軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48 ニコラスの計画

ニコラスが帰国する少し前、マリアンヌの長男ハロルドとエミリア・ハンフリー伯爵令嬢が婚約した。

ハロルドは現国王のグリードの 甥(おい) であり、次の国王になる立場。

そのため、国民へのお披露目を兼ねた婚約発表式は大がかりな計画が立てられている。

今日、ニコラスは初めてエミリアと顔を合わせた。

「初めてお目にかかります、ニコラス様。エミリア・ハンフリーでございます」

「ニコラス・ロマーンです。もうすぐ婚約発表式だから、毎日忙しいんじゃない?」

「目の前のことをこなしていくだけで精一杯です」

そう答えるエミリアは少々戸惑っていた。ハロルドとニコラスは顔立ちが似ているものの、雰囲気がかなり違う。

ハロルドは温厚でゆったりしていて、周囲の人間を緊張させない。

ニコラスも穏やかな雰囲気なのだが、表情から感情が全く読めなかった。今向かい合って会話をしているものの、ニコラスの視線が自分の顔を通り越して、遠くを見ているように感じる。

何事も控えめなエミリアは(もしや私が義姉になることに、何かひっかかりがあるのかも)などと取り越し苦労をしている。それを察したフローラが笑いながら声をかけた。

「エミリア姉さま、ニコ兄さまが何を考えているかわからなくて困ってない? 大丈夫。ニコ兄さまはエミリア姉さまが気に入らないわけじゃないの。おしゃべりしていても、頭の中で猛烈にいろんなことを考えているだけだから」

「そうなのですか。そう聞いて安心しました」

女子二人の会話を聞いて、やっとニコラスの視点がエミリアの顔に合わされた。同時に恥ずかしそうな顔になる。

「ああ、ごめん。同時にいろんなことを考えてしまうのは僕の悪い癖なんだ。気をつけます。お妃教育がどんなものか僕は知らないけれど、大切なことはひとつだけだから。それだけ忘れなければいいと思うよ」

「ひとつ、とは何でございますか?」

「この国の民を思う心じゃない? それ以外のことは、まあ……おまけだよ」

ニコラスの言葉を聞いて、エミリアはなんと返事をしていいか迷い、フローラは「あはっ」と笑う。

「ニコ兄さまは極端だから。話を半分くらいに聞いた方がいいですよ、エミリア姉さま」

「あっ、そうなんですか?」

「うん、話半分でいいよ」

ニコラスが自ら真顔で答えるものだから、真面目なエミリアは戸惑っている。

やがてハロルドも帰宅し、全員で夕食を食べることになった。

最近のエミリアは公爵家で夕食を食べて帰るのが通常になっている。そうでもしないとハロルドと顔を合わせる時間がほとんどなく、婚約式の打ち合わせやちょっとした連絡も手紙でやり取りすることになってしまうからだ。

マリアンヌに続いてアレクサンドルも部屋に入ってきた。全員が揃って、夕食が始まった。

末っ子のステラも侍女レイアのお膝に抱かれて参加だ。ステラはスープだけだが、「早く食べたい」と言うように、テーブルの上をペシペシと叩いている。

今日の夕食はニコラスの飛び地の領地経営の話で進んだ。

「父上、うちのもうひとつの領地のことでご相談があります」

「アンダル村がある方の領地のことかい?」

「はい。あの領地は土地の高低差が結構あります。小麦は比較的乾燥している場所を好むからすでに高い土地は小麦畑になっていますが、低い土地、例えばアンダル村の辺りは、今も水害に悩まされていますし、育てられる作物も限られていますよね」

「そうだな。あの村は大雨が降ると畑が流されやすい。川の堤防の維持管理は気が抜けないんだ」

アレクサンドルがそう答えると、ニコラスが話を続けた。

「僕、遊学している時にザリガニ料理を食べたんですよ。唐辛子と香辛料をたっぷり使った料理で、実に美味しかった」

「ザリガニは海老に似た味で美味しいわよね。子供の頃、おじい様の家でよく食べたわ。おじい様の家では、ただ茹でて溶かしバターをつけて食べるだけだったけど」

「ヴィンス男爵家ではザリガニを食べていたのですか!」

「そうよフローラ。ヴィンス家は貧乏男爵ですからね。食べられるものは何でも食べていたわ。使用人もほとんどいない家で、おばあ様はザリガニ料理もご自分で作っていたわ」

マリアンヌの言葉にフローラが目を輝かせた。

「ザリガニ、私も食べたいです」

「食べたかったらザリガニを捕まえないと」

「わかりました。捕まえてきます!」

そこまで黙って話を聞いていたハロルドがニコラスに質問する。

「話を戻すけど、ニコラスはザリガニを育てたいのかい?」

「ザリガニもいいけど、魚を養殖するのはどうかなと思ってる」

「アンダル村でか?」

「そう。アンダル村で。アンダル村は水辺に近くて水はけが悪い。長雨が続けば作物に病気が発生しやすい土地だ。そういう土地で無理に他と同じ農業をする必要はないと思うんだ。土地の欠点を逆手にとって、魚を育てればいいんじゃないかな」

「魚は川や海で獲るものだと思っていた。魚を育てるという発想はなかったよ」

そこでニコラスは父アレクサンドルに視線を向けた。

「父上、僕に養殖の事業を手掛けさせていただけませんか。まずは小規模で始めて、軌道に乗ったらアンダル村で大規模に養殖を進めたいのです」

「いいだろう。初期にかかる費用は私が出そう。アンダル村の村長には私が手紙を書くよ」

「ありがとうございます。儲けが出たら、必ずお返ししますので」

「失敗を恐れずに挑戦してみるといい。最初から何もかも上手くはいかないだろうからね」

「アレックス、ニコラス、私もその話に参加していい?」

マリアンヌの明るい声に、一瞬の沈黙が生まれた。

「母上、僕とは別に進めていただけますか。母上の天才的な閃きを見てしまうと、それ以上のことが思いつかなくなりそうですので」

「わかったわ。ではニコラスとは別な場所で挑戦してみるわね」

「ちょっと待った! マリー、君、もしかしてアンダル村に腰を落ち着けて何かするつもりかい?」

「領地の屋敷に住むつもりだけど。だめだったかしら?」

「僕から離れて?」

ハロルド、ニコラス、フローラ、レイアが一斉に父の顔を見ながら笑いを嚙み殺した。

エミリアだけは(え? どういう状況なのかしら?)と理解できないでいる。エミリアの戸惑いを察したハロルドが小声で説明をする。

「父上は母上が大好きなんだよ。離れて暮らすのは嫌だと言っているんだ」

「まあ、仲がよくて素敵ですね」

「そうだね。あれだけ仲良しの夫婦は珍しいと思う」

フローラも「そうねえ。珍しいわね」と答え、笑顔で母を見た。マリアンヌはご機嫌でアレクサンドルに話をしている。

「アンダル村は別荘から近いでしょう? しばらく別荘に滞在するわ」

「じゃあ、俺も君と一緒に行くよ」

「それがいいわね、アレックス。一緒に行きましょう」

「お母様、私も行きたい!」

「もちろんフローラも一緒に行きましょう?」

養殖に挑戦する、家族で移動する、という話が食事の間にサクサク決まっていく。エミリアが目を白黒させていると、すかさずハロルドがまた説明した。

「父上は母上が養殖の研究に没頭して、王都の屋敷に帰ってこなくなることを心配しているんだ」

「エミリア姉さま、お父様はお母様が好きすぎるんですよ」

「嫌だわ、あなたたち。アレックスは私の体調を心配しているだけよ」

マリアンヌがそう言うと、ニコラスが豚肉を切り分けながらつぶやいた。

「お父様は結婚してからずっと、お母様の 虜(とりこ) なんですよ、エミリアさん」

アレクサンドルがさすがに苦笑して口を挟んだ。

「ひとつ訂正するぞニコラス。私は結婚してからマリアンヌの虜なのではない。十一歳で六歳のマリアンヌと出会ってから、ずっと虜だ」

子供たちが一斉にアレクサンドルから視線を逸らした。今度は全員が我慢できずにクスクス笑いだし、フローラがしたり顔で感想を述べた。

「こういう仲良し夫婦って、とてもいいと思うの」

「そうだね。子供からしたら、仲の悪い両親より百万倍はいいね」

ニコラスの言葉に皆が笑顔でうなずいて、公爵家の夕食は和やかだ。