作品タイトル不明
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「今日は本当にありがとうございました」
ピネフィル商会をあとにして、ルティエはレオシュに礼を言った。
剣帯飾り購入を商会を訪れる理由にしただけなのに、レオシュが騎士の目線で助言をしてくれたおかげで、真剣に騎士たちの飾りを選んだ。短い銀のチェーンの先のタグにボネシャールの紋章を入れてもらう事にしたので、今日は注文だけである。
「俺こそ悪いな。いや、ありがとう、だな」
そう言ってレオシュは剣に触れる。彼の黒革の剣帯には、編み目に全く隙間のない編み方の飾り紐がついているだけだった。母親が編んだ部族のお守りである。今日のお礼にとルティエが買って贈った剣帯飾りを、早速付けてくれた。
高価すぎず、シンプルで邪魔にならない金のチェーンを選んだ。恋人でないから、手作りの編み飾りは時期尚早なのが残念である。
ヘンリエッタに自身の存在を見せつけるのが今日の主目的だったので、それは達成できた気がする。
ヘンリエッタは唖然とレオシュとルティエの二人を見つめていて、あの事務員のように憎々しい視線は感じなかった。ルティエがレオシュに伴われて別室に入る時、ちらりと彼女を見たが、今にも泣きそうな顔をしていた。
これにはルティエもちくりと胸が痛んだ。嫉妬や憎しみの感情を向けられたのなら割り切れるけれど、泣き顔はきつい。ヘンリエッタは本気でレオシュが好きだったのだ。
しかし“恋は戦争”だと、母か兄が言っていたので、ここは負けられない。
帰り際には店内にヘンリエッタの姿はなかった。
“美しい侯爵令嬢”という、生まれ持った切り札を活かさずどうする!とばかりにルティエが初っ端から高位貴族令嬢ムーブをかましたから、きっと戦意喪失したのだろう。
「いいえ、こちらこそ本当に助かりました。ではお昼ご飯にしましょう」
さも約束してあったかのような顔でレオシュを食事に誘う。
レオシュは時計を見て「もうそんな時間か」と戸惑った。
「君と俺の組み合わせは目立ちすぎる」
(あれ? やんわりと断られた気がする)
「そうですね。貴族だと分かりますものね」
白シャツに黒のスラックスという普通の出で立ちなのに、しっかり帯剣しているレオシュと、光沢ある薄紫色のワンピースドレスに白のレースグローブ姿のルティエだ。平民を装うには無理がある。
ここでも多数の目に触れたいルティエと、見られたくないレオシュの攻防となった。
「ただの食事ですよ? 気負わなくても」
「逆に、どうして君は気にならないんだ? これから結婚相手を探すのに、男とのうわさは不利になると判っているだろう?」
「……全く不利ではありません」
「尻軽と誹られるぞ」
「……そんな悪意を流す人は潰します」
「え?」
(潰すと言ったか?今)
思わずルティエの顔を見直しても、彼女は貴族っぽい微笑を浮かべているだけだ。
(……うん、聞き間違いだな)
見た目のイメージは判断力まで鈍らせるものらしい。
「隠れ家的な店を知っています。予約しているので行きましょう」
先に歩くルティエは有無を言わせる気はない。
予約しているのならしょうがない。レオシュは仕方なく彼女の後を追った。
連れて行かれた店は、一本裏道に入ったところにあり、ちょっと立派な民家のような佇まいだった。外観からはレストランだと気が付かない。
「母の友人が経営していて懇意にしていますの」
レオシュも納得である。知る人ぞ知る料理屋なのだ。若い娘が好む店に連れて行かれなくて、ほっとする。そんな店では悪目立ちするに違いないからだ。
落ち着いた店で、囲いのある席に案内された。個室でもなく、人目につかない仕様である。レオシュが食事を固辞するのはあり得たから、ルティエは多少強引にでも連れてくるつもりだった。
静かな店内で料理は美味で雰囲気もいい。
しかしレオシュが気の利いた会話が出来るわけがない。専ら聞き役で、たまにルティエが毒草や傷の具合による薬の使い分けとか、副騎士団長として答えやすい質問を投げてくるのに答える程度だ。
その気遣いが心地よかったが、急にルティエが話を変えてくる。
「建国祭はずっと警護ですか?」
二ヶ月後に建国祭がある。騎士団は当然出勤だ。
「ああ、前夜祭と後夜祭は警護だ。本夜会には他国の大使が招待されるから、ベネチェクト公爵家嫡男として参加しないといけない。君のお父上はずっと仕事だろう? 宮廷楽団は大変だな」
イゴルの事に言及されたけど、それは気にしない。ルティエの瞳がきらりと光る。
「パートナーは決まっていますか?」
「いや、両親もいるし俺は一人で参加する。大体俺はいつも、夜会の会場では警護のつもりでいる。細かい死角のカバーだな」
レオシュは騎士を配備する立場だ。会議で決まったように配置しても、実際その場にいると気になる場所が出てくるものだ。こうした仕事絡みの気分だから夜会でも眉間に皺を寄せて厳しい顔をしている。常時警戒中なのだ。
夜会でそんな敵を探す目でいれば、令嬢たちが怖がるのも無理はない。強面で恐ろしいといった評判は、主に彼のこうした態度のせいである。警戒にパートナーは邪魔だとさえ考えているから、レオシュにとって他人の目はどうでもいい。
「まあ! ではぜひ私をエスコートしてください!」
笑顔でルティエが頼んできた。彼女のきらきらした空色の瞳が、弓矢を獲物に向けた時の母親の瞳を彷彿とさせた。
(なんて事を考えたんだ、俺は)
あんなギラついた目と、このたおやかな令嬢の目が同じだなんて。失礼にも程がある。
レオシュは密かに反省したが、騎士の察知能力の高さというべきか、それはあながち間違いではない。ルティエはパートナーの座を勝ち取るべく、全力でレオシュを口説く態勢に入ったのだ。逃す気はない。
「君なら志願者が列を成すだろう」
レオシュは軽くいなす。募集すれば誇張でもないと思う。
「知らない人に手を取られて歩けと仰るのですか?」
「たかが夜会にそれは大袈裟だ」
「たかが夜会なら、レオシュ様が駄目な理由がありますか?」
「い、いや、特にはないが……」
「だったらお願いします! 迎えに来てなんて言いません。馬車置き場で待ちますから!」
「俺じゃないといけない理由もないだろう?」
レオシュ的には至極真っ当な言い分だった。すると、一瞬ルティエが泣きそうな顔になる。動体視力の良さでその表情を見逃さなかったレオシュは、自分が失言をしたかと思ったくらいだ。
しかしルティエはすぐに真剣な顔でしっかりとレオシュを見据え、意を決して口を開く。
「私が、レオシュ様と、参加したいんです!」
区切りながら言葉に力を込めた。さらに「ファーストダンスの相手はレオシュ様がいいです!」と訴える。
美少女にそこまで言われると断れば罪悪感が湧く。眉尻を下げてレオシュの反応を窺うルティエはいじらしい。もう絆されているのを否定出来ない。
「分かった。ただ、俺はどうしても会場に目を配ってしまうから、気を悪くしないでもらえると助かる」
とうとうルティエの押しに陥落した。請け負ったからには、レオシュだってルティエを蔑ろにする気はない。しかし当日の自分の行動が不躾になる可能性があるので、情けない事に予防線を張ったのだった。
「もちろん大丈夫です! 私も一緒に警備します! 隠しポケットに短剣を忍ばせておきますね!」
「いや、ルティエ嬢、それは……」
会場警備をする侯爵令嬢がいてたまるか。女騎士でもあるまいし。
「夜会への武器の持ち込みは禁止されている」
「え、レオシュ様でもですか!?」
「ああ、何かあっても体術のみだ。でもいざとなったら、警備の部下が剣を投げ寄越すだろう」
なぜ令嬢にこんな説明をしないといけないのか。そしてルティエは、あからさまに武器持ち込み禁止にがっかりしている。
「あっ、髪飾りに太針を仕込めば、ばれませんよね!?」
閃いたと得意げな笑顔のルティエに、「それを今聞いた俺が許すと思うか?」と呆れたら、しまった!とばかりに彼女は顔を覆った。
(おいおい、本気だったのか?)
レオシュは考え直す。ルティエを自由にさせていたら問題を起こしそうだ。
「先程の発言を撤回する。精一杯君の相手を務めるから、目移りしないでくれ」
聞きようによっては“自分だけを見てくれ”だ。もちろんルティエは自分の都合よく捉えるお目出度い性格なので、「はい!!」と元気よく返事をしたのだった。