軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第25話

言うだけ言って力の抜けたガスパールは、またソファに座り込んだ。

指示を出すまでもなく、ニールが水に濡れたハンカチを持ってきてくれたので、それをガスパールの額に当ててやると、気持ちよさそうに息を吐いた。

やせ我慢するから、もう。

「ほら、しっかり持って冷やして」

「……すまん」

タオルではなくハンカチなのは、水桶と共に用意して貰ったタオルを私がカリエに渡してしまったせいだ。多分このハンカチはニールの私物なのだろう。

「オーナーが言ったように、つい先日、当店にグリーンアメジストを売却に来た男性がいました。ガラの悪い護衛を引き連れた、どう見てもそんな希少価値の高い宝石を持つには不相応な男です。怪しいのは一目瞭然でしたから、入手経路が不明な物は買い取り出来ないとお断りしました所、暴れ出して従業員に怪我人が出ましてね…」

カリエが言っていた人不足は、それが原因だったのかと思い当たる。

「その日は 丁(・) 重(・) に(・) お(・) 帰(・) り(・) 頂(・) い(・) た(・) のですが、どうやらこの下町に居を構えたようでして我々としても非常に困っていまして…。どうやら彼らの背後にどこかの貴族がいるようなのです」

「つまりバウワー伯爵家がその貴族だと言うの?」

「このネックレスのパーツが、そのグリーンアメジストである可能性は非常に高いでしょう。これだけ希少価値の高い代物が、このタイミングで別物であるという方がいささか不自然ではないでしょうか?」

「そうですね…そのグリーンアメジストがネックレスのパーツと同一だと考えるのが自然ですね」

ライニール様がニールの意見に同意をする。

「バウワー伯爵令嬢の手からグリーンアメジストがその男に渡った経緯は何?」

修復を頼むのならパーツが揃っていた方が確実だろう。なまじ手に入りにくい宝石なのだから。

「報酬だろ。これを盗んだ実行犯に対するな」

「このネックレスを引き渡され、感情のままに引き千切り、外れたグリーンアメジストを報酬として渡した。大変激情家と見受けられましたから、手元に置いておきたくなかったのかもしれませんね」

なるほど、とライニール様が頷く。

「渡した後でコールデン卿が調べている事を知り、慌てて修復依頼をしたとしたら、辻褄は合います。彼女は王弟妃殿下の熱烈な信奉者ですから」

今の今まで固有名詞を出さずに話をしていたのに、とうとう出したな。と頭の片隅で思った。共通認識であったから会話に問題はなかったものの、王宮内の問題であったから気を遣ったのに。

「けれど令嬢から見たら貧相なネックレスでしょう。むしろ馬鹿にして笑いそうではない? 『この程度の物しか贈って貰えない婚約者』って。引き千切る程かしら?」

グリーンアメジストの価値は高いけれど、それ以外の石は特別手に入りにくい物ではない。真珠は歪な形をした準一級品で、デザインに至ってはシンプルなものだ。何より刻印がないという事は、名のある店が作ったものではない。憤るほどの代物だとは到底思えなかった。

「嬢ちゃんは女心ってものが分かってねぇなぁ。ニールがさっき言ってたろ。愛憎だよ、愛憎」

ラウルの婚約者ってだけで恨まれるって事よね。なんだか世知辛い。

「それにお嬢さん。先ほど婚約者は貴女に興味がない、宝石にも意味はないと決めつけていましたが、果たして本当にそうでしょうか?」

その言葉に私は眉間にしわを寄せた。

「どういう意味?」

ニールはおもむろにネックレスを手に取り、私達に見せつけるようにして掲げた。

「今は欠けていますが、単純にグリーンアメジストとシトリンはお嬢さんと彼の瞳の色です。それだけだったら婚約者に贈る物として誰でも考えうる組み合わせでしょう」

視線を私に合わせたまま、言い聞かせるように言葉を紡ぐニールに、私も他の二人も何も口を挟まない。

「ですが、グリーンアメジストは希少価値もさることながら、対人関係について愛と癒しをもたらし、あらゆる人間関係を円満解決に導くと言われている宝石です。また愛の守護石とも」

そのまま、ニールは言葉を続けた。

「真珠の石言葉にも円満があり、お嬢さんが言った天使の羽の形にも意味があるのですよ。もしこの天使の片翼がペアで作られていたとしたら特別な意味があるものになります」

「特別な意味?」

「ええ。それは『末長い愛』です」

そう告げられた言葉に、隣にいたライニール様の息をのむ音が聞こえた。

「このデザインだってお嬢さんを見ていたら、シンプルな物を好むのは分かる事です」

「関係がこじれている嬢ちゃんに贈る品としてはこれ以上のものはねぇな…」

ポツリとガスパールは誰に言うでもなく呟く。

「彼がお嬢さんへ送った贈り物の意味。すれ違っている二人の関係を円満に解決して末長い愛を誓いたい。このネックレスはそう言っています」

「…間違いなく求婚、ですね」

一瞬だけ室内が水を打ったようにしんとなり、それに影響されて私も何も言えなかった。

「その意味を知った令嬢が怒りに任せた。それのどこに不審な点があるでしょうか」

三人の瞳が私を見つめる。何かを言おうとして言葉を探した。きっと彼らは私の言葉を待っているのだろう。何度か口を開けて、でも言葉が出てこなくて閉じる事を繰り返す。

言える言葉がない。それは、私と彼らの温度差が半端なかったせいだ。

だってさ、これ何か期待されているよね。涙か何かを流す私のリアクションを求められているよね。それをひしひしと感じるのは私の気のせいでは決してないよね。

えー、もうどこに涙を流す所があったの。求婚された所?? 毎年求婚されているのを断っているのは私だから。別に待ってないから求婚。私が欲しいのは婚約解消の同意。私を見ていればシンプルなデザインが好きな事が分かるですって? 別に隠してもいないし、どちらかといえば公言しているようなものだし、見てなくても誰でも知ってます。それでお取り巻きのお嬢様方に馬鹿にされた事だってあるんだから。

ちょっとニール、舞台観過ぎじゃない。だからこんなロマンスたっぷりの発想になるのよ。宝石言葉で求婚って、どこのラブロマンスよ。通じなかったら悲惨じゃない。女性なら誰でも花言葉だの石言葉だの詳しい訳じゃないのよ。実際、私より君達の方が詳しかったしね。

もー、ガスパールもなんでちょっと涙ぐんでるの。それは熱で目が潤んでいるだけよね。間違っても感動したとか言わないわよね。どこにも感動する所なかったからね。なんで温かい眼差しを私に向けるの。ちっとも喜んでないわよ、私!

ライニール様もさぁ、私がラウルとの婚姻を望んでいない事を知っているよね。何よりラウルがそんな事をするような男に見えます? 私達に向かって独りよがり劇場上演するようなお馬鹿さんですよ。何が末長い愛よ。私に対してはいらぬ疑いをかける男が、私にどこぞのラブロマンスじみたプロポーズをする訳ないじゃないですか。すれ違いも何も、すれ違っているのは奴の脳みそでしょう。さっき蔑ろにされていると怒っていたのはライニール様ですよ! いい話になんかにしないでくださいよ!!!

言いたい。すっごく言いたい。だけど言えない。これを言ったらいけない空気が漂いまくっているもの。

私は俯き顔を隠したまま心の中で、これでもかってくらい深い深いため息を吐いた。