軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

53 脱出

「リズ、大丈夫か!?」

顔色を変えたキーファが、駆け寄ってきた。けれどリズが牢の中で怖がっているでもなく、むしろ鉄格子に両手と片足をかけて何とか脱出できないか試していた姿に、目を見張った。そして頼もしそうに笑った。

キーファがポケットから鍵を取り出す。この牢の鍵だろう。リズは驚いた。

「どうやって手に入れたの?」

「俺は王太子だから」

答えになっていないだろうと突っ込む前に、キーファが鍵を開けながら聞いてきた。

「前世の話だが、一つ聞きたい。ユージンがセシルに、花の髪飾りを贈った事があっただろう。セシルがそれをどうしたか、覚えていたら教えてもらいたい」

さらに驚いた。ちょうど、その髪飾りの夢を見たところだったからだ。

「ずっと大事に持っていたけど……死んだ後はわからない。たぶん部屋の家具なんかと一緒に、大家のおばさんが処分したんじゃないかな」

キーファが前に言っていた。セシルの死後、ユージンが部屋を訪れたら中は空っぽだったと。つまり、そういう事なのだろう。

リズはいぶかしく思い、聞いた。

「どうして今、そんな話をするの?」

「さっきシーナから、その髪飾りを見せられた」

リズは、はじかれたように顔を上げた。だって、そんな事はあり得ない。

……いや、もしあり得るとしたら――。

「そっくりに作らせたものだろう。ご丁寧に、五百年の年月を経てきたような錆びまでついていた」

彫像のように整った顔で、キーファが淡々と話す。

「シーナが言っていたよ。『この髪飾りは、シーナが赤ん坊の頃ブライド修道院に捨てられた時、シーナが入っていたカゴに一緒に入っていたものだ。おそらく母親のものだろう。こんな古い髪飾りを、ずっと大事に持ち続けていたのだ。きっとこの髪飾りは、シーナの先祖代々受け継がれてきたに違いない』と」

胸にずしりとおもりが積まれたような気分だ。ひどく重苦しい。

シーナはセシルの子孫だと、キーファに思わせたいのだ。

セシルと同じ顔で、セシルの血を引く者。そう思わせられれば、キーファはシーナに会えた事を運命だと思い、喜ぶだろうから。

リズは両手で、鉄格子をギュウッときつく握りしめた。

あまりにキーファを、そしてリズをもバカにしている。キーファたちを感情のある人間だと思っていない。自分の思い通りに動かせる、ただの駒だと思っている。まるで――前世と同じように。

「どこまで俺たちをバカにすれば気が済むんだ……!」

キーファがうなるような声を上げた。

キーファの悔しくてたまらない気持ちは痛いほどよくわかる。同じ痛みを共有しているのだ。

リズは小さな声で言った。

「アイグナー公爵は、前世のあの執事なのね。ハワード家の筆頭執事」

「……気づいていたのか」

キーファがかすかに目を見張った。リズがうなずくと、キーファが小さく笑いながら、こげ茶色の前髪を片手でさわった。

「アイグナー公爵とシーナが関わっている証拠を、やっと手に入れたよ。コロラド地方でシーナがよく話していた現地の男。その男が、公爵家の使用人に雇われていたと吐いた。その公爵家の使用人も捕らえたが、なかなか真相を話さない。普段は人里離れた屋敷にいて、滅多に人前に出てこないんだ。シーナに会いに一度神殿へやって来たというから、その時捕らえられたら良かったんだが」

キーファが大きく息を吐いた。そして顔を上げて、眉根を寄せた。

「なぜ、リズが牢に入れられたんだ?」

「わからない。現聖女様から突然、魔石を持ち込んだ犯人だと言われたの」

「なぜ現聖女様がそんな事を?」

リズは首を左右に振った。先ほど現聖女に違和感を覚えた。シーナの時と同じような。あれは――。

鉄格子を握りしめながら考え込んでいたので、ふと顔を上げて驚いた。鉄格子越しではあるが、すぐ目の前にキーファの顔があったからだ。おまけにしばらくの間、顔をのぞきこまれていたようだ。

「ちょっと何して――!」

「その顔は、何か言いたい事がある顔だな」

ちょっとわかってきた、と嬉しそうに笑うキーファは無駄に美形だ。見とれる前に、リズは断固として顔をそらせた。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「現聖女様だけど、偽者だと思う」

「そうか」

えらくあっさりと肯定されて、リズは目を見張った。キーファが片方の眉を上げた。

「シーナは顔を変えた。公爵には、顔形を変えられる仲間がいる。おそらくそういった魔術なんだろうが、そんなすごい魔術師を、公爵がそれだけで手放すはずがない」

南京錠がカチャリと乾いた金属音をたてた。鉄格子の扉がきしみながら開く。

「公爵の目的を考えていたんだ。シーナ――いずれ養女にでもするつもりだろう――を王太子妃にする。後は? 前世の執事なら、さらに保険をかけておくだろう。念には念を入れて。

その魔術師が現聖女様に成り代われば、王太子妃と聖女が公爵の仲間になる。いずれ決まる次期聖女も、現聖女の意見が尊重される。公爵は、将来の王妃と聖女を手に入れられる事になる。そうすれば敵はいない。将来、この国を裏から操れる」

そのためにキーファにシーナをめとらせ、リズを罪人として遠くへ追放しようとしている。

キーファの焦げ茶色の目に、怒りの色が宿った。

「そんな事はさせない。茶番はもう、たくさんだ。前世と同じようにはさせない。協力してくれるか?」

リズは牢から出て、大きくうなずいた。

「もちろん。終わらせよう」

キーファが微笑んだ。力強い味方がいて嬉しそうに。

「行こう。偽者の聖女に見つかる前に」

リズが階段を駆け上がって逃げようとしたその時、上方から神官たちの声が聞こえてきた。

「こっちです! キーファ殿下がリズを連れ出そうと――!」

「……!」

焦った。この地下牢からの出口は、この階段一つしかない。奥は行き止まりだ。

と、キーファに腕をつかまれた。

「こっちだ」

足早に奥へと進んでいく。

「待ってよ。それじゃ袋のネズミ……!」

「大丈夫だ。子供の頃、神官長からこの地下牢の図面を見せてもらった事がある。その時に、現聖女様から、そこには載っていない隠し通路の事を聞いた。現聖女様と神官長、そして国王しか知らないそうだ。だが王太子なら、いざという時のために知っておくべきだと言われた。いざという時なんてこないといいけれど、と笑っておられたが、意外に早くきたな」

* * *

確かにマノンが施療院のベッドで眠っているのに、神殿で現聖女が神官長を呼んでいるという――。

ロイドは神官長と、急いで神殿へと戻った。

「とりあえず私は現聖女と名乗る者のところへ行ってくる。よいな? 状況を把握するまで、下手に動くでないぞ」

と神官長が真剣な顔で言い、第一神殿へと向かって行った。

残ったロイドは、慎重に辺りを見回した。神官たちや侍女たちが、いつもと同じように仕事をしている。何も変わらない、いつもと同じ光景。誰一人、疑っていない。

ロイドは近くにいた髪の長い神官をつかまえた。

「現聖女様が姿を見せたんだろう? どんな様子だった?」

「どんな? いつもと同じだったけど? 元々あまり人前に姿を見せない方だけど、最近は本当に見ていなかったからな。久しぶりに見たよ。……それより、ロイドは大丈夫なのか?」

「大丈夫かって何が?」

声をひそめた神官に、いぶかしく思い聞き返す。途端に神官が目を剥いた。

「まさか知らないのか!? お前が連れてきた候補者のリズが、あの魔石を持ち込んだ犯人だったんだぞ! 現聖女様が自らおっしゃられて、さっき牢に連れられて行った」

「え……」

言葉を失う。その時、神官長が戻ってきた。顔色が悪い。思い詰めたような表情に、嫌な予感しかしない。ロイドは足早に駆け寄った。

髪の長い神官から離れたところで、「ロイド」と神官長が重々しく口を開いた。

「落ち着いて聞け。マノンの心臓部に、くさびが打ち込まれておる。魔力のこもったくさびだ。そのくさびが発動すれば、マノンの命はないと言われた」

「……!」

ロイドは絶句した。神官長が広すぎる額を片手でおおう。

「今、第一神殿にいるあの現聖女は、やはり偽者だ。その偽者が、あの魔石を仕掛けた。その事をばらせば、マノンの命はないそうだ」

「……くさびを打ち込んだと嘘をついている可能性は?」

ないだろうなと思ったが、ロイドは一応確認した。わらにもすがる思いで。

しかし神官長が悲しげに首を振って否定した。

「あの時マノンと一緒にいた神官たちが、言っておったのだよ。マノンが魔石を封じ込めた時、魔石から何か黒い細いものが、マノンの胸目がけて飛んでいったと。直後、マノンが倒れたと。それを聞いた時は見間違いであれば良いと願ったが……」

おぞましさが全身を走り抜けた。

あの魔石は最初からマノンを狙っていたのだ。

そしてマノンの――本物の現聖女の命は、あの偽者の手の中という事か。

「あの偽者は、マノンの知り合いなんですか?」

「……おそらくな。詳細はまだわからんが」

「神官長様。そいつはリズに罪を着せて、牢に入れました」

「ああ、先程聞いた。そっちも何とかする。しばらく時間を――」

「神官長」と突然声が聞こえて、ロイドは勢いよく振り向いた。すぐ後ろに、お付きの侍女たちを従えた現聖女が立っていた。いや、現聖女に成り代わった偽者だ。

ロイドは背筋が冷たくなった。声をかけられるまで全く気配を感じなかった。それに――。

(現聖女様そっくりじゃないか)

顔も体も、声まで、ロイドが子供の頃から知る現聖女そのものだ。

(ここまで同じになるものなのか……?)

恐ろしい魔術だ。他の神官や侍女たちが気づかないのも無理はない。

偽の聖女が微笑んだ。

「どうかしましたか? ロイド」

名前を呼ばれ、「いいえ、別に」と顔をそむけるしかできない。下手な事は言えない。マノンの――本物の現聖女の命がかかっているのだ。

悔しさを振り切って、ロイドは歩き出した。

「どこへ行くのです?」

後ろから偽者の声が降りかかった。無視したいのをこらえて、ロイドは答えた。

「文書室へ行ってきます。書類がたまっているので」

「嘘ですね。地下牢へ行くのは禁じますよ。私も、リズの事は残念です。ですが彼女は罪人です。罪が確定するまで、誰も牢に近づいてはいけません。神官長も、そしてもちろんロイドも」

全てを見透かすような、現聖女そのものの優しい微笑みに、ざわりと鳥肌が立った。

そこへ一人の神官が息を切らせて走ってきた。

「大変です! キーファ殿下が見張り役の制止を振り切って、牢の中へ――!」

「すぐに地下牢へ降りる階段を封鎖しなさい。出てきたところを捕らえるのです」

「いえ、それが、そこは封鎖したのですが……殿下の姿がどこにもなく……おまけにリズ・ステファンも消えました!」

「何ですって?」

偽の聖女の顔がゆがんだ。勢いよく神官長を見る。

「私は何もしておりませんよ。今まであなたと――現聖女様と一緒に第一神殿にいたでしょう? そうか。もしかしたらキーファ殿下は魔力持ちで、魔法を使ったのかもしれませんな」

神官長が、すっとぼけた。