軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第60話

そして誘拐されてから四日目の夜明け前、うつらうつらとしていた私の耳に届いた鳥の声で飛び起きた。

周囲を見渡して、私達以外の誰もいない事を確認して胸を撫で下ろす。そして唯一ある小窓を見上げ、また聞こえた鳥の鳴き声に小さく肩から力が抜けるのを実感した。

※※※

「おはようでやんす! 今日の朝飯はバターたっぷり焼きたてクロワッサンと特製コーンポタージュスープでやんす…よ…?」

昨日と同じように朝食を持ってきたヤンスの明るい声が途中で途切れた。それはきっと自分が部屋に入ったのに、私が振り向きもせずにいた事で様子がおかしいと訝しく思ったからだろう。

「…姐さん?」

私を呼ぶ声が背後からするが、それでも私は振り向かない。視線はクッションに埋もれるようにして横たわる女性に向けたまま。

「…もしかして昨日のドレスの事で姐さんの味方をしなかった事を怒ってるでやんすか? あれはオイラにはどうしようも出来ないでやんすよ。頭がどうしても姐さんに着て貰うって聞かないんでやすから。オイラが頭に逆らうなんて出来る訳ないでやんす。機嫌を直して……あ…」

ぐちぐちと言い訳を言いながら近づいてきたヤンスが、やっと私が振り向かない理由に気が付いた。

「…はぁ、これはもうダメでやんすね…」

そしてそうポツリと言った。

「不謹慎な事言わないで!」

「そう言っても、この様子を見る限り今日が山って所でやんすよ」

そう、私が必死に看病していた女性は、陽が昇るにつれて呼吸が細くなり、いつ息を引き取ってもおかしくない状態まで悪化していたのだ。

「かわいそうでやすけどね…」

小さく悲壮な声で呟いたヤンスに、カッと頭に血が上るのが分かった。

「可哀そうって、どの口が言うの!」

「…姐さん」

「昨日言っていたわね。自分は彼女に指一本触れていないって。だから自分のせいじゃない。自分には関係ない、そう言っているの⁉」

随分と他人事な考え方だ。確かに彼女をこんな目に遭わせたのは他の人なのかもしれない。だがヤンスに何の責任もないとは思わない。だって『可哀そう』だと思う位だったら、仲間が行った蛮行を止めるべきだ。

「そういう意味じゃないでやんすけど…」

「じゃあ、どういう意味で言ったのよ!」

止めもせず、軽々しく『可哀そう』だなんて同情するんじゃない。

「おいおい、朝っぱらから何を騒いでんだよ?」

ひょっこり現れたリオは欠伸をかみ殺しながら、私とヤンス、そして女性に視線を移して納得したように小さく頷いた。

「あぁ、なるほどな…。まぁ、あれだ。あんまし気を落とすなよ」

そう言って傍に近づき、慰める為に肩を抱き寄せようとするリオの手を思いっきり払い除ける。

「いってぇ…、容赦ねぇなぁ」

結構な音が鳴ったから、それなりに痛いだろう。けれど、口とは裏腹にリオの表情は楽し気に歪んでいる。

「自業自得だわ」

無責任かつ不謹慎極まりない。キッと感情のまま睨みつける。

「自業自得ねぇ……? 俺にはあんたが何でその女の事でむきになるのか理解できねぇけどなぁ。自業自得って言うんだったら、その女こそ自業自得だろ」

「何ですって…?」

リオは薄笑いを浮かべて言った。

「だってさ、あんた自分を嵌めた人間に同情するって、どんだけお人好しだよ。俺、知ってんだぜ。この女があんたを嵌める為の嘘の証言をしたってさぁ。バレないとでも思ってたのかねぇ。調べたらそんなん一発だろ」

「…嘘の証言をしたと、彼女がそう言ったの?」

「おうよ。散々怒鳴り散らしてたぜ。『王弟妃の為』だとか何とか叫んでたけどな、何が王弟妃の為だよなぁ? 人のせいにしてんじゃねぇっての」

クッションに横たわる女性を見やるリオの瞳には軽蔑の色が浮かんでいる。

「んで、案の定バレたらとんずら。そしたら逃亡先に裏切られてよ、俺達に売られて嬲られて今現在って訳だ」

ハハ、とリオは乾いた笑い声を上げた。

「ほら、立派な自業自得だろ? くだらない噂話を真に受けて、勝手に自滅しちゃ世話ねぇよな」

「……噂話…」

「そ。王弟妃と近衛騎士隊長の秘密の恋にはあんたの存在は邪魔なんだと。崇高で清廉な恋のお話にあんたはいらないってさ」

先程払い除けた手が、私の髪を束ねる為のハンカチに触れる。

「でもなぁ、王弟妃と近衛騎士隊長が秘密の恋人っていうのは只の噂だろ。仮にも王族だっていうのに、そんな事が許されるのかねぇ。それともなんだ、王族公認だとでも言うのかよ?」

なぁ、そこんとこどうなんだよ、と不気味に笑い、するりとハンカチがリオの手に落ちた。

「……それは…」

言葉に詰まる。

頭の中で蘇るのは、自分の婚約者が他の女性に跪き愛を誓っていた、10年前のあの光景だ。それは確かに私の身に起きた現実で、もうやり直せない過去。そして、なかった事にされた事実でもあった。

「………そんな事実がある訳ないでしょう?」

声が震えないように、平静を取り繕うのが精一杯だった。

この事実を知っているのは、私と家族、両陛下にダグラス様、ライニール様、マリィ、そして当事者であるラウルと王弟妃と、その夫である王弟だけ。ラウルのご両親は最初こそ私の言う事を信じてくれたけれど、どう言いくるめられたのか、今や半信半疑である。

周囲が騒いでいるのは『悲恋の人』というロマンス小説に彼らを 勝手(・・) に当て嵌めているだけで、ラウルと王弟妃の間には何もない。それが表向きの周知なのだ。

その事に憤りを感じなかったかと言われたら嘘になる。けれど、当時の私にどうする事も出来なかったのだ。

「だよなぁ、ある訳ねぇよなぁ」

私の動揺に気付いていない訳じゃない。それなのにリオは大げさに納得したふりをする。

「じゃあ、あんた何で婚約者と結婚しねぇの?」

「…え?」

「あんたの婚約者と王弟妃様は何の関係もないんだろ。んじゃ、何の問題もねぇのに、何で結婚を拒んでるのかって聞いてんだけど?」

面白そうに、そして甚振るように言ったリオに、今度こそ私は言葉を失った。そんな様子の私を見たリオは、それはそれは楽し気に口端を歪ませる。

「なぁ、あんたは俺らに怒ってっけどよ、実はあんたが原因なんじゃねぇの?」

「………え?」

「だから、あんたが素直に結婚しねぇから、噂を信じてバカみたいな真似する奴が増えるんだろ。違うか?」

何を言っているのか分からない。もしかしたら分かりたくなかっただけなのかもしれない。必死に言葉を探すけれど、どうしても言葉が見つからなかった。

「つまりはだ、元を正せば、この女を破滅に追い込んだのはあんただって事だよ」

ちゃんと聞こえてるか? とリオは笑った。

「ちが…っ」

否定したかったけれど、最後まで言い切る事が出来なかった。そんなの只のこじつけで言いがかりだと、そう言うつもりだったのに。

全身の血が一瞬にしてさぁっと引いていくのを感じていた。