軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26 グレースの実

リズは目を見張った。

(グレースの花が枯れ始めている……)

はらりはらりと、グレースの聖なる花が一枚残らず枯れ落ちた後、目にもあざやかな赤い丸い実がムクムクとふくらんできた。

途端にグレースの顔が輝いた。

「まあ、きれい。やっぱり、その者にふさわしい実がつくのね」

実に満足そうだ。中に入っているのはリズに負けないくらい素晴らしいものだと確信していると表情が語っている。

対して全ての罪をかぶせられ、その場に力なく膝をついたナタリーがのどの奥から声を振りしぼるようにして叫んだ。

「……どうしてですか? グレース様、どうしてですか!? 私はグレース様を信じたのに!」

「何の話かわからないわ。本当に言いがかりはやめてちょうだい」

グレースがいかにもうっとうしそうに眉を寄せて、一刻も早く自分から切り離したいかのような冷たい目でナタリーを見下ろした。

ナタリーの顔が絶望したようにゆがんだ。

少し疑ってはいたものの、ナタリーは心の底からグレースを慕っていたのだろう。ずっと憧れていた。だから最後まで信じた。それなのにグレースにとってナタリーはただの都合よく扱える使い捨ての 駒(こま) でしかなかったと悟ったのだ。

「そんな……」

ナタリーが悲しいくらい、うなだれる。

後に残ったのはリズの実を卑劣なやり方で取り去ったという罪と、右頬から首にかけての大きなやけどの跡だけだ。罪を犯し、聖女候補としても失格になり、おまけに貴族令嬢としての将来も失った。

「そんな……!」

床に頭を打ち付けて、ナタリーが震える両手で長い黒髪をぐしゃぐしゃにかき回す。かわいらしい銀の髪飾りがカツンと乾いた音をたてて床に落ちた。

次々とこぼれる涙はやけどした右頬に痛むのだろうが、それ以上に心の方が痛いのだろう。体中を震わせて、声も詰まらせて泣く姿は哀れだった。

(……!)

リズは体の横で両手を強く握りしめた。

ナタリーの事をそれほど知っているわけではないし、自分が好かれているとも思っていない。何よりグレースの言う事の方が理にかなっている。

けれど、どうしてもナタリーの言葉が嘘だとは思えないのだ。

リズは「グレース」と静かに話しかけた。

「私にはナタリーが言った事は嘘だとは思えない。私がこの広間へ来る時、グレースの部屋のドアをノックしたけど返事はなかった。あの時すでに部屋にいなくて、ナタリーと一緒にこの広間にいたんじゃないの?」

「いつも耳栓をして眠るのよ。だからナタリーの悲鳴も聞こえなかったし、皆の声や物音に気付くのが遅れてしまったわ。だから後から急いで駆けつけたのよ」

グレースは余裕たっぷりの表情だ。どれだけ追及されてもかわせる。だって証拠はないのだから。それをよくわかっている態度だった。

リズは顔をゆがめた。ナタリーの泣く声が耳に突き刺さる。「ナタリー……」と小さく呼びかけた瞬間、リズの脳裏に真実が映像のように次々と流れ込んできた。リズの「勘」の力だ。

グレースがナタリーに「神官長の命令だ」とリズの実を取り去るように指示した事、公爵家の後ろ盾をエサにグレースが神官トマを 懐柔(かいじゅう) し、そのトマが見張りの神官を遠ざけて気を失わせた事、その隙にグレースとナタリーが広間へやって来た事――。

(やっぱり)

勢いよく顔を上げて激しくグレースを見つめる。

(やっぱり、そうだったんだ。でも……)

悔しい。それを皆に納得させられるだけの 術(すべ) がない。

(いいえ、何かあるはずよ。何か――!)

勝ち誇ったような態度のグレースの前で必死で頭を振りしぼる。そして――勢いよく振り返った。

そこには凛とたたずむ聖竜の姿があった。リズの視線を受けて「何の用だ?」とでも言いたげに首をかしげる。

(そうよ。聖竜は実の中、いわばこの広間にずっといたんだから全てを見ていたという事よね)

グレースとナタリーのやり取りの全てを。

リズはまばたきもせずカッと目を見開いて一心に聖竜を見つめた。聖竜がけげんそうに眉を寄せて見返してくる。

いちかばちかだ。けれど、やってみる価値はある。

小さく深呼吸すると、リズは聖竜からは目を離さずに、その場にいる神官や候補たちに向かって大きく口を開いた。

「――聖竜が言っています。『グレースとトマは嘘をついている。ナタリーの言う事が真実だ』と」

「何だと!?」

神官たちが驚愕の声を上げた。聖竜もびっくりしたように切れ長の目をまん丸にしている。

リズは構わず続けた。

「『自分は実の中にいて全てを見ていた。ナタリーは二人にだまされた。確かだ』と、そう言っています」

青ざめる神官トマ。候補たちも顔を見合わせて一斉に騒ぎ始めた。

「本当なの? グレースたちは神官長様の名を 騙(かた) ってナタリーをだましたという事?」

「トマ様はナタリーを連れてきた神官でしょう? ……でも本当だったらナタリーはあんなひどいやけどまで負っているのよ。許せる事じゃないわ」

隣で腕組みをして立っていた神官ロイドがちらりとリズを見て小さく笑った瞬間、グレースが怒りに燃える顔でにらみつけてきた。

「ふざけないでちょうだい! そんなの嘘に決まってるわ!」

「嘘じゃないわ。聖竜の声が、こう……頭の中に流れ込んできたのよ。直接ね」

「そんな事……あり得ない!」

「私も不思議だわ。でも聖竜のする事だから」

動揺したように一歩後ずさるグレース。ロイドが

「僕たち神官の魔法さえ相手にされてなかったからな。聖竜ならリズの脳内に直接話しかける事くらい簡単だろう。何せ聖なる実から生まれた聖なる竜だから」

もっともらしく何度もうなずいてみせると、候補たちがざわめき始めた。

「そうよね。だって聖竜だもの。さっきの白い炎を見たわ、あんなすごい魔力を持ってるんだもの。リズの頭の中に直接話しかけるくらい訳ないわよ」

「じゃあグレースは本当に……」

候補たちが顔を見合わせた。

場の雰囲気がリズに流されていっていると感じたのか、グレースが焦ったような笑みを浮かべた。

「ちょっと待ってちょうだい。リズがそう言っているだけでしょう。聖竜の声なんて他の誰にも聞こえなかったんだから。リズは以前から貴族を毛嫌いしていたと、リズの故郷の村の領主筋から聞いたわ。私に対する態度がずっとそっけなくて冷たくて敵視されているように感じたのも、そのせいなのね」

しおらしく肩を落とす。

村で暮らしていた時の事なんて、いつ調べたんだ? と驚くリズの前で、候補たちがざわめいた。

「そういえば私もリズにそっけない態度をとられるわ。私が準貴族の令嬢だからなのね!」

「私は貴族じゃないけど、私に対してもリズはそっけないわよ」

「というか誰に対してもそうじゃない? 愛想がないのよ」

好き勝手な事を言っている。

しかしグレースの言葉で、聖竜が言ったという事の信ぴょう性はうやむやになってしまった。リズが顔をしかめていると「リズ」とロイドに小声で話しかけられた。めずらしく真剣な顔をしている。

「何ですか?」

「グレースがナタリーをだましたと言った事は本当なんだな?」

「本当です。『勘』で見えましたから」

「そうか。――全く、神官長が留守にしている時に。いや、だからこそ今夜を狙ったのか。……逃げた方がいい。『その者にふさわしい実がつく』グレースのあの実、やばいぞ」

ロイドが言ったそばから、こぶし大の赤い実の表面にぴきぴきと亀裂が入っていった。

「何が出てくるのかしら? 聖獣、それとも妖精?」

全く疑っていない様子のグレースが嬉しそうな笑みを浮かべる。

しかし、いつまでたっても横一直線に亀裂が入った実からは何も出てこない。神官トマが近付いていき、亀裂から中をのぞきこんで驚きの声をあげた。

「からっぽだ。実の中には何も入っていない!」

「どういう事なの?」

グレースがけげんそうに顔をしかめた瞬間、横に入った割れ目がちょうど生き物の口のように左右に引き伸びた。

まるで実自体が意思を持ち、獲物を見つけてニタリと笑ったかのように。

のぞきこんでいたトマが頭から吸い込まれる。まるでパクリと食われたようだ。肩のあたりまで一気に飲み込まれたトマが 這(は) い出ようと必死にもがく。

「何だ!? どうなっているんだ! 助け――!」

くぐもった叫び声は非情にも途中で途切れた。トマの体が完全に実の中に消えてしまったからだ。

「きゃああ――!!」

「神官が食べられたわよ! 人食いの実だわ!」

候補たちがけたたましい悲鳴をあげて一斉に扉へ向かって逃げ出す。

あまりの光景にリズは体が固まってしまった。とても現実とは思えない。

実は最初リズの顔よりも小さかったのに、トマを飲み込んだ今、大きくふくれあがっていた。表面がでこぼこといくつも突き出ていて、それがさらに気味悪さを増している。

そんな人食いの実がこっちを見た。目なんてないのに確かにこっちを見たように感じられて、ザワリと鳥肌がたった。

しかし実が見つめていたのはグレースだった。ニタリ、と実の中心に入った亀裂がまた笑ったように見えた瞬間、根元が埋まっている豪華な鉢が音を立てて割れた。

土がところどころ絡みついた白い根っこが、まるで足のように床を踏みしめ、舌なめずりをするように一心にグレースに向かってきた。

「来ないで、来ないで!」

真っ青になったグレースが震える体をひるがえして逃げ出した。

グレースが育てあげた、あれほど誇りにしていた「聖なる実」は、ただの「化け物」になり果てた。

悲鳴をあげながら何とか逃げきろうとするグレースの左腕が、追いついた実にパクンと飲み込まれる。

「いやああ! 助けて、助けて――!」

絶叫が広間に響いた。