軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

71 今世の二人

リズはキーファの部屋にいた。テーブルを挟み向かい合って座るキーファが、じっとリズを見つめてくる。

湯気のたつお茶の入ったカップを前に、リズはかすかに身じろぎした。落ち着かないからだ。果てしなく落ち着かない。

「それで? 話とは何だった?」

真面目な顔で聞かれて、リズは困った。

もちろん「話がある」と言いだしたのはリズの方からなのだが。

――戴冠式が終わり、改めて王宮に呼ばれ国王から祝福の言葉を受けた。そばにはキーファもいて、リズは緊張の中にも安心できた。

「ちょうどいい。王宮を案内してあげたらどうだ?」との国王の言葉に、リズはキーファに連れられて謁見室を出た。

キーファがアイグナー公爵と対峙した回廊にさしかかり、ここで間接的にではあるが、「俺はリズが好きです」と告白された事を思い出した。

もちろんあれは演技だったのだが、それでも「本心だ」と、後からぽつりと言われたのだから告白だろう。そして「一緒に住もう」とも言われた。

幸いにも次期聖女になれて、キーファは王太子をやめずに済んだし、王都内の集合住宅を借りなくてもよくなった。けれど改めて思い返してみれば、リズはキーファに自分の気持ちを伝えていない。

告白された時に、「ユージンを好きなのはセシルであって私じゃないから」とは言ったが、よく考えてみれば、キーファに伝わったのはその言葉通りの事実のみだろう。

(これじゃダメだ)

そう思い、勢いに任せて「話があるんだけど」と言うと、連れてこられたのはキーファの自室だった。

そして今、キーファと二人きりで向かい合ってソファーに座っている。

「で、話って?」

再度キーファが聞いてきて、リズは困った。面と向かって真面目な顔で聞かれると言いだしづらい。構えずに自然体ならば何とか言いだせそうなのに、全くそういう状況ではない。

必死に考えた。

そして自分にできる最大限の告白ともいえる、「私もキーファに指輪を贈る」と伝える事にした。

五百年前は男性から女性にのみ指輪を贈る習わしだったが、それが今ではだいぶ、くだけてきていると侍女たちから聞いたからだ。王都内の若者たちの間では、男女双方で贈り合うのが主流らしい。

(よし。そう言おう)

覚悟を決めてリズが口を開いた瞬間、キーファが「そうそう」と何かを思い出したように立ち上がった。

「悪いが、ちょっと待っていてくれ」

奥の寝室へと向かう。リズは拍子抜けしてしまった。

戻ってきたキーファはリボンのついた小箱を持っていた。ソファーに座り、笑顔で小箱を差し出す。

「これをリズに渡そうと思っていたんだ」

「私に?」

指輪を贈ると言うはずだったのに、逆に贈られてしまった。

だがキーファが今か今かとワクワクした表情で見つめてくるので、リズはそれを手に取り、リボンを外した。そして――。

「かわいい」

思わず声がはずんだ。

箱に入っていたのは金の髪飾りだった。金色の木の枝のモチーフに、赤い小さな宝石の実と緑の宝石でできた葉っぱがついている。

(前に「リズに似合う、ふさわしい髪飾りを贈るよ」と言ってたことを覚えてくれてたんだ)

そして用意してくれていたのだ。胸の中が締めつけられるように嬉しくて、そして温かくなった。

「ありがとう。大切にする」

噛みしめるように言い、髪飾りを手の中に握りしめると、キーファが「うん」と嬉しそうに笑った。

次は、いよいよリズの番だろう。

深く深呼吸し、覚悟を決めて、

「私もキーファに指輪を贈る」

と一気に言った。そのまま息を詰めて見守ったが、キーファはぽかんとしている。そして不思議そうな顔で口を開いた。

「この髪飾りのお返しという事なら、気にしなくていい」

「違う。そういう事じゃなくて」

「じゃあ、なぜ?」

心底わからないと言いたげな顔で見つめ返してくる。

「その……今、王都内の街で流行してると侍女さんたちから聞いたから」

「何を?」

鈍い。

「だから、その……五百年前とは違って、今は」

「今は?」

どこまでも真面目な顔で聞き返してくる。

人の事は言えないが、鈍すぎる。リズは髪をかきむしりたくなった。前世のユージンはこれほど鈍くなかったというのに。

リズは息を吸い込み、一気に言った。

「今は……双方が贈り合うって聞いたから。その、女性も……愛する男性に」

ようやくリズの言いたい事が伝わったのか、キーファが「そうか」と、あっさりうなずいた。そして平然とお茶の入ったカップを手に取った。

(あれ? ええ!?)

何だ、このあっさり感は。何かおかしくないか。衝撃に固まるリズの前で、キーファが「そうか」ともう一度繰り返し、一口お茶を飲んで、そして――大きく目を見開いた。

「え!?」

(今!?)

リズも違う意味でびっくりだ。

けれど、ちゃんと伝えないといけない。

「そ、そういう事だから」

ちゃんとかどうかはわからないが、とりあえずリズはキーファの顔を見て言い切った。

「そうか……」とキーファが顔をそらせた。顔が赤くなっている。照れているのだ。そんな様子を見ていたらリズまで頬に熱をもってきた。体がフワフワして落ち着かない。

しばらくの間お互いに無言が続き、やがて、

「リズ」

決心したように、キーファがかすれた声で言った。

「その、頬をさわってもいいか……?」

思いつめたような光を宿す目で見つめられて、リズは頭に血がのぼった。髪をかきむしりたくなるのを抑えて、答える。

「――どうぞ」

どんな返事だと、自分で自分にツッコミたい。今世では何の経験もないが、前世ではそういう関係だったじゃないか。しかも相手は前世のユージンだ。

そうだ。落ち着け。自分に言い聞かせて顔を上げると、すぐ目の前にキーファの顔があった。

真剣な表情だ。端正な顔が一心にリズを見つめてくる。リズだけを。

途端に、さらに頭に血がのぼった。

違う。ユージンとは違う。こんな人は知らないし、こんな経験もない。

キーファの手がゆっくりと伸びてきた。心臓の鼓動は最高潮だ。戴冠式を終えたばかりなのに、心臓が止まってしまったら、まさに「最短聖女」だ。

キーファの震える指先がリズの頬に触れた。長い指は熱を持っていて熱い。もしかしたらリズの頬が熱いだけなのかもしれないが。

指先から愛しさが伝わってきた。この世で二つとない、大切な大切なものにふれるような触り方。

心の奥底がたまらない気持ちになった。リズを一心に見つめる真剣な表情には、あふれんばかりの愛情が詰まっているのがわかる。

もう片方の手がリズの背中に回され、抱きしめられた。キーファが最大限に優しくしようとしているのが伝わってきた。同時に、抑えきれないほどの激しい思いを解放しようかどうか迷っている事も。

キーファの腕の中で、最高潮の心臓の鼓動と幸福に身をゆだねていると、やがて体が離れ、軽くあごを引き上げられた。同時にキーファの端正な顔が近づいてくる。

(あれ?)

気づかなければよかったのに、リズはそこで気づいてしまった。

(これって――)

我に返ったように真顔になるリズに、キーファもさすがに気づいたようだ。リズの鼻先で動きが止まり、こちらも真顔になった。

「リズ?」

「……いや、あの」

「何だ?」

「……別に何でも」

「気になる」

そりゃ、そうだ。リズはキーファを見上げた。すぐ間近で見ると、さらに整った顔立ちをしている。しかしその目はまっすぐリズを見抜いていた。逃がしてもらえそうにはない。

「その、ユージンと一緒だなと思って……」

「何が?」

「……順番が」

前世でユージンがセシルを愛おしむ時、いつも頬に優しくふれ、髪をなでて抱きしめられる。そして、かすかに引き上げるように顔を上に向けられ、キスをされる。それから――前世はいつも続きがあったが、今はそういう事を言っている場合ではない。

そして口にした瞬間、リズは後悔した。言うべきではなかったと。

案の定キーファがリズの両肩をつかんだまま、うなだれてしまっている。その表情は見えないが、体が小刻みに震えているため、やわらかそうな髪の毛が数本宙に舞いリズの鼻先をくすぐる。形のよいつむじが見えた。

肩も小刻みに震えているが、楽しくて笑っているのではない事だけはわかる。

後悔だ。激しく後悔だ。

「キーファ。あの、ごめんね――」と謝るより早く、キーファがゆっくりと顔を上げた。その顔は情けなさに満ちていた。整った顔がすっかり沈んでしまっている。

「……レパートリーがなくて悪かったな」

落ち込んでいる。男として。しかも、どん底まで。

しまったと思うばかりだ。

「本当に、ごめ――」

目を伏せて心から謝りかけた口を、突然なかば強引にふさがれた。両肩をつかむ力が強い。

驚きのあまり思わず身を引こうとしたところ、それより早く、リズの肩をつかんでいたキーファの片方の手がリズの後頭部に回った。逃れられない。

これは――新しいパターンだと、真っ白になる頭の片隅で思った。

しばらくして唇が離れ、キーファがリズを見つめた。愛しさを宿す目で優しく微笑む。

「俺も指輪を贈るよ。リズの目の色と同じ、赤い石のついた指輪を」

心のこもった言葉は、前世を彷彿とさせた。

不意に首から下げたひもに通してある指輪が、熱を持ったように感じた。前世でセシルがユージンから贈られた、青い石がついたもの。ユージンの、セシルへの思いがこめられたもの。

「――うん。ありがとう」

胸元の指輪を握りしめて、リズは微笑んだ。

キーファからリズへの思いがこめられた、赤い石のついた指輪。それをもらったら指にはめよう。生涯、大事にする。

そしてリズもまた焦げ茶色の石がついた指輪を、キーファに贈る。きっと喜んでくれるだろう。

目の前で微笑むキーファに、リズも心から笑みを浮かべた。

前世で大事だった人の記憶があって、そして今世でも大事な人がそばにいる。

その事が、とても幸せに思えた。