軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2.ロザリア様に蔑まれたい同盟の代表です

私は気づくと、草むらに座り込んでいた。

状況を呑み込めず、後ろを振り向く。その瞬間、視界に広がる光景に目を見張った。

そこにはフィローレと──ロザリア様がいた。

地面に尻餅をついたフィローレを鋭く睨みつけるロザリア様。

氷のような視線に、空気が張り詰めていくのが分かった。

ロザリア様が詠唱を始めると、紫の髪が夜風にふわりと浮かび上がる。

「灰になれ、フィローレ・ランシェ!

私の全てを奪ったお前を、私は──絶対に許さない!!」

ロザリア様の絶叫が響いた。

フィローレは震える唇で何かを言いかけながら、必死に首を振っている。だがその姿を見ても、ロザリア様は迷いなく手を掲げた。

次の瞬間、炎が渦を巻いて立ち昇った。炎の激流が、空気ごと焼き尽くしていく。空を真っ赤に染めていく。

私は喉が裂けそうなほど叫び、必死に手を伸ばした。

「駄目です、ロザリア様! やめて!!」

だが、私の叫びは届かない。

ロザリア様の周りを炎が取り囲み、世界が赤く染まった瞬間──

はっと目が覚めた。

「……っ、は……!」

見えたのは、見慣れた木目の天井。カーテンの隙間から朝の光がうっすらと差し込み、窓の外からはチチチと鳥のさえずりが聞こえてきた。

平和な朝の音に包まれながら、私は上半身だけ起こし、深く息を吐いた。心臓が壊れそうなほど暴れ回っている。

「夢……か……よかったぁ……」

安堵の息を吐いた途端、夢の内容が胸に重くのしかかってきた。

……あれは、原作のワンシーンだ。

嫉妬に呑まれたロザリア様が火の魔法に目覚め、フィローレを焼き殺そうとする場面。

そこへロザリア様の婚約者、アラン・グランセールが飛び込んでくる。

彼は片腕に火傷を負いながらも、水の魔法で応戦し、なんとかフィローレを救う。代償としてロザリア様が処刑される結末が確定してしまう──私にとっては何度読んでも慣れることのない、悲劇のワンシーンだった。思い出すだけで胸が苦しくなる。

けれど、この世界のロザリア様は違う。

火の魔法には目覚めていない。

フィローレに嫉妬する様子も見せていない。

アランには婚約破棄されたが、ダミアンと共に「ロズ商会」の発展のため尽力している。

──断罪ルートに入る要素は、どこにもない。

(大丈夫。あの未来は、もう来ない)

そう自分に言い聞かせながら、私はそっとまぶたを閉じた。

だけど多分、私はそう思い込もうとしていたのかもしれない。

あの冷たく暗い水色の瞳を、思い出さないようにしていたのだから。

翌日。

ロザリア様と私は馬車に揺られ、学園へ向かっていた。

馬車の中でもロザリア様は書類に目を通し、とても忙しそうである。その真剣な眼差しに見惚れながら、私はそっと手を合わせた。

(ああ今日も美しいですロザリア様、どうかこのまま絵画にして祭壇に飾っていただけないでしょうか……!)

その時、ロザリア様が眉間のあたりを押さる仕草を見せたので、声をかけた。

「ロザリア様、あまり無理をなさらないでください」

「休みたいのはやまやまだけどね。店舗展開に新商品……やることが山積みなのよ」

口調は愚痴めいているが、表情はどこか晴れやかだ。きっと「ロズ商会」の仕事は大変でも、やりがいを感じているのだろう。

ちなみにロザリア様のおっしゃった「新商品」とは、真珠を使ったアイシャドウのことである。

サンベルク家の薬師と協力しながら、ロザリア様が自ら配合を考え、試作を重ねているものだ。

真珠パウダーを配合したアイシャドウが、ロザリア様のまぶたを彩る──きっとこの世のものとは思えないくらい幻想的で、美しいお姿になるだろう。私はうっとりと妄想しながら声をあげた。

「新商品、楽しみです!」

「販売はまだ先だけどね」

ロザリア様は唇をわずかにあげて、馬車の外に目を移した。その横顔は、どこか硬い。

(久々の登校で、緊張されているのかも……)

ロザリア様が学園へ通われるのは数週間ぶりだった。

アランから婚約破棄されて以来、様々な対応に追われていたのだ。王家にも説明する必要があったし、貴族たちへの根回しも必要だった。「ほとぼりが冷めるまでは学園は休め」とセルドア様に命じられたことも大きい。

(ロザリア様が学園に戻れば、きっとまた注目を集めるはず)

(変な男が近寄ってきたら、私が守らないと……!)

拳を握りしめ、闘志を燃やす。

婚約破棄はされたものの、セルドア様が根回ししたお陰で、貴族たちの間ではアランが原因だと噂になっているはずだ。現に、ロザリア様のもとには求婚の手紙が山ほど届いている。

さらにロザリア様には、真珠ビジネスで社交界に熱狂をもたらした「ロズ商会」としての実績もある。

美貌と商才を兼ね備えたロザリア様を、男たちが放っておくはずがない。

私はこの世界ではダミロザ以外受け付けない。そこらへんの男が近寄ってきたら、私が肉壁となり、必ずや守り切るのだ

……とはいえ、男たちにチヤホヤされているロザリア様を見たくないといえば嘘になる。正直見たい。超見たい。

群がる男性たちを、冷たい視線で見下ろしてほしい。

うっとうしそうに「はぁ」とかため息をついてほしい。

「くだらない」と言わんばかりに、足蹴にして欲しい。

私は冷徹なロザリア様も大好物なのだ。

「……ソレイユ、なんか気持ち悪いこと考えているでしょ」

「い、いえ! まったく! そんなことは!」

必死で誤魔化したが、ロザリア様の赤い瞳にじっと睨まれてしまった。

そして学園に到着した。

馬車の扉が開き、私は真っ先に降りる。ロザリア様が足下を気にせず降りられるように、手を差し出す準備も万端だ。

(ロザリア様は、私が守る!)

そう意気込みながら、私は一歩外に出た──が、おかしい。

誰も、ロザリア様に近づいてこないのだ。

「アストレイヤの会」で真珠のアクセサリーを発表した翌日のことを思い出す。あの時の貴族たちは手のひらを返すように押し寄せてきたのに。

首を傾げながら、あたりを見渡すと、複数の視線を感じた。

生徒たちは遠くの方から、ひそひそと何か囁きあっている。視線は向けてくるのに、決して近寄ってはこない。

ロザリア様も同じ違和を感じ取ったのか、軽く眉をひそめながら言った。

「……行きましょう」

教室へ向かう道すがらも、異様な空気は続いていた。

ロザリア様は公爵令嬢のため、すれ違う貴族たちは形式上の挨拶はする。だが、どこかよそよそしい。笑顔は引きつっていて、すぐに視線を逸らしてしまう。

通り過ぎた後も何やらひそひそと囁かれ、背中に不快な視線を感じる。

(一体、何……?)

そしてロザリア様が曲がり角を曲がろうとしたとき、女性の弾むような声が聞こえた。

「聞きました? ロザリア様のこと……」

ロザリア様の足が、ぴたりと止まった。

無遠慮な声が容赦なく耳に入ってくる。

「えぇ、まだアラン様に未練があるとか」

「捨てないでと縋ったんでしょう?」

「必死ですわねぇ」

好奇心に満ちた笑いが、廊下の静けさを破るように響いた。