軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第16話

「まぁ、ノア様!」

「良かった。見間違いかと思いましたよ。ご一緒しても?」

「えぇ、どうぞ」

そう答えて、ふと頭の中にと過ぎった父の変な男に付いて行くなという言葉。でもそれは一瞬。ノア様は変な男ではないから問題なしである。

「ノア様も一息つきにいらしたのですか?」

いつもの文官の装いではないからか、王宮で会うノア様と雰囲気が違って不思議な感じだ。

「いえ、貴女を探しに来たのですよ」

「私を、ですか?」

外交書記官として親善大使の私に何か用事があったのだろうか。

「えぇ、ダンスにお誘い出来れば、と思いましてね」

「は?」

私は思わぬ台詞に間抜け声である。

「そんなに驚くことですかね?」

あんまりにも私が驚くものだから、ノア様は苦笑を洩らした。いや、でも驚くところでしょう。わざわざ探してくれてまで私をダンスに誘ってくれるなんて誰が思うの。

「私がマーシャ殿をダンスに誘いたいと思ってはいけませんか?」

なんてあまりにも照れくさそうにノア様が言うものだから、私もつい釣られて頬に熱が灯るのが分かった。

「いえ、そんなことはありません……よ?」

うわ、なにこの雰囲気。やだやだ、むず痒いんですけど⁉ ちょっとお父様ったら、何ちんたらしているのよ! 早く帰って来てよー‼

慣れない、というか初めてのむず痒い雰囲気に私の脳内はパニックである。ライニール様の訓練で慣れたと高を括っていた私を殴ってやりたい!

「では……」

そうノア様が言葉を続けようとした時、カチャリと扉が開く音がした。

助かったー! と私はかなりホッとしていた。てっきりお父様が戻って来てくれたのだと、そう思っていたのに。

「ここに居たのね。探したのよ、マーシャさん」

「王弟妃殿下……」

なんでよ、と心の中で盛大に突っ込みが入った。しかも王弟妃一人ではない。彼女の後ろから姿を見せたのは想像するまでもなくラウルである。

「やぁ、マーシャ。今日はいつもと雰囲気が違うな。見違えたよ」

「……それはどうも」

そりゃ侍女の装いではありませんからね。雰囲気が違うのは当たり前。見慣れないでしょうとも。だが褒められても全然嬉しくとも何ともない。そして残念なことに、本日の装いはマイラ様を始めマリィ、ライニール様、ダグラス様、果てには陛下にも不評だったんだけどね。なにやら『きつく見える』らしい。女だからって舐められないようにわざとそう見えるようにしたのに、文句を言われる私。切なくて内心泣きましたとも。

だが、そんな装いが良く見えるとは、ラウルが私をどう見ているのか分かるというものである。

「歓談中にごめんなさいね。お邪魔だったかしら」

ノア様の姿を見つけた王弟妃は、扇で顔を隠しながら頭を傾けて言った。

「いえ、とんでもございません」

先ほどまでの空気など微塵も見せずにノア様は答える。

「そう、なら良かったわ。バルコニーで二人きりでいるものだから、てっきり密会なのかと疑ってしまったではないの」

どの口が、と喉先まで出かけるが我慢。

「それはノア様に失礼ですわ、王弟妃殿下。勘違いなさらないで下さいませ」

貴方がたと一緒にしないで下さいね、と嫌味を含めて反論である。それにもし、私がノア様と密会していたとしても、王弟妃たちに何の関係があろうか。口出ししないで貰いたいものだ。

「そんなに怒らないで、マーシャさん。私はただラウルの為に確認しただけよ」

「プリシラ様」

「あ、もう。ラウルまでそんな顔しないで。お節介なのは分かっているわよ」

何の確認、何のお節介、何のつもりなのか。余計なお世話だ、このやろう。

「ねぇ、マーシャさん。私からのお願いよ。ラウルともう一度話をしてくれないかしら?」

「またその話ですか……」

「ダメ?」

小首を傾げて上目遣いの王弟妃。この仕草にやられる男性は多いでしょうけど、私には通じない。むしろ失笑である。

「失礼ですが、それはご命令でしょうか?」

断ろうとした私より先にノア様がそう言った。

「命令だなんて嫌だわ。私はお願いをしているだけよ。それに貴方……えっと」

「これは失礼を。ノア・レッグタルトと申します」

「ではノア。これは貴方には関係ないお話なの。口を挟まないでくれるかしら」

カッチーンと来た。確かにノア様には関係のない話だけれど、王弟妃にも関係ない話である。いくら王弟妃が私を侍女に欲しいと思っていても、ラウルとのことは済んだ話なのだから。

「ちょ…っ」

あまりの腹立ちに思わず反論をしようとした私をノア様が手をかざして制止する。ちらりと向けられたのは笑顔で私は拍子抜けした。こんな失礼なことを言われているというのに、どれだけ心が広いのかと。

「ですが、先に彼女と話をしていたのは私ですので、まずは私に断りをいれるのが先決ではないでしょうか。それにですね、女性をお誘いするのに王弟妃の力を借りないと出来ないと言うのもいささか情けなさ過ぎるというものでは?」

だがノア様はしっかりと怒っていたようだ。その証拠にまるで鼻で笑うかのような物言い。実際に笑ってはいないけれど、馬鹿にされたのはラウルにも分かったのだろう。悔しそうに顔を歪めている。

「貴方、先程邪魔ではないと言っていたではないの」

「えぇ、邪魔ではありません。でもそれは私を追い出そうとしなければ、の話ではありますが」

まさかそんな失礼な真似しませんよね、とノア様は言っているのだ。

「……つまり貴方はマーシャさんを渡す気はないとおっしゃるのね」

「渡すだなんて、彼女は物ではありませんよ」

強い。強いぞ、ノア様。仮にも王族であるプリシラ妃に対して、その物言い。そこら辺の貴族では簡単に退いていただろうに。

「貴殿は少し王弟妃殿下に対して失礼ではないのか」

とうとう我慢が出来なかったのか、ラウルが前に出て来てノア様に叱責する。

「それにマーシャ。君も君だ。こんなにも王弟妃が懇願なさっているというのに、君はその気持ちを汲み取ろうという気はないのか!」

そんな気、まーったくこれっぽっちもありませんが!? 何言ってくれてんのかな!?

「それとも何か。君は王弟妃殿下と私の頼みを無視してまで、レッグタルト殿との逢瀬を楽しみたいとでも言う気か!」

言うに事欠いて馬鹿なことを。開いた口が塞がらない、とは正にこういうことだ。

ダグラス様とのことといい、今回のことといい、私を尻軽だと決めつけて、どれだけ貶めれば気が済むのか。悔しくて、悔しくて、眦に涙が滲む。だけど意地でも涙は流さない。こいつらの前で泣いてなんかやるもんか。そんなの私のプライドが許さない。泣くなんて、負けるのと一緒だ。

深呼吸をして、落ち着いて。彼らと同じ土俵に上がっては駄目。同じレベルに落ちても駄目。何を言われても私は私。グラン国王妃付き筆頭侍女であり、今はグラン国を代表する特例親善大使でもある。私の価値はこいつらに下げられるようなちんけな物ではない。

「何を仰られようが、私にはお話しすることはございません。どうぞお戻り下さいませ」

真っすぐに、絶対に引かないという気持ちを込めて言った。

「それは肯定であるということなのか、マーシャ」

「……お話しすることはないと申しましたわ」

どうせここで否定しても信じやしないのでしょう。なら否定するだけ無駄だ。好きなだけ勘違いしていればいい。

「マーシャ!」

ラウルからは怒鳴られたけど、私は一瞥しただけで何も答えなかった。

「行きましょう、ノア様」

彼らがバルコニーから出て行かないと言うなら私たちが出る。相手にもしたくないし、同じ空気すら吸いたくなかった。

「そうですね。そうしましょう」

ノア様も私の意見に乗ってくれたのだから、心置きなく馬鹿者は置き去りにしましょう。

私は狭いバルコニーを遠回りするようにして広間に繋がる扉へ向かった。理由はラウルからなるべく遠ざかりたかったから。そうすることで必然的に王弟妃すらも避けるように見えるのは知ったことではない。今更どう思われようとどうでもいい。

「あぁ、ひとつだけ彼女の名誉の為に言わせてもらいますがね、私は今回の特例親善大使に同行する外交首席書記官です。その私が特例親善大使の彼女と親交を深めて何の問題があるのでしょうね?」

ノア様がバルコニーから出る直前にそう言い捨て、彼らが何かを言うのを待たずに扉は閉まったのだった。

※※※

とまぁ、こんなことがあったのだ。

思い出すだけではらわたが煮えくり返る思いが再燃するし、ノア様だって苦々しい顔になると言うものだ。

つまりは外交首席書記官として特例親善大使の私と親交を深める為にエスコートやダンスを申し込んでくれたと。今までの全ては仕事の一環ということですね。理解、理解。

あの時は変に意識してしまってむず痒くなってしまったけれど、仕事の一環なのだと理解してしまえばどうってことはない。むしろ自意識過剰だったと恥ずかしい限りである。

「あの時のお礼もまだでしたわね。有難うございます。おかげで助かりましたわ」

あの時に醜態を晒さないでいられたのは、ノア様が矢面に立ってくれたからだ。ライニール様といい、ノア様といい、私は助けられてばかりだ。

「では?」

期待を込めたノア様の眼差しに覚悟を決めるしかない、そう思った。ライニール様にだって最初は無理だったのだ。でも何とか踊れるようになったのだから、きっとノア様だって大丈夫なはず。気合よ。気合を入れるのよ。ライニール様が仰っていたじゃない。苦手は克服。それは鉄則だと。

「えぇ、喜んでお受けしま」

ぐぅうぅぅううぅぅうう。

「……お兄様」

私の返事をかき消してしまうくらいに大きなお腹の音。あまりにも間抜け過ぎて体の力が抜けてしまった。気合を入れてダンスの申し込みを受けようとしていたのに台無しだ。

「………………すまん」

悪気はない、と視線を逸らせながらの兄の弁明に、誰が先に噴出したのか、それに続くように全員の笑い声がその場に響いたのだった。