軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

65 笑顔で踏み潰す

感謝会は陽気に盛り上がり、参加者たちはお土産を渡された。

お土産は現在の料理人による焼き菓子の詰め合わせと、フローラが手掛けている洗濯の実が入った小袋である。カタリナが全力で感謝会に間に合わせたもので、ロマーン公爵家の家紋に使われている「歩き姿のグリフォン」が描かれている。

本来の家紋は歩き姿のグリフォンと月桂樹の輪だが、この小袋は二本の麦の穂が円を作り、その中にグリフォンがいる。

「こりゃいい。うちの女房が喜びます」

「この袋は今日の記念に大切に取っておきます」

そんな声を聞いているフローラは、そわそわと足踏みしてしまうほど嬉しい。会の途中からそっと会場に入ってきたカタリナを見て、フローラが急いで駆け寄った。

「カタリナ伯母様、あの袋を感謝会に間に合わせて下さって、ありがとうございます」

「どういたしまして。私も楽しかったわ。正式な商品になる前に、二人でまた販売戦略を練りましょう」

「はい! ぜひお願いします! あっ、お母様が呼んでいるので、行ってきます」

「はあい」

小躍りするように弾む足取りで去っていくフローラ。カタリナはその後ろ姿を眺めながら(あの子が将来、もしかしたらホランド王国の王妃になるの?)と嬉しさ半分寂しさ半分で感傷に浸る。フローラはのびのびと素直に育ち、天真爛漫だ。

人格者のハロルド、天才的頭脳の持ち主であるニコラス。二人の優秀な兄を持って卑屈になりそうな立場なのに、フローラにはそれがない。

(そこがフローラの強みか……)

できればフローラを自分の養子にしたかった。おっとりした性格の良さそうな若者と結婚させて伯爵家を継がせ、商売と人生を楽しませたいと思っていた。

ホランド王国に嫁いだら、フローラは寂しさで苦しまないか、王妃としての重圧で心を病むのではないか。考えても仕方のないことを、繰り返し考えてしまう。王族の結婚は早いから、フローラも成人する年齢で嫁いでしまうかもしれない。

「嫁ぐまで、一瞬よね。私とマリアンヌが商売で協力してから、もう三十年以上だもの」

「伯母様? どうかなさいましたか?」

「あら、ニコラス。フローラがホランドに嫁ぐことになったら寂しいわねと思っていただけよ」

「ああ、そのことですか。フローラは純粋で他人の悪意をまだ浴びたことがないですからね。嫁いでから苦労するでしょう。でも……」

ニコラスは言葉を切り、楽しそうにマリアンヌとしゃべっているフローラを眺めた。

「僕はエドワード王子を好きではありませんが、アイツはフローラを泣かせたりはしないと思っています」

「あら。そうなの?」

「ええ。アイツ、性格は悪いけど、根性が腐ってるわけじゃありませんから。でも万が一フローラを悲しませるようなら、僕がホランドの王城まで乗り込んでフローラを連れ帰ります。だいじな妹ですからね」

「ニコラスが言うと本当にやりそうで怖いわよ」

「ハハッ」

ニコラスが笑って言葉を続ける。

「フローラって、何事にも動じない強さと鈍感さがありますから。どうやらエドワードのことを好きみたいだし、きっとうまいこと王妃という職業を全うするでしょうね」

「ニコラスったら。可愛くて仕方ない妹のことを鈍感だなんて。でも……フローラなら、自分に向けられた悪意さえも笑顔で踏み潰しながら前進するかもね」

「そうそう。そんな気がします」

二人で笑い合っているうちに、波立っていたカタリナの心が鎮まっていく。

やがて盛り上がっていた感謝会が終了し、少しずつ招待客が帰っていく。それを見送るマリアンヌは明るい顔だ。最後に残ったのは、婚約時代の護衛たちだ。名残惜し気にマリアンヌとアレクサンドルを囲んでいる。

「護衛時代の苦労なんてありませんでした。マリアンヌ様の笑顔を拝める楽しい仕事でしたよ」

「マリアンヌ様はいつでも誰にでもお優しかった。また護衛に戻りたいぐらいです」

「いやいや、お前みたいなじいさんが護衛は無理だろ」

「そう言われたらそうだったな」

そんな会話が聞こえてくる。カタリナは「相変わらずの人気ね」とつぶやき、笑顔でそっと会場を後にした。マリアンヌとアレクサンドルも護衛たちを見送って、今は部屋でくつろいでいる。

「アレックス、感謝会を開いてくれて本当にありがとう」

「少し時間を置いて、次はハロルドが生まれてからの関係者を招待しよう」

「いいの?」

「いいさ。君の笑顔が見られるなら、この程度のことはなんでもないよ」

両親の甘い会話を聞きながら、フローラは(始まったわ~。うちの両親はほんと仲良しだわ~)と思いながら無表情にクッキーを食べ、ニコラスは(僕、大人になってもお父様みたいに甘いセリフを言える気がしない)と思いながらお茶を飲んでいる。

ハロルドは再び政務に戻っていて、婚約者のエミリアは(私とハロルド様も、あんなふうにいつまでも仲睦まじい夫婦でいられますように)と願いながらマリアンヌたちの会話を聞いている。

秋も本番になり、開け放った窓から虫の声が聞こえてくる。

ニコラスとマリアンヌは、遠い領地の新規事業が上手くいっているだろうかと思いながら虫の声に耳を傾けた。