ。

「卑しい女と、蔑みますか」

「いいや、綺麗だよ、ブリギット」

サラサラと流れる金糸のような髪を撫でて、隣に腰掛ける。

うわっ、ホントにフサフサしてて座り心地いいなこれ。

「考えてみれば、なかなか痛快な話じゃないか。ここで俺が君と愛し合うだけで、このすぐ上にいる奴らを血祭りに上げられるんだから」

「あっ……」

図星を差されたような表情。やっぱりアタリか。

「愛してるよ、その暗く淀んだ憎しみごと」

「ああ、クロノ様――――」

そこから先は、もう言葉はいらない。

俺はただ彼女が求めるがまま、呪術師の王が拵えた祭壇の上で、重なり合う。

◇◇◇

最初に異変を感じ取ったのは、厳戒態勢で庭園に展開していた兵士達であった。

「おい、なんだコレ……」

「うっ、もしかして花粉か?」

「勘弁してくれよぉ、俺ダメなんだよこういうの!」

「馬鹿者が、ただの花粉がかように輝くワケがなかろう。この妙な魔力の気配が分からんか」

庭園には、淡く金色に輝く花粉のようなものが漂い始めた。

本当にただの花粉ではないのか、大勢いる兵士の中でくしゃみをする者は誰もいなかったが……まずは魔術師から、その異様な魔力の乱れを察知した。

「警戒せよ! 侵入したダークエルフが、何か仕掛けたかもしれん!」

「ちっ、だからこんな不気味な城に駐留すんのは嫌だったんだ」

「急いで罠がないか探らせろ!」

明らかな異常の様子に、さらに現場は騒がしくなってくるが、次の瞬間にはついに悲鳴が上がった。

「痛っでぇえええええええええ!!」

「おい、茂みに何かいるぞ!?」

「蛇だ! 蛇に噛まれたぁ!」

「足元に気をつけろ! そこら中にいるぞっ!!」

すっかり夜の帳が落ち、ロクに照明が設置されていない庭園は暗い。兵士達がそれぞれ持つランタンの灯りが周囲を照らすだけで、己の足元に這いずるモノがあっても、即座に気づくことは無理な話であった。

そうして、最初は足元から攻撃が始まった。

「がぁああああああああっ!?」

「クソ、クソォ、一体何なんだよコイツはぁ!」

「へ、蛇じゃない……蔦が動いている!?」

俄かに混乱が広がる中、ザワザワと大きく蠢く音を立てて、ついに異常の正体が灯りの下に露わとなった。

それは緑の蔦だ。蛇と勘違いしたのは、細長く這いまわる様に加えて、その蔦には牙の代わりとばかりに棘が生えそろっているからだ。さながら、美しくも己を守るために鋭い棘を持つ薔薇のように。

「植物を操る魔法……やはりダークエルフ共の仕業か!」

「くそっ、剣じゃキリがねぇぞ!」

「魔術師部隊、早く焼き払ってくれぇ!」

「お、おい……城の方も、何か動いてるぞ……」

庭園には蠢く棘蔦が、大蛇のように大きな束と化して暴れ始めたことで、いよいよ収拾がつかなくなってきた。地面を這いまわる蔦の量も、加速度的に増していく。剣先で切り払う程度では、まるで増殖速度に追いつかない。

最早、炎で焼き払うより他はないと魔術師部隊への応援が叫ばれた時には、城そのものにも異変は始まっていた。

黒薔薇城の壁面には、森の洋館が如く随所に蔦や葉が生い茂ってるのだが、気が付けばソレらも意志を持ったかのように一斉に蠢き始める。

さらには壁の裂け目や、石畳の隙間から、砂漠のワームが顔を出すように、凶悪な棘を備えた蔦がニョロニョロと這い出て来る。

その様を見て、兵士達も城の中も安全ではなくなったことを悟った。

「隊長、ここはもう抑えきれませんよ! 撤退を!」

「た、退避だ! 退避ぃーっ!!」

「そんな、待ってくれ!? 置いてかないでくれぇ!」

「蔦の化物が……」

溢れ出る蔦は束を成し、さらにその束が綱のように寄り集まって、さらに大きな束となると……ついには、そこに花を咲かせ始めた。

それは黒い花弁の薔薇。闇夜の下で、微かな灯りに照らされる黒い花々は不気味そのもの。

だが真に恐るべきは、蕾から美しく花開いた時の、花弁の奥。

そこには、肉食獣が如き、獰猛な牙が生えそろった凶悪な口腔が備わっていた。

「ぐわぁあああああああああああああああああああっ!!」

「あっ、ああぁ……喰われる……花に、喰われるぅ……」

「うわぁあああ!? くっ、来るな、来るなぁあああああああああああああ!!」

ついに本格的な捕食が始まった。獲物を貪り喰らう口を備えた黒薔薇は、正しく蔦の大蛇と化して兵士達を襲い始める。

ある者は、恐怖に固まって動けずあっけなく頭から齧られ、またある者は必死に剣を振るうが、方々から飛んできた蔦に絡めとられて動きを止められ、そのまま餌食に。

ブラスターを握りしめた兵士は、一心不乱に迫り来る薔薇の怪物に乱射するが、痛覚のない蔦の肉体を少しばかり焦がすだけで、足止めにもならずに襲い掛かられた。

阿鼻叫喚の地獄絵図と化した庭園から、慌てて兵が城内へと引き上げて行く。

すでに城の壁面にも、蔦が次々と湧き出してきているが、それでも庭園よりは遥かにマシに思えた。

ある兵士が振り返って庭園の方を見れば、そこにはもう人影よりも、蠢く薔薇頭の大蛇の方が遥かに多いことが分かる。

やがて生きた人間が庭園から一人もいなくなった頃、蔦の大蛇達は寄り集まり、さらなる変貌を遂げる。

それを最後に城内へと駆け込んだ兵士達は、絶望と共に見上げた。

「ドラゴンだ……黒薔薇の、ドラゴン……」

天へ突き立つ塔のような巨躯と化して、黒薔薇を咲かせる巨木の先端は、正しく竜のアギトの形を成し、ネヴァン中へ轟く咆哮を発した。