軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8.平民服デート?控えめに言って神回では?

そして現在、カゼッタの前には三人の姿があった。

ロザリア様は髪を三つ編みにし、濃い藍色のワンピースを着ていた。ダミアンは薄茶色の麻のシャツに、濃い茶色のベストを羽織り、まるで町人のような格好をしている。

平民服に着替えた二人の姿を見て、私は手を合わせながら天地万物すべてに感謝を捧げていた。

(ダミロザの「平民服デート」が目の前で拝めるなんて! 神様仏様、本当にありがとうございますッ!!!!)

私が拝み倒している一方で、ロザリア様の顔にはわずかな緊張が浮かんでいる。そんな彼女を見て、ダミアンは優しく話しかけた。

「たまにですが、このような格好をして来るんですよ」

「『カゼッタ』にですか?」

「えぇ。他にも街を見たり、人々の話を聞いたり……。実際に目で見ないと分からないこともたくさんありますから」

ロザリア様は驚いたように相槌を打ち、カゼッタを見上げた。

白壁に太い木材が組まれ、煙突からは薄く灰色の煙が立ち上がっている。

入り口には黒い鉄細工の看板が掲げられ、「casseta」の文字と泡立つジョッキの絵が描かれている。文字を読めない者にも、ここが酒場だと一目で分かるようにという配慮だろう。

ダミアンは慣れた手つきで扉を押し開けると、薪の燃える香りと共に、香ばしいエールの匂いが迎えてくれた。店内の客入りは六割ほどで、程よい賑わいを見せている。

「いらっしゃいませ!」

店員がこちらに気づき、すぐに店の奥のテーブルへと案内してくれた。席に着くなり、ロザリア様はきょろきょろと興味深そうに店内を見回す。その様子を見て、ダミアンがくすりと笑った。

「こういう場所は初めてですか?」

「えぇ、まぁ」

バツの悪そうな顔で答える。一方で私はだらしなく緩んでしまう顔を必死に取り繕っていた。

ロザリア様が手書きのメニュー表をまじまじと見て、「これがオススメですよ」とダミアンが指さして笑顔を見せる。あぁその場面も妄想しました、五十回は妄想しました。

「ロザリ……ロズは何か好きなものありますか?」とダミアンが尋ねる。貴族だとバレないように愛称で呼ぶ展開ですね。その場面も妄想しました、七十回は妄想しました。

私は微笑みながら、至福の時間を噛みしめる。すると顔がニヤついていることに気づかれてロザリア様に睨まれてしまったため、誤魔化すように店内を見回した。

石造りの暖炉では薪が赤々と燃え、天井の太い梁からは腸詰めやニンニクの束が吊されている。カウンターの奥には、様々な酒瓶が所狭しと並び、琥珀色の液体が光を反射していた。

客の一人が「乾杯!」と声をあげると、他の客もそれに続く。客たちの笑い声と、食器の触れあう音が心地よい喧騒を作り出していた。

メニューを頼んで五分ほど経った後、くすんだ茶色のエプロンを身につけた店員がやってきた。頬にそばかすが散り、人なつっこい笑みを浮かべてジョッキと皿を置く。

「小魚のフリッターです! あとエールとぶどうジュースね!」

「どうも」

ダミアンが皿を受け取り、揚げたてのフリッターをテーブルの中央に置いた。油の香ばしい匂いが食欲を刺激する。

「ソレイユはエールじゃなくていいのかい?」

「お酒が飲めないので」

気遣ってくれたダミアンに嘘をつく。前世でも現世でもアルコール大好き人間であるが、侍女という手前、酔うわけにはいかない。まぁ目の前で広がるダミロザのお陰でぶどうジュースでも十分酔える自信があるが。

「では、乾杯!」

「……乾杯」

ジョッキを合わせると鈍い音が鳴り、ダミアンは美味しそうに黄金色のエールを一気に飲み干した。

その飲みっぷりを見て、呆気にとられていたロザリア様は意を決したようにジョッキを両手で持った。そして勢いよくエールを流し込む。私は慌てて声をかけた。

「ロザ……ロズ様、無理はせず……!」

「おいしいわね」

ロザリア様はジョッキに残ったエールを見ながら呟く。全く酔った様子もなく、けろりとしており、飲んべえの片鱗が見えたような気がした。

ダミアンは熱々のフリッターを一つつまんで、楽しそうに笑っている。カリッとした衣の音が聞こえ、中から湯気が立ち上がる。彼は美味しそうに囓りながら、悪戯めいた笑みを浮かべた。

「これをエールで流し込んだら最高ですよ」

「……わかりました。フォークは」

「ロズ、平民たちはつまんで食べるんです」

「え!?」

戸惑いを隠せない様子で、フリッターを見つめる。

普段、食卓に出てくる魚料理をフォークとナイフを使い、一口大に切り分けながら上品に食事をしているロザリア様。手づかみの料理など未知の領域だろう。

呆然としている彼女の前で、ダミアンは再びフリッターをひょいとつまみあげた。そして口に放り込んだあと、エールで流し込み「うまい!」と叫ぶ。その様子を見て、ロザリア様の喉がごくりと上下に揺れた。

覚悟を決めたロザリア様は、恐る恐るフリッターを手に取った。口の中に放り込んだ瞬間、目を白黒させる。

「あ、熱い……!」

「ロズ様! 大丈夫ですか!?」

「ふ、ふふ……」

ロザリア様がようやく飲み込むと、ダミアンが手で口元を押さえてくつくつと笑う。

その表情を見て彼女は怒ったように睨んだが、涙目なのでまるで迫力がない。ひとしきり笑い終えたダミアンは、「すみません」と笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭いながら口を開いた。

「あまりにかわいらしくて……って失礼でしたね」

「……!」

ロザリア様は口をぱくぱくと開閉させ、何か言い返そうとしたが、むっつりと黙ってしまう。私はダミアンの微笑みとセリフの破壊力に十秒ほど昇天した。

その後も料理は次々と運ばれてきた。魚の酢漬けや燻製、ハーブで味付けされた焼き魚。ロザリア様は酔いが回ってきたのか、少しずつ表情が和らいでいく。

賑やかな店内に負けないよう、ダミアンは身を乗り出した。そしてロザリア様の耳元に顔を近づけ、何か囁いている。私の位置からは断片的にしか聞こえなかったが、その内容がよほど面白かったのだろう。その瞬間、ロザリア様が堪えきれず噴き出した。

手で口元を隠しながらも、肩が小刻みに震えている。その反応を見て、ダミアンも愉快そうに笑い始めた。

普段なら絶対に見せない、飾らない素の表情。そんなロザリア様の様子を見ているだけで、私の胸は幸福感でいっぱいになっていた。

夏季休暇が終わり、学園へ登校する日々がはじまった。馬車から見える街路樹の葉は緑から黄金色へと変わりはじめ、石畳の上には早くも落ち葉が舞い散っていた。

私は毎日とまではいかないが、ロザリア様に付き添う日が増えた。

登校初日の朝、ロザリア様から言われたことを思い出す。

「もし私が頭に血を上らせていると判断したら遠慮なく止めてちょうだい」

「わ、私がですが?」

「えぇ、醜聞が広がれば、進めている事業にも影響が出てしまうかもしれない。ダミアン様に迷惑をかけるわけにはいかないでしょ」

素っ気なくそう命じたが、私の頭は興奮でいっぱいになっていた。

(ロザリア様が、ダミアンのために変わろうとしている……?)

この会話は毎晩の妄想の糧になった。PCなんてものはないのでノートに書き綴り、一人ニマニマと読み返している今日この頃である。こんな侍女で本当に申し訳ない。

ロザリア様の懸念とは裏腹に、新学期に入ってからアランとは一度も遭遇しなかった。学園は広いとはいえ、これほど会わないのは意図的なものかもしれない。

その代わり、ロザリア様の周りに令嬢たちが集まることが増えた。今までロザリア様の近寄りがたい雰囲気に遠巻きにしていた令嬢たちが、今では同じテーブルを囲んでランチすることも増えている。

目的は一つだ。

「そろそろ『アストレイヤの会』ですわね」

「毎年楽しみにしておりますの」

令嬢たちが華やかな声をあげた。

あと一月ほどで「アストレイヤの会」というパーティが行われる。アストレイヤとはこの国で信仰される女神の名前で、知恵と美を司るとされている。

招待されるのは、学園に通う伯爵家以上の貴族たちで、参加することが一つのステータスになっている。

パーティの主宰は、伝統的に学園に通う公爵家の子息や子女が務めることになっており、今年の担当はヴァレンティーノ家──つまりロザリア様が取り仕切ることになっていた。

この発表があってから、令嬢たちの態度が露骨に変わり、パーティの主宰に気に入られようと必死に動き始めた。贈り物をする者、お茶会に誘う者、様々な手段でアプローチをする。呆れを通り越し、感心するほどの変わり身の早さだった。

ロザリア様は薄く微笑む。

「アストレイヤ様の名に恥じぬパーティにいたしますわ」

「ロザリア様なら何の心配もありませんわ。きっとアラン様とロザリア様の並ぶお姿はお美しい……」

「ちょっと!」

うっとりと語る令嬢を、もう一人の令嬢が慌てて肘で突いて、口をつぐませる。そこでようやく配慮のない話題を口にしたことに気づいたのか、血相を変えて押し黙った。

だがロザリア様は何も気にした様子もなくにっこりと微笑んでいた。その反応に令嬢たちは胸を撫で下ろす。

そう、このパーティで呼ばれるのは伯爵家以上の貴族だけである。男爵家であるフィローレは、通常なら会場に足を踏み入れることすらできない。

ただし、一つだけ例外がある。

招待客の同伴者については、身分の制約がないのだ。

婚約者がいる男性が、別の女性、しかも婚約者より身分の低い令嬢をエスコートするなど普通なら考えられない。社交界の常識と、人としての礼節があれば、そんな選択はしないはずだ。

だがそれはあくまで「普通なら」の話である。

「今年のアストレイヤの会だが、君のエスコートはできない」

アランの言葉にぶっ倒れそうになる。

まさかと思ったが、本当にその選択をするとは思わなかった。