軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第73話

「怒っていないの、マーシャさん。私の事、嫌いにならないの?」

「怒るなんて…そんな事しませんよ」

貴女の事は嫌いだけどね。全然怒ってなんかない、ない。

「それはどうして…? 私、知らなかったとはいえ、ずっと貴女へのラウルの気持ちを横取りしていたも同然なのに…っ」

うぅ、とまた泣き崩れる王弟妃。

「横取りとかありませんよ。ラウルの気持ちは妃殿下の物ですから、私への気持ちの横取りとか最初から存在しません。だから気にしなくても結構です」

だから、お花畑劇場を開演するの止めようね。

「そんな、何てことを言うの、マーシャさん。ラウルが婚約者であるマーシャさんに気持ちがないなんて、そんな事ある訳ないでしょう!」

「そうだよ、マーシャ。君は僕の大切な婚約者だろう?」

もう既に泣いている王弟妃はともかく、なぜそんな涙目なのかな、ラウル。

「そんな事を言われましても…」

10年前の事、忘れてしまったのかな。めちゃくちゃ愛を誓っていたじゃない。現実的にはなかった事にされた事実だけど、当事者の私達の間ではなかった事にはならないのに。

「あの…、端的に言うとですね…、今更何言ってんの? という感じなのですが、理解できます?」

そろそろ、この二人に付き合っているのが面倒になってきた。

「い、ま、さら…」

「えぇ、そうです。今更です」

説得? 誤解を解くため? そんな事は10年前に済ましておくべき事であって、今になって言い訳や後付けしても、どうしようもない事でしょうが。それともなにかい? まだ何とかなると思っているのだとしたら、随分と私を舐めてくれる。

「はぁ…、分かりやすく説明いたしますね。これらを手にとっても構いませんか?」

そう私はこの宝飾品の持ち主であるラウルに訊いた。王弟妃ではないのは、この宝飾品が私に贈られていたはずの物であるという体だからだ。

「もちろん。それは君の物なのだから」

「では遠慮なく」

そう言って、ひとつのピアスを手に取り、自分の耳近くまで持っていく。

「どうです? 似合いますか?」

大ぶりの真っ赤なルビーと純金の豪奢なピアス。

「……」「……」

「ふふ、その無言が答えですよね。我ながら似合っていないと思いますし…、それにそもそも私にはピアスは開いていません」

「え?」

「だから、私の耳にはピアスホールがないので身に付ける事が出来ないんですよ」

そんな事も知らずに、よくもまぁピアスを贈るなんて考えた物である。

「そんな馬鹿な…、確か手紙でピアスを開けると書いていたじゃないか…っ」

へー、そんな昔の事を覚えていたんだ。

「『開けたい』とは書きはしましたけれど、『開けた』なんて書いていませんよ」

「嘘だろ…」

本当です。

「では次はこれにしましょう」

そう言って、今度はブレスレットだ。

「…あ」

気付いた王弟妃が小さく声を上げた。

「分かります? サイズが合わないんです。すっぽ抜けてしまうので、使えたものではありませんよね」

私は平均女性より細身というより華奢なのだ。もしくは貧弱。どうしても平均サイズの物だと大きくて、どんなに素敵なデザインだとしても不格好に見えてしまう。

「気が済みましたか? これを私に贈る為だというのは少し無理があるんです。もしかしたら、これを理由にして婚約破棄を撤回して欲しかったのかもしれませんが、無理な事はもうお分かりでしょう?」

どうしてそんなに婚約破棄をしたくないのかしらないけれど、もう後の祭りなんだよ。

「……」

返す言葉もなく、二人して黙り込む。

「話は以上でしょうか? もう終わりなら、私は仕事に戻りたいのですけれど」

もうこれ以上無駄な時間を彼らに費やしたくはない。

「待って、マーシャさん。貴女の意思が固い事は分かったわ。でも、このお願いだけは聞いて欲しいの」

「……なんですか?」

そのお願い事を聞けば、もう私に付きまとうのを止めてくれるかもしれないという淡い期待を抱く。

「マーシャさんがラウルの婚約者じゃなくなっても、私の侍女にはなって貰いたいの」

「妃殿下…!」

ラウルはなぜ、と言わんばかりに動揺している。私と言えば驚きもせず、ただただ呆れるばかり。何馬鹿な事抜かしてんだ、この人。

「10年前から、ずっとお願いしてきたわよね。私の侍女になって欲しいって。欲を言えば、ラウルと夫婦になって二人で私を支えて貰いたかったけれど、もう今は言わない。だからお願い。私の元に来て欲しい…っ!」

「ハッ、話になりません」

「そんな、私がお願いしているのよ⁉」

駄目に決まっているからーっ‼ なんか譲歩してあげてる感を出しているけど、全然諦めていないし譲歩もしていないから。結局は私とラウルの婚姻どうこうは関係なく、二人両方を傍に置きたいって本音がだだ漏れです!

まったく、なんでそんなにも私に執着するのか。なんとなくだけど、私の予想が正しければ、それは取らぬ狸の皮算用になると思うのだけどね。

「王弟妃殿下。私はグラン国王妃マイラ様の筆頭侍女でございます。辞めるつもりもなければ、貴女の元へ行く事も絶対にありません。お気持ちは有難いですが、お断りさせて頂きます。そして、もう金輪際、そのような戯言はおっしゃらないで下さいませ」

「ひどいわ、マーシャさん」

酷いのはどちらだ。こちらの都合も気持ちも無視をして、自分勝手なその振る舞い。もう本当にいい加減にして欲しい。

「どうぞ、お引き取りを。もうお話しする事はございません。それとも私が出て行きましょうか?」

無礼どころではない振る舞いな事は自覚している。でもいいよね。王族としてではなく個人としてここに居るのだと宣言していたのだし、処罰を下したいのならお好きにどうぞ? 私も今までと違って、黙ってはいませんよ。

睨みつけるでもなく、あくまでも冷静に、けれど強い口調の私を見て、もう気持ちが動く事がないと悟ったのか二人は無言で立ち上がる。

「これも持って帰って下さいね。このままにされても困りますので」

そう宝飾品を指すと、そそくさと使用人達が片付け始める。

「…マーシャさん。私は絶対に諦めないわ。絶対に貴方を私の物にしてみせるわ…」

王弟妃は瞳一杯に涙を溜めながら、私をギラギラとした眼差しで見つめてくる。

「そんな未来は来ない。私が申し上げるのはそれだけです」

後はもうお好きにどうぞ。いくら泣こうが叫ぼうが、私が王弟妃の侍女になることなんてないのだから。

「また、会いましょう。マーシャさん」

もう私は2度と会いたくない。けれど、彼女が王族で私が王妃付き侍女であるかぎり、顔を合わせないという事は出来ない。

「ごきげんよう、妃殿下」

だから私はそれだけを言ったのだ。どういう意味なのか、淑女ならきっとわかると思うから、あえて何も言わなかった。

去り行く王弟妃の後ろ姿を一瞥して、深い深いため息ひとつ。

「なんで帰らないの、ラウル」

王弟妃と一緒に帰ればいいのに、何をもたもたしているのか。

「最後に二人だけで話をしたかった…。もう何を言っても無駄なのかい?」

「そうね。婚約は破棄するわ。だからもう貴方とは何の関係もない赤の他人になるの」

もっと早くに勇気を出してそうしておけばよかった。そうしたら、間違いなく不幸な目に遭う女性はいなかっただろうから。

「もう遅いかもしれないけど、あのアクセサリーは本当に君に贈ったものだ。似合わなかったり、サイズが合わなかったりしたかもしれないけど、僕から君に贈った 物達(気持ち) だったんだ」

「…そう」

その真剣な眼差しに嘘は見当たらない。

「だとしたら、随分的外れな 贈り物(気持ち) だったわね」

「そう言われると…何も言えないな」

うん、そうだね。我ながらちょっと意地悪だったと思う。でも、もう終わりにしたいんだよ。ううん、終わりにしなければいけないのだと思う。

エイリア・ブーレラン。彼女の事を思い出す度に、私は彼女の姿に自分を重ねるようになった。

王弟妃とラウルの不貞を暴いて鉄槌を下すと言っていた姿、それは間違いなく私の中にもいる。今現在も、そしてこれからも。15歳の私が彼らを許す事ができない以上、私の中に居続けるのだと思う。

でも、今の私は25歳の大人。いつまでも彼らに囚われていたくない。

「さようなら、ラウル。私はもう貴方はいらない」

「……ひどいな…」

クシャリと顔を歪ませるラウル。幼い頃の私だったら、一生懸命に慰めていただろうその表情は痛々しい。でも本当の事だから、撤回はしない。

「最後に一つだけ、忠告してあげる」

でも、幼馴染のよしみで最後に教えてあげる。

「自分の中の妃殿下ではなく、きちんと現実の妃殿下と向き合った方が良いと思うよ」

「え…」

何を言われたのか分からない、と言った顔をしているラウルに私は続けて言った。

「意味が分からないならそれでもいい。でもね、本当に知らなかったのかな?」

エイリア・ブーレランの事も。そしてこの宝飾品の事も。

私の台詞に呆然と佇むラウルを私は一瞥して、その応接室を後にしたのだった。

そうして私は、婚約破棄を求める書類を提出し問題なく受理されることと相成り、その日は奇しくも、陛下とマイラ様の新枕の儀と同日の事であったのだ。

その後、近衛騎士団第4部隊隊長、及び第4部隊に処分が下った。

近衛騎士団第4部隊隊長ラウル・コールデンは降格、第4部隊副隊長に就任。また第4部隊隊長には現副隊長が昇格。第4部隊は解体のち再構築が決定された。

第4部隊隊員ダリル・ブレイスは除隊。かつグラン国王都からの追放。その他、関わった団員3名については、騎士見習いへの降格。

更に、冤罪をかけられたマーシャリィ・グレイシスに対する慰謝料、賠償金の支払いを命じられた。

だが、あくまでも本件は、近衛騎士団第4部隊の失態、監督不行き届きという事と相成り、王弟妃宮の主である王弟妃プリシラには何の責任も負わせることはなかったのだった。