軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編:マグリット夫人のお茶会 後編

お茶会当日。

マグリット夫人のお茶会は、彼女の屋敷で開かれた。抜けるような青空の下、庭には色とりどりのドレスに身を包んだ貴族が集い、あちこちで会話に花を咲かせている。

そんな中、ロザリア様が姿を現した。すると、空気がわずかに変わる。

貴族たちの視線が、一斉にこちらへ向けられた。向けられる眼差しの多くは、探るようで、どこか懐疑的だ。決して好意的とは言えない。

しかしロザリア様は、それらを一切気に留める様子もなく、迷いなく歩を進めた。

その時、招待客の雰囲気が一気に華やいだ。ざわめきが波のように広がる。

どうやら主役が登場したらしい。

「ご機嫌よう、皆様」

臙脂色の髪の毛を結い上げ、恰幅のよい女性が歩み出てくる。体にぴたりと沿う鮮烈な赤のドレスが、強烈な存在感を放っていた。

マグリット夫人だ。

国の中枢に名を連ねるサンターン家の夫人。彼女もサロンを通じて、政治的にも強い影響力を持つ人物として知られている。

彼女が現れた瞬間、取り巻きたちが我先にと押し寄せた。口々に彼女のドレスや宝石、化粧などを褒め称える。

ロザリア様はただ静かに、一直線にマグリット夫人を見据えている。まるで獲物を狙う肉食獣のように。

しばらくして、マグリット夫人はゆっくりと唇を開いた。

「ではそろそろ、皆様のお土産を拝見しようかしら」

その一言で、場に張り詰めた緊張が走る。笑顔の仮面の下で、誰もが息を詰めているのが分かった。誰も動かないその一瞬の隙を縫って、ロザリア様は夫人の元へと歩み寄る。

そんな中、三十代くらいの金髪の女性が一歩前に出た。

「夫人、実は珍しい宝石が手に入ったんですの」

そう言って、背後にいたメイドに目配せをする。合図を受けたメイドが、黒い小箱を恭しく差し出した。

白い手袋に包まれた指先で、小箱が開かれる。

そこには鮮やかな空色の宝石が収められていた。太陽の光を受け、澄んだ輝きを放っている。

「アレキサンドライトです」

その瞬間、場がざわついた。珍しい宝石の名前だったのだろう。感嘆とも嫉妬ともつかない声があちこちから漏れた。ロザリア様も大きく表情には出さないが、ほんのわずかに目を見開いている。

一方、宝石の価値は何も分からない私である。一応空気を読んで驚いたフリをしておく。

金髪の女性は胸を張り、得意げに宝石の説明をし始めた。

「トリリント国の商人から取り寄せた一品です。この大きさと透明度のものは珍しいと、太鼓判を押されております。ぜひ夫人の目を楽しませていただけ……たら、と……」

言葉は次第に弱まり、最後はほとんど消え入りそうだった。彼女の顔が見る見るうちに引きつっていく。

マグリット夫人の瞳が、あまりにも冷ややかだったからだ。

夫人は宝石の前で、手のひらを上に向ける。小さく呟いた瞬間、ぼっと炎が立ち上がった。火魔法だ。

彼女はためらいなく素手で宝石を持ち、炎の近くで左右に傾けた。角度を変え、何度も確かめるように眺め続けている。その様子を、貴族たちは固唾を呑んで見守っていた。

やがて炎が消え、マグリット夫人は一蹴する。

「偽物ね」

「え!?」

「アレキサンドライトはね、太陽光の下では青や緑に見えて、炎の下だと紫に変化するの」

冷静に言葉を重ね、逃げ場を塞いでいく。

「でも、この宝石はどう? 全く変化が見られない。つまり──偽物よ」

マグリット夫人の瞳が、すうっと冷え切った。

金髪の女性の顔色が、みるみるうちに白くなっていく。唇が震え、喉からは声にならない声が漏れる。カタカタと歯の根が合わない音だけが、やけに大きく響いていた。

「偽物を持ってくる人に、用はないわ」

「お、お待ちくだ──!」

抗議の声は最後まで届かなかった。会場にいた警備に囲まれ、そのまま連れ出されていく。女性は姿が見えなくなる瞬間まで、何かを必死に叫び続けていた。だがマグリット夫人は一瞥さえしない。完全に興味の対象から切り捨てたのだ。

その光景を目の当たりにし、招待客たちの緊張がさらに高まった。

「さて、次は誰かしら?」

マグリット夫人の問いかけに皆、引きつった笑みを浮かべることしか出来ない。誰もが動けず、視線だけを交わしている。

その静止した空間を切り裂くように、カツンと、ヒールの音が鳴った。紫の髪を揺らめかせ、ゆっくりと招待客たちの前へと進み出た──ロザリア様だ。

「ご機嫌よう、マグリット夫人」

「あら、貴方は……」

マグリット夫人は、どこか楽しげに唇の端を吊り上げた。人差し指で唇をとん、と叩きながら言葉を紡ぐ。

「私ね、新規参加者は嫌いじゃないの。新たな刺激をくれるかもしれないでしょう?」

次の瞬間、瞳の奥の温度がすっと下がった。

「もっとも、大抵はツマラナイのだけれど」

空気が一変した様子を見て、私はごくりと喉を鳴らした。

だが、ロザリア様は微塵も動じない。試されていることを理解した上でなお、余裕の笑みを浮かべ、マグリット夫人を見返している。

「きっと、お楽しみいただけると思いますわ」

「あら。自信たっぷりな子は好きよ」

ロザリア様は微笑んだまま、私に目配せした。私は頷き、手にしていた箱を近くのテーブルに置く。

箱の中から取り出したのは、ガラス製のティーポットと白い陶器のカップだった。それらを机に並べていく。いつもと違うのは、カップには取っ手がついていないことだ。その点に気づいたのか、招待客たちはひそひそと囁き合う。

「何なの、あのカップ……」

「飾り気もないし、地味なデザインだわ」

「拍子抜けね……」

聞こえてくるのは全て冷ややかなものばかりだ。失望と嘲笑が、容赦なく刺さってくる。

しかし私は表情に出さないよう努めながら、最後に、白い皿と土産をテーブルに置いた。

これで全てが揃った。

ロザリア様が、手のひらでそれらを指し示す。

「夫人へのお土産は、こちらです」

「……これは?」

マグリット夫人の表情は大きく変わらなかったが、口調にわずかな怒りが滲んでいた。

夫人の視線は土産に突き刺さっている。皿の上に置いてあったのは薄茶色の石のような、いびつな塊だった。

ぷっと、誰かが吹き出した。それを皮切りに、くすくすと笑いが広がっていく。

「なぁに、あれ?」

「石ころじゃないの」

「まさか、獣のフンかしら?」

悪意のこもった囁きが無遠慮に飛び交う。私はちらりと視線をあげた。

マグリット夫人のこめかみに、うっすらと青筋が浮かんでいる。完全に馬鹿にされたと思われたようだ。彼女から放たれる冷たい圧に、私は思わず冷や汗をかく。

しかしロザリア様は一歩も引かず、凜とした声で言った。

「今から魔法をお見せしますわ」

その言葉を合図に、私は皿の上にあった土産を手に取る。そしてティーポットの中へと入れ、近くにあったポットでお湯を注ぐ。

その瞬間、マグリット夫人の目が見開いた。

ティーポットの中で、薄茶色の塊がゆっくりとほどけ、鮮やかな桃色の花が咲き誇ったのだ。まるで命を得たかのように、大輪の花が水の中で揺れている。

招待客たちも息を呑み、どよめく。その中で、ロザリア様は落ち着いた口調で説明をする。

「東洋の方で伝わる『工芸茶』と呼ばれるお茶です」

「お茶、ですって?」

「えぇ。こちらは千日紅という花を使った、飲める工芸品です」

そう、私がロザリア様に提案したのは『工芸茶』だった。

この世界でも、中国や日本を思わせる文化を持つ国々が存在する。この世界では「東洋の国」と呼ばれており、エルフェリア王国からは果てしなく遠い場所にある。

しかも交易国を厳しく制限しているため、貿易はほとんど行われていない。東洋の品が市場に出回ること自体、極めて珍しいのだ。

私がこのお茶を手に入れられたのも、ひとえに公爵家の力があったからだった。

ミントティーを気に入ってくださったロザリア様が「他にも効能のあるお茶があれば取り寄せていい」と許可をくださったのだ。正直、「工芸茶」は手に入らないだろうと思っていた。だが幸運にも、数個だけ入手することができたのだ。

(取り寄せといてよかった……!)

胸を撫で下ろしながら、ティーポットの蓋を閉め、茶器へとお茶を注ぐ。

薄い黄金色の液体が満ちていく。深みのある茶葉の香りが広がった。ロザリア様は言葉を続ける。

「こちらの茶器も、東方では最高級と評されている品です」

マグリット夫人は黙って茶器を受け取り、ほんの一口だけ啜った。

「あまり癖がないのね。飲みやすいわ」

「えぇ。さらに安眠効果がありますので、夜寝る前にも向いておりますわ……今、色々とお疲れでしょうから」

その言葉に、マグリット夫人は驚いたようにはっと顔を上げた。ロザリア様は全てを見透かしたように、穏やかに微笑んでいる。

実はサンターン家の当主が、最近大きな投資に失敗したという情報が入っていた。それは金銭的損失以上に、信用を大きく揺るがす出来事だったそうだ。

もちろん、その件をマグリット夫人がサロンで語ることはない。招待客たちが知る由もない話だ。

しかしロザリア様は「カゼッタ」からその情報を入手していた。そしておそらく夫人は相当なストレスを感じており、夜も眠れていないだろう。そう判断し、このお茶を勧めたのだった。

マグリット夫人はしばらくロザリア様を見つめたまま、何も言わなかった。そして突然、声をあげて笑い出した。唐突な出来事に、招待客たちも驚いている。

やがて笑いが収まると、マグリット夫人は改めてロザリア様を見つめた。その眼差しは先ほどとは随分違う。ロザリア様に対する信頼が、そこには浮かんでいた。

「うふふ……久しぶりに、楽しい時間が過ごせそうだわ」

満足げな言葉に、招待客たちは息を呑んだ。そして悔しさを隠せない表情を浮かべる。喉から手が出るほど欲しかった、マグリット夫人の関心。それを新参者であるロザリア様が見事に掴み取ったのだ。プライドは粉々だろう。

マグリット夫人は、楽しげに唇を吊り上げる。

「今日はさらにお土産があるのでしょう?」

「えぇ、そうなんです」

ロザリア様は周りの視線にも臆せず、優雅に微笑んだ。

私は彼女の視線を受けながら、袋を取り出す。そしてポルーノで採れた最上の真珠を、マグリット夫人へと差し出した。