軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話

裏口から入った私達は、ガスパールに案内され応接室に通された。

「おい、客だ。茶、持ってこい」

ガスパールは奥にいる従業員に声をかけ、そして無作法にどかっと座り込む。その様に私は目を疑った。

「ガスパール?」

お互いに自己紹介したのだからライニール様が貴族だって分かっているはずだ。それなのに、ライニール様を軽んじていると取られてもおかしくない態度をとるガスパールに、私は眉をひそめた。

ライニール様はヘロヘロなガスパールを『そんな時もある』と見逃してくれたけれど、最低限のマナーは必要だ。それを貴族も訪れる宝飾店を経営しているガスパールが知らない筈はない。

「…何でぇ、嬢ちゃんがわざわざ裏口から連れて来たって事は、信用出来る相手だって認識だったんだがなぁ、違ぇのか?」

「そうじゃないでしょう!」

信用が出来る出来ないの話ではない。

「いい、ガスパール。礼儀というのは、どんなに親しい相手でも最低限必要なものなの。相手を不快にさせない為に絶対に忘れてはいけないもの。また敬意を表す手段でもあるのよ」

「マーシャ殿」

「駄目です。こういうのはちゃんと言っておかないといけません」

ライニール様が止めるにもかかわらず、言い足りない私はガスパールを軽く睨みつける。

「確かにライニール様は私が信用している方よ。だから貴方に会いに来た。それは間違いではないわ。でも私は今日、私の友人でもあるアネモネ宝飾店オーナーのガスパールを紹介したくて来たのよ」

私は座り込んでいるガスパールを見下ろした。

「マーシャ殿、落ち着いて下さい」

「落ち着いています」

「では、深呼吸をしてみましょうか」

それはつまり、私が興奮していると言っているのですよね。だけどライニール様が止めようが、この場の空気が悪くなろうが、私はこれを言わなければならないのだ。

「嬢ちゃん、男の前で鼻息が荒いのはどうかと思うぜぇ」

「そう思うのなら…っ」

私はガシっとガスパールの顔を両手で挟んだ。

「体調管理位しっかりしなさい!!」

手のひらに伝わってくる体温は熱く汗ばんでいた。

「…気付いてたんか…」

「気付かないわけないじゃない」

予想が当たっていた事に、私はため息を吐く。

この男、無作法に座り込んだのではない。ふらついてソファに倒れ込んだのだ。

「私が礼儀も弁えない馬鹿をライニール様に紹介するはずないでしょう」

馬鹿ね、と吐き捨てるように言った。

「不調を取り繕えないほど弱っているなんて思いもしなかったわ」

ミランダさんから様子がおかしいと聞いて、精神的なものかと思いきや、体力的にもヘロヘロだったとは。

「私を信用してくれているのは嬉しいわ。だけど私がいつも正しいとは限らないの。不調だろうが何だろうが、貴方の態度を咎める事を厭わない人なんて貴族にはいっぱいいるわ。そんな人を私が連れてこないという保証はないのよ」

私はガスパールに向き直り、頬を思いっきり摘まみ上げた。

「いつ何時でも対応できるだけの余裕を持ちなさい。私も貴方も敵は多いのだから、いつどこで足を掬われるか分からないのよ。ましてや体調不良など相手が考慮してくれる訳ないのだから格好の餌食になるだけじゃないの」

貴族と平民の命の重さは等しくはない。礼儀礼節は命を守る事に繋がり、それを怠っては平民の命は簡単になくなってしまう。それが今の社会なのだ。

「ひてぇひょ、ひょうひゃん」

一端の男であるガスパールの弱々しい抵抗と間抜け顔に、私の力もガクッと抜ける。普段強面なだけでギャップが激しい。

「まぁ、私も貴方の都合も考えず来たのは悪かったわね。ごめんなさい」

表から入店していれば、ガスパールとの面会は断られていたはずだ。裏口から店に入ろうとしたばっかりに、ガスパールは不調を隠す事が出来ずに醜態を晒す羽目になってしまったのだ。体調管理を怠ったガスパールも悪いが、知らなかったとはいえ、自分都合で動いた私も悪い。

「いいや、俺がいつでも来いって言ってたしなぁ…嬢ちゃんの言う通り、俺の油断が招いた事だ」

抓られた頬を摩り、苦笑しながらガスパールは言う。

「ライニール様も申し訳ありませんでした。私、ガスパールの不調がここまで酷いものだとは思わず案内してしまいました」

「いいえ、貴女が気付いていて良かったですよ。一時はどうしようかと思いましたから」

どうやらライニール様はガスパールの不調に気付いていて、私を止めようとしたようだ。先ほど握手を交わしていたから、その時に気付いたのだろう。

「聞いていた以上に親しい関係である事が分かりましたし、それだけでも収穫ですね」

ライニール様の小さい声で呟くように言った台詞がしっかりと耳に届いてしまったのだけど、どう反応したらいいものか。収穫って何の情報収集なのよ、すっごく突っ込みたい。

「え…っと…、冷たいタオルを用意したいのですが…」

と、ここは聞かなかったことにした。だって何か怖いものを感じるもの。

「えぇ、そうして差し上げて下さい」

快く了承してくれたライニール様に、私は軽く頷く。

誰か他の従業員を呼ぼうとして応接室から声をかけるが、誰の声も返って来なかった事に頭を捻る。普段は誰かしら必ずいるのに。

「ガスパール、申し訳ないけれど勝手にしてもいいかしら?」

誰もいないのでは仕方がない。給湯室に行けば、お茶の用意を頼んでいるので一人くらいはいるだろう。

ガスパールが力なく手をひらひらと振った。もう声を出すのすら億劫になってしまったようで、顔色もひどく悪い。これは少し急いだほうが良さそうだ。

「ちょっと行ってきますね」

私はそう言い、ライニール様が頷くのを確認してから、人がいるだろう給湯室に足早で向かった。