軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9 収穫祭

公爵領の収穫祭の日だ。

朝から村の広場は活気に溢れ、村人たちの声も明るく大きい。

普段は屋台のものを食べる機会がないハロルドとニコラスは、付き添いのメイド達にあれもこれもと食べ物を買ってもらい、焼肉も焼き魚も、揚げ菓子もプディングも食べ、おなかがはち切れそうだ。

「もうそれくらいになさいませ」

食べすぎを心配したレイアに言われるまでもなく、二人とももうひと口も食べられない。

しかし、近くの屋台の果物の飴がけが気になるニコラスは「お土産にして欲しい」と頼んで野ブドウの飴がけを買ってもらった。

昼前に行われたマリアンヌの講演を聴きに来た外部からの人々も屋台を巡って多種多様な料理を楽しんでいる。

「うちの領地でも収穫祭をやってみるか」

と言う声があちこちで聞かれる。

元々は王家の領地だったこの土地は、王都の近くという地の利がありつつも、そこそこの収益をあげる普通の領地に過ぎなかった。

ところがアレクサンドル夫妻が来てからは段違いの活気と生産性を見せるようになり、秘訣を知りたいと来る見学者が多い。それも領民たちのやる気に繋がっていた。

やがて日が落ちて暗くなると皆に紙袋のランタンが配られた。

領民は予行練習で知っていたが、王都や他領から来た客たちは何が始まるのかわからない。

各人がロウソクに火をつけて紙袋に熱を溜め、いったん広場の松明が消され暗くしてからアレクサンドルの掛け声で一斉に手を離した。

あちらこちらで「ほうっ」とため息が漏れる。

オレンジ色のロウソクの灯りが紙袋に映えて明るい。暖かい色のランタンが数百個、ゆらゆらと夜空に飛び立つ様は見る者たちを感動させた。

領民たちもこれほどの数を飛び立たせたのは初めてで、その美しい光景に涙ぐむ者までいた。

人々の視線に送られて紙袋のランタンはいったん上空に上がってから静かに湖の方向へと風で運ばれ、小さくなっていった。

途中からこっそり参加していた前国王陛下夫妻も、この美しく不思議な光景に我を忘れて立ち上がり、数百の優しい灯りを見守っている。

やがてランタンは見えなくなり広場に再び松明が灯された。

アレクサンドルが二人の息子の手を引いて両親の所へ向かい、マリアンヌもその後ろをついて行く。

「父上、母上、楽しんでいただけましたか」

「アレックス、素晴らしいものが見られたよ」

「美しかったわ。あれはマリアンヌのアイデアかしら?」

「はい。きっと喜んでいただけると思っていました」

「おじいさま、こんばんは」

「おおハロルド、ニコラス。祭りを楽しんだようだな」

ニコラスがハロルドに何かを耳打ちした。ハロルドが笑顔でうなずく。

「おじいさま、野ブドウの飴がけはお好きですか?」

ハロルドがそう言いながらニコラスから山ブドウの飴がけを受け取って差し出した。

前国王は笑って受け取ったが、アレクサンドルとマリアンヌは慌てた。

領民が作った食べ物を毒見もせずに手渡して良いはずがない。

しかし前国王陛下は「よい。可愛い孫たちがくれたものだ」と言って護衛が止めるのも聞かず、ひと粒を口に入れた。

パリパリした薄い飴の甘さとブドウの酸味のある果汁が互いに引き立てあって、なんとも美味しい。

「うむ。美味いな」

黒髪を優雅に結いあげて、シンプルだが見るからに高価そうなドレスに身を包んでいる前王妃も「私も食べてみたいわ」と微笑んで指で摘んで口に入れる。

お二人の姿に気づいた領民たちの間にざわめきが広まり、近くの者から順に地面に膝をついて頭を垂れた。

「よいよい。頭を上げよ。今宵は祭と可愛い孫たちの顔を見に来た。こうして皆と同じものを見て同じ物を口にしておる。堅苦しい礼儀は不要だ」

「ひっ!あれは私が作った飴がけ!」

飴がけを売っていた農家の奥さんが夫の腕を掴んで悲鳴のような驚きの声を上げるのを聞いて、アレクサンドルそっくりの美しい前王妃が

「とても美味でした。これは王宮の料理人にも作ってもらわねばなりませんね」

と鷹揚に微笑み、その場の人々の心をがっちりと掴んだ。

収穫祭はたいそうな盛り上がりで締めくくられ、大成功に終わった。

興奮していた子供達は早々と眠り、公爵夫妻もそれぞれに湯浴みをして、今はゆったりと領地産の酒を飲んでいた。

すると、座っていたマリアンヌがアレクサンドルの正面に立ち、スッと姿勢を正してアレクサンドルに頭を下げた。

「アレックス、何から何まで私の意見を取り入れてくださって感謝しています。ありがとうございました」

「改まってどうした?」

「ランタンを見上げながら思ったんです。こんな懐の深い方と結婚できて、幸せだって」

「なんだそんなことか。俺は君を支えられるような男になると、二十年前に決めたんだ。これくらいのことは当たり前だよ」

「……え?そんな昔から?」

「きっと君は忘れてるんだろうな。君の祖父の家でお菓子をボロボロこぼしながら俺に話したことを」

「はて?」

優しく笑って答えを言わず、アレクサンドルはマリアンヌの額にキスをして「おやすみ」と眠りについた。