軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3.推しモチーフのドレス?欲しいのだが?

数人は引きつった表情を浮かべ、数人は本気で共感して頷いている。ちなみに私は「ロザリア様の犬になりたいのは分かる。だがお前みたいな男は駄目だ」と心の中で憤っていた。

するとロザリア様は扇を閉じ、うっすらと笑みを浮かべた。

「悪いけど、ウチの犬小屋はもういっぱいなの。他をあたってくれるかしら?」

そのまま視線を滑らせ、「あそこにいる令嬢とかね」と壁際の方を扇で指し示す。そこにはヤケ酒を煽る令嬢たちがいた。

彼女たちはこちらを鋭い視線でぎろりと睨みつけていた。近くのテーブルは空のグラスがずらりと並んでいる。どれほど呑んだのだろう。

男たちは青ざめ、喉をひくりと震わせたまま固まった。気まずさで誰一人言葉を発さず、目線を泳がせている。

その隙を逃がさず、私はロザリア様とともに人混みを抜け、別の場所まで移動した。人気のない壁際まで行き、給仕からシャンパンを受けとる。

その瞬間、若い男性の声が会場に響いた。

「皆様、お待たせしました! 第百六十七回『アストレイヤの会』を開会します。

最初に主催よりご挨拶申し上げます。こちらにご注目ください!」

視線が一斉に大階段の上に注がれた。そこに立っていたのは、パーティの主宰である令嬢だった。

白に近い水色の髪が光をまとい、揺れるたび雪のように煌めく。

浅黄色の瞳はガラスのように澄んでいて、遠目からでも顔の造形が恐ろしく整っているのが分かった。穏やかに微笑んでいるのに、どこか近寄りがたい雰囲気を感じる。

(ルチア・メントリア……!)

メントリア派の頂点に立つ公爵家の令嬢。

原作にも登場していたが、謎が多く、彼女の素性は常に霧に包まれていた。

大階段の上に立つ彼女の振る舞いにも無駄がなく、何を考えているのか一切読めない。

学園でも社交界でも姿を見せることは滅多になく、事業のため国外へ出ているという噂もある。私も学園で見たのは、遠目で数回見た程度だ。

「皆様、ご機嫌よう」

ルチアは会場をゆるやかに見渡し、凜とした声で挨拶を述べた。その声は澄んでいて、静まり返った会場によく響く。

挨拶が終わり、彼女が優雅に一礼すると、盛大な拍手が沸き起こった。ルチアはふいっと踵を返し、そのまま会場から消えてしまう。

やがて楽団が奏でる旋律が花開き、場の空気が一気に和らいだ。

ワルツの旋律に合わせ、貴族たちは中央に集まり、それぞれのパートナーと手を取り合った。色とりどりのドレスの裾が舞い、宝石の光がシャンデリアの光と交錯する。

(ついに始まった……!)

私の緊張が最高潮になる。しかしロザリア様が動くことはなかった。

踊っている男たちの何人かが、ロザリア様に視線を投げかけてきたからだ。ダンスの合間にちらちらと彼女を見やり、軽く顎を上げて笑う。

ロザリア様はシャンパンを一口飲み、不満げな顔で呟く。

「小蠅がうるさいわね」

「では、今日ダンスは……?」

「控えた方がよさそうだわ。よかったわね、ヴェル?」

「うっ」

ほっとしていたのがバレて、思わずぎくりとしてしまう。

ロザリア様に押しかける男たちに辟易していたが、彼らのおかげで、ダンスを踊らなくてすんだのは不幸中の幸いだった。いくら講師のもとで特訓を受けたとはいえ、二週間しか練習していないのだ。自信はまったくもってない。

「でも最後の曲は踊るわよ」

「はい!」

ロザリア様の言葉に、私は小さく気合いを入れる。

「一曲だけならきっと大丈夫!」と言い聞かせて、私は踊っている貴族たちを眺めた。

その中にはフィローレとアランの姿もあった。

(そういえば原作でもあったなぁ……)

三年生になったフィローレとアランが、ダンスをするシーンだ。

ロザリア様の妨害や、ルジェの事件という数々の困難を乗り越え、縮まっていく二人の距離を象徴するシーンだ。

私の最推しはもちろんロザリア様だ。原作の彼女は断罪されてしまうが、私は「花キミ」の物語そのものが大好きだった。

可憐で一途なフィローレと、不器用ながらも優しさを秘めたアラン。ページをめくるたびに、胸がくすぐったくなり、温かくなったことを覚えている。

そしてアニメでダンスシーンが映し出されたとき──美しい色彩と光の演出に、私は息をするのも忘れて見蕩れていた。

(だけど……)

同じ人物、同じ場所のはずなのに、どうしてだろう。

目の前にいる二人は、まるで別の物語の登場人物のように見えた。

フィローレは変わらず可愛らしい。けれど笑顔がどこか作り物めいて見えてしまうのは何故なのだろう。

さらに酷いのはアランだ。

「ルストレア」模倣事件の頃から学園でも見かけるようになったが、明らかにやつれていた。頬はこけ、動きにも覇気がない。何かがごっそりと抜けてしまったようだ。原作であれほど輝いていたヒーローはどこにもいない。

私がロザリア様に介入したことで、物語が原作から外れているのは分かっている。だけど──

(互いに思い合っているはずの二人なのに、どうして……)

小さな違和感が胸の奥をじりじりと焦がす。

その時だった。

フィローレの視線が、まっすぐにこちらを射た。ロザリア様ではない、完全に私を見ていた。呼吸がひゅっと止まる。そのくらい冷たい視線──いや、冷たいなんて生易しいものじゃない。

あれは「殺意」だ。

誰かを消す覚悟を宿した瞳。ほんの一瞬だったはずなのに、私は心臓が握られたような恐怖を感じた。心臓が嫌な音をたて、背中に冷たい汗が流れる。

するとロザリア様の声が、私を現実へと引き戻した。

「……顔色が悪いわよ」

「すみません、ちょっと緊張しちゃって」

慌てて笑顔で誤魔化す。けれど唇がわずかに震えて、思うように笑えなかった。

ロザリア様は何か言いたげに口を開いたが、別の令嬢に話しかけられた。ロザリア様は私をちらりと一瞥したあと、営業用の微笑みを浮かべて対応する。

私は社交に応じるロザリア様の後ろ姿を見ながら、呼吸を整えた。ただの見間違いだと言い聞かせて、目の前で繰り広げられる会話に集中する。

「ロザリア様!」

「パウダーについてなのですが……」

ダンスパーティの間も、ロザリア様はひっきりなしに声をかけられていた。笑みを浮かべ、にこやかに会話を返しながら、真珠のアクセサリーや化粧品の宣伝も自然に織り交ぜる。ロザリア様の周囲の熱気が高まっていく。

思えば、一年前とはずいぶん変わった。以前は嫉妬や悪意の混じる視線が多かったが、今は明らかに敬意と憧れの目が増えている。男性だけではなく、女性の間でも「ロザリア様推し」が広がっているのが分かった。

その変化を眺めながら、私は思う。

(まぁ、ロザリア様の一番のファンは私なんですけどね!)

胸の中で誇らしげにどや顔を決め、ロザリア様と話せて舞い上がる令嬢たちを見つめた。興奮気味に声をあげる彼女たちは、いわば「新規ファン」だ。私は彼女らを温かく見守りながら考えた。

(彼女たちと仲良くなれば、ロザリア様の尊さを共有できるのよね……)

むくむくと妄想が広がっていく。

アフタヌーンティーで、推しの魅力を語り尽くす会を開くのはどうだろう。

ロザリア様をモチーフにしたぬいぐるみを作って、展示会を開くのも一つかもしれない。

いや、せっかくならドレスを作って、おそろいコーデで社交界に参加するのも……

(最高では?????)

妄想を暴走させていると、ロザリア様が小首を傾げた。

「ヴェル、何考えてるの?」

「その……ドレスに詳しいご令嬢を探していて……」

気づいたときには、欲望を口にしていた。途中で我に返り、慌てて弁解しようとした……が、ロザリア様は感心したように頷いた。

「ふうん、何か考えがあるのね」

「そ、そんなところです!」

(ロザリア様をイメージしたドレスを作りたいなんて絶対に言えない! 少なくとも本人の前では!!)

冷や汗をかきまくりながら、必死に笑顔を保つ。

ロザリア様は扇を閉じ、近くにいた令嬢に話しかけた。

「ジゼル様」

「まぁ、ロザリア様!」

ラベンダー色の髪の毛を高く結い上げた令嬢が、ロザリア様の姿を捉えた瞬間、ぱっと花開くように笑った。

オシャレには疎い私だが、彼女のドレスは一目で特別だと分かった。

大胆なカッティングに対して、繊細な刺繍が施されたデザイン。裾に縫い付けられた小さな宝石ひとつにも、こだわりが込められているが分かる。惜しみないお金と手間、何より美への執念が感じられた。

ジゼルと呼ばれた令嬢は、今度は私に視線を向けた。ドレスの裾をつまみ、優雅にカーテシーをした。

「はじめまして、ジゼル・ラヴェルと申します」

私の記憶が蘇る。

ポルーノで真珠が見つかったとき、ロザリア様が「真珠の魅力を伝えるために」と選ばれたのが、ラヴェル家だった。王家の衣装を代々手がけており、王都でも絶大な人気を誇るデザイナーの家だ。

家の看板を背負う次代のデザイナーという誇りと自信があるのだろう。彼女の立ち姿ひとつ、視線の角度ひとつにまで意識が行き届いていた。

私は胸に手を当て、腰を掲げる。

「はじめまして、ヴェル・フランと申します」

「まぁ! この方がロザリア様のパートナーですのね?」

「犬みたいなものですわ」

ロザリア様が微笑むと、ジゼルはわずかに目を丸くしたが、すぐに上品な笑みに戻した。そして「噂はかねがね……」と意味深に言葉を濁す。噂って何だろうと思いつつ、ロザリア様から犬認定していただいたことに胸を張った。

ロザリア様は私を横目でちらりと見る。

「で? 何かドレスについて相談があったんじゃないの?」

「ジゼル様にご相談してよろしいのですか?」

私は思わず声を上ずらせた。

ジゼルは王家御用達のデザイナーとして知られる家の出身だ。本来、ただの侍女である私は話しかけることさえも恐れ多い存在である。けれどロザリア様は、私のために紹介してくださったのだ。

「まぁ、たまには犬にもご褒美をあげないとね」

「ふふ、とてもかわいがっていらっしゃるのですね」

ジゼルは楽しそうに笑う。

ロザリア様の傍にお仕えできるだけでも、すでに十分すぎるご褒美だ。それなのに、こうして気まで遣ってくださるなんて……! なんて慈悲深いご主人様なんだ。福利厚生が素晴らしすぎる。

感動で震えながら、ジゼルに何と言うか迷った。私の欲望を正直に言うべきなのだろうか。

しかしロザリア様がせっかく繋げてくださった機会なのだ。嘘を言うわけにはいかないと、私は決意して口を開いた。

「実は……ロザリア様をイメージしたドレスが欲しくて……」

「は?」

「ドレスですか? どなたかへのプレゼントですか?」

「えぇ、私の姉がロザリア様の大ファンでして。ぜひプレゼントをしたいと」

「なるほど」

ジゼルは真剣な顔で頷く。

次の瞬間、ロザリア様のヒールが、私の足の甲にぐっと沈み込んだ。

「いっっ!!!!!」

「ヴェル? 何ふざけたことをぬかしているのかしら?」

「私も欲しいですわ!」

振り返ると令嬢が、両手を胸の前で組み、期待に満ちた瞳を向けていた。

ポストカードの時と同じ流れを感じたのだろう。ロザリア様の顔が、まるで百匹の苦虫をまとめて噛み潰したように歪んだ。それでも何とか笑顔を保ちながら、ジゼルの方へと向き合う。

「ジゼル様、今のお話はお忘れいただいて……」

「布地はアクキ貝の染料で染めて……素材はシルクがいいかしら……真珠のアクセサリーに合わせるのよね? だったら装飾は控えめにした方が……」

「あの? ジゼル様?」

ロザリア様が困惑したように名を呼ぶが、返事はない。

ジゼルはロザリア様の姿を見て、小声でドレスデザインの構想を練っていた。完全に思考に没入している。

そして何かが腑に落ちたようにぱっと顔を明るくし、私の手を勢いよく握った。頬を上気させ、興奮したように言う。

「お任せください! できあがりましたら、ロザリア様を通じてご連絡する形でよろしいですか?」

「は、はい」

「ふふ、腕が鳴りますわ!」

目をきらきらとさせながら、ジゼルは両手で頬を包み、うっとりと言った。その熱量を前に、ロザリア様はもはや何も言えなくなる。苦虫を千匹くらい噛み潰した顔をしながら押し黙る。

その時、次がラストの曲という案内が響き渡った。

ロザリア様ははぁとため息をつき、私をじろりと睨んだ。

「ヴェル、行くわよ。ジゼル様もまた今度」

「はい! また何なりとお申し付けください!」

にっこりと微笑むジゼル様に、ロザリア様も微笑む。

そして私の方に再び視線を移す。「後で覚えてなさい」と目が語っている。

私は内心冷や汗をかきながら、そっと彼女に腕を差し出した。ダンス中に説教を受ける未来が、手に取るように見えた。