軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

53 洗濯の実とフローラのライバル

マリアンヌのアイガモの飼育は、鴨の繁殖期である春を待たねばならない。今はまだ夏と秋が入れ替わろうとしている時期だ。

「どうしようかしらねえ」と考え込むマリアンヌに、アレクサンドルが「準備を済ませたら、いったん王都に戻ろうよ」と言う。

「スワロー株式会社で、俺が決裁しなきゃいけない仕事が溜まってきたんだ。早く帰ってきてほしいって、手紙が何度も来てる」

「ああ、そうよねえ。あなたはスワロー株式会社の代表だものねえ」

「待って。君、『あなたは遠慮なく帰っていいのに』って顔をしている」

マリアンヌはギクリとしたが、笑顔でごまかした。

「わかったわ。今後の打ち合わせを済ませたら、私も王都に戻ります。療養所に問題がないか確認したいし」

「よかった。フローラも連れて帰るだろう?」

「ええ。あの子はまだ置いていけないわ」

「ニコラスはどうするかな」

すると開け放っていた居間の入り口からニコラスの声が。

「マスの繁殖期も春なので、もう少し準備を進めたら僕も王都に戻ります。王都でやりたいことがいろいろあります」

「そう。わかったわ」

こうしてマリアンヌ一家は、アンダル村での領地産業の下準備を終えたら王都に戻ることになった。

それを聞いたフローラが慌てている。

「私、まだ『洗濯の実』をどうするか決めてないのに!」

「安心しなさいな。『洗濯の実』が実るのは、これからでしょう? だったら、領民の皆さんに声をかけて、余った実を買い取りますって伝えるといいわ。それを王都で売る方法も、帰ってからゆっくり考えたらいいじゃない?」

「ゆっくり? ゆっくりで大丈夫?」

「大丈夫よ。木の実は毎年実るし、育った木はそう簡単に枯れやしないわ」

「よかった! じゃあ、『実を買い取ります』って、声をかけてきます!」

フローラは、マリアンヌに励まされて再びパアッと明るい顔になった。そして止める暇もなく屋敷を飛び出した。

ニコラスが苦笑している。

「フローラはきっと、一軒一軒、全部の家に頼んで回るつもりですね。村長から村のみんなに伝えてほしいとお願いすれば簡単なのに」

「いいのよ。全部の家を回ればフローラの熱意が伝わるわ」

そう微笑む母を見て、ニコラスは「僕たちは本当に恵まれている」と思う。

金銭的に豊かな家はたくさんある。だが、子供の意欲を大切に見守ってくれる親は、それほどいない。

貴族の家は、子供は家の道具、親の道具と考える親が多い。

だがロマーン公爵家の場合は、アレクサンドルが次男でマリアンヌも次女なせいか、両親はのびのび育ったと聞いている。そんな両親は、自分たちのことも自由にさせてくれる。貴族の中ではかなりの変わり者だろう。

「感謝しなくちゃ。そして僕はいずれ、善き領主として領民の生活と人生を守るんだ」

ニコラスは窓の外に見える村の景色を見ながらつぶやいた。

その心の中で、ポーラの「暗い夜道の先に明かりが見えたような気持ちです」という言葉が繰り返されている。

「人生を暗い夜道のようだと思う子供や若者がいては、ダメなんだ」

一方その頃、フローラは『洗濯の実』をくれた女性、ミゼルの家を訪れていた。

「あら、フローラ様、そんなに汗をかいて。どうなさったんです?」

「あのね、『洗濯の実』をお母様が王都で売りたいんですって。買い取りますから、集めてもらえるかしら」

「それはもちろんできますが、あんなものが王都で売れるんですか? 王都の皆さんは石鹸をお使いなのでしょう?」

「お母様と私で売ります! ミゼルさん、『洗濯の実』を集めるのに協力してください。忙しいのにすみません。じゃ、私はこれから全部の家を回らなきゃならないから、失礼します」

そう言って頭を下げるフローラの顔が真剣で、ミゼルは話を聞きながら胸が詰まった。

フローラが「洗濯の実を集めてきて」と命令すれば、この村の人間は誰も文句は言わない。公爵家のご令嬢であり王族につながる立場なのに、フローラはそれをしない。

それは公爵夫人も同じで、誰に対してもさんづけで呼ぶ。何かを頼むときはいつも「お願いします」を忘れない。

(ニコラス様だってそうだ。日が出ている間中動き回ってこの村のためを考えて下さる。こんなありがたい領主様がいるだろうか)

一瞬のうちにミゼルはそんなことを考えた。

「フローラ様、私が全部の家を回って洗濯の実を集めるよう伝えます。ですからフローラ様はもうお帰り下さっても大丈夫ですよ」

「ううん、自分でお願いして回ります。だってこれは、私の役目だもの。お母様もニコ兄さまも、みんな自分で頑張ってる」

「フローラ様……。わかりました。では一緒に回りましょうか。留守の家があれば、私が後から回ります。公爵夫人もニコラス様も、村の者と一緒にお仕事をなさっています。フローラ様はこのミゼルにお手伝いさせてくださいませ」

「そう言えばそうだったわ。ありがとう。ではお願いします」

ニコリと笑うフローラと共に、ミゼルは村の家を回った。

どの家も「わかりました。実がなったら必ず集めて、公爵様のお屋敷に送ります」と約束してくれた。

「王都で売れるといいわねえ」

「そうですねえ。あの、フローラ様、小袋は用意しなくてよろしいのですか?」

「小袋って? ああっ! そうだった。洗濯の実は小袋に入れて使わないと、洗濯物に実の破片がくっついちゃうわね」

「ええ。では、私が小袋を用意いたしましょう」

「ええと、たぶんだけど、お母様は小袋に公爵家の印を入れるような気がするの」

公爵家の印と言われたらそれ以上口を挟むわけにもいかず、ミゼルは「では洗濯の実だけをお送りしますね」と約束してフローラと別れた。

屋敷に帰ると、マリアンヌが数人の男性と話し合いをしていたが、話が終わったところだったらしい。男性たちは「では打ち合わせどおりに作っておきますんで」と言って帰った。

「おかえりなさい、フローラ。どうだった?」

「ミゼルさんと全部の家を回って、洗濯の実が実ったら王都の公爵家に送ってくれるよう、頼んできました」

「がんばったわねえ」

「それでね、ミゼルさんが小袋を用意すると言ってくれたけど、断りました」

「どうして?」

「お母様はきっと、袋には公爵家の印を入れるんじゃないかなって思ったからです」

「なるほど。いいことを教えてあげる。カタリナお姉さまは何かを売ろうとするときに、いつもこう言っていたわ」

マリアンヌは前置きをしてからカタリナの話をした。

「その商品をどんな人に買ってほしいのか。その商品の魅力は何か。どうやったらその魅力を伝えられるか。いくらなら買ってもらえるか。そういうことを熱く語っていたわね」

「それはカタリナおばさまが何歳のときですか?」

「お姉さまが十五歳とか、十六歳とか。そのくらい」

「今の私とそんなに変わらない!」

「そう言われたらそうねえ」

「カタリナおばさまは、その頃にどんな商売をなさっていたの?」

マリアンヌが指折り数えながら、当時のカタリナが取り組んでいた仕事を列挙した。

「最初はマリー牧場の卵と焼き菓子の販売。次は郵便事業を考え出したわ。そのあとは種飛ばし遊具の特許申請と販売。他にもあったかもしれないけど、覚えているのはそのくらいかしら」

「ぬぬぬぬぬ!」

「どうしたの? すごく怖い顔をしているけど」

「私もやります! カタリナおばさまにできて私にできないことはないと思うの!」

「でもねえ、カタリナお姉さまは商売のことになると人が変わるのよ。王都に戻ったら、直接お話を聞いてみたらいいわ」

こうしてフローラは洗濯の実の販売に夢中になった。