軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.計画の一部

「ここね」

その店は王都の裏通りに佇む、重厚な三階建ての建物だった。看板はなく、外見からは何の施設なのか全く分からない。

建物の前には鉄柵でできた門があり、警備のためか黒服の男が二人立っていた。

一見、高級な邸宅のように見えなくもないが、窓はすべてカーテンが引かれ、さらに鉄格子が嵌められていた。内から逃げられないようにしていると分かった瞬間、背筋に悪寒が走る。

ロザリア様は固く閉ざされた門へと歩み寄り、黒服の従者たちに手紙を差し出した。彼らは頷き、重たく軋む門をゆっくりと開いた。

「行くわよ」

屋敷の中は、パーティ会場と見間違うほどの贅を尽くした空間が広がっていた。深紅の絨毯が床一面に敷かれ、高くそびえる天井にはシャンデリアが煌々と輝きを放っている。

だが、その華やかさとは裏腹に、空間には人の気配が全く感じられない。妙な静けさが支配していた。

すると、大広間に靴音が響く。ゆっくりと大階段を降りてきたのは、中年の男だった。恰幅がよく、額には汗が浮かんでいる。緊張しているのか、その様子はどこか落ち着きがない。

彼は形式通りの笑みを浮かべ、ロザリア様の前で立ち止まった。そして丁寧な口調で話し始める。

「はじめまして、ドロン・ルートニオと申します。ご希望のスタッフは、部屋で待機させております」

「感謝致します」

ロザリア様は完全な作り笑いで答えた。

ドロンはペコペコと頭を下げ、別室へと案内した。

通された部屋も、先ほどの大広間と同じくらい豪華な部屋だった。上質な調度品が置かれ、棚やテーブルには磨き上げられた装飾品やワイングラスが並べられている。香が焚かれているのか、甘い香りが部屋を包んでいた。

そして何よりも目を引くのはベッドだ。大人の男三人が余裕で横たわれるほど巨大なベッドが置かれている。

ソファーに腰掛けていた女性は、ロザリア様の姿を捉えた瞬間、すっと立ち上がった。微笑を浮かべ、流れるような動作で礼をする。

しっかりとカールされたブロンドの髪、濃いめの化粧と鼻につくような強い香水。胸元が大胆に開いたドレスにはグリッターがふんだんにあしらわれ、まばゆい光を反射していた。派手な外見に反して、その立ち振る舞いは洗練されていた。

「はじめまして、カノンと申します」

「この娼館で一番の稼ぎ頭です」

ドロンは誇らしげに説明する。

そう、私たちがやってきたのは、貴族を相手にする高級娼館だった。

ロザリア様は密やかな声で、ドロンに言った。

「少し席を外していただいても?」

「し、しかし……」

ドロンが渋った瞬間、ロザリア様はすっと金貨を一枚滑らせた。

彼の目の色が変わった。口元に営業的な笑みを浮かべながら「では、一時間後にまた伺いますので」と部屋を出て行った。

ロザリア様はカノンの前に腰を下ろし、まっすぐ彼女を見据えた。

「さて」

手で促され、カノンは再びソファーに腰掛けた。何を言われるのかが予想がつかない様子で、目をわずかに泳がしている。

「ルジェ・モンフォールという男に聞き覚えはあるかしら?」

「ルジェ様……!?」

カノンの表情が一瞬にして変化した。声には彼への熱が宿っている。

その様子を見て、ロザリア様は笑みを深めた。指先を唇に添え、笑みを象る。

「どんな出会いだったか、教えてくれないかしら?」

「……」

「お礼もするわ」

ロザリア様が横目で私に合図を送る。

私は鞄からずしりと重みのある袋を取り出し、テーブルの上に置いた。

口がわずかに開いた麻袋の隙間から、金貨のきらめきが覗く。カノンの目の色が変わり、喉が上下に揺れた。

そして、震える唇で言葉を紡ぎ出す。

「……私の両親はパン屋を営んでいました。私もよく手伝っていて、地元でも評判だったんです」

語る声には懐かしさが滲み、唇の端がやわらかく上がっている。

カノンは顔立ちが整っているだけではない。オーラも華があり、一目で振り返るような美人だ。きっとパン屋にいた頃は大人気だっただろう。

すると、カノンの顔がさっと陰る。

「でも、ある日を境にすべてが変わったんです」

カノンは静かに視線を落とし、とつとつと語る。

「突然、店に根も葉もない噂が広がったんです。風評被害のせいで、閉店に追い込まれました」

「風評被害?」

「えぇ。それから毎日のように借金取りが押しかけてきました。私たちは家を転々としながら暮らしてましたが、どこへ行ってもすぐに見つかってしまって……」

そこでカノンは膝の上に乗せた拳をぎゅっと握り締めた。肩を小さく震わせながら、低く言葉を紡ぐ。

「ある日、ついに父が『三人で心中しよう』と言ったんです」

「……」

「そんな時でした。ルジェ様が来てくれたのは」

カノンは目元をゆるめ、寂しげに笑う。

「ルジェ様は……店の借金を、すべて返してくれたんです」

「借金を?」

「えぇ、私も不思議で尋ねました。そしたら『君の両親の作るパンが、美味しかったからですよ』って……」

カノンは感極まったように、涙をぽろりと落とした。

しかしロザリア様は何一つ感情を動かされていないのか、淡々と言った。

「それで? パン屋の娘だった貴方が、なぜここで働いているのかしら?」

「そ、それは……完全に、私の意思です……! ルジェ様が『夢のためにお金が必要だ』『たくさんの女性を笑顔にしたい』と悩まれていたから……」

「ここの店は会員制よ。よく見つけられたわね」

「私の友人がここで働いていたんです……! 相手は貴族だからお金ももっているし、稼ぎもいいって」

ロザリア様は「ふうん」と相づちをうち、ソファーに寄りかかった。

カノンは袋に手を伸ばし、金貨を抱きしめた。

「あの、もういいですか……? 全て喋りましたよね……?」

「そのお金も全てルジェにお渡しするのかしら」

「当然です! ルジェ様は夢のために頑張っていらっしゃってます! 私は救われた恩を返すんです!」

カノンは叫ぶように言った。完全にルジェを盲信している。

私の脳内に一つの可能性が浮かび、背中に悪寒が走る。

(まさか、全部ルジェの計画じゃ……?)

実家のパン屋が突然、風評被害を受けて潰れた。借金取りに追われ、心中まで考えていたとき、"偶然"ルジェが現れ、優しい言葉と援助の手を差し伸べた。まるで救世主のように。

──あまりにも出来過ぎだ。

美しい外見を持つカノンに目をつけたルジェが、彼女の居場所を奪うために意図的に風評を流した。そう考えると、すべてが一本の線で繋がっていく。

もちろん証拠はないが、あのルジェ・モンフォールという男ならやりかねないという確信が胸の内に渦巻いていた。

ロザリア様も同じことを考えているのかもしれない。感情を露わにするカノンを冷ややかに見つめている。そして机を指先で叩きながら告げた。

「三日後の昼、私が今から指定する場所へ来なさい」

「へ」

「従うなら、同じ金額をまた支払うわ」

カノンの視線が胸に抱えた袋へと向かう。ごくりと喉を上下に鳴らした。

彼女は悩むように目を泳がせたが、やはり金の誘惑には勝てなかったのだろう。最後にはこくりと頷いた。