軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9.信じられない光景

パーティが終わり、二週間が過ぎた。

私とロザリア様は馬車に揺られ、学園へと向かっていった。

ロザリア様は相変わらず仕事に没頭している。眉間にかすかな皺を寄せて、数字を分析していた。

「無香料バージョンを作った方がいいかしら……」

「え! 薔薇の香りを消してしまうんですか!」

「こないだのパーティで、『香りが苦手』という意見が何度か出たのよ」

「そんな! 香りが魅力的な商品なのに!」

「そうよね」

ロザリア様は思案の表情を浮かべ、指先で顎をトントンと叩いた。深く考え込んでいる時の仕草だ。

「万人向けの無難な商品にするか、好みが分かれても独自性を貫くか……悩ましいわね」

私は深く頷く。

全員を満足させようとすれば個性を失ってしまうし、独自性を追求すれば一部の客を失ってしまう。最後は作り手のセンスと信念に委ねられる。ビジネスにおける永遠のジレンマだと理解しつつも、私個人としては絶対に残して欲しかった。

ロザリア様は馬車に揺られながら熟考していたが、学園に到着する頃には決心がついたようだった。迷いのない、すっきりとした表情で言う。

「薔薇の香りのパウダーを販売するわ」

「賛成です!」

「それにしても、やけに香り付きにこだわるわね?」

「だってロザリア様と同じ香りを纏えますから!」

「……」

私は拳を握って熱弁したが、ロザリア様には華麗にスルーされた。

馬車が停止し、「到着しました」と従者が扉を開けてくれる。馬車から降りると、たくさんの貴族が目を輝かせて群がってきた。にこやかに「おはようございます、ロザリア様!」と挨拶を交わしてくる。

(コイツら……)

私は拳を握りしめる。

(ロザリア様とアランの噂が広がっていたときは、一切近寄ってこなかったのに!)

手のひら返しもいいところだと内心憤る。しかしロザリア様は動じない。微笑みを浮かべ、涼しい顔で対応している。

「ご機嫌よう」

「ロザリア様、新ブランド立ち上げという噂は本当なのですか!?」

「えぇ」

わぁっ!と令嬢たちが華やかな声をあげる。「楽しみです!」「絶対に買いますわ!」と競うように褒め言葉を述べていく。

パーティからわずか二週間で、新商品とブランドの話は学園中の話題になっていた。ロザリア様は特に何もしていない。おそらくパーティの招待客が興奮を抑えきれずに話し、それが噂となって広がったのだろう。

全てが順調だった。

パーティでの意見を取り入れた改良版は完成間近で、店舗の内装工事も最終段階に入っているという。開店の日が、刻一刻と近づいている。

「女神の光のように、使う人の心を照らす」

そんなロザリア様の願いが込められたブランドが、国中に浸透していく未来。想像するだけで胸が躍った。

(だけど、何でだろう。この違和感……)

心の奥底で、小さな不安が渦巻いていた。理由は分からないが、何かが引っかかる。

目の前の令嬢たちの笑顔は本物に見える。ロザリア様への賛辞も、嘘には聞こえない。

学園中がロザリア様の話題で盛り上がっている。成功への道筋は、完璧に見えているはずなのに。

(噂の広がり方が、異常に早いような……)

一瞬よぎった不安を、すぐに振り払った。考えすぎた、きっと。

噂はすぐに回るものだ。パーティの翌日には、王都中に話が広まることだってある。私が神経質になっているだけだ。成功への期待が大きすぎて、かえって不安になっているのだろう。

そう自分に言い聞かせて、ロザリア様の後を追う。けれど、胸のざわめきは中々収まらなかった。

新店舗オープン三日前。

私とロザリア様は、最終チェックのため新店舗へやってきていた。

「わぁ……!」

店舗に入った瞬間、思わず歓声をあげた。

白を基調とした広い空間に、銀色の装飾が映えている。よく見ると、装飾の一つ一つが貝殻の形をしていて、真珠を扱う店としての誇りが刻まれていた。

店の中央には、大理石でできた展示台が置かれている。そこに並べられた商品は、誰でも自由に手に取ることができる。さらに奥には螺旋階段があり、二階へと続いていた。上はメイクアップルームになっているそうだ。

「素敵……!」

「本当ね」

ロザリア様も感動した様子で、店舗を見渡した。

ダミアンは穏やかな声で説明する。

「セルドア様の紹介で、一流のデザイナーに依頼できました。おかげで素晴らしい仕上がりになりましたね」

「えぇ」

ロザリア様は微笑む。

実は店舗デザインについては、大きな課題になっていた。化粧品は作れても、それを売る空間作りは別の専門性が必要で、二人ともこの点では行き詰まっていたのだ。

そんな時、セルドア様から「何か困っていることは」と尋ねられたという。店舗の悩みを相談したところ、即座に優秀なデザイナーを手配してくれたらしい。

ロザリア様は瞳に優しい光を宿しながら、口を開いた。

「母の伝手だそうです」

芸術を愛したお母様と親しかったデザイナーが、娘さんのためならと全力を尽くしてくれたらしい。お母様の遺した縁が、こんな形で結ばれたことが嬉しかったのだろう。ロザリア様は温かいまなざしで、店内を見渡していた。

「……素晴らしいお母様ですね」

ダミアンの言葉に、小さな翳りを感じた。どこか寂しげな響きを含んでいる。

不思議に思って彼を盗み見たが、表情はいつも通りだった。やわらかな微笑みを浮かべている。

気のせいかと、改めて店舗を見渡した。

「あと、こちらを」

ダミアンは手に持っていた紙袋を、ロザリア様に手渡す。

上質な紙でできた袋の中央には、ブランド名とロゴが輝いていた。星と女性の横顔をモチーフにしたブランドロゴと、その下に描かれた「Lustrea」の文字。どちらも深みのある紫色で描かれている。

ロザリア様は何か大切なものに触れるように、そのロゴをなぞった。

私はその表情を見て、胸がいっぱいになる。

ロザリア様が努力し、苦難を乗り越えて作り上げたブランド。きっと国中の女性たちが、ルストレアに夢中になるだろう。化粧をするたびに、自信と勇気をもらうだろう。そんな未来が、もうすぐそこまで来ている。

必死に涙を我慢していたら、ロザリア様に怪訝な顔を向けられた。

「ソレイユ、何故そんな変な顔しているの?」

「そ、その……ロザリア様が考えられたブランドが世に広まるかと思うと嬉しくて……」

「馬鹿ね」

ロザリア様はふっと笑って、私に命じる。

「小腹が空いたわ。ブリオッシュを買ってきて」

「このあたりだとカリヤベーカリーしかないのですが、よろしいですか?」

「……背に腹は代えられないわ。行ってきなさい」

「はい!」

私は元気よく返事をし、店舗から出る。

ロザリア様はブリオッシュがお好きなのだが、この周辺で扱うのはカリヤベーカリーという店だけだった。だが店主の腕前がいまひとつなのか、生地はパサパサで、焼き上がりにもムラがある。正直「美味しい」とは言い難いのだ。

だが、ふと思う。

(もしかして……)

ロザリア様がわざわざ「ブリオッシュが食べたい」とおっしゃったのは、単なる口実で、私が感傷に浸れるように、一人の時間を与えようとしてくださったのかもしれない。

ロザリア様の優しさに、じんわりと熱が胸の奥に広がっていった。

昼下がり、王都の街並みは活気に満ちていた。笑顔で歩く人々を眺めていると、はしゃぐような女性たちの声が聞こえた。

「これ素敵よね! 新商品ですって!」

「しかも真珠入りなんでしょう?」

(真珠入り……? 新商品……?)

耳に飛び込んできた言葉の数々に、首をひねる。噂の方向に視線を向けた瞬間、頭が真っ白になった。

貴族の女性たちが、紙袋を手に歓声をあげている。その袋に描かれたデザインを見て、全身が硬直した。

描かれていたのは、月と正面を向いた女性をモチーフにしたロゴ。そしてピンク色で描かれた「Rorea」の文字。

ひゅっと息が詰まり、指先が震えていく。

いても立ってもいられず、令嬢たちの元へ駆け寄った。喉の奥から必死に声を絞り出す。

「あの!」

「きゃっ!!」

飛びかかるように尋ねてしまったため、彼女たちは悲鳴をあげた。

令嬢の後ろにいた護衛たちが、何事かと慌てて駆け寄ってくる。しかし私はなりふり構わず、息を切らしながら質問を浴びせた。

「それ、どこで購入されました!? いつから販売されてるのですか!?」

血相変えて詰め寄る私。令嬢たちは完全に引いていたが、震えた声で答えてくれた。

「お、王都の三番地の裏通りにある、新店舗よ。今日オープンって聞いたけど……」

三番地といえば、ここから歩いて十五分の距離だ。

私はばっと頭を下げて、一目散に走った。頼む。間違いであってくれ。心臓がバクバクとうるさい。足がもつれそうになりながらも、必死に走る。

店に近づくにつれ、あの紙袋を持った人々が目に映った。みんな嬉しそうに、新ブランドについて話している。その度に心臓が裂けるようで、涙がこぼれ落ちた。

そして目的の場所についた瞬間、絶句した。

「なによ、これ……」

そこにはレンガ造りの店舗に押し寄せる女性たちの姿があった。

「ロレア」という店舗名と、月と女性のロゴ。「真珠入りパウダー新発売」と看板に書かれた文字が、私の心をえぐる。

思考が停止した。現実を受け入れられない。

(もし、ロザリア様が知ったら……)

遠くない最悪の未来を想像してしまう。心血注いだブランドを盗まれ、先に市場を奪われる。悲しみに暮れるロザリア様が浮かんでしまい、胸が張り裂けそうだった。

石畳に涙が落ちていく。全身の力が抜け、私はその場に崩れ落ちた。