軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第22話

それから、陽が昇ったのは直ぐのことだった。

とりあえずグラン国一行と合流するまで一時休戦となった私たちは、いったん小屋に戻り、身支度を整えていた。私を疑っていた割には、きちんと私の服が用意されていたのだから、この人の考えることが良く分からない。

「絶対に違う。こんな小娘がマーシャリィ・グレイシスであるはずがない」

「うるさいわよ、キース。いい加減にその口を閉じてちょうだい」

キース『殿』と呼びたくなくなるほど私の中の株が大暴落した彼は、ぶつぶつと独り言なのか、それとも只の嫌味なのかを未だに言い続けている。少しは控えて欲しいものだが、どうしても認めたくないらしい。

「お前、自分でもそう思わないのか。マーシャリィ・グレイシスは子爵令嬢であり、グラン国王妃マイラ様の筆頭侍女なんだぞ。今、お前がしているような怪我の手当など出来るはずがない。ましてやそんなポーチを常備しておくなんて有り得ないんだ」

やっぱり間者か何かじゃないのか、お前。とまぁ言いたい放題である。確かにね、今私は怪我をしているキースの手当をしていますよ。それもダグラス様から餞別に貰ったポーチに入れておいた傷薬を使ってね。ちょっとくらいは感謝しても良いと思う。たとえその怪我が私の仕掛けた罠で出来たものだとしてもだ。

「はいはい。でもごめんなさいね。マーシャリィ・グレイシスは怪我の手当くらい出来るくらいに聡明だし、先見の明があるから、こんなことがあろうかと準備を怠ることのない冷静沈着で観察眼の鋭い才女なんですよ」

嫌味たらしくキースの誉め言葉からの抜粋である。なんか良く分からない超人的な人間にされているみたいだが、手当が出来るようになったのはマイラ様と過ごした10年間で培われたものだし、ポーチに至っては私がというよりダグラス様のお手柄である。本当に感謝。

「俺様のマーシャリィ・グレイシス嬢はそんな生意気な口は利かない」

「……いつ私がキースの物になったのよ」

「お前じゃない。正真正銘本物のマーシャリィ・グレイシス嬢だ」

「馬鹿らしい」

はっ、と鼻で笑う。正真正銘本物のマーシャリィ・グレイシスは私である。せいぜい空想の中の私を作り上げておけばいい。どうせグラン国一行と合流すれば、その空想は砕け散るのだからね。

「さぁ、くだらない話はお終いにしましょう。いまは当初の目的を果たすのみです。そうでしょう?」

「そうだな。どうせ本物のマーシャリィ・グレイシス嬢に会えばお前だって自分の愚かさに気付くだろうからな」

それは絶対ないから、ご心配なく。馬鹿め。

「では、教えて頂けます? ここからの行程をどう考えているのかを」

「良いだろう。マーシャリィ・グレイシス嬢のように聡明な女性なら、わざわざ俺様が言わなくても瞬時に理解してくれるだろうが、お前は彼女ではないのだから仕方がない。よく聞いておけよ」

「はいはい」

どうでもいいから、早く言ってちょうだい。

「まずは、だ。グラン国一行が山賊に襲われた場所からここまでの距離は、大体徒歩で三日程度かかる」

「そんなに?」

「あぁ、山道では迂回せざるを得ないからな、どうしてもその位はかかるのは仕方がない。しかも襲撃で多少の犠牲があっただろうから、それを整える為の日数も踏まえると合流するまでそれ以上に時間が掛かるかもしれないな」

「……そう、ね」

犠牲という言葉に血の気が引いた。考えたくもなかったけれど、あの襲撃で無傷というのはやはり有り得ないだろう。留学生たちは無事だろうか。シエルはあの後、ちゃんと保護されただろうか。外交書記官であるノア様や他の騎士達も、どうかみんな無事で居て欲しい。心の中でそう祈る。

「そんなに心配する必要はない。俺がお前の乗っていた馬車を追いかける前には襲撃は鎮圧されていた。そんなに大きな犠牲はないはずだ」

「え、それは本当に?」

「あぁ、本当だ。こんな事で嘘は吐かない。あえて言うなら、一番の被害に遭っているのはお前だろうな」

私はその言葉にホッとした。一瞬疑いはしたけれど、嘘を吐く理由はない。素直に信じよう。

「あぁ、そう考えればお前は間者というのはおかしい話だな」

気付くのが遅い。普通に考えれば元々グラン国一行にいた私をどう考えれば間者だと勘違い出来るのか。

「ということは、だ」

お、これは私が偽物ではなく本物だと思ってくれる流れかもしれない?

「お前、もしかして替え玉なんじゃないか。そう考えれば、俺のマーシャリィ・グレイシスと同じ向日葵色の髪と瞳と持っていても不思議ではないな」

「…………」

「さすが俺様が見込んだ女性だ」

悦に入っている所悪いんだけど、その理解不明の思考回路が理解出来ないから、頭かっ開いて見てみても宜しいですかね。そうすれば少しは理解が出来そうな気がする。多分絶対に気のせいだろうけども!

「………ちっ」

まったくもう。期待した私が馬鹿だった。本当に頑ななんだから。

「令嬢は舌打ちをしない。俺の予想は正解だな」

勝手に言ってなさい。後で泣きを見るのはキースの方だし、間者だというのが替え玉だという認識になって敵だと見做されなくなっただけマシだと思うことにする。そして、グラン国一行に合流するまで、絶対に期待しないでおこう。

「話を戻しましょう。とにかくここから襲撃場所までの距離は理解したわ。じゃあどうするかを決めましょう。戻る? それとも進んで王都で落ち合う?」

どちらにしても山賊が 特例親善大使(わたし) の命を狙っているのなら、危険は避けきれないだろう。ならどうするのが一番最善なのか。連絡手段がない今、私たちが動かなければ合流するのは無理な話だ。迎えに来てくれるなんて甘い考えは捨てる。

「いや、どちらでもない。俺たちは河口近くにある廃村に向かう」

「その町で合流するの?」

「いいや、グラン一行には予定通りに王都入りしてもらう」

「え?」

それではどうやって合流するのだ。

「俺達が合流するのは、グラン国一行ではなく俺が率いる近衛隊だ」

「それはどういうこと?」

私が怪訝そうに問うと、キースは鼻を鳴らして笑った。

「察しが悪いな。まぁそれも仕方がないか。お前は聡明なかの女性ではないからな」

それをキースに言われたくはない。そもそも判断材料が少ない現時点で察しろと言われても無理難題だろうに、本当どこまでも 偽物(わたし) を下げてくれる。

「いいか。しっかり聞けよ。山賊たちは、ピンポイントでグラン国一行を襲撃しているんだ。それも、どの馬車に乗っているのか分からない特例親善大使に狙いを付けてだ。普通に考えて内通者の存在を疑うのは当然だろう?」

「そう、ね。私たち以外の山賊被害はないの?」

山賊というからには、他の民からの被害が出ていてもおかしくはないと思う。だが本当に私たち一行を狙ったというのなら、それは山賊ではないのではないだろうか。

「報告は上がっていない。襲撃があったのはグラン国一行のみだ。大体あの場所で山賊が現れること自体があり得ないことなんだ」

そりゃそうだ。同盟国が経由する場所の治安を整理してないはずがない。クワンダ国近衛隊が断言するだから間違いないだろう。そうなると、やはりあれは山賊ではないということになる。

「でも今の状況で近衛隊に廃村での合流をどう伝える気よ」

私がそう言うと、キースは得意げな顔をした。

「いくつかのパターンに分けて作戦を隊員にはすでに伝えてある。問題はない」

それはつまり、こうなるかもしれないと予想していたということになる。

「つまり私たちグラン国に知らされていない何かがクワンダ国にはあるのね。特例親善大使が狙われる何かが……」

そう考えれば辻褄が合う。グラン国からの護衛騎士も同行しているのに、わざわざクワンダ国の騎士が王都入りする前に合流するという話があったことからも、両国の同盟にひびを入れる必要のある何かしらの理由がクワンダ国にはあるのだ。

「……察しが悪いと言ったのは訂正する。お前なかなかやるな」

それは暗に私の考えが正しいと言っているだろう。

「それはありがとう。要するに、グラン国一行は予定通りにクワンダ国王都入りしたという事実が必要なのね」

そこに私が居ても居なくても、だ。キースは深く頷いた。

「絶対に両国の同盟を崩させるわけにはいかない」

なるほど。

「ってことは、とどのつまり私に囮になれと言っているのね」

私が替え玉だという前提で動くと、本物の特例親善大使を無事に王都入りさせるには偽物である私が囮になるのが一番だ。内通者からも特例親善大使がキースと供に崖下に落下したという認識になっているから、きっと簡単に騙されると彼は考えているのだろう。けれど、

「それは困るわ」

囮になるのが困るのではない。私が王都入りしないというのが問題なのだ。何と言っても私が本物のマーシャリィ・グレイシスであり特例親善大使なのだから。

「そう言うと思った。だがそこを押してお願いしたい。両国の為なんだ」

それは分かっている。

「クワンダが隠している何かを教えてくれる気はないのね」

キースはそのことに否定はしなかったが、その何かを教えてくれたわけではない。

「悪いが今は話せない」

それだけの事情があるということか。

「何度も言うけど私は特例親善大使なの。グラン国一行が王都入りしても 特例親善大使(わたし) がいなければ問題になるのよ。廃村で近衛隊に合流するのであれば、式典までに私も王都入りさせて。出来るなら引き受けるわ」

「なら、お前を本物のマーシャリィ・グレイシスというつもりで動こう。必ず最悪式典までには俺たちも王都入りする」

「信じるわよ」

「あぁ。女王陛下の名に懸けて」

女王陛下の名に懸けるというのは命を懸けるのと同等の意味だ。ならばその願いに応ずる他はないだろう。

「分かったわ。河口近くの廃村を目指しましょう。囮としてね」

覚悟は決めた。どっちにしても私一人ではどうにもならないのだから、囮にならないという選択肢はなかったのだ。

「なら、今から俺とお前は運命共同体だ。頼むぞ相棒」

キースはそう言って私に拳を突き出した。つい一時間前に私の首元に剣を突き付けていた人間と同じ人だとは思えない変わりようである。

「相棒? なんか釈然としないものを感じるけど、まぁいいわ。今だけ相棒って認めてあげる」

なかなか面倒臭そうな相棒だけれども、今の私には守ってくれる人間は必要だからね。

「随分と偉そうだな、何様のつもりだ?」

俺様は自分の行いを省みてから言ってちょうだい。

「グラン国特例親善大使マーシャリィ・グレイシス様でしょ」

本物だと言うつもりで動くってその口で言っていたではないの。まだ舌の根も乾かぬ撤回の速さにびっくりだ。

「絶対に守ってよ、相棒」

一時間前に剣を突き付けていた時とは違った意味で、私の命を握っているのはキースなんだから。

私はそう思いを込めて、拳をコツンと合わせた。