軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リズとキーファの場合

『新』聖女となったリズは毎日忙しい。

朝、昼、夜の祈りに加えて、国を挙げて行われる様々な儀式や祭祀のやり方や心構えなど、前聖女のサーシャや神官長から教わり、覚えていく毎日だ。

今日も日課である聖堂での昼の祈りを終えて、リズは祝祭殿へ向かっていた。

頼まれた洗礼式の練習のためだ。この国の洗礼式は、この世に生まれてきてくれた事への祝福の儀式である。

そこへ、

「リズ」

呼び止められて振り向くと、キーファの姿があった。

リズのお付きの神官が、「先に祝祭殿へ行っております」と言い置いて足早に去っていった。

「今いいか? 話があるんだ」

「いいけど。何?」

「渡したいものがあって」

キーファはいつもの穏やかな笑みを浮かべていたが、ほんの少しだけ頬がこわばっている。緊張しているのか。その瞬間、あ、と察した。プロポーズされるのだと「わかった」。

集中してキーファの顔を見つめてみれば、金の飾りがついた小箱が、あざやかに脳裏に浮かんだ。

(……いや、ダメだわ)

これ以上はわからない方がいい。それが礼儀な気がする。

それなのに勝手に見えてしまう。箱の中身は黒のビロード生地で、その中央に納まっているのは、赤い大きな石がついた金の指輪だ。

ルビーか、ガーネットか、スピネルか、宝石に詳しくないリズには名称はわからないが、とてもきれいで色鮮やかな石だ。鋭角的なカットも美しい。

数千個もの宝石の中から、リズの目の色とそっくり同じ色のものを探して選んでくれたのだとわかった。

「指輪を贈るよ」との言葉どおりに。

胸にこみあげてくるものがあった。

でも顔に出してはいけない。リズはまだ知らないはずなのだから。

「それで――」と、キーファが続ける。そこへ、

「聖女様―!」

廊下の角から姿を見せた若い神官に呼ばれた。リズよりも年下に見える。まだ見習いの神官なのだろう。神殿の模様が彫られた文箱を手にしていた。

だが彼は呼んでから、リズと一緒にいるのがキーファだと気づいたようだ。一気に青ざめた。

「いえ、何でもありません!」

体ごと勢いよく引っ込んだ。角の向こうで、やってしまったと震えているのだろう。

かわいそうに思ったのか、キーファが言った。

「どうやら急ぎの用のようだな。また後でくるよ」

「……わかったわ」

うなずくと、キーファが笑顔を見せて去っていった。

リズは廊下を進み、角から顔をのぞかせた。

「何の用だった?」

「うわああ!!」

そんな悲鳴をあげなくても。

「申し訳ありません! まさか一緒にいらっしゃったのが王太子殿下だっただなんて……。あの、お話は終わったんでしょうか?」

「終わってないけど、大丈夫よ。また後でくるって」

「うわああ! 申し訳ありません――!!」

土下座しそうな勢いの神官に、「大丈夫だから」と声をかける。一緒に祝祭殿へ向かいながら、考えた。

もちろん「また後でくる」というキーファのプロポーズについて、だ。

知らないふりをした方がいい。何も気づかないふりをして無邪気に喜ぶべきだ。

赤い宝石の光り具合から台座の形までくっきりと見えてしまったが、そんな事はおくびにも出さない方がいい。

キーファはきっとリズを驚かせて喜ばせようとしてくれているのだし、リズだって本心から、純粋に嬉しいのだから。

リズの返事は決まっている。それに聖女と王太子が結婚するとなれば、国王も重臣たちも、神殿も、そして国民も諸手を挙げて賛成するだろう。そこは何の心配もない。

ただ、

(大丈夫かな)

ただでさえ無愛想な性格だと自分でよくわかっている。ものすごく喜んでいても、素直に表情に出ないのだ。

それなのに、しかも事前に知ってしまっては驚く事すら満足にできそうにない。キーファの事を演技が下手だと肯定しておいて何だが、リズだって演技は下手だ。

(聖女としては大切な力なんだけど)

一女性としてはいまいちかもしれない。そんな事を考えながら、リズは廊下を歩いた。

翌日の夕方、キーファから王宮の庭園へ呼ばれた。

(プロポーズだわ……!)

行った事もないのに、白い噴水がある光景が浮かんだ。そこで指輪をもらい、改めてきちんと結婚を申し込まれるのだ。

緊張しながらも、リズもキーファへ贈ると約束した指輪を持ってきていた。前聖女サーシャ付きの侍女になった元候補者のオリビアに頼んで、宝石業者を紹介してもらったのだ。貴族の令嬢であるオリビアの実家と懇意にしている業者である。

神殿の応接室で、ずらりと並んだ焦げ茶色の宝石を前に、悩みに悩んだ。そんなリズを興味津々に見つめるオリビアと、暇そうにあくびしていたシロとの前で、最終的にボルダーオパールを選んだ。カット具合によって少しずつ色を変える、きれいな石だ。リングや台座のデザインは、キーファの好みそうなごくシンプルなものにした。

指輪は小箱に入れてもらい、リボンをかけてもらった。

(よし)

脳裏に浮かんだとおりの庭園の噴水の前で、リズはローブの胸元の内布に入れた小箱に触り、決意を固めた。

準備は万全である。ただ驚く演技ができるかどうか、その一点がものすごく怪しいだけで。

王宮の庭園は美しい。凝った造りの噴水の周りには円を描くように石畳が敷かれ、様々な花が咲き乱れていた。むせ返るようなあでやかな花の匂いであふれている。

神殿の中庭も侍女たちがこまめに手入れしていてきれいだが、王宮のはそれよりもっと華やかだ。

石畳を踏む乾いた足音がした。

「呼び出してすまない」

空の夕焼けに照らされて、キーファがリズの前に立った。焦げ茶色の長めの前髪が風に揺れる。端整な顔が微笑んだ。

(……いよいよだわ!)

心の中で気合いを入れる。

シロは部屋に置いてきた。連れてきたら、きっとニヤニヤしながらずっとリズの様子を見つめているだろう。それでは気が散って集中できない。

「これをリズに」

前に脳裏に浮かんだとおりの、金の飾りがついた小箱を差し出す。

「俺と結婚してほしい」

リズはキーファを見上げた。真剣なまなざしが見返してくる。胸がギュっと締め付けられた。

「……ありがとう」と、受け取って箱を開けた。ビロード生地の上に、赤い石のついた金の指輪が納まっていた。

「うわあ、指輪だ! 嬉しい! ありがとう」

頑張って驚いたつもりだ。本心からの喜びと嬉しさも、一緒に出したつもりだ。

それなのにキーファはぽかんとリズを見つめて、そして――爆笑した。

(……)

プロポーズの場面だ。いい雰囲気の庭園に、素敵な指輪。シチュエーションも完璧だ。それなのになぜ体を折り曲げて本気で笑われないといけないのか。

笑いのやまないキーファが苦しそうに言った。

「リズ……演技が下手だな。俺より下手なんじゃないか」

「ええ!?」

思わず顔をゆがめると、それを見たキーファがさらに笑う。何だ、これ。絶対におかしい。

「――笑ってすまない」

「そうだね」

憮然とすると、キーファがもう一度笑って、そしてリズを見つめて優しく微笑んだ。

「別に無理して驚くように見せる必要も、喜ぶように見せる必要もないよ。そんな事しなくたって、リズが喜んでくれている事くらい、ちゃんとわかってる。俺にはリズみたいなすごい力も、神官たちのような魔力もないけど、そんな事はちゃんとわかってるよ」

――そうか。嬉しさが体中に浸透する。自然と頬が緩み、口角が上がった。

気がつくと笑っていた。心からの笑顔で。

「ありがとう」

「うん」

キーファがリズの手の中にあった指輪をそっと取り、リズの右手を取った。薬指にゆっくりとはめていく。

「――今度はちゃんと渡せたな」

感慨深げにキーファがつぶやいた。

五百年前の事を思い出しているのだろう。

前世ではどんなに望んでも手に入らなかった。それが今は薬指で光っている。

「そうだね。私も――」

ローブの内布に入れてあった小箱を取り出し、リボンを解いた。あれ、それは俺が開けるのでは? と言いたげな顔のキーファの前で、勝手知ったるようにふたを開けて、指輪を取り出した。

キーファに贈るための、焦げ茶色の石がついた指輪だ。

呆気に取られているキーファの右手を力強くつかみ、同じように薬指にはめた。サイズは前もって、側近のエリックに確かめておいたのでぴったりだ。

光る指輪を、呆然と見つめるキーファに笑いかけた。

「今度はちゃんと返せた」

「……ああ。そうだな」

キーファがこれ以上愛しいものはないというようにリズを抱きしめる。温かい腕の中で、幸せを噛みしめながら目を閉じた。

夕焼けが濃くなってきて、空はきれいな茜色だ。

やがて体が離れ、キーファがリズの右手を取る。腰をかがめて、手の甲に、指輪のはまった薬指の根元に、そっとキスを落とした。

* * *

「聖女様――!」

「王太子妃殿下――!」

リズとキーファの結婚式から半年後、神官と王室の事務官がリズを捜していた。

「「どうか、この文書に捺印をお願いいたします――!」」

リズの姿は見えない。仕方ないな。彼らの前に、シロは飛んでいった。

シロが姿を見せた事でリズも近くにいると思ったのだろう。彼らはキョロキョロしながらリズを捜している。

おもむろに、シロは両前足にインクをつけた。そして二人が手に持つ書類に向かって、

「キュ!」

と、同時に前足をくっつけようとした。ぐりぐりとなすりつけて離せば、立派な肉球印が押せるだろう。

「こら!」

すんでのところで、背後から押さえられた。

「聖女様!」

「王太子妃殿下!」

「シロ、文書を作り直さないといけなくなるでしょう」

「ギュー」

諭(さと) すリズを見上げながら、何だか落ち着いてきたなとシロは思った。穏やかな笑みを浮かべているリズは、聖女兼王太子妃として貫禄が出てきたように思う。まだ候補者だった頃、選定でシロを生み出した頃とはまるで別人だ。

「「申し訳ありません! 執務室におうかがいしたのですが、いらっしゃらなかったので!」」

彼らは同じ言葉を話しているが、神殿と王宮の執務室という事で、指している場所は違う。

「構いませんよ。捺印ですよね。印をもってきたので、ここで」

もちろん、この状況が「見えた」からこそ持ってきたのだろう。後ろでお付きの神官が満足げにうなずいている。落ち着いた笑みを浮かべたリズが聖女と王太子妃の印を両手に持ち、

「じゃあ押しますよ。――あ」

「「あ!?」」

二人の書類に逆に押してしまったようだ。これでは使えない。結局、作り直しだ。こんな事ならシロの肉球印でよかったじゃないか。

がっくりと肩を落とす二人の前で、リズはおかしいなと首をかしげている。

やっぱり出会った頃と変わっていないかも。シロはそう思い直した。