軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ

そこは純白の空間だった。

四方の壁は継ぎ目の無い白塗り、中央に鎮座する祭壇も雪を固めたように真っ白で、この部屋を満たす光もまた白く輝いていた。

「供物を捧げよ」

どこからとも無く部屋中に響き渡る声。

開け放たれた両開きの扉、その暗い通路の向こうから人の列がやってくる。白い部屋と同じように、その人々もまた白尽くめであった。

染み一つ無い清潔な白いローブで全身を覆い、顔には白いマスクを被り、素肌を露出している部分が一切無い。

彼らの手には大小の白い箱があり、合計6つの箱が部屋へと運ばれた。その箱が‘供物’なのか、彼らは手早く箱を所定の位置へと設置し、そのまま部屋を出て行った。

大きな両開きの扉が閉じられると同時、施錠の音が無音の白い部屋に木霊した。

「準備は整った」

その一連の様子を別室から‘見て’いた男は、満足気に呟いた。

彼もまた、箱を設置した者と同じような白いローブを纏っていたが、その顔にマスクは無く、年齢を感じさせる深い皺を刻んだ素顔を晒している。

「始めるぞ」

そう言い放った老人の声に、背後に控えていた白尽くめの男が了承の意を伝える。

「『التنين الاسود تقديم إستدعاء الروح باب ربط العالم المختلفة』――詠唱終了、ゲート解放します――」

背後で飛び交う声を老人は目を閉じ、静かに聞き入っていた。

現在、白い祭壇の部屋を直接視界にいれれば失明の危険があるほど光が溢れていることが分かっているため、老人の目には己の瞼の裏、暗い闇しか映ってはいない。

そうして騒がしかった室内も、いつしか静けさを取り戻す。

「成功だ」

老人が呟くと、小さな歓声や安堵の声がそこかしこから上がった。

「処置へ入れ」

言うと同時、白い祭壇の部屋へと繋がる通路を、先ほどと同じく白尽くめの男達が列を成して行進してゆく。

彼らの耳には、どこからともなく響き渡る老人の声が届き、その言葉がもたらす情報を一言一句聞き漏らさずに頭へ入れていた。

「男性、齢17、学生――」

老人から謎の人物のパーソナルデータが語られる。

しかし、その意を理解しているのか、彼らに困惑の様子は無い。

「彼の名は――ふっ、く、ははは……」

語られていた男性の情報、その男の名を言おうとした直後、突如として笑い声が響いた。

「ふはははは!」

老人が笑っている、それはよほど不測の事態なのか、男達の歩みは止まらないが明らかに動揺した雰囲気が漂っていた。

それでも、男達はついに白い祭壇の部屋へ繋がる、両隣の扉へと辿り着き、慣れた手つきで開錠を施していく。

「失敬諸君、あまりに出来すぎた名前だったものでな」

老人が、そんなことを告げると同時に、室内の光景を目にする。

先と変わらずに、穢れなき純白の部屋。

しかし、彼らが運んできた箱は忽然と消失しており、その代わりなのか、白い祭壇に一人の人間が裸で横たわっていた。

黒髪の男、その外見は、老人が語った人物の情報と一致していた。

そして、老人は再び、この男の名を告げる。

「彼の名は、黒の魔王」

柔らかい光を瞼の裏から感じ、頭の中にぼんやりとした意識が灯る。

頭は深い眠りの淵に陥っていたことを思い出し、体は温かい布団に包まれていることに気づく。

起きようかなと思いはするものの、魔性の温もりを宿すベッドから抜け出すには中々踏ん切りがつかない。

も、もう少しこのままでも……あと5分くらいは……

「起きろぉ!」

怒声と同時に俺の体は残酷な寒気に容赦なく晒される。

あまりに突然の刺激、たまらず飛び起きた。

「うおおぉ! なんだ敵襲かっ!?」

「アンタは何と戦ってんだ」

冷ややかな声を聞くと共に、視界に入ってくるのは世界で最も見慣れているであろう顔。それを認識した時には、脳内に煙るぼんやりとした睡魔は瞬間的に駆逐。

さらば夢の世界、おはよう現実。

少しばかり散らかった自室、布団が剥ぎ取られたベッドへ体を横たえる俺の前に立つのは一人の女性。

艶やかな長い黒髪、染み一つ無い白い肌、整った輪郭に高い鼻、一文字に引き結んだ瑞々しい唇とキリリとつり上がった細い眉が少々お怒りの様子を感じさせる。

その凛々しくも鋭い目つきを見て、恐ろしいと思うか美しいと思うかは好みの分かれるところだろうが、どちらにせよ十二分に整った顔立ちであることは肯定されるに違い無い。

その美貌に加え、体は180センチに届かんばかりの長身。

すらりと伸びた長い足にくびれた腰のライン、だが胸はその身に纏うエプロンを下から大きく押し上げ圧倒的な存在感を主張している。

そんなモデルとグラビアアイドルのいいとこ取りみたいな抜群のスタイルは、重度のロリコンかホモか不能でもない限り必ず男の目を惹く。

だがどれだけ綺麗でイイ体をしていようが俺の 心(エロス) の琴線に触れることは無い、なぜなら、

「おはよう、母さん」

彼女は俺の実の母親なのだから。

「おはよう、さっさと起きな、もうみんなテーブルについてんだから」

それだけ言って、母さんは部屋から出て行った、扉開けっ放しで。

「ドアは閉めてってくれよ……寒い」

手元の時計を見ると、時間は6時50分。

朝練があるわけでもない高校生としては、起床するには十分早い時間と言えるのではないだろうか。

兎も角一度起こされてしまった手前、二度寝をするにはいかない。

「んー、起きて準備でもすっかぁ」

こうして今日も俺、黒乃真央の代わり映えの無い平和な一日が始まる。

高校生の証たる学ランに着替え、二階の自室を後にする。

一階の洗面所で洗顔、歯磨きと一通り朝の身だしなみを整えた後、リビングで朝食をとる。

母の言っていた通り、食卓テーブルにはすでに二つの小さな影が席へと着いていた。

「おはよう」

声をかけると、二人は俺の存在に気づき振り返る。

「おはよう」

一人は父親。

今でも30代で通じる若さを保ち、十分美人の部類に入る母を見ると友人知人は驚くが、この父の容姿はそれのさらに上を行く。

恐らく20代と言っても全く疑われることは無いだろう若々しさ、それに加えて160センチに満たない小柄な身長と童顔のお陰で、最早中年というより少年だ。

この父の体は一体どうなっているのだろうか、体が衰えを知らないどころか時間が止まっているんじゃないかと思えるほど。

恐らく高校を卒業する頃には、この父親と並べば確実に俺の方が年上に見えるようになるだろう。

ちなみに俺はこの中性的で短身痩躯の父親とは全くかけ離れた、母親似の容姿だ。

母の長身と鋭い目は見事俺へと受け継がれ、身長183センチにして凶悪な目つきを持つ鬼のような恐ろしい形相となっている。

背が高いのは良いが、顔は父親似の中性的な美少年フェイスにならなかったことが悔やまれてならない。

この凶悪面のお陰で何もしてないのにどれだけ周囲の人に怖がられてきたことか……

「おはよう、真央」

食卓テーブルに座るもう一人は俺の姉貴、真奈。

姉貴は俺とは真逆に父親似でそれはもう可愛らしい、小さく、可憐で、儚げな、守ってあげたくなるタイプの美少女である。

もう大学生なのに黒髪ツインテールという乙女なヘアスタイルが似合う素敵な姉貴だ。

「今日も弁当作ったの?」

「ん……うん」

仄かに頬を赤く染めて小さく応える姿は、我が姉ながらグっとくるものがあるね。

ただその小さな胸のうちに秘めた好意が向けられているのは俺では無く、最近出来た彼氏へのものだ。

父と同じくほとんど無表情のポーカーフェイスな姉貴が分かりやすく表情を変化させるのは、この初めて出来た彼氏に関わることくらい。

まぁそれだけ幸せなんだろう、もっとも恋人関係なんてのは俺には未だ無縁な話。

いいさ、これから俺にも彼女が出来る日が来るだろう、たぶん、きっと、恐らく、出来たら良いな。

一抹の不安が胸をよぎりつつ、用意されていたご飯と味噌汁+αのおかずをさっさ片付けて席を立つ。

「もう行くの?」

姉貴の問いかけに、俺はコートを羽織ながら応える。

「雨降ってるから、今日はバスで行く」

「そう、バス停遠いもんね」

去年まで同じ高校に通っていた姉は、家からバス通学するにはそれなりの時間がかかることをよくよく知っている。

自転車に乗れればもう少し遅く出ても十分間に合うんだが、ここまで勢い良く雨に降られてしまっては諦めざるを得ない。

「ほら弁当、忘れるなよ」

「ん、ありがと」

母から弁当を受け取り、鞄に引っくり返らないよう入れてから玄関に向かう。

「いってきます」

家族3人の声に送られて、俺は未だ肌寒さの残る外へと一歩を踏み出した。

高校前のバス停で降りるが、そこから一つ信号を渡らなければ校舎へはたどり着かない。

開いた傘に大きな雨粒を受けながら、俺と同じくバスで降りた何人もの通学生徒達と肩を並べて十字路の信号が青に変わるのを待つ。

他にも徒歩で通学する生徒達が中々変わらない赤信号に足止めされ、どんどん人口密度が上がってゆく。

そんな中で、俺は一人の女子生徒の存在に気がついた。

小柄で華奢な体の所為か、手にする濃紺の傘がやけに大きく感じる。

多くの生徒達の中で小さな彼女は埋もれてしまいそうにも見えるが、その特徴的な亜麻色の長髪が一際目立ち、確かな存在感を主張している。

隣には恐らくクラスメイトだろうと思しき女子生徒が一人、仲良く会話をしている彼女達を遮ってまで声をかけるのは戸惑われたのだが、

「あ」

「ん」

ふとした瞬間に目があう。

長い睫毛で縁取られた愛らしい円らな瞳は、それだけで男の庇護欲を殊更に掻き立てる魔性の目だ。

シャープな輪郭に染み一つ無い真白の肌、すっと通った鼻梁と小さくも瑞々しい唇、顔のパーツはどこにも美を損なう欠点が見つけられない。

サラサラと流れるような亜麻色のロングヘアに、細身ながらしっかりと女性らしいボディラインを描く体、それを包むセーラー服は清楚の一言を感じさせる。

およそ人が思い描く理想の美少女、その一つを体現したといえるほど文句のつけようが無い美貌を持つ女子生徒。

視線が合いそのまま知らないふりは出来ないと思ったのは、彼女がそんなパーフェクト美少女だからでは無い、もっと単純に知り合いだからである。

「おはよう白崎さん」

俺は意を決して、同学年の文芸部仲間である白崎百合子へ挨拶をすることにした。

「あっ、お、おはよう黒乃くん……」

人数の少ない文芸部、勿論俺と彼女は面識もあるし何度も会話したこともある、だが関係としては知人以上友達未満といったところか。

だから挨拶する以上に彼女とこの場で話すことはもう無い、礼儀は十分通したし、後はこのまま隣で俺へ訝しげな視線を向けるお友達との談笑に戻ってくれればそれで良い。

だが、

「……」

何かあるのか、白崎さんは俺の正面に立ったまま動かない。

しかしながら何か言うわけでもなく、無言の緊張感が俺と彼女の間を流れる。

結果、30センチ近い身長差によって俺が自然と白崎さんを見下ろすような格好となってしまっている。

もしかすれば、俺が白崎さんを詰問しているように周りからは見えてないだろうか。

「あ、あの、今日――」

「行こっ、百合子!」

白崎さんが何か言いかけたような気がしたが、彼女の友人が腕を引いていつの間にか青に変わっていた信号を渡って、歩き始める生徒達の流れに消えていった。

「……何だ、今日の部活で何かあるのか?」

プライベートな話題を白崎さんがわざわざ俺へ話す可能性は無い、あるとすれば部活関係、実は今日活動休止だとか?

「まぁいいか、行けば分かるだろ」

しかし、白崎さんの友達に物凄い敵意の篭った視線を投げかけられて、俺のガラスのハートにちょっとばかしヒビがはいったぞ。

いや、それ以前に白崎さん本人がほとんど俺と目を合わせることもなく、ぎこちない挨拶しかしなかった時点で薄々感づいてはいたことなのだが、

「やっぱ俺、嫌われてんのかな……」

授業は退屈、と言い切れるほどつまらないわけではないと俺は思う。

勉強もそれなりに理解が追いつけば、授業内容が頭に入ってこないこともないし、あるいは何かしらその学問に楽しみすら見出すことができるかもしれない。

それでも疲れが溜まっている時などは、教師の口から発する音声が全て催眠音波にしか聞こえなくなるようなこともあるが。

「なー黒乃、ノート貸してくれよ」

ただ、今回の場合は俺では無く友人が居眠り担当だった。

「いいけど、4時間目まで連続で寝るのは流石にどうかと思うぞ」

半ば呆れた口調で古文の板書が正確に写し書きされたノートを手渡す。

「サンキューな! でも昨日うっかり徹夜しちゃったから寝るのは仕方無いっつーか、当然っつーか」

悪びれもせずにあははと笑うこの男子生徒は、俺の数少ない友人の一人、雑賀陽太。

4時間目が終了し今は昼休み、俺は机を後ろの雑賀の席とくっつけてランチタイムに入る。

「で、昨日の晩で終わったのか?」

「いやーこれが中々個別ルートに入んのが難しくてさぁ、ただ好感度上げればいいだけかと思いきや、一旦他のヒロインの好感度を上げて嫉妬させないといけないらしくてな――」

雑賀の会話の一端を聞いて、彼が何を言っているのか分かる人には分かるだろう。

要するに、18歳未満はプレイしてはいけない建前の恋愛シミュレーションゲームの攻略の話をしているのだ。

「――うん、まぁそんなこんなで時間がかかっちまったワケよ、中断して深夜アニメをリアルタイムで見た所為もあるけど、あれで一時間は消費したからな」

雑賀は中肉中背で眼鏡もかけていないので如何にもオタクという風貌はしていないが、中身は話を聞いての通りだ。

オタクレベルは重度と呼べるほどではないが、にわかともライトとも言えない、それなりに嗜んではいるといった感じ。

かく言う俺も雑賀ほどではないが十分オタクの範疇に分類されるが。

俺が文芸部で執筆活動しているジャンルは純文学でもミステリーでもなく、所謂ライトノベルだし。

「深夜アニメは録画で十分なんじゃないか?」

「いーや、アニメはやっぱりリアルタイムで見なきゃダメだね、実況も盛り上がる!」

そーかい、と適当に相槌しながら弁当を取り出す。

「あっ、つーかよ、朝聞きそびれたんだが、お前今日白崎さんと一緒に登校してたよな?」

「いや、別にそういうんじゃ――」

「いいって黒乃、そういう鈍感キャラの演出は」

何が演出か、俺は日々キャラ作りに勤しんでるようなセコい男ではないぞ。

「俺は二人が信号の前で見つめ合ってるシーンをしっかり目撃しちまったからな、あーあー羨ましいね、エロゲならイベントCG出るレベル、俺もああいうイベントシーンをリアル体験したいぜー!」

「落ち着けよ、俺と白崎さんは部活が同じなだけで、エロゲのシナリオが成立するような間柄ではないぞ」

「そぉーかぁ?」

何だその心の底から信じてない疑惑の目線は、お前の背後に黒い渦巻きのエフェクトが幻視できるほどのオーバーリアクションだ。

「主人公ってヤツはなぁ、みんなそう言うんだよ! 俺は普通の高校生、モテない、あの娘とはそんな関係じゃない――どう見てもヒロイン好意100%じゃねぇか!」

「だから落ち着けって、現実と空想を一緒にすんな。

一応言っておくが、白崎さんとは子供の頃仲が良かった幼馴染だったとか、大事な約束をしたとか、付き合ってるわけでもないのに律儀に朝起こしに着てくれるとか、クラス違うのに一緒に屋上で昼食とか、そういうソレらしいイベントは皆無だからな」

「黙らっしゃい、白崎さんレベルの美少女と朝の登校シーンで2ショットになること事態がそもそも美味しすぎるシチュエーションだろうが!

それで何も思わないって、お前それは男としてどうなのよ? 普通の男子高校生は女の子と接点なんか1つもありはしません!」

「そ、それは……」

言われて見ればそうなのかもしれない。

例えビビられようが嫌われようが、誰もが認めるところの美少女高校生である白崎さんと朝に挨拶ができるというだけで、すでに恵まれているのかもしれない。

俺だって文芸部に所属していなければ、他に女子との接点など皆無、クラスメイトの名前なんてうろ覚えもいいとこだし、挨拶の一つも満足にした覚えも無い。

「いや待てよ、そういう雑賀だって別に一切女子と話せないわけじゃないだろ。

お前サッカー部なんだし、あの可愛らしい女子マネージャーと雑談くらいするんじゃないのか?」

「馬鹿ヤロウ! 彼女はすでにキャプテンと交際中だ! しかも高校に入ってすでに三人目の彼氏ぃ! いやぁー女子のリアルな恋愛話なんて聞きたく無いぃい!!」

「なんだよワガママなヤツだな、可愛ければいいんじゃないのかよ?」

「バーロー! 寝取り寝取られするような女なんてヒロインじゃないのぉ! そーいうのは鬼畜な方のエロゲと昼ドラだけでしか存在が許されないのぉ!!」

「分かった分かった、お前の言わんとしているところは十分分かってるから落ち着け、とりあえず大人しく椅子に座るところから始めよう、な?」

ふぅー仕方ねぇ、といった表情でどっかりと自分の椅子へ腰をおろす雑賀。

あのままヒートアップを続けていたらイヤな意味でクラスメイトの注目の的になっていたことだろう。

「ん、というか彼氏のいる女の子がNGだってんなら白崎さんも除外だろう」

「あれ、そうなのか?」

俺は頬杖をついてやや遠い目をしながら、窓の外を見つめながら雑賀に語ってやる。

「白崎さんはな、俺みたいな男相手でもイヤな顔せず接してくれる良い娘だぞ」

まぁ目は合わせてくれないが、露骨に避けられていないだけマシということで。

「お前顔は怖いもんな、デカいし」

「その通りだ、でもちょっと気にしてることだからそれ以上は言わないでくれ」

「OK,それで?」

「それでだ、そんな白崎さんの周囲に男の影が無いと思うか?」

当たり前の事だ、俺にだけ優しくしてくれるなんて都合の良い展開ある分けない、いや、そもそも彼女が真に優しい良い娘だと言うのであれば、その善意を特定の個人のみに送るわけが無い。

「んー、確かに白崎さんと何かいろんなタイプのイケメンが話してるの見たことあるな」

「そう、俺なんて声をかけてもらえる知人の中の一人でしかないってことだ、もっと仲良さそうなヤツなんて両手で数え切れんほどいるぞ」

「あーあ、そーだよなー所詮リアルなんてこんなもんですよねぇー、美少女ったって人間なんだし、周りに良い男がいればデキんのが当然だよなー」

「そういうことだ、白崎さんならとっくに彼氏の一人や二人いるのが自然――」

「いないよ」

俺の台詞を遮ったのは、雑賀ではない、というかコイツがこんな可愛らしい声をいきなり出すようなら友達やっていける自信が無い。

いやいやそうじゃない、この声って、もしかしなくても……

「私、彼氏なんていないよ」

「し、白崎さん……」

何故ここに、よりによってこんなタイミングで出てくるんだ?

俺さっき言ったよな、昼休みに一緒に屋上で昼食とるような間柄じゃないって、隣のクラスからわざわざ俺んとこまでやって来たのなんて初めてだぞ。

つーか、何で俺は今こんなに後ろめたい気持ちになってんだ、心臓バクバクいってるし、ああ、顔からじんわりと冷や汗が流れるのがはっきり感じられる。

待て、落ち着け俺、別に白崎さんをディスるようなコトは何一つ言っていないはずだ!

「いや、なんか……ごめん、勝手な事言って」

だが俺は謝ってしまっていた。

うん、まぁそうだな、他人の男女関係を勝手な憶測で話すのは決して上品な話ではないしな、本人に聞かれたとなっちゃ謝るより他はないだろこれは。

「あ、別に怒ってるわけじゃないの、ごめんなさい」

「あ、うん、そっか、ならいいんだけど……」

いやいや良くは無いだろこの雰囲気は絶対、雑賀などすでに石像となって完全に我関せずの体勢を貫いている。

どうやら激怒、とまではいってないようだが、快く思っていないだろうことは何となく感じ取れる。

ただ、本人がああ言った以上はここで話を打ち切るより他は無い。

「えーと、それで、何か用あった?」

「うん、その、朝に言いそびれちゃったから」

とりあえず、登場の時から変わらず俯き加減で表情の良く見えない白崎さんの心中を推し量ることは止めて、会話の内容にだけ集中しよう。

彼女の言葉を聞けば、やはり朝に何かしら連絡事項があったということだ。

「今日の部活、大事なミーティングがあるから……絶対、来てね」

「ミーティング? そうなんだ、分かった」

昨日は解散の時にそんな話は全然聞かなかったが……まぁ、こうしてわざわざ連絡してくれるってことは急遽やらなきゃならん事情があるのだろう。

結局のところ今日部活に出るという予定になんら変更は無い。

「うん、それじゃあ……待ってるから」

「ああ、態々ありがと」

こうして短い上に事務的な会話を終え、白崎さんは足早に教室から去っていった。

会話が短いのも事務的な話なのもいつものことだが。

「いやー美少女って妙に迫力あるよね!」

さっきまでだんまりを決め込んでいた薄情な友人が息を吹き返す。

「雑賀、お前もうちょっとこう、何かフォローしてくれても良かったんじゃねーの?」

「いやいや無理でしょ、そもそも俺面識ねーし。

でも八方丸く治まったみたいで良かったな!」

治まったっていうのかアレ? 絶対に俺の好感度だだ下がりになっただけだぞ。

「つーか、白崎さん彼氏いないってさ、良かったな黒乃! チャンスあるぜ!!」

「あ、またその話に戻るのね」

「やっぱ高校生活といえば恋愛イベントでしょ!」

「リアルはイヤなんじゃなかったのかよ」

「よーし、何か俺もヤル気出てきたわ、おい黒乃、今度白崎さんを紹介しろよ!」

「お前は俺を応援してんのか、自分が付き合いたいのか、どっちなんだよ」

ただこれだけは言える、今の顔見知りレベルの関係で、友人を紹介できるほど俺のコミュニケーションレベルは高くない、つまり白崎さんに雑賀を紹介するのは俺のステータス上不可能ということだ。

「それより弁当、早く食べようぜ」

「それもそうだな、昼休み時間短けーし、あーあ、もっと休み時間2時間くらいになんねーかな――」

俺が白崎さんと緊迫感溢れる会話中も机の上に放置だった弁当箱へ手をかける。

蓋を外せば、そこにはオカン特製のあまり手間の掛からない類の料理達が待っているはずなのだが、

「なんだ、コレ……」

白いご飯の上に謎の桃色フレークによって描かれている大きなハートマークが目に飛び込んでくる。

「え、あれ、なに黒乃の弁当!? こんなあからさまな愛情弁当ゲームでしか見たことねーぞ!?」

「あ、そうか――」

弁当を食する相手への一途な愛しか感じられないこの一品、これは断じて母が俺に向けたものでは無い。

「母さん、俺の弁当間違えたな……」

これは間違いなく、姉貴が彼氏へ作った手作り弁当だ。

なんと不幸な行き違いか、きっと今頃姉貴の彼氏さんは母の作ったそっけない弁当をつつくことになっていることだろう。

「うおーすげー! ハートだよハート、あはは! すっげー!!」

俺は無駄にテンション上がってる友人を気にしない事にして、複雑な心境で姉貴の手作り弁当を食べることにした。

しかし姉貴よ、これはちょっと、愛が重いんじゃないだろうか。

気合の入った弁当を完食し、残された2時間分の授業を乗り越え放課後。

つつがなく掃除当番を終えた俺は教室を出て、真っ直ぐ文芸部の部室へと向かう。

教室と同じつくりの引き戸をガラガラ開けて、すでに見慣れた部室へと足を踏み入れる。

「あれ」

思わず間抜けな声をあげてしまう、なぜなら部室にはたったの一人しかいないからだ。

文芸部は人数の少ない部だし、幽霊部員もいるが、ミーティングがあると連絡までしてあるのにも関わらず、掃除当番でやや遅れた俺が到着した時点で一人しか集まっていないというのはおかしい。

すでに部長はじめ先輩方が何人かいつものように雑談しつつダラダラ待っている光景を想像したのがあっさりと裏切られる。

さらに言うなら、その唯一集まっている部員が白崎さんだということも予想していなかった。

扉から背中向きに座っていても、その特徴的な亜麻色の髪ですぐ判別がつく。

「あ、黒乃くん」

「白崎さん一人なんだ」

「ん、うん……」

はい、会話終了。

俺には可愛らしくも能面のように変化の無い彼女に対してそれ以上続ける言葉を持てなかった。

何かもっと話を続けるべきなのかどうなのか、悩みつつ適当な席に腰を下ろす。

頭では色々と考えるものの、実際に口から出る言葉は一つも無く、また彼女からも声は無い。

白崎さんの手には可愛らしいカバーのかかった文庫本、俺もそれにならって読書で時間を潰そうと鞄から自作のライトノベルを取り出す。

A4のコピー用紙を束ねた手作り感丸出しの冊子には『勇者アベルの伝説』というイマドキRPGでもお目にかかれないストレートなタイトルが表記されている。

これは俺が中学生の頃に初めて書いた物語で、まぁ内容はタイトル通り勇者のアベル君が魔王を倒しにいくという、なんの捻りもオリジナリティも無い、その上文章力も拙いと、素人作品もいいところだが、それでもちゃんと完結させた思い出の一作である。

今日は久しぶりに読み返してみようかな、とか、続編でも書いてみようかな、とか色々な思惑があって持ってきたのだが……

ほぼ無音、部室にはグラウンドから響いてくる運動系の部活の掛け声と、俺と白崎さんのそれぞれ持つ本がページを擦る音のみ。

ちょっと気まずい雰囲気に、俺はさきほど開いたばかりのラノベの文章がほとんど頭に入ってこない。

なんだ、なんで誰も来ないんだ? ミーティングがあるんじゃ無かったのか? 誰でも良いから早く来ないものか、昼休みの件もあって正直白崎さんと二人きりは気まずいし間が持たない。

ああ、そもそも白崎さんと二人だけになったことなんて一度も無かったっけ、いつも誰かしらを間に挟んでの会話だったからな。

いやしかし、このまま無言でい続けるのは何だか苦しいな、ここは多少無茶でも何か話をふるべきなんじゃないだろうか。

そうさ、俺と白崎さんは同じ文芸部同士、多少ジャンルは違えど本という共通の話題がある、やってやれないことはない。

それにどうせもうすぐ部長以下文芸部メンバーが喧しく部室に飛び込んでくるに違い無い、それまでの僅かな時間を会話で繋げばいいだけ、よし、やるぞ――

「「あの」」

ぐっ、声が被った!

「あっ、ごめん」

「ん……」

気まずい、さっきまでお互い無言だったのに声を挙げれば同時とは。

「先に言って――」

「あ、いいの、黒乃くんから、話して」

と、促されるものの、こっちとしては大した話題があるわけじゃない。

「いや、えーと、みんな遅いなー、と思って」

途轍もなく当たり障りの無い内容、かえって自分が酷くつまらない人間に思えてならない。

「あ、うん、そうだね、私も……」

が、まぁ白崎さんも同じような事を言おうとしていたようだし――

「……ううん、違う、違うの」

「ん?」

「本当はね、そんなことを言いたかったんじゃないの」

何やら先ほどの物静かな態度に変化が見える。

違う、ってことは別に何か言いたいことが俺にあるってことか?

「あの、あのね――」

意を決したように白崎さんは勢い良く席を立つ。

立ち上がった白崎さんは、いつも俯き決して俺と合わそうとしない目を、今ははっきりと両目で見据える。

その愛らしい円らな瞳には、覚悟と形容できるような力強い色彩が宿っている。

彼女の突然の豹変ぶりに若干驚くが、勤めて平静を装う。

「嘘、なの……」

「え、なにが?」

「ミーティングある、って言ったの、あれね、嘘なの」

何を言っているのか、意味は分かるが意図がまるで分からない、頭の中はハテナマークで溢れんばかりだ。

「あ、そうなんだ」

そうとしか言えない、別に怒るような嘘じゃないワケだし、そもそも理由がまるで見当がつかないのだ、今は話を先に進めるより他は無い。

「うん、それでね、その……」

「……」

思ったよりも長い沈黙、話が進まない。

だが、今の白崎さんに声をかけてはいけない気がする、ここは黙って待ちの一手。

「その、わ、私――」

そして、ついに彼女は言った、

「黒乃くんのこと――!!」

そう、確かに白崎さんは言ったはずだった。

「……?」

だが、聞こえない、白崎さんの声も、外から聞こえてくるはずの音も、何も聞こえはしない。

なんで、どうして何も聞こえないんだ? いきなり鼓膜でも破れたってのか?

「――っ!?」

音の無い世界で、突如として俺の頭に鋭い痛みが走る。

これまで頭痛に襲われた経験など風邪と共に何度かあるが、これほど酷いのは初めて、いや、そもそも痛みの質そのものが異なる。

これは、ただの頭痛なんかじゃない、もっと、命を脅かすほど、致命的な――

「!?」

視界が反転する、体に走る衝撃と痛み。

何秒かした後に、自分が椅子から転げ落ちたのだと理解する。

変わらぬどころか1秒ごとにどんどん酷くなってくる頭痛の所為で、床に伏せったまま起き上がることが出来ない。

俺に許されるのは、ただ頭を抱えてもがくことだけ。

あまりの苦痛に声をあげているのかもしれないが、それは自分の耳で聞くことは出来ない。

「――――!」

目の端に涙を浮かべ、見たことの無い必死な形相で俺へすがりつく白崎さんの姿が目に入る。

痛みを訴えるより、救急車を望むより、俺の所為で彼女にこんな悲痛な顔をさせてしまっていることの方が気になってしまった。

視界に映る彼女の泣き顔、その光景に少しずつ黒い砂のような何かがちらつくようになる。

ヤバいな、とうとう視覚までおかしくなってきた様だ。

その黒いものはすぐに砂嵐のように視界を覆い、目の前にあるはずの涙を流しても尚美しい彼女の顔を掻き消してゆく。

何も聞こえない、何も見えない、気づけば床に寝転がる感触も感じない、すでに呼吸さえできているかどうか判別がつかない。

確かなのは、頭の中を徹底的に蹂躙する痛みだけ。

死ぬのか、俺――

五感を閉ざされた完全なる闇の中、俺はついに自分の意識さえ認識できなくなる。

死ぬのは、イヤだ――

それが、最後の思考だった。